第63話 2ー3

 京都の最重要建築物と言えば何か。それは京都に住んでいる人間以外でも、日本人なら皆こう答えるだろう。呪術省省庁と。

 たとえ数多くの歴史的建造物や神社仏閣があっても、それは歴史的な価値があるだけと言われるだろう。それ以上に日本全国を防衛している呪術師の総本山の方が大事だと考える人ばかりだ。


 事実呪術省がなくなれば、毎日戦っている魑魅魍魎への対処を誰がするのかという話になる。自治体ごとに支部が置かれているとはいえ、資料や人員など様々な積み重ねが集積されている場所であることに変わりはない。

 魑魅魍魎の出現データ。強い個体の特徴、呪術犯罪者のリスト。新しく産み出された術式や戦法が記録された動画など、挙げればきりがないほどの資料が保存されている。このデータが外部に漏れたら、悪意ある者や妖に顔が利く者に渡れば大惨事になること必死な重要機密ばかり。


 そんな場所であるために防衛力も日本一であり、ここを落とされたことは一度たりともないという堅牢な場所だった。本人たちが隔絶した実力者たちに侵入されていたことを気付いていないだけで。

 そんな呪術省の高層にある一フロア。そこの小さな部屋に六人の人物が集まっていた。五人の人物は五芒星が描かれた机と付属する椅子に座っており、目の前には五芒星の頂点があった。もう一人は独立した机と椅子にかけている。


 独立した机にいたのはスーツ姿の呪術大臣、土御門晴道。五芒星の方に座っている五人はそれぞれ私服で五神と呼ばれる日本でトップ五人とされている陰陽師が座っていた。

 そんな中、一人の男が立ち上がって全員を見渡す。その男はファッション誌の表紙に居そうな全身をカジュアルに着飾って襟足まで髪を伸ばした、いわゆるチャラい男だった。髪も瞳も赤い二十代後半のその男は、一度頷いてからこう切り出した。


「それじゃあ、五神会議を始めようか」

「なーんで朱雀さんが仕切ってるんスか?五神会議って言うんなら、その名の通り麒麟の翔子ちゃんにやらせればいいじゃないッスか。この会議の言い出しっぺも翔子ちゃんだし」

「白虎。四神会議の際は私が仕切っているんだから、今回も私が仕切って何か問題があるのか?そも、五神会議なんて執り行われたのは今回が初めてだ。そこまで形式に拘らなくていいだろう」

「別にボクはそれでいいよ。進行役とかメンドくさいし、朱雀さんがやってくれるなら任せるさ」


 これまた二十代後半の少し小柄な男性、白髪琥珀の瞳のニット帽を被った白虎が首を挟んだが、話題の当人である大峰は問題ないと言う。大峰としては会議がしたいのであって、それをどういう形式にするのかは興味がなく、話し合いができればいいと考えているからだ。

 麒麟という立場上この中でトップとはいえ、会議の進行役までこなせるような能力まではない。適材適所だ。


「ではこのままということで。議題は伝えてあった通り、先日の事件についてだ。私と白虎も後から動画を見させてもらったが、Aという男の底は知れないな。裏・天海家というのも気になる。呪術大臣、この辺りは?」

「そこにある資料を見たまえ。Aと名乗っていた頃の一場面や裏・天海家について呪術省が把握していることは纏めてある。……霊線から、戦前・戦後に活動していた人物と同一人物という見解だ」


 五神は全員用意された資料をめくっていく。マユだけ玄武を脇に置いて、玄武にも見せるようにめくっていたためにめくる速度が遅かった。

 それを見て呆れる朱雀。


「玄武。式神を実体化させるのは修業としていいが、こういった会議ではさすがに控えてくれないか?どうせ見せたって理解してくれないだろう?」

「す、すみません朱雀さん。いつも一緒にいるので、何をするにも一緒じゃないと気が済まなくて……。それに一番実力がないのはわたしなので、皆さんの足を引っ張らないようにしておきたくて……」

「わかったわかった。つまりはいつも通りってことだな?じゃあその玄武は、この男についてどう思う?」


 問われてマユは考え込む。この間の事件はマユにとって悪夢に等しかった。それは生きて帰った後も玄武と話し合って、正直見逃されたというだけ。

 それと、玄武が他の人間の前で話したくないということなので、マユは玄武の顔色を確認するようなことはせずに話す。情報源は玄武だということを隠すために細部はぼかして。


「……寿命を引き延ばしていることは確実だと思います。いつから生きているのかはわかりません。ただはっきりしていることは、わたしたちの誰よりも強いということです」

「賛成。瑞穂さんを使役している時点で只者じゃないわ。それよりも呪術大臣?瑞穂さんが生きているなんて聞いてないんだけど?」

「それを言うなら親族の君ですら知らなかっただろう?葬式が執り行われたことは知っている。我々こそ、彼女が生きていることが不可思議だ」


 大峰と晴道の視線が合わさって火花が散ったが、それも長くは続かなかった。お互いがお互いを疑っていては話が先に進まないからだ。

 今回わざわざ五神と呪術大臣という役職で呼び出したのは全員の前で嘘をつかせないため。個人面談をしていれば嘘をつかれただろうが、このような形にすれば不利になるようなことは言わないだろうと踏んでだ。

 呪術省からしても、五神は結局彼らという体制の中では手駒に過ぎない。その手駒が反旗を翻さないようにと手綱を握ってくるだろうと思ったからだ。

 それだけ、五神に選ばれる才能の持ち主は限られているために。


「あの瑞穂さん。皆知っての通り先々代の麒麟で間違いない。だが、彼女は葬式を行って死んだはずだろう?式神になっていたとはいえ、式神とはあそこまで力を出せるものなのか?」

「それだけあの男の霊気が尋常ではないということであろう!他にも二匹の鬼や雑多な式神を使役していたという。底が見えない存在があの天海内裏なる男なのだろう」

「青竜は式神ごと負けたんだったッスね。それも使役されてる鬼に。オレらの式神が負けるってことは、敵う奴が日本にいないってことだけど、どうすんの?大臣殿」

「君たちで総当たりをかけるしかないだろう。五神が揃えばたとえ先々代の麒麟がいたとしても渡り合えるはずだ。晴明様が残されたその力が、鬼程度に負けるはずがなかろう」


 晴道の言葉に頷く男三人。疑問を浮かべる女二人と式神一匹。マユは玄武から戦うための存在じゃないと聞かされていたので、あの外道丸や黄龍とやりあえたのは二人が頑張ったからだとわかっていた。戦う存在じゃない式神が五匹集まっても、戦うための存在である鬼二匹に黄龍、そして麒麟と戦えるか確信は持てなかった。

 そこは対峙した大峰も同様。同じ麒麟と瑞穂の称号を得ていても、何一つ敵わなかった存在が先々代だ。麒麟で麒麟を抑えるということができない時点で、五分はないと考えていた。


「大峰君に聞きたいんだが、先々代の家は君の実家の本家だろう?葬式について確認はしたのかい?」

「そうッスよ。瑞穂って長野の天海家の当主ッスよね?」

「確認したよ。きちんと遺体は燃やしたってさ。で、映像も見たけど本人に間違いないって」

「じゃあまさしく、地獄の淵から舞い戻ったというわけだな。怨霊退散!」

「つまり、あの人は瑞穂さんとしての記憶と知識と力を全て、あの当時のまま持ってあの天海って人に協力してるわけですよね?それって色々情報が洩れているのでは……」

「まさしぃく悪だな!呪術省という正義から正反対の道を征くとは、許せん!」

「青竜、少し落ち着きたまえ」


 青竜のチャチャが入りながらも、マユはこの会議の行く末をじっと見守っていた。この会議の終着点はどこに辿り着くのか。そこに行き着くまで誰がどういうレールを作り上げるのか。話の流れや空気の変わり方などから誰が信用たるか観察していた。

 玄武から教えてもらったからだけではない。マユからしてもあのAという男と瑞穂は不可解なのだ。行動もそうだが、一時期は麒麟という呪術省の中でも中枢に入り込んでいた人物がまるっきり反対の道を歩んでいることが。


 Aはまるで京都校の生徒たちを試していたような事件の起こし方と幕引き。瑞穂は呪術省を煽るような力の見せつけ方。そして外道丸という鬼から聞いた情報と狙われる理由。それらから、個人と全体の線引きをするならどこがいいかと探っていた。

 あべこべなのだ。Aたちも呪術省も。このあべこべは意図して起こしたものなのか、それとも偶然か。意図して作られているのなら、そのようにしている理由は何なのか。そこがわからなければ恐ろしくて四神という立場に座っていられなかった。


(呪術省は本当にゲンちゃんたちの本質に気付いていないのですか?京都の守護に拘る理由は?陰陽師も大事にしているみたいですけど、実質的に麒麟は二代連続で呪術省を裏切っています。呪術省は日本の守護以外にも何か目的があって、それを知った二人の麒麟は呪術省を抜け出した……?それとも、呪術省単独ではなくて、日本の政府全体が何かをしようとしている……?ダメです。推論が多すぎて、まともな案とは言えません)


 考えを纏めるのは後にする。この会話は玄武も聞いているので、二人で話し合ってもいいのだから。


「あの人は本物だよ。……死者を式神にする方法はあるとされてきたけれど、人間での実例はないはずよね?動物や鬼が精々で、人間を式神にするという行為は生きた人間にしか適応されていないはず」

「その通りだ。そもそもとして、人間の降霊がかなりの高難易度ということ。人間程度を式神にした程度では戦力にならないということ。この二つから実例がないな」

「可能性があるとしたら晴明様の泰山府君祭?死者をも復活させる大儀式。その辺りは呪術省が門外不出にしてるからボクたちは詳しくないんだけど、どうなの?」


 泰山府君祭という名前は残っていてもどのような儀式だったかは伝えられていないというあやふやさ。一度だけ行われたその儀式は、陰陽術を用いた儀式だとはわかっていても、いつどのような目的で用いられたものなのか一般には知らされていない。

 そのために死者復活のための儀式とさえ噂されている。殺された母親を蘇らせるためのものだとも。


「泰山府君祭は我々も何も資料を得ていない。戦中になくしたのか、そもそも記載できないような術式だったのか。そこまではわからないが、君たちと情報量は変わらない」

「隠してないッスか?」

「隠してないとも、白虎。禁術指定されているが、その詳細がわからないから何故禁術なのかもわからない。名前だけで、どのような術式なのか、どういう効果があるのか、儀式に何が必要なのか、それすらわかっていない」

「無能だな。呪術省の名が呆れるのである」

「本土まで攻撃された第二次世界大戦で全て守り切れるはずがなかろう。日本の呪術は他国からも摩訶不思議な力として警戒されていたのだから」


 青竜の言葉に晴道は反論していたが、開き直っていいことではない。頼れることとして情報は大事であるのに、その情報も得られないのでは。


「それに呪術省以外も賀茂や我が土御門は戦中からあの天海内裏に襲われていたという記録も残っている。戦争をしながら国内に裏切り者がいて、しかも重要な資料ばかり狙われていたのだから仕方がなかろう」

「それってつまり、泰山府君祭を行うためにあの男が襲撃したって可能性もあるわよね?もしかしたら一千年前から蓄積された秘術もあの男は知っているんじゃない?」

「その可能性はある。我々が失ったものを、向こうは平然と使ってくるわけだ。その対策も何もわからないままな」

「あの男に襲われたら防げないのも頷ける。特に戦中であればなおさらだろうね。では何か?私たちが敵対する男は強力な平安の鬼を二匹連れていて、先々代の麒麟を従えていて、それらを使役することに余りある霊気を所持していて、その上で私たちの知らない技術も知識も得ていると?まさしく化け物ではないか」


 朱雀のまとめに全員してため息をつく。その相手をできるのはここにいる面子のみだ。彼の手下である鬼一匹に何十人という優秀な陰陽師が殺された。青竜ですら敗れたのだ。相対できる人間が限られている。

 そんな中、マユ以外に気付かれることなく玄武はため息をついていた。Aが何のために過去呪術省を襲ったのか、当時式神になっていなくても理由に勘付いていたからだ。

 戦中に呪術省を襲って得た知識や技術などありはしない。一千年前から生き続けて知識も技術も集積し続けているだけなのだから。それでも呪術省を襲った理由は、裏側の住人としての警告。ただそれだけ。


「天海内裏は置いておこう。先々代の麒麟と対峙した大峰君と玄武に聞きたいのだが、一人だけで彼女と相対して互角まで持っていけるかな?」

「不可能よ。ボクじゃ瑞穂さんには何一つ敵わない。映像見たから知ってるでしょ?あの人は麒麟も従えてるの。しかもボクたちのように呪符を用いずに。この時点で互角だと思う?」

「わたしも多分無理です……。瑞穂さん本人と戦ったわけではないので断言はできませんが、彼女が詠んだ黄龍とは互角でした。そこに瑞穂さん本人が加わったら互角とはいかないと思います」

「であろうな。今回の麒麟も我々の中では最年少ながら、術式の腕前は当代一だ。その麒麟が敵わないとなると、修業あるのみ!」


 敵わないから努力する。それは正しいが、ここにいるのは間違いなく日本の頂点。そんな存在たちが今までも努力してきた上で更に努力したところで伸びしろはあるのか。

 五神という力だとしか思っていない存在と心を通わせるということができれば戦力増強間違いなしだが、その可能性にはマユを除いて誰も気付いていない。そして世界も変革して神気が溢れ始めているので、それを身体に纏い始めて適応を始めたとなると伸びしろと呼ばれるものは限りなく小さい。


 上限いっぱいまで上がりきって、その上で外的理由も済んでしまっている。あの事件の日から実力が伸びたのはマユだけであり、他の人間はほぼ横ばい。となると、残念ながら青竜の発言は終着点として正しくなかった。

 それがわかっていないながらも、似たような感想を覚えたのは朱雀。


「努力はすべきだが、私たちはこれ以上強くなれるのかい?考え付く努力という物を全てこなしてきたから私たちは今の立場にいるのだろう?」

「努力は無駄だと?朱雀」

「何か画期的な発見があれば別だろうけど。例えば晴明が残した修行法や、五神以外の式神とかさ。正直総合力ならば私は大峰君に負けないと自負している。適していたのが朱雀というだけで」

「あんたらはお互いにないものをそれぞれ身に着けたらいいんじゃないッスか?朱雀さんは近接戦が、青龍さんは呪術戦が苦手でしょ」

「戦術のレパートリーを増やすという意味では歓迎だが、伸ばすと言っても限度があるだろう」


 その言葉でマユは朱雀を相談持ちかけパートナーから外した。どこかひょうひょうとしていて自分より強い存在が現れても自信ありげにどうにかできると信じ込んでいる。自分が確立されてしまっている。

 そういう人に話しても意味がないと、見切りをつけた。


「白虎の言うことも最もだな。我は他の五神に比べて呪術戦は苦手だが、欠点をのさばらせておくつもりはない。対抗手段は増やすべきだ。そういう白虎はどう力を伸ばす?」

「オレは色々と情報を集めてみて、後は師匠の所に顔を出そうかと思ってるッス。槍の腕が鈍くなってる気がするし、封印してた弓も使えるようにしないといけないんで」


 そういう白虎は武芸百般で、陰陽術も得意不得意なく器用に使える高水準に纏まった陰陽師だった。彼の場合は実力をつけるのではなく、取り戻すだったり備えるということが正しい。大峰や朱雀には呪術の腕では敵わないが、戦闘能力という意味ではずば抜けている。

 大峰も朱雀も陰陽師としては総合的にこの中でもトップだったが、戦闘力という意味では白虎が適応能力も込みでトップで、式神に関してはマユが一番。近接戦は青竜がトップで、陰陽術に関しては皆得手不得手はあってもどっこいどっこい。

 正確には神気を多大に用いれることから接近戦を除けば総合力でもトップはマユなのだが。


「あとは各地の状況をウチのツテで調べさせることッスかね。呪術省からも情報提供は受けてますけど、一つの情報源に頼らずに複数の視点持っておきたいんで。明らかあの日から日本は変わったッスからね。状況の把握はマジで大切ッスよ。情報一つで命の天秤は簡単に傾きますからね」

「じゃあその情報を纏めたら私たちにも伝えてくれ。呪術省ではない民草の意見や情報から何か得られるかもしれない。そちらは白虎に任せよう」

「へーい」

(白虎さんです!白虎さんに相談するのが一番良いと思うのです!青竜さんは強くなれるなら歓迎だろうけど、この人も結局自分が強くなることや朱雀さんに負けたくないって想いが強すぎて話聞いてくれないこともありますから……。ゲンちゃんにも確認取って、その上で話しましょう)


 マユは確信を持っていた。呪術省を完全には信用しないような物言いと独自の情報網。そしてこの場を諫められるような判断力などから相談すべきなのは白虎だと決めた。

 他の人は話を信じてくれるかわからなかったので保留。


「呪術大臣。裏・天海家から今回の件について公式発表は?」

「ないな。麒麟がいるから不要と考えたのだろう。麒麟は何か聞いているかね?」

「本人と確証が取れたくらいで、後は何も。他のことも今まで通りですって」

「協力するつもりがないということか……。裏側の住民というのはそういうものなのか?」

「あの人たちは表側には出てきませんよ。自分たちが天海家の分家であることも、陰陽師であることも隠している一族なんだから。当主になっても概要なんて知らないし、今は麒麟としての業務を優先しているからあっちは他の人に任せているし。普段やっていることは農業よ?一般人と何も変わらない生活しかしていないわ」

「それが本当ならいいが」


 晴道は麒麟を二人も輩出している、天海の名を冠する家が普通なわけがないと睨んでいる。それだけ瑞穂は規格外だったことを覚えているからだ。先代麒麟もかなり特異な家系だったが、調べただけで長野の天海家の方が特異だ。

 なにせ天海という江戸で大成した陰陽大家の分家だというのに、陰陽師としての実績が全くなく、まさしく存在するだけなのだ。

 そして大峰も瑞穂も自分の家について多く語らなかった。呪術省へコンタクトがあったのは後にも先にも瑞穂が亡くなって呪符を送りつけてきた一度だけ。それ以上の接触は一切ない。


「鬼の方は?片方は外道丸と名乗っていたそうだが」

「酒吞童子の容姿が書かれた文献はなかった。ただ残っていた動画から戦中に攻めてきた鬼と変わらないのは事実だ。青竜に勝つ強さから、平安のネームドの鬼で間違いないだろう。対峙した玄武は?」

「それ以上のことは聞けなかったので……。ただ玄武と協力してようやくだったので、酒吞童子に近しい実力を持つ鬼だとは思います」

「かの鬼には平安の頃も苦労したというからな。もう一匹の鬼は学生が足止めをできたということだからそこまでではないのだろう。つまり警戒するのは酒吞童子の方だけでいい」


 こう言ったのは晴道が自分の息子と懇意にしている賀茂の御令嬢からの報告を鵜呑みにしているためだった。天狐と難波最強の式神二匹がかりで足止めをしたのだが、自分以外の学生で足止めできたためにそこまで脅威ではないと報告したからだ。

 これには光陰のプライドと賀茂の絶望が関係していた。光陰は同年代で誰にも負けないと自負していたし、賀茂は正門の辺りで行われていた外道丸の虐殺とマユとの戦闘に力の差を思い知ったからだ。それと比べれば、光陰の言う通り学生で止められるのであれば大したことないと見たこともないのに断言してしまったため。


「ああ、もう一つ確認しておくことがあった。大峰君。あの男が言っていた裏・天海家十二代当主というのは本当なのか?」

「いいえ?十二代当主は瑞穂さん。十三代当主はボク。あの男がボクの家の当主だったという記録はないよ。大方瑞穂さんが教えたんでしょう」

「あの物言いはそれっぽいものであった。あれは攪乱としては十分な効力であっただろう」

「ではやはり、出自はわからないままか。これ以上は推論しか出ないな」


 この中で玄武だけがその男の正体を知っていたが、ただの式神のフリを続ける。実態は裏・天海家の当主ではなく創始者なのだが、それはマユにも教えていなかったのでこの場で誰からもその答えは出ない。

 それからも確認事項はいくつか話されたが、有意義だったかと言われると微妙な会議だったと言える。大峰が求める情報は呪術省にはなく、その他の人間が求めるものを大峰が持っていなかったためだ。

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