第64話 2ー4

「あの、白虎さん。この後お時間ありますか?」

「ん?玄武、何かオレに用事?」

「はい。少しお話しできないかと……」

「いいよ。じゃあ部屋借りようか」


 会議が終わっていの一番にそう言うと、快く了承してくれた。他の人たちは二人だけで話すことについて咎めたりしない。五神や呪術省という肩書きがあっても、個々人としてはあまり連携を取らない。お互いにプライベートには関わらないのだ。

 だから朱雀に何人恋人がいようが、青竜が今度どこに修業に行こうが、白虎の情報のツテがどういった存在だろうが、誰も干渉しないのだ。呪術省に報告することもなく、仕事さえきちんとこなせば文句は言われない。


 五神だろうが、五人が揃うことで本領発揮するわけでもなく、ただ強い陰陽師がその地位について、名前を冠する式神を受け取っているだけで協力し合う仲ではない。

 だからこそ、今回の五神会議は特殊事例だった。四神会議は次どこの土地に飛ばされるか決める会議でもあるので頻繁に行っているが、日本全国で異常事態が発生するという規模のおかしな出来事がなければ五神会議なんて執り行われなかっただろうし、収集の呼びかけに応えもしなかっただろう。


 近くにいた職員に確認を取らせて、会議室の一室を借り受けた。そこに入って二人っきりで話し合う。玄武にはすでに確認を取っていた。あまり良い顔はされなかったが。


「五神会議で言えなくてオレだけ呼び出す。朱雀さんならデートのお誘いかいとか言いそうッスけど、玄武はオレッチを信用して選んでくれたわけでしょ?他の四人と比べて」

「はい。朱雀さんは向上心のなさと根本的な勘違いから。青竜さんは向上心が高すぎて周りに合わせられないから。大峰さんはどこか切羽詰まっていて大きな事には手が回らなそうなので。呪術大臣は、呪術省が最近信じられないので却下しました」

「なるほど。先ほどの会議でキミがやっていたことは品定めだったわけか。それに呪術省が信用ならないっていうのは頷けるッスよ。翔子ちゃんは親族ってだけで本当に知らないんだろうけど、大臣は結局先々代の麒麟が裏切った理由を話そうとも弁解しようともしなかったッスからね」


 同意見だとマユは頷いた。歴代の麒麟が呪術省を裏切る理由をあの場でも話していないのだ。先代は未だに雲隠れしていて現状は危機を抱かなくていいとは思うが、実例として敵対した瑞穂については何かしらの発言があっても良かったはずだ。

 だというのに、こちらから振らなかったとはいえ、一言もそのことについて話そうとしなかった。そこにどのような事実があろうが、相手に非があるならすぐに言えばいいのに何も言わなかったというのは隠すことがあるということ。

 ここから呪術省は信用できない。この前の事件で敵である外道丸から言われたとはいえ、その時は半信半疑だったマユも今では疑いの方が大きい。


「今全国には色々な魑魅魍魎というか、朝日を浴びても消えるどころか居座り続ける強大な力を持った不思議な異形が数多く現れているけど、それがどこにいるから避難してくださいとか言ってないことが気になってね。オレも呪術省は正義の組織ではないと思ってるッスよ」

「わたし、事件からずっと京都に居続けているからわからないのですが、全国でそんなに現れているのですか……?」

「ああ。収集がかけられても全国をできるだけ見てきたからね。オレたちでも敵わないような存在が知っているだけで十体はいる。それを一般人に伝えてないんだ」

「十体も……」


 この五神会議が事件の後すぐに開催されなかったのは三つの理由がある。

 一つ目は発起人の大峰が実家へ事実確認をしていて遅れたこと。そのついでに瑞穂にコテンパンにやられて自信喪失していて何も手が付かなかった時期があったという事情もある。

 二つ目は青竜の暴走だ。怪我自体は三日と経たずに治ったのだが、「我は弱い!」と言って連絡のつかない場所へ修業に出てしまったこと。探すために星見の方にお願いしたほどだ。


 三つ目は白虎が遅れたこと。収集の通知は届いたのだが、それから音信不通になり遅れることへの謝罪もなく一番最後に京都に来た。道中強い魑魅魍魎に邪魔されたとは言っていたが、実のところ独自に調査していたということだ。


「で、協力を申し出るってことは玄武には何かをどうこうできる画期的なアイデアがあるんスか?それとも単に、他の人はダメだから同盟を組みましょうとかそういうこと?」

『それは、ぼくから、話すよ……』


 机に乗っていた小さな亀、玄武から声が聞こえて白虎は軽く驚く。マユは玄武のことを紹介しようと思っていたので、話に入ってきたことに驚きはしない。

 顎に手を当てて少し考え込んだ後、白虎は口を小さく開ける。


「初めまして、玄武。……ずっと実体化させてたのは修業じゃなくて、一匹の生き物としてか。そうなると大西さんって呼ばないといけないッスね」

「そうなりますね。わたしは西郷さんって呼びます」

「うん。……でもオレが詠んだ白虎は話せそうになかったけどなあ……。五神としての性能差が特性以外にある意味が分からないし」


 緑色で彩られた呪符を取り出して頭を抱える白虎こと、西郷誠。呪術省から受け取ったその呪符を穴が開くほど見ていたが、変化はない。


『その呪符は、あくまで座標を示す、だけのものだから……。それを起点として、持っている人から、霊気と生命力をもらって京都の結界を維持して、余剰分の霊気をもらったら、力だけを持った影を送り込んでるだけ……』

「ふむふむ。聞き捨てならない言葉がいくつかあった気がするんスけど、まあ置いときましょう。ってことは、大西さんはオレたちのように呪符を媒介にして玄武を詠んでいない?」

「はい。わたしの呪符はここにありますから」


 そう言ってマユは財布の中から出した黄色の呪符を見せる。細部は異なっていても、西郷が持つ緑色の呪符と同一のものだとわかる。いくら本質とは違う用いられ方をしているとはいえ、ここまで見事な呪符は日本中を探してもそうはない。

 それが目の前にあるということは、その呪符は使われることのないまま玄武を実体化させている証拠だ。五神の常識ではこの呪符を媒介にしなければ式神を召喚できない。だが、実例があれば間違っているのはその常識の方だと知識を修正できる。

 もっとも、今回の場合はこの本来の使い方を呪術省が知らずに、おそらくそうだろうという認識を常識として一千年間伝え続けて、気付いた者も今回のように他の人へ全員に伝えず限られた少数へ伝えていただけなのだろうが。


「なるほど……。玄武、呪符を用いずに呼び出すには何か条件があるんスか?何も条件が無かったら、こうも間違いが蔓延してるのはおかしい」

『簡単、だよ。ぼくたち式神側が、その人を認めないといけない。実力だったり、思想だったり、性格だったり』

「んーっと?つまりオレや朱雀さんたちは何かしら不足してて、大西さんは全てを満たしていた?」

『実力や性格もそうだけど、一番は心配だったから、かな……』

「そ、そんなに心配されるほどでしたか……?」


 玄武の言葉に白虎は納得する。本人がどう思っているかわからないが、周りから見たマユの姿は確かに心配だ。実力はあるのに驕らず、むしろ低姿勢を続ける。優しいというか、甘いせいで非情になれない。相手が悪くても、責められずに尻拭いを始めてしまう。

 そんなか弱い少女が実力はあるとはいえ生命力を奪われる役職に閉じ込められたら。才能はピカ一の天賦の才が開花する前につぼみのまま萎れていくのを見逃せるか。

 実のところ、姫の元に現れた麒麟も似たような理由だ。五神と呼ばれる式神は、無頓着な存在には突き放す癖に、心配になると自ら寄り添ってくる過保護な存在とも言える。


『西郷。今回はぼくが白虎を呼ぶから、それで認められて?ぼくができる、手助けはこれくらい』

「ありがとうッス。お願いするよ」


 玄武は西郷が置いた緑色の呪符に触れると、その場の神気が一気に増えた。その神気が集まり形成されていく身体。そこには何度も見たことがある白い体毛で包まれた巨大な体躯に緑色の鋭い眼光を宿した、白虎が現れていた。

 その白虎は今の状態を理解して大きな溜息をついていた。


『久しぶり。びゃっくん』

『何故呼び出した?玄武。この男を信用したのか?』

『なりふり構っていられない、からね。すーくんとせいくんは、気性荒いし。きーくんは優しすぎるから、均衡を保つなら、びゃっくんが一番』

『ワタシはいいとして。だからとはいえこの男を主として呼ぶか?普通』


 白虎の西郷に向ける視線は主に対するものではなく、まるで敵対する相手への物だった。その理由に西郷本人は笑っていて、マユは首を傾げるばかり。


「初めまして、白虎。なるほど、これは圧が違うッス。今までのが偽者っていうのがよくわかるよ」

『ああ、初めまして。……まあ、いいか。お前と契約してやろう。西郷よ』

「あれ?あっさりしてるッスね?」

『お前が、本性を見せたらな』

「本性?」


 その対価は当然だと西郷は微笑み続けたままで、白虎と契約させるにはそれぐらいしてもらわないと困るというのが玄武の考え。

 これは一種の賭けなのだ。それでも玄武がうなずいたのは、他の人間があまりにも不適合だったため。


「上手く隠せてなかったッスかね?たぶん誰にも気付かれてないと思うんだけど」

『先代麒麟はお前の事に気付いていたぞ。あの瑞穂という少女と、Aもな』

「あちゃあ。規格外は規格外ってことッスね。それに神様の名前は伊達じゃない。白虎も玄武も知っていたみたいですし」


 照れ笑いをした後に、この部屋の霊気が爆発的に増していく。それは先程白虎が現れた時と同じ様だった。さっきは白虎が玄武のように現れるだけとわかっていたから警戒をしていなかったが、今回のは出所がわからなかったためにマユは呪符を出して臨戦態勢を取っていた。

 その霊気が、西郷から出ていると知って困惑したが。


「西郷、さん?」

「ま、偽名なんだけど。わざと西が付く名前を選んだし、風というのは相性が良いと思って白虎を選んだらこうなるなんてね。オレも星見になりたいなあ」


 そう言いながら霊気の渦に呑み込まれて、姿が見えなくなる。その霊気が収まってマユたちの視界に映った姿は、先程までの西郷の姿とは一線を画していた。

 体長は現れた白虎と同じほど。体毛は黒と茶色で構成されていて黒の方が割合多い。耳は上頭部に丸型で二つ存在しており、尾も丸みを帯びていたが短かった。

 端的に言えば、黒くて大きい狸、だろう。顔の人相的にはアライグマの方が近いかもしれない。


風狸ふうり。どうして人間の世に紛れている?しかも五神などという立場になって』

『その名前嫌いなんスよ。風生獣ふうせいじゅう平猴へいこうって呼んでくれないですかね?』

「風狸?それって風の妖怪の……?」

『大西さんまで……。まあ、見ての通り人間じゃなくて妖だ。人間は増えすぎたんでね。人を知るなら人の中、最高戦力とやらの実力も知っておきたかったんで』

「はぁ……」


 咄嗟に警戒してしまったが、毒気を抜かれたというか、西郷だった妖は敵意を感じなかったので臨戦態勢を解いた。マユの近くには白虎も玄武もいたので、襲われることもないだろうという判断からだ。


『それで白虎。本性を見せたんだから、オレの式神になってくれるんですよね?』

『……はぁ~~~~~~。まあいいだろう。お前の陰陽師としての実力は疑いようがなく、目的も晴明の思想から外れていない』

『それは何より』


 そう言って西郷は人間の姿に戻る。こんな呪術省の中で妖の姿をしていたら襲われかねないと思っていたのだろう。大きい姿というのは目立つ。窓から見える可能性があるために、姿を戻すのは正解だろう。


『では西郷。ワタシに本当の名を、真名を伝えよ』

「『放蕩の神奈』」

『ではここに契約を。お前が陰陽の道を進むことを祈っている』


 告げた後、白虎は姿を消していなくなってしまった。あっさりしていると思われるだろうが、マユも姫も契約はこのように簡素な物だった。霊線はきちんと繋がっているので問題はないのだが。


「これでいつでも白虎を呼び出せるってこと?」

「はい。霊気もそこまでかからないと思います。いつも実体化させてなければ消費も激しくないですし」

「なるほど。神の名前は伊達じゃないッスね。……あ、オレの正体は他言無用で。もし言ったら襲っちゃうッスよ?」

「そうしたら迎撃します。言うつもりないですけど」

「いや、襲うって……いや、まあいいか。しっかし畏れ多いことしちゃったッスねー。たかが妖風情が神様と契約しちゃうとか」

『それ言ったら、人間が神と契約する時点で、不敬。ぼくたちが、認めてるから、いいけど。……あと、その「襲う」っていうの、本当にやったら欠片も残さず、噛み砕くよ……?』

「わかってるッスよ。これからよろしく。大西さん。人前では玄武って呼ぶけど」


 差し出される手を、マユは取る。こうして触れ合ってみても人間と変わらない暖かさがあり、感触も人間と変わらない。先ほどの姿が本物だとはわかっているが、どうやって化けているのかがわからなかった。

 五感全てまで誤魔化せる幻術とかであれば、それは正体云々より、五神ということ以上に脅威かと考えたが、今は数少ない同士なので追及はしなかった。


「はい。よろしくです。西郷さん」

「でも大西さんってすごいよねー。たしか外道丸にも目をつけられたんッスよね?」

「ああ、はい……。もし襲ってきたら一緒に撃退してください」

「それはもちろん」

(気付いてるのかね?他にも玄武やオレに好かれて、特大はAだ。情報によれば難波の式神さんたちも気にかけてるという。……そういう体質かねえ?)


 微笑むが、自分もその一人なので気付いた体質について言及はしない。

 この城を陥落させるには徐々に兵糧攻めをすべきだ。最大の問題点は、守る城壁がバカみたいに分厚くて高いということ。その城壁が関与できないような方法で城攻めをするしかない。

 その方法をいくつか考えながら、西郷は今後の予定を組み立てていく。

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