第58話 1ー3
授業と帰りのHRも終わって、一度寮に戻って要らない荷物を置いて更には私服に着替えて、その上で桑名先輩との待ち合わせ場所である喫茶店のマルカの前でミクと一緒に待っていた。
いくら京都とはいえ、この時間に喫茶店はやっていない。夜にやっている店はコンビニとファミレス、あとは奇特なお店くらいだ。公共機関は交通系を除いて基本的に稼働している。緊急時の避難場所になっているし、陰陽師の拠点としても活用されるからだ。
そういうわけで、辺りにある光は電灯くらいのもの。そんな暗い中で待っていてしばらくすると桑名先輩が歩いてやって来た。
「やあ、待たせてしまったかな?」
「いえ、大丈夫です。それでどの辺りに行きますか?」
「そうだね……。定番だけど銀閣寺の方へ行こうか。あの裏山辺りには多くの魑魅魍魎もいるし、銀閣寺以外には建物も少ない」
「わかりました。行きましょう」
歩いて行くにしたら時間がかかりすぎる。鳥の式神を出してそれに乗る。歩いているより式神で空を飛んでいる方が陰陽師の移動と思われて怪しまれない。
今が緊急時とはいえ、夜の魑魅魍魎狩りはプロのお仕事。ライセンスを持っていない人物は自己責任だ。たまにプロが主催する体験会のようなものがあったりもするが、たぶん今はそんなことは起こりえないだろうけど。
そんな善意で人員を育てるという余裕がないのだ。元からの人手不足が更に極まった状態で、ボランティア無償のお手伝いなんぞするお人好しは皆無になったということだ。そのお人好しが引退したり現場復帰したりしたというだけのこと。
俺とミクは同じ大きな鳥に乗っているが、桑名先輩はもう一匹の方に乗っている。のだが、その桑名先輩はその鳥を物珍しそうに見ていた。鳥の形状が気になるというわけでもなく、式神そのものが珍しいというような。
もしかしたら。
「桑名先輩。もしかして式神も……?」
「ああ、ごめんごめん。実はそうなんだ。誰かの式神に乗せてもらうことはちょくちょくあるんだけど、一人で、しかもこんなに大きな鳥の式神に乗るのは初めてでね」
「簡易式神ではないですけど、初歩の式神ではあります。……本当に難波の血筋なんですかね?」
「アハハハ。何とも言えないね。まあでもほら。土御門は満遍なく術式を用いれて、難波は結構特化してるだろう?大元のそこですでにそんな変化があるんだから、僕たちでも変化があるのはおかしくないんじゃないかな?」
そう言われてなあなあで納得する。土御門は中堅程度で全体的にまとまっている。難波はそれぞれ一点特化。安倍晴明の血筋と呼ばれている大家がこうも偏っているのだから分家の中でもブレるのはおかしくないことだと。
星斗も先祖返りというか、性質的には土御門に近い。そのことを考えるとおかしくはないのだろう。どちらかというと星斗が俺たちからしたらおかしいのだが。あいつ橋の下から拾われたとか、産まれた家間違えたとかないのかなあ。土御門家からの養子ですって言われたら納得する。
「本当に退魔に特化されていらっしゃるんですね……。桑名先輩、失礼ですが悪霊憑きとかではないんでしょうか?」
「ウチの家系に悪霊憑きは現れたことないなあ。退魔の家系だからかな?」
「それは珍しい。霊気が多くなりがちな陰陽師の大家こそ悪霊憑きは産まれやすいとされているのに」
ミクの質問の返答に、桑名という家の歴史から考えるとありえないと思って尋ね返してしまった。桑名は六百年近く続く名家だ。その中で一切悪霊憑きが産まれないというのは同等の家であればありえないと断言する。
難波だろうが土御門だろうが、霊気を一般の家よりも多く持って産まれがちな家は百年に一人くらいの頻度で悪霊憑きを輩出する。危険性はもちろんあるが、制御してしまえば憑かれた存在の力を引き出したり霊気が増えたりと様々な恩恵も得られる。
ミクや金蘭がその良い例だ。
桑名の家のように何かの力に特化するというのも悪霊憑きらしい特徴なのだ。ミクの場合はその霊気。金蘭もおそらくそうなのだろうけど、他の悪霊憑きであれば人間よりもよっぽど身体能力が高かったり、変わった術式が得意だったりする。
蛇の悪霊憑きであれば、毒の生成が上手だったり、身代わりの術式が得意だったり。桑名の場合は退魔なので悪霊憑きは産まれにくいとも思うけど。
真逆の属性だからな。悪霊と退魔なんて。
そうして話している内に目的地である銀閣寺の裏山に着いた。辿り着くのと同時に式神を戻す。ただ大きいだけの珍しくない鳥だったのに、残念がる桑名先輩がどうも印象的だった。
この辺り、左京区は夜であっても明かりが灯っていて、いわゆる特殊なお店が多かった。銀閣寺自体がライトアップされていたり、比較的に魑魅魍魎の被害が少ないからだろう。
京都全域で魑魅魍魎の被害が大きいということもなく、地域によってその規模は異なる。学校がある西京区は比較的出現率が高く、鴨川が流れている北区の方は左京区のように魑魅魍魎はあまり出ない。
それも京都の中では、という意味だし、先日のAさんが起こした事件の後からはその様子は変化した。魑魅魍魎の出現率を呪術省がマッピングしていたが、少し様相が変わったらしい。まあ、これだけ神気が溢れ始めたら様子も変わってしかるべきだろうけど。
「じゃあ全員の戦い方を確認しようか。那須さんからいいかな?」
「はい。わたしは主に霊気のごり押しで戦います。基本的な術式に、思いっ切り霊気を込める感じです」
「聞いたよ、月落とし。巨大な怪鳥を一撃でのしたんだって?防衛をしつつそんなことができるなんて、本当に霊気がたくさんあるんだね」
「本当に技術があるわけじゃないから恥ずかしいです……」
そう言うミクだが、技術がないわけではなく、膨大な霊気を制御できていないだけ。最近尻尾が五本に増えたせいで更に霊気が増えてしまい、細かい調整がしづらいだけ。ゴンですら匙を投げるほどだ。
だから単純に、莫大な霊気を消費する簡易術式や極大術式のような術の方が得意なだけ。
基礎は一通りできるのだが、戦うとなると式神を呼びだすか力のごり押しになってしまう。そのごり押しでも一線級の活躍ができるほどの霊気なのだが。ぶっちゃけそのごり押しだけで星斗には出力だけなら勝てる。精度を競ったらさすがに負けるが。
「難波君は?」
「基本的には式神を呼んで、後は補助術式や簡単な単一術式で戦います。後はこの呪具で戦いますが、まあ玩具なんで雑魚専門って感じです」
ジャケットの中から取り出したのは父さんから受け取っていた黒いハンドガン。夜中に魑魅魍魎狩りに行くなら外せないアイテムだ。マジで術式使うより雑魚相手ならこれの引き金を引く方が早い。
あれば少し楽ができる程度で、劇的には変わらない。三本のストレージを上手く使い分けられればもっと戦術も広がるんだろうけど、これをメインに使おうと思わなければそこまで広がるもんでもない。本当に玩具の領域を超えない武器だ。
だからこそ価値もあるんだけど。
そういえばこれ、この前使わなかったな。伊吹相手に通じるとも思わなかったからいいんだけど。
「いかにも難波って感じの戦い方だね」
「次期当主ですから。あと式神も紹介しておきますね。ミクも」
「はい。瑠姫様」
「ゴン、銀郎」
呼びかけてすぐに出てきてくれる俺たちの式神。最高戦力だけあって皆態度がふてぶてしい。
あと、日本全国に神気が溢れたことでこの三匹もかなり強化された。送る霊気の量が少なくなり、スペックが全体的に上昇。事件の前後で周りの霊気と神気の量が桁違いになったことで見られた変化だ。
まあ、そのせいで魑魅魍魎たちも全体的に強くなってるけど。それでもこの三匹の上昇率はかなりのものだ。銀郎なんて父さんが使役してた頃よりスペックが良い。むしろ今が当たり前のスペックなのだとか。
そんな目の前に現れた小狐、二又の人型をした猫、同じく人型をしたオオカミの式神を見て桑名先輩は感嘆の声をあげていた。
「うわぁ!銀郎様だあ!すっごいモフモフで触り心地良さそう!本当にオオカミなんだ……!ご先祖様もできたら自分の式神にして目一杯モフモフしたかったって書いてあったもんなあ!」
そう言いながら手をワキワキさせている桑名先輩。これを見てたしかにと頷く。この人は確実に難波の家系だ。こうもモフモフに目を輝かせる陰陽師は本当にウチの血筋くらいのものだろう。
星斗とかもゴンのこと撫でようとしてくるからな。病的に獣のモフモフ具合が好きな一族とか、そんなところで血を感じたくない。
「それでこちらが噂の天狐殿!難波君、抱え上げてもいい?」
「もちろんどうぞ」
「うえっへっへっへ!柔らかーい!もうね、触っただけでわかるよこの肌触り!尻尾と身体は柔らかさがちがーう!それに霊気がすごいなあ!あ、ほっぺに当たる肉球もいい!犬とか猫とも違った感触で、これを難波君と那須さんは毎晩好きなようにできるなんて羨ましいなあ!」
『耳元で叫ぶんじゃねえよ!ほんっとにお前ら一族は会った傍からどいつもこいつも遠慮なく撫でまわしやがって……!何で抵抗したら喜ぶかなあ⁉』
「だって僕たちにとっては肉球で押し返されるとかご褒美ですからぁ!」
わかるわかる。俺とミクは深々と頷いていたが、残りの式神二匹には白目を向けられた。ぶっちゃけ何をされても俺らからしたらご褒美だ。だって要するに、全身でモフモフを感じられるってことだろ?最高じゃん。
今のようにゴンに必死に抵抗されるというのは、おとなしくされていたら味わえない力を加えた肉球や、あの怒り顔すら見られないのだ。それはもったいない。さすがに限界点は見極めるけど。
『坊ちゃん。あっしはあれ勘弁ですからね』
「えー?尻尾くらい触らせてやれよ」
『星斗にすら触らせたことないんですが……』
「タマには触らせたくせに」
『小さい時の話でしょう?あ、いや?中学に上がってすぐでしたっけ?』
「なら久しぶりに触っていいですかっ⁉」
『マズッ、食い付いた⁉坊ちゃん勘弁を!』
「タマ、いいぞ」
「わーい!」
『あああああああああああああっ!』
銀郎の絶叫が響くのと同時にミクが銀郎へダイブする。そのまま手慣れたように全身へ手を伸ばしていくミク。それに悶絶したまま声も出ずに魂が抜けたんじゃないかと思うほどなすがままにされる銀郎。
ゴンは今も叫びながら抵抗しているというのに情けない。銀郎は歴代当主の面々にやられまくっているから抵抗しても無駄だとわかっているのかもしれないが。
ゴンや瑠姫は銀郎に比べればペーペーもいいところなので、そういうのに慣れていないのかもしれない。
『あちしには構ってくれないのかニャア?』
「俺までそうしちゃったら誰が辺りの警戒をするんだよ。魑魅魍魎は出てくるんだし、結構叫んでるから注目を浴びるだろうし」
『ちぇー。坊ちゃんだけ冷静でつまらないニャ』
瑠姫がぶーたれるが、三人の内二人がモフモフモードに入ってしまったために俺までモフモフモードに入ってしまえばここには式神を愛でる会が発足されるだけで、魑魅魍魎がやってきても誰も対処できない。戦うために来たというのに。
俺だってこんな外じゃなくて瑠姫が許してくれるならそれこそモフりたいが、そこは我慢だ。あの艶やかな体毛に包まれた肢体を好き放題できるならそりゃあ色々したくなるが、三人とも癒されてる状況を魑魅魍魎に見られたら襲撃されるだけだ。やつらに理性なんてないし、最近の魑魅魍魎は凶暴な奴が多いし。
こんな山奥にまで来て陰陽学校に通う学生が夜中に何してるんだよってなるだけだろ。一人ぐらいは正気の人間がいないと。それにモフられてるのは主力中の主力だし。
それから十数分ほどして、顔が艶やかに光っている桑名先輩とミクを見て満足したんだなと理解する。やられていたゴンと銀郎はげんなりしているが。
「いやあ、ごめんね難波君。あまりの可愛さに理性を留めれなかった。しかも天狐殿をこの腕に抱いただなんて……。一生語り継がせてもらうよ」
「やっぱり桑名家でも狐は信仰されているんですか?」
「それはもちろん。元は難波だからね。実家の方でも狐を見かけたら保護しているよ。呪術省の査察が来ると狐を抹殺しようとするからね。今でも過激派はいるんだって思うと悲しくなるよ」
「そんなの、蜂に刺されてアナフィラキシーショックで死んだ人がいるから、蜂蜜を作れる利があるけど蜂を絶滅させましょうっていうのと何ら変わりないんですよね。狐が一般人に利益があるかと言われたら癒しくらいしかないでしょうけど。陰陽師としては狐って優秀な生き物なんですけどね」
そんな連中を主導している呪術省を率いている奴らと血縁っていうのは本当に嫌だ。源流が同じなはずなのに、思想も能力もまるで違う。能力はまだ理解できる。難波と桑名みたいな突然変異や星斗のようなおかしな天才もいる。
都に住み続けた一族と田舎へ去った一族の差だろうか。都に残った賀茂も過激派思想だし。
というか。あいつらってどうして血筋と同輩だというのに晴明と玉藻の前が懇意にしていたって知らないんだ?それだけで狐を悪く思うどころか擁護派に回っていいはずなのに。
知らないか、思想誘導があった?まさか記憶が改竄されている?たぶん呪術にそういうのはあると思う。何故か実家に蘆屋道満が残した呪術大全っていう呪術の全てが載った本の原典が存在する。呪術省に置いてあるのは写本だったり。
何で我が家が持ってるかなあ。宝物殿といい、我が家は都から離れた分家にしてはかなりの物が残されている。土御門にもそれなりの物が残されているんだろうか。
「話の途中でしたけど、俺の主力はゴンと銀郎です。彼らに前衛を頼んで俺が後ろから援護するっていう昔ながらの戦い方です。瑠姫は一通りの陰陽術が使えますが、防御にスペックをかなり割り振っているので前に出て戦うタイプではないですね。守りの要と思っていただければ」
「ほうほう。難波の式神、その双角は知っていたけどまさに鉾と楯って感じなんだね。式神行使なんてできない僕からしたら本当に心強い援軍だ」
「あと特筆すべきことはないですね。苦手な術式とかも特にないですし。ああ、青竜のような自分が戦うのは苦手です。あくまで式神とか矢面に立ってくれる存在の補助が得意というだけなんで」
「あの四神がおかしいだけだよ。自分から魑魅魍魎に突っ込んだり、一つの術式で大鬼を消し飛ばしたりはできないのが普通なんだから」
外道丸には負けていたが青竜という陰陽師は日本の中では規格外に数えられる実力者だ。普通だったら八段という日本屈指の実力者でも三人がかりで遠くから挑むような大鬼を、肉体強化を施して接近戦で倒すという頭のおかしさ。
脳筋というか、あの人昔の武士と陰陽師のハイブリットというか。青竜塾なるものもできて接近戦を主とする陰陽師の一派ができているということを聞いて頭を抱えたりもしたが、関わらないことにした。
身を守るために陰陽術を教える塾も多いが、まさか肉体そのものを鍛えて致死率を下げようとするとか脳筋としか言いようがない。
マユさんが使っていたあの雷撃も相当頭がおかしい。外道丸をノックアウトさせかける極大術式、呪術省でも最高ランクに指定されるものを遥かに超えていた。それは呪術省にとって嬉しい誤算なのだろうが、あれで四神最弱って思われてるとかどういうこと。
大峰さんよりも実力があると思う、むしろ何故マユさんが麒麟じゃないんだと言いたくなるほどの実力差。外道丸を倒して、姫さんの黄龍と互角にやり合うとかどうなってるんだよ。玄武の本体が出てくるっていうのはそれだけ認められてるからだろうけど。
何でこんなにあの事件のことを詳しいかというと、Aさんが録画していたと思われる映像をたぶん姫さんが編集して送られてきたからだ。客観的に前回の事件を見ることができたが、本当に姫さんとマユさんの実力は頭抜けている。
その中に土御門が蟲毒を引き起こした証言もあったが、貰い所がAさんからとなると、証拠としてはやはり弱いだろう。なので保管し、いざという時に使わせてもらう。そんな映像を撮る余裕があったのはAさんしかいないってわかるし。
「それで、桑名先輩はどういう風に戦うんですか?概要は知っているので何となく想像はつきますが」
「説明するよりも見せた方が早いと思う。そこら辺に魑魅魍魎がいるし、さっそくやってみようか」
辺りを見回しても脅威になりそうな魑魅魍魎はいない。雑魚ばっかりだ。全員そこら辺をふよふよと浮かんではいるが、危害を加えようとはしていない。
魑魅魍魎は人間を見つけたからといってすぐさま襲ってくるとは限らない。そういう魑魅魍魎もいるが、大半はそこに存在しているだけだ。放っておいたらかなり数が増えているので基本的に見つけたら倒すが。
桑名先輩は上空に浮かんでいる魑魅魍魎をターゲットにしたらしい。そいつらに向かって右手を広げて掲げる。
次の瞬間。光ったと思ったら魑魅魍魎は崩れていくように消えていった。乖離というか、剥離というか。構成要素がポロポロと剥がれていくように消えていった。
通常なら霊気が大気に還るように消えていくのだが、今回のように消えていく魑魅魍魎を見たことがない。それもそうだが、無詠唱というのは驚いた。呪符も使っていなく、煩雑な術式を使っているようにも見えなかった。
その力がもう、身体に浸み込んでいるかのように木の葉が流れるように用いられていた。六百年という年月を、その術理を全て継承していくことに費やしているような。
ただあの術式、どういうものなのか読み取れなかった。手が光ったのはわかっても、それがあの魑魅魍魎たちに当たった瞬間は見えなかった。どういう原理であの現象を起こしているのかまるでわからなかった。
なのでそれを直接伝える。
「見てもわかりませんでした。どうなったんです?」
「退魔の名の通り、魑魅魍魎を浄化させたんだ。普通魑魅魍魎を倒したら霊気になるだろ?でもこの術式で倒すと霊気ごと消し去る。悪しき霊気を大気に還すことなくそのまま消し去れるんだ」
『ほう?やはり桑名は魑魅魍魎の絡繰りを知っていたのか』
「もちろんです、天狐殿。難波にはきちんと晴明様から魑魅魍魎や魔について継承されましたから。それを分家である我々が知っているのは当然でしょう」
それが本家である土御門の場合当然にならないのかもしれない。魑魅魍魎の在り方をあの本家は知っているのだろうか。俺たち難波と京都に根を張っている土御門たちはどうも知識量の差があるように感じる。
意図的に表側の土御門には隠したとして、その真意はどこにある。難波が裏側の家だから全てを知らせたとして、人間の管理を任せる表側に伝えない理由とは何か。
どうにか土御門に間者を送り込めないかな。向こうの情報が欲しい。
それは後にして。
「桑名先輩。さっきの術式、まるで見えなかったんですが不可視の術式ですか?」
「いや。純粋に威力が低いだけだよ。相手が魔だったら作用する術式で、威力が高いほど霊気も喰うし、可視化もするんだけど。あれはちょっと敵が弱すぎて可視化できなかった。見せるって言っておきながらいつもの癖で倒せるギリギリの力しか出していなかった」
『常在戦場の意識からしたら合格でしょう。退魔の家ということは本来の陰陽師の家とは在り方が違うんですからねえ。むしろあっしらと心構えは同じでしょう。節約結構。そういう風に家からして変化していったんでしょうから』
「銀郎殿に褒められるとは、光栄です」
桑名先輩がはにかむ。分家の中でもウチの式神は別格らしい。
今は誰もが忘れている本業としての陰陽師。その在り方を貫いたのが難波で、今の呪術師としての在り方に早くシフトしていったのが桑名家。というよりはその体質から戦うことに特化するしかなかったんだろうけど。
戦うことに専念するなら霊気の節約を心構えにするのは間違っていない。必要最低限の労力で切り抜けるのが一番だからだ。そうじゃないと長時間戦い抜くことはできやしない。
「タマ。先輩の術式見えたか?」
「霊気は感じ取れましたけど、目で見ることはできませんでした……」
「だよな」
意図的に霊気の流れを感じ取ろうとしなければ本当に手が光って魑魅魍魎が浄化したようにしか見えないだろう。まさか見えない術だとは思わなかったので、そこまで念入りに見ていたわけじゃない。次見る時はもっと念入りに見よう。
とか思っていると、地上にもふよふよと魑魅魍魎が寄ってきていた。敵意を向ければさすがに魑魅魍魎も寄ってくる。数も多くなく、また雑魚ばかりだったが。
「今度こそわかりやすいと思う。見えるように術式も使うからさ」
また手を掲げる桑名先輩。その右手から光が出るのと同時に黄色い閃光が魑魅魍魎へ駆けて行った。目の前にいる魑魅魍魎を倒すには過剰にしか見えない巨大な閃光。それに呑み込まれて魑魅魍魎はさっきのように剥離しながら消えていったが、驚くべきことがあった。
後ろの木にも直撃していたはずなのに、それらに一切傷がない。倒れることも葉が落ちることもなく、術式を放つ前の状態を保っていた。あれだけの霊気がぶつかればありのままの状態を維持できるはずがないのに。
霊気の量などからして高等術式に違いない。だというのに変化がないということは。
「もしかして、魑魅魍魎にしか効かない術式なんですか?」
「あと妖にも効くよ。それ以外には効かないね。周りを気にせず出力を最大にして撃てるっていうのはすっごく便利だよ。反射的に術式を用いても誰も傷付けないからねえ」
「……確認したいんですけど、悪霊憑きの場合ってどうなります?」
「あー。悪霊憑きは傷付くね。たぶん憑いてる側が反応して、内側を傷付ける。悪霊憑きを浄化させるには相当高位の術式を使えば剥がせるけど、普通に術式使うと内蔵とか血管とか傷付けちゃうんだ。悪霊憑きの人に浄化を頼まれることもあるよ」
確認しておいて良かった。悪霊ってまるっきり悪と言っておいて、退魔の力なんだから作用してしまうのもさもありなん。むしろ悪霊を祓えなかったら退魔なんて名乗れないだろう。
「あのですね。何が憑いてるかは言えないんですが、タマは悪霊憑きです。それと、その悪霊を祓わないでいただけるとありがたいです」
「え?そうなのかい?」
「はい。わたしは悪霊憑きで良かったと思っています。ですので、できればその手をわたしに向けないでいただければ……」
「そっか。わかった。詳細は聞かないし、細心の注意を払うよ。まあ、その人が魑魅魍魎に囲まれてたりしない限り人ごと巻き込んで術を使ったりしないよ。それは陰陽師として当たり前の心構えだろう?」
話のわかる人で良かった。問答無用で悪霊憑きなんて絶滅すべきとかって理論で実力行使してくる人じゃなくて。退魔士なんて初めて会ったけど、先天的な才能じゃなくて、魑魅魍魎に大切な人を殺されたからと復讐心で退魔士になる人もいる。
きっかけなんてわからないから、家柄だけで判断するのは危険だし。人類の守護者たる土御門と賀茂であれだったもんなあ。
「陰陽師、なんですね」
「それはそうだよ。僕はそもそも呪術もからっきしだしね。いや、本質的には陰陽師にはなりきれない一家だけど、呪術師なんて余計に名乗れないし。難波から分かたれた家だから、そういうのはちゃんとしてるよ」
「ウチの分家は若干変質し始めてますよ。今の世の中の風潮だから仕方がない部分もあるんですけど、戦闘に重きを置き始めて」
「あら……。でも香炉星斗さんを輩出したのは純粋に栄光なんじゃ?」
「才能から見ても実力から見ても誇れる人材ですよ。むしろ彼の万能性というか、器用貧乏加減が戦力重視の錦の御旗になってしまったというか」
「あー……」
別に星斗を責めているわけではない。こうも変わった世の中じゃ、桜井会こそ必要とされる存在だし。だから父さんも見逃していたんだろうか。たぶんここまで未来視で視ていたんだろう。
ああ、父親の背が、当主の座が果てしなく遠い。
それからはゴンたち式神も含めた連携を見せることになり、三人で大きな事態に当たることになってもいいように様々な確認をしていく。
その途中で桑名先輩がやっぱりというか、ゴンたち式神に感動して一時中断することにもなったが、それ以外は順調に動けていた。
俺たちはもう長い間銀郎と瑠姫と一緒に暮らしてるから感動とかしないけど、分家の中では本家の式神ってどういう扱いなんだろうか。本家にずっといるからそこまで姿を見せないらしいけど、今はこうして俺たちの式神になってるからなあ。
次期当主には貸与されると思うんだけど、どういう語り口をしたらここまで信奉されるんだろうか。それとも獣に目がない血筋のせいだろうか。
その答えは出ないまま、丑三つ時まで三人で魑魅魍魎を狩り続けていた。生徒会ではない信頼できる上級生ができたというのはパイプ的にも嬉しいことだ。もし何かあったら頼れるし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます