第66話 3ー1

 今日も学校は昼過ぎから。このお昼から学校に行くという行為にも慣れ始めた頃、新入生たちもこの生活になれたのか、遅刻する者はいなくなっていた。最後の授業でも睡魔に負ける者も少なくなってきた。

 そうやって非常時でも平常通りに過ごせるようになってきて、授業などに精を出していく。それが習慣づけられてきた今日この頃。

 始業のHR前にいつもの面子で集まって、雑談を交わしていた。ゴンは飯がもらえるからという理由でクラスの中を回っている。そうするとお菓子を持ってきていた生徒などに餌付けされたりしているのだ。それでいいのか、神様。


「難波君は部活動どうするの?」

「やってる暇がない。帰宅部一択だ」

「わたしもですね。やることたくさんありますから」


 天海に質問されたが、本当に時間がないので部活動はやろうと一切思わない。これは名家の子どもだとそう珍しくないらしく、部活動は趣味程度の参加だとか。星斗も部活動に入っていなかったらしいし、賀茂とか土御門も入ってないらしいし問題ないだろう。

 そもそもウチの学校に来るような連中は部活動ガチ勢じゃないし、部活動そこまで盛んじゃないからな。陰陽術禁止の運動系の部活動に、陰陽師としての訓練が大変な学生が運動ガチ勢に勝てるわけがない。

 そんなわけでもっぱらウチで盛んなものは文化部くらいなものだ。


「祐介はバイトあるから部活動やってないだろ?」

「まあな。たとえメインの活動が始業前と昼休みだとしても、やってる暇ねーよ。朝はできるだけ寝ておきたい」

「バイトって何時くらいまでやってんの?」

「朝方まで。もしかしたらお前らと正門でばったりとかありそう」

「本分疎かにすんなよ」


 生活費を稼ぐためだから仕方がないとは思うが、今までしていた魑魅魍魎狩りの時間をバイトに充てているのだ。中学の時みたいに授業をサボって修業したり、ゴンに教わったりしていないために授業でしか陰陽術を使っていないんじゃないだろうか。

 それでいいかどうかは祐介が決めることだからこれ以上言うつもりはないが。


「薫さんは何か部活動に入ったんですか?」

「古典部に。と言っても読書してるだけなんだけど」

「やっぱりユルそうだな」

「本格的に活動してるのは郷土芸能部とオカルト研くらいらしいから。八神先生が郷土芸能部の顧問らしいよ?」

「あの人が?なんからしくないというか」

「顧問って言っても、ほぼほぼ名ばかりなんだって。先生たちって陰陽術の指導がメインだから、お昼も中休みもそんなに時間取れないんだって。この前のせいでカリキュラムも増えてるし」

「そっちの方が八神先生らしい」


 こんな話題になったのは今週中に入部届を出さなくてはならないからだ。部活動などの見学を行うオリエンテーションが丸潰れになったために大々的な行事を行えず、部活動ごとに生徒から見に行くことになった。それを踏まえて今週の届け出だ。

 本来なら先週末が期限だったのだが、学校閉鎖などもあったので一週間延びた結果だ。


「難波君たちのやることって、何?当主を継ぐための勉強とか?」

「いや、それは急務じゃない。今一番やるべきことは高校出て大学行ってプロの資格を得ることだから」

「早めに取ろうとか思わないの?たぶん人によったらもう資格持ってるだろうけど……」

「大学に入ったら本格的に資格試験受けるだろうけど、今はまだいいよ。高校で資格取ろうとすると四神に選ばれる可能性が出てくる」

「え?ああ……。そういう選抜って資格試験でされるんだ」


 父さんに疑問を浮かべたため何で高校で資格を取ってはいけないのか聞いたところ、四神になりたいのであれば受ければいいと言われた。そこから話を聞いて高校では受けるのを辞めたということだ。

 特に四段の試験はプロの資格になるので、余計に厳しく、その試験の内容が陰陽術のマルチタスクらしい。そこで式神を使えるか見出し、確保する。それが呪術省のやり口だという。特にマルチタスクは完璧にこなせる人間が少ない。


 たとえ名家の次期当主候補だろうと、関係なく四神候補にされる。四神に何かあった際の代役だ。そんなものになるつもりはない。

 ちなみに。本人も隠しているらしいが、星斗もこの四神候補の一人らしい。今の四神の中から欠員が出たら、この候補から適性を測って補充されるということ。表向き星斗は白虎の候補らしいがその実麒麟なのだとか。父さん相手に呪術省は隠し事できないな。

 俺もミクも霊気の量とマルチタスクから選ばれる可能性があるということ。うん、大学に入るまで我慢しよう。


「明がなりたいのは当主であって、四神じゃないもんな」

「そういうこと。そういう祐介は資格取らないのかよ?」

「成人する前に資格取ると親に通知行くんだぜ?ここに入っただけで文句たらたらなのに、資格まで取ったら余計確執産まれるっての」

「え?住吉君って親御さんに反対されてこの学校に来たんですか?」

「ああ。一般人の親からしたらこの学校に入れちゃう俺は異端なんだってさ」


 天海って祐介の家庭状況知らなかったっけ。あれ、ミクも驚いてる。そういや俺たちでしか話してなかったっけか。ゴンが知っているからミクも知ってるもんだと思ってた。


「祐介のことはおいといて、天海はプロの資格試験受けないのか?」

「たぶん近いうちに受けると思います。お父さんのこともあるし、この前の事件で上から結構念を押されてしまって。だから今それなりに勉強してるんです」

「……それなのに部活動をやっていていいんですか?」

「大丈夫だよ珠希ちゃん。息抜きになるし、ずっと勉強しっぱなしは返って効率悪いから。それに夏休みに間に合えばいいからね」

「あと二ヶ月もあれば大丈夫か」


 今は五月の中旬。何段を受けるのか知らないが、まだまだ余裕があるし、天海は成績がいい。風水も使えて他の術式も高水準で使えるから問題はないだろう。

 資格試験があるのは年三回。春、夏、冬だ。連続で受けてもいいが、一開催につき受験は一回まで。二つの段を受けることは不可能だ。

 あと、一段から四段ならどこからでも受けられる。五段以降はその一つ前の段を取得していることが義務だ。


 俺も大学卒業するまでには八段の資格が欲しい。八段はないと当主としての格が疑われる。父さんも大学卒業した時は八段だったらしいし、星斗も卒業した時は七段だった。それくらいは多分取れるだろう。

 そんなことを考えていたら、祐介が唐突に話題を変えてきた。


「明、最近何か視ないのか?この前の事件みたいなことが起こるとかさ」

「だから未来視はできねえって言ってるだろ。過去なら視たけど。……言っていいものか」

「気になるじゃん。どんな内容?」

「……とある従者の、秘められた恋路」

「おまっ、そんなのも視えちゃうわけ⁉アハハハハ!過去に生きた人も大変だな!死んだ後にも未来の人間に隠し事バレるとか」


 祐介の言うことももっとも。というか視たくて視たんじゃない。勝手に流れ込んできたんだから仕方がないだろう。

 そして恋路と言った傍から女子二人の目線が輝きだした。女の子って本当に好きだな。他人の恋バナ。

 吟の名誉のためにも、内容については何も言わなかった。ただ悲恋とだけ伝えておく。実らなかった恋は悲恋で問題ないだろう。


 それからは今日の授業についてや、来週から始まる巡回研修について話し合っていた。この巡回研修、すでに班員は発表されていて俺とミクは同じ班だった。他の班員は他のクラスなので面識が一切なかったが、俺とミクが一緒なのは家柄の問題だろう。というか、俺の目が届かない所でミクの狐憑きがバレないようにという配慮か。そんなところだろう。


 三限目は陰陽術の授業。簡易式神の複数使用による情報伝達を目的とした授業だ。

 簡易式神は少ない霊気で使役できるし、情報を書いた紙を括りつけてもいいし、その呪符に直接書いてもいい。以前俺がやったように霊糸で書き込んでおいてもいい。


 重要なことは情報を伝達することで、途中で力尽きたり、伝えようと思った相手と違う相手に届かないように、意図する場所に行かなかった場合は自動消滅機能をつけなければならない。

 そうすると少々面倒な術式になるが、携帯電話がある現代でも電波が使えない状況を想定しなければならないし、プロになれば簡易式神を用いた連絡網は必須科目だ。携帯電話で文字を打つ余裕もなく、霊糸で記す方が早い場合が多々あるからだ。なにせ霊糸で書こうと思えば霊気を送れば勝手に文字を構成してくれるのだ。


 簡易式神は簡単に使役できるが、用途によっては本当に制御も難しい術式だ。こんな使い方はプロになる人間か、陰陽術に長く関わろうとする人間しかいない。高校に進学してからやることとして間違っていないだろう。

 状況は一々変動するし、情報伝達係も必ずやることになる。そうすると、この簡易式神はできないと卒業もできないような必須科目だ。


 本当に、桑名先輩はこういった攻撃術式以外の必須科目をどうしたんだろうか。これらが落第でも賄えるほどの戦闘の腕で進級したのだろうか。

 今回の課題は東校舎の屋上、裏門、西校舎にある職員室の三か所に置かれている箱の中まで簡易式神を飛ばすというもの。使う呪符には出席番号が書かれていて、それで誰の式神か把握するというわけだ。


 伝えるべき内容も、使役する直前に伝えられる。呪符の裏に直接書いてもいいし、霊糸で書いてもいい。正確に三か所へ情報が伝えられればいいのだが、その途中で先生による妨害がランダムで入るとのこと。これは魑魅魍魎に邪魔される可能性を考慮しての訓練。

 もし簡易式神が撃墜されたらその分の補充をさらに飛ばさないといけない。送り先へかかった時間と何度やり直したかなどが採点基準になるようだ。


「まあ、楽勝だな」

「明はやっぱり霊糸でやるのか?」

「霊気は必要だけどそっちの方が速いじゃん。情報なんて一刻も早く伝える必要があるんだから」


 出席番号順ということで天海は割と早く行っていた。霊糸はできなかったようで、内容を見て呪符に書き記して簡易式神を飛ばす。

 現れたのは小鳥のような式神。簡易式神なんてほとんどがああいった小動物の姿を取る。特に情報伝達用なんて空を飛ぶのが一番障害がないために鳥系がポピュラーだ。

 そうして課題をこなしている天海を見て俺は首を傾げる。


「……祐介。何で天海はあそこから動かないで術式の展開をずっとやってるわけ?」

「ん?ああ、お前は全自動でやってるもんな。今回は妨害も入るってことで薫ちゃんはそれを警戒して手動で式神操作をしてるんだろ。簡易式神ってことはマルチタスクは必要ないし」

「えー?そんなの現場じゃできないじゃん。自分のこと守ってくれる存在が絶対にいるわけでもないんだし」

『あの小娘の方が一般的なやり方なんだよ。明、お前たちは名家の跡取りとしての教育を受けてるからこの周りにいる連中よりだいぶ進んでると思え』


 ゴンが姿を現して俺の隣に寝そべる。天海も弟子の一人だから気になって見ているんだろうが、あれが一般的なのか。

 まあ、普通に考えたら現場に出るまであと七年はあるはずなんだから現状できないことが多くてもおかしくはないのか。大学に行けば実地訓練も増えるだろうけど、独り立ちという意味では高校・大学と時間はある。今はそれでもいいのだろう。


 この前は突発的な事故とはいえ、育成中の卵を羽化する前に戦場に放り込むつもりはないだろう。呪術省は早期に戦線へ出そうとしているらしいが。人員不足を学徒兵で賄おうとするとか戦中の日本かよ。戦中じゃないけど日本だったわ。

 賀茂も自動ではなく手動ではあったが、一番の成績で終わらせていた。さすが名家。いや、というか天海もそうじゃないか。


「天海も俺たちに比べたら歴史は浅いけど、名家じゃないか?」

『だが、本家の人間ではないだろう?お前が知らない分家の家の子くらいの血の濃さだろうよ』

「……それで風水があれだけできるって凄くないか?」

『事実あの小娘には才能がある。教育環境が整っていなかっただけだ』

「薫さん凄いんですねえ」


 東京からも遠くて霊地としては一級だけどそれ以上に特筆すべき土地じゃないウチの地元じゃ教育環境なんて整えられないのが普通なのだろう。曰く付きでもあるし。そう言われるのは癪だけど。

 陰陽師を育てるなら東京か京都に幼い内に送り込むのがベストだ。有名な講師が教室を開くこともあるし、呪術省がイベントをすることもある。周りもプロを目指す人間ばかりなので競争心も産まれて努力にも精が出る。田舎よりは都会の方が良いものだ。


「次、住吉」

「はーい」


 祐介は呪符を受け取ると、さっさと内容を記入して、術式を自動にしてその場を離れようとした。術式を見ていた八神先生はトランシーバーを使って、各々の場所でこの授業を監督している教師へ通達した。


「今向かった術式は密に撃退して良いんで」

「そんなご無体な⁉」

「お前が勝手に次のカリキュラムまで飛ばすからだろ。できる人間にはそのレベルに合わせた授業をやる」

「あっ、一体落ちた!呪符ください!」

「ほらよ」


 他の先生たちもプロの資格を持ってるんだから、祐介の簡易式神くらい落とせるよな。祐介は結局落とされたことからタイムも成績も賀茂と天海と大きく離れていた。何で全力でやらないんだか。


「次は難波行くか。お前は手動と自動どっちでいく?」

「じゃあ自動で」


 というか、手動ではあまりやったことないからな。簡易式神くらいなら自動に任せた方が良い。むしろ、意志を持たせるのが一番楽だ。

 本来の出席番号順ならミクの方が先だが、祐介の失敗や難波が式神の家だから順番が変えられたんだろう。そういう期待をかけられたら、問題ない成績を見せないと。賀茂は無難に纏めてるし、見ててつまらないんだよな。


 送る文の内容も確認して、霊糸込みで呪符に霊気を送り込む。これで移動している間に内容が文字に変わっているだろう。全部飛ばして、障害物と飛来物に気をつけろっていう命令だけ出す。

 簡易式神とは言うが、意志を持たせないことが簡易式神かと言われたらそれは違う。俺や祐介が呼び出す烏や蝶などでも、降霊と合わせれば意志を持つ存在をその呪符が形作る依代に憑依させられる。その存在に指示を出せば、自動とはいえ意志を持った存在に物を運んでもらえるということだ。


 だがこれは、後から聞いたことだが降霊が得意な俺や祐介、ミクだからできることで一般的な方法ではないらしい。他の人たちが言う自動の方がわけわからなかった。色々条件を霊気で入力して、魑魅魍魎などに当たらないようにAIを組む感じとか言われても、降霊で憑依させる方が楽だからそっちでしかやろうとは思わない。

 霊気の量と降霊という工程からして簡易ではなくなるとか散々言われたが、安全性とかから考えて便利な方を選んでもいいだろう。


 俺が呼び出した簡易式神は、先生たちの攻撃もスイスイと避けて、指定されたポイントに到着。これらの様子は学校内に仕掛けられたカメラからこの部屋にあるモニターに映して状況が他の人にも見えるようになっていた。これで待っている生徒が飽きないわけだ。

 この方法を見せたらクラスメイトの摂津には蒼い顔をさせていた。俺あいつのこといつも驚かせてるな。式神の家とは言ってたけど、基準というか標準が違うんだろうな。


「ここまではできなくていいからな。次、那須」

「はい」


 ミクも呪符を受け取って、内容を確認する。それを見て術式を発動した。ミクがこの程度で失敗するはずがないと高をくくっていたので、祐介たちとのんびり見学しようと思っていたのに。

 ミクが術式を発動した瞬間、たった三枚だった呪符が無数に増えていき呪符が宙を舞っていた。霊気も膨大だが、神気もかなりの量を感じる。それが暴走して、細かい制御ができていないようだった。

 増えすぎた呪符はこの辺り一面を覆いつくす勢いで、既にミクの姿は見えない。今までこんなことなかったのに、神気の暴走なんてこうも突発的に起こるものなのか。


「え……?なん、で……?」


 ミクも原因はわかっていないみたいだ。むしろ込めた霊気は本人にとって少ないものだったようにも感じる。では、その力加減を間違えるということは。

 ミクだけには、この短期間で霊気や神気が急激に伸びる要因がある。それに気付いたからって、今できることはその制御ではない。むしろ俺ではあの膨大な量の霊気を抑え込むことはできない。


 ただ、ミクの暴走は止めることはできる。ゴンに目配せをして、銀郎と瑠姫も呼び出す。瑠姫はミクの様子を見て即座に出てきていたが。ゴンに霊気を送って身体を大きくさせる。銀郎にはこちらへ襲いかかってくる呪符を斬り飛ばしてもらった。

 そのまま強行軍で呪符の嵐を飛び越えていく。ミクの前に辿り着くと、ミクは自分の力を制御できずに涙目になっていた。


「あ、明様……」

「タマ。俺の目を見ろ・・・・・・


 言霊に霊気を込めて、目にも暗示の術式をかける。目と目の焦点が合わさると、ミクは意識を失ったように倒れかける。もちろん地面につく前に抱き留めたが。

 それと同時に飛び散っていた呪符は全て地面に落ちた。発動している術式はそのまま行使されていたが、霊気の余波で動いていた呪符は全部落ちたらしい。

 モニターを見ると、数体の簡易式神がいくつも目標地点についていた。暴走状態にあっても課題だけはきちっとこなしてるとか。


「先生。このままタマを保健室に連れて行きます。簡易式神にここの片づけをさせますので」

「ああ、わかった。……難波、那須はこういうことが何度もあるのか?」

「いいえ。初めてです。見たこともありません」

「そうか。……早く連れて行ってやれ」

「はい」


 ミクをお姫様抱っこで抱え上げて連れていく。眠っている子どもは重いとか言うけど、ミクはそんなことなくかなり軽かった。

 そして報告を怠っていたミクと瑠姫の顔を覗いて、瑠姫が視線を逸らしたことにお小言を言おうかと思ったが、それは二人同時にすればいいと思って保健室へ向かった。


 保健室の先生はミクが狐憑きということを知っていたので対応がスムーズだった。何故かあった個室へ案内されて、そこでミクを寝かしつけた。耳温計などで体温を調べたが至って平熱。先生の診断では霊気酔い。いや、酔わせたのは俺だけど。

 事実ミクの身体には今とてつもない量の霊気と神気が溢れている。霊気の量だけなら俺の四倍近い。その上神気も身体に含んでいるとなると、その総量はとてつもないほどだ。こんな小さい身体でははち切れてしまうほどに。


 昨日出かけた時にはいつもの霊気の量だった。夜食事していても何も変化はなかった。となると変化したのは寝ている間ということになる。そんな短時間でありえない程霊気が増えるというのはミクにしか有り得ない現象だろう。他の悪霊憑きでもこうはならないはずだ。

 学校に来てからは必至になって抑えていたんだろう。ただ、術式を使ったらその抑えていた箍が外れた。その結果が呪符が増えるという有り得ない暴走だろう。


「……瑠姫。何で報告しなかった?」

『ごめんニャ、坊ちゃん。タマちゃんに言わないでって言われたのニャ。慣れれば大丈夫だからって。前の時は慣れたらむしろ元気になったからって』

「だからって……!あそこまでのモノなのか⁉Aさんより今は霊気が多いじゃないか!尻尾が一本増えただけなのに……っ」


 ミクが霊気を一気に増やすということは昔から何度もあった。その時は毎度尻尾が増えていたのだ。今までも神気も一緒に増えていたんだろうが、それにしたって今回は異常だ。今までは莫大に霊気が増えたと言っても常識の範疇の出来事だった。

 だというのに、今回は一気に二倍近くだ。霊気も神気も、徐々に増やしていけば身体はついていくだろうが、生命や死者にも通じる万物の元となるモノが一気に身体の中に入ってきて平気なはずがない。


 本当にこのメカニズムを早く解明しないとミクの身体がもたない。六本目となるといよいよ確定だろう。ミクに憑いているのは九尾だ。そうなると後三本は増える。その度にこうやって霊気と神気が増えていったら、ミクの身体がパンクする。人間の身体は、そこまで霊気も神気も貯蔵できるようにはできていないのだから。

 神気がまず神が使うことができる力という解釈が正しい。近しい者や、それに触れて慣れた者なら使用できるが、人間のままではどうやったって完璧には扱えない。たとえそれが便利な物であっても。


 ミクの身体が神気に適合するように変化していくなら問題ない。だが、そうはならずにこのまま神気が増えていけば、九尾そのものになるか、人間としての機能をなくしていくか。そのどちらかだ。

 そんなことには、絶対させない。


「瑠姫。今日はミクを寝かせておいてくれ。銀郎ももしもを考えて今夜はミクの傍にいてくれ。今夜、宇迦様にもう一度会ってくる」

『承知しましたぜ、坊ちゃん。天狐殿がいれば宇迦様もすぐに会ってくれるでしょう』

『珠希の身体が耐えられるようにするにはどうすればいいのか、聞きに行くのか?』

「ああ。九尾になんてさせない。ミクそのものが変わらないようにしないと。ゴンは何か方法を知らないか?」

『いや……。初めて見るからな、こんな状態の人間は。尻尾が増えた原因は宇迦っていう狐の大元そのものに会ったからだろう。前珠希の尻尾が増えた時も式神降霊三式を用いた時。狐に関わると、その身体が狐に近付くのかもしれない』


 ゴンの推論を聞いて、ウチの性質上不可能だと思う。地元はそもそも狐を信仰している地だし、狐憑きという性質からかミク本人は狐に好かれやすい。式神降霊三式は極力使わないようにしても、どうしたって関わることになる。

 むしろこんな事態に詳しいのは神や狐の方だろう。ゴンは知らないようだが、狐憑きという前例自体はある。呪術省に忍び込んでデータを盗むか?

 Aさんからもらった巻物も全て読めていないが、あの人たちに会って話を聞くのも一つの手だろう。俺よりは確実に詳しい。

 どんな手段でも良い。とにかく突破口が欲しい。


「ゴン。この前の俺の時みたいに、ミクから余分な霊気と神気を吸い取ってくれ。それぐらいできるだろ?今回は呪いじゃないんだから」

『ああ、恙なく行えるさ。前回に比べれば楽勝だ。……こういうことを想定してお前に呪いをかけたのかもな。術者は』

「だから誰なんだよ。その術者は」

『知らん。ただピンポイントすぎる。この前のエイの襲撃を知っていたようにも思えるし、お前を止めるのは効果的だったと認識してないとお前が動けないような呪いをかけるとは思えん。珠希にはかけなかった理由は?その辺りが不鮮明過ぎてな。過去から呪詛返しでも喰らったんじゃないか?』

「それが本当だったらどうやって対処すればいいんだよ……」


 俺と違ってミクは星見じゃない。本当に過去からの呪詛返しなら俺にしか効果は出ないだろうけど、そんなの蘆屋道満くらいしかできないんじゃないだろうか。もしかしたら晴明にやられたのかもしれないけど。

 あと可能性があるのは金蘭。とはいえ、俺たち難波にそんなことするような人とも思えないんだけど。

 そうしてしばらく待っているとミクが目を覚ました。暗示もそこまで強いものじゃなかったから、そろそろだろうとは思ってたけど。


「ここは……」

「保健室。防音の術式使ってるから普通に話して大丈夫だよ」

「……ごめんなさい。制御できなかったんですね……」


 自分の状況を理解しているようで何より。膨大な霊気は他人を委縮させるから隠すのは当たり前なんだけど、俺にまで隠すことはないだろうに。


「ミク。何かあったら隠さずに伝えてくれ。今ゴンにやってもらっているように霊気を吸い出したりもできるんだから。何かあってからじゃ遅いんだし」

「はい……。すみません……」


 かなり落ち込んでるな。こんなミスをしたのは初めてだろうし、俺に隠し事したのも初めてだろう。

 ゴンの作業を見ていて、俺の時のように原因不明で解呪を行っているわけでもなく、ただ霊気を吸っているだけなのにずいぶんと時間がかかっている。やっぱり、今のミクには過ぎた量の霊気になってしまったんだろう。

 おそらく、日本の中で最も神に近い存在。そうなってしまって、これから色々な存在に狙われるんじゃないだろうか。同族と思った神や、危険と感じた妖や人間に。

 その時に守れるような人間にならないと。


「ミク。霊気以外に体調とかに変化は?」

「頭がちょっと痛いですけど、それ以外は……」

「それはいつから?」

「朝起きた時からです。頭痛というよりは、頭の奥の方がキーンとしているような感覚で……」

「そっか」


 暗示の影響ではないらしい。ゴンの処置の経過を見てみないとわからないけど、ひとまずは霊気の調整で様子を見た方が良いだろう。

 あとはミクの主治医の先生に確認を取ってみないと。そっちにも後で電話しておこう。


「ミク。今日はこのまま寮の部屋に戻れ。瑠姫と銀郎に護衛させるから、数日様子見よう。明日は病院に行くけど」

「ぎ、銀郎様は大丈夫です……。瑠姫様がいらっしゃれば」

「その瑠姫が黙ってたからな。銀郎はどちらかというと瑠姫の監視役」


 タハハ、と頭の後ろを掻いている瑠姫。式神としての主はミクだろうけど、難波家に仕えてるんだから俺にはちゃんと報告しろよ。


「何かあったらすぐに連絡すること。瑠姫もだからな。……確認だけど、六本目、なんだよな?」

「はい。六本になりました」


 一気に二本増えた反動などではなくて安堵する。だが、五本に増えた時と今回では上がり幅が違いすぎる。今でも日本でこれ以上の霊気を保持している人間はいないというのに、七本目以降になったらどうなってしまうのか。

 対処法を早めに確立しないと、ミクはこれ以降尻尾が増えるたびに苦しんでしまう。そうならないように、報連相はしっかりしないと。


「ミク。どうして尻尾が増えたことを隠してたんだ?」

「あの……。唐突に霊気が増えてしまったでしょう?なんというか、人間っぽくないかと、ハルくんに嫌われるんじゃないかと思って……」

「バカだなあ、ミクは」


 そんなことで嫌うわけがないのに。


「霊気が人並みじゃなくなったくらいで嫌いにならないよ。ミクが狐憑きなことはわかってるし、宇迦様の所でも言ったけど、人間だから無条件で好きってわけでもないし。それに俺だってほら。ゴンに好かれるような変人だぞ?」

『まるでオレが頭おかしいみたいな言い回しはやめてもらおうか』

「天狐が人間を好んで式神契約するなんておかしくないとできないだろ?しかも玉藻の前様の眷属だったお前が」

「フフ、ですね。ゴン様も結構変わっていると思います」

『お前らの方がよっぽど変わってるよ……』


 そんなゴンの呟きの後も少し話して、先生たちにはミクが早退することを伝えた。俺は授業に戻ってその後も学校生活を続ける。中休みにミクの主治医の先生に電話を入れて明日病院へ行くことを伝える。

 この主治医、悪霊憑き専門の医者で父さんが紹介してくれた京都の町医者だ。キャリアもあって信用できるので頼ることが多い。紹介された時は驚いたが。


 放課後の予定も考えて、これからやることに順序を立ててミクの分もノートを取っておく。これには天海も手伝ってくれたのでそこまで困ることはなかった。そこまでミクのことを深く聞いてくる人もいなかったのは助かった。

 霊気の暴走と体調不良とは伝えておいたが、賀茂にはずっと睨まれていた。あの霊気を感じたらそういう態度になるのもわかるけど。

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