第57話 1ー2

 建巳月けんしげつの争乱から早二週間。ようやく学校が再開し、久しぶりに会う面々もいた。入院していた生徒や帰省していた生徒たちも戻ってきて、教師陣の復帰や京都の態勢確立などから目途が立ったのだろう。

 今でも外は魑魅魍魎がうろついている。陽が昇っている時は京都ぐらいしかうろついていなかったのに、今や全国どこでも同じように魑魅魍魎や妖が歩いている。そのため調査隊が編成されて脅威になり得る存在には討伐隊なども派遣されているのだが、どこでも京都のように全ての妖や魑魅魍魎は力を増幅させている。


 陰陽師も力が増しているが、相対的に妖たちの方が力を増している。妖たちの数は陰陽師の数を凌ぐほど現れて対応が厳しいのが現状。

 そこで呪術省としては、一人でも多くの陰陽師が早く戦場に出て事態を解決する一助になればと考え教育機関の早期復活を提唱し実施。また非常事態宣言の元、ライセンスは持っていなくても陰陽師としての才能がある者には準ライセンスを与えるという措置を取った。就職している者であっても強制的に引き抜き、プロと同じ業務に当たらせている。


 この準ライセンス持ちはプロと変わらない保険などの保証がされていて、給料はプロの九割が払われる。そしてプロへの昇格もあり、この事態が終息すれば元の会社にも戻れるという保証付き。

 これは国会で即決で通り、民間企業や一般人からも反対意見はほぼ出なかった。それだけ緊急事態だということが誰の目から見ても明らかだったからだ。終息する目途は全くなかったが、対応しなければいつまでも終わらないとわかりきっている。


 あと、特に京都は強い妖が複数集まっているために地方から七段以上を優先的に回すことになった。これには地方の領主や県長、市長などが反発することも多く、全員を京都へ徴兵できたわけではない。地方にだって強力な妖は現れているし、七段以上となれば虎の子の戦力だ。それを手放したら街の防衛線が崩壊する可能性があるからだ。

 だが、領主の一声で京都へ送還された奴もいる。ウチの星斗がそれだ。父さんの鶴の一声で今は京都で一人暮らし。なんか離れたくない理由があったらしいけど、ザマァ。


 さて、そんな確認の現実逃避をしていたのはすでに八神先生が始業のチャイムと共に教壇に登っているのに、埋まらない席が二つ。いや、たぶん二つは少ないのだろう。


「これで全員だな。二見と方杉は自主退学した。京都や日本の情勢を考えればおかしくもない。だからこそ呪術省からはお前たちに戦力として一日も早い戦線への参加を望んでいるが……。カリキュラムを若干変えるが、お前たちを戦士として育てるつもりは毛頭ない。あくまでプロの陰陽師としての教育と、緊急事態故の即応対応についてのみだ。ここは軍隊学校ではない。兵士としての心構えなどは教えない。一日でも早く戦線へ出たいという蛮勇は、放課後に特別カリキュラムを組んである。そちらを受講するように」


 そう言ってプリントを二種類配り始める。変更になったカリキュラムと、放課後実施の補講について。補講の方は受けなくていいだろう。たぶんできることなんて限られている。名家に産まれた人間であれば受講する意味のないものだろう。

 変わったカリキュラムについて調べると、プロの陰陽師とチームを組んで夜中に街中を巡回とある。要するに実地研修だ。これで場数を踏んでさっさと戦力として数えたいと。何事も経験とは言うが。


「あとこれも一応伝えておくが。防衛大附属高校への特待生編入の知らせも来ている。自衛隊のキャリアが保証されているが、この道を進めばプロの陰陽師のライセンスが取れない。将来プロの陰陽師よりも苛酷な環境で戦うことにもなるだろう。それでもこの道を選ぶ者は早めに言ってくれると助かる。前の掲示板に貼っておくぞ」


 そう言って画鋲で黒板の脇にあるコルクの掲示板にその紙を貼る。自衛隊については陰陽師として良い印象がない。自衛隊は陰陽師の才能がない人間が行く場所であり、普通の火器では魑魅魍魎を倒せない。

 銀郎のように霊気で実体化させた刀や、俺の持っているような呪具としての銃なら魑魅魍魎を倒せるが、霊気を施していないただの銃では魑魅魍魎は倒せないのだ。最近はそういった呪具も配備されているようだが、元々が対人間の組織なのだから、魑魅魍魎と戦うことを想定していない。


 国外の人間を対処する、国防のための部隊なのだからそれも当然だ。今は緊急事態として自衛隊も各地へ派遣されているが、餅は餅屋。対魑魅魍魎は陰陽師の専門分野だ。

 今回の陰陽師の卵を防衛大附属学校に呼び寄せているのは緊急時に陰陽師と連携して動くにはどうすればいいかという確認と、呪術省が倒れた時を想定しているらしい。ちなみにこの情報は姫さんが送ってくれた簡易式神が教えてくれた。


 あの人、自衛隊にも密偵を送っているのだろうか。俺たちに色々と手厚く支援してくれてるけど、何を返せばいいのだろうか。何に期待して俺たちにここまでしてくれるのか。ミクが血筋の狐憑きだから、くらいしか理由が思いつかない。

 なんせ呪術省を潰す同志とか言われても、あの人たちだけで物理的にできることが証明されたからな。それ以外に求められているものなんてこの血とミクの狐憑きくらいしか思いつかないのも事実。それ以外に特殊なこと。


 それを考えている内にHRが終わってしまった。いや、わかっているんだけど。あの人たちが俺たちに執着する理由なんてわかってる。だからと言って何をやらせたいのか。それがわからないからこうして考えているんだけど。


「明、とりあえず俺が集めた情報を聞け」

「なんだよ、祐介」

「この学校、あの天海内裏って奴に襲われたからって更に警備が増えたらしい。それに四神全員京都に集まってるらしいぜ?」

「どこからそんな情報集めてくるんだよ……」

「人の口には戸は立てられないからな。食事の席だと口が緩くなっちまうのさ」


 バイト先で聞いたのだろうか。盗み聞きとかしてそうだもんな、祐介。まじめに働いてるとは思えない。なにせ呪術の授業をサボるような不真面目だからな。

 あと、四神を集めることは至って当然の帰結。日本の表の最大戦力をこの一番危険な京都に集めなくてはそれこそ京都が沈む。陰陽師の都である京都が落ちれば、魑魅魍魎に蹂躙されて御終いだ。


 京都には数多くの呪具生産工場や未成年用の呪術教室などがある。陰陽師の拠点でもあり、未来の可能性が散りばめられた宝物殿とも言える。全ての取り締まりたる呪術省もある。そこがなくなれば、全国へ陰陽師を派遣できなくなるのは必至だ。


「うーん……。上手く誘導されてないか?そりゃあ京都も大事だろうが、他を手薄にしたら地方から徐々に切り落とされないか?」

「戦力が減った周りから落としていくってか?そんな知能、魑魅魍魎にあるって?」

「主体は魑魅魍魎じゃなくて、妖とか天海内裏だろ。天海内裏ならそれくらいの戦略くらい立てる。呪術省を落とそうとしてるんだからな」

「あの男ならやりかねねえか」


 Aさんのこともそうだけど、相手はあの伊吹たちのような妖もいる。魑魅魍魎と違っていつでも姿を地につけていられるし、知能ももちろんある。

 勢力図ががらりと変わったということを理解しているのかどうか。魑魅魍魎が主体だった以前から、妖や土地神を相手にすることになるのに。基本的に夜だけ警戒していた以前とは違う。これからは四六時中魑魅魍魎よりも総合的に強い相手と敵対しなくてはいけないのだが。

 敵対するかどうかも、人間次第だとは思うけど。


「天海。裏・天海家については何かわかったか?」

「存在は、確認できたよ。本家は今でも交流があったみたい。でもわかったことは少ないかな。表側は知らなくて結構、みたいな感じであまり話もさせてもらえなかったみたい。あの男の人についても何もわからなかったって」

「情報規制されていますよね……」


 あの人たちがあっさりと尻尾を掴ませるはずないからな。むしろそんなところから抜き取れるような情報があるのだろうか。どうせあの場で言ったことも大体嘘だろうし。どうせ裏・天海家とは協力関係とかそんなのだ。

 伊吹について調べてみても、呪術省のデータベースからは何もヒットしなかった。ゴンたちに聞けば簡単に教えてくれるとは思うが、ゴンたちとの関係を明かすのは得策じゃないと思って聞いてすらいない。


 呪術省が知らない情報を俺が知っていたら、情報源が丸わかりだ。それで立場を悪くするのもバカらしいので黙秘。

 父さんたちから姫さんのことは聞いているために、Aさんと裏・天海家の関係は知っているが、本当にそれだけかとも考えたが。考えすぎたって答えが出ないこともあるのでほどほどにしておく。


 姫さんに言われた、京都の周りでうごめいているとかいう他の勢力についても気になる。それって妖のことだろうか。それとも人間たちの勢力だろうか。調査隊でも簡易式神で作ろうかと思う。Aさんのように目的化された簡易式神を大量にばら撒くのならできなくはなさそうだし。

 ミクなら霊気大量にあるし、協力してもらうか。

 授業を四つ受けて中休み。いつも通り瑠姫の弁当を食べて雑談していた頃、教室の扉付近にいた摂津がこっちを呼んできた。


「難波と那須ー。お客さん」

「ああ」


 扉の前で待っていたのはシューズと組証が赤色の男子生徒。髪の色は赤みがかった茶色に、朱色が強い紫色の瞳。なるほど、かなりの霊気を持っているのはわかった。だけど二年生が俺たちに何の用だろうか。


「初めまして、難波の次期当主と分家の那須さん。二年の桑名雅俊くわなまさとしです。ちょっとお時間よろしいですか?」

「もちろんです。……桑名?先輩のご出身は静岡ですか?」

「あはは。さすがだね。そう、分家の桑名です」


 廊下に出て桑名先輩と話し合う。別に秘密の話ってわけでもないし、防音の術式や場所の移動などは必要ないだろう。

 あと俺が分家にあまり興味なくてもさすがに桑名は知っている。異端すぎるからだ。

 ウチの分家は断絶しない限り基本的にウチの領地内に居を構える。領地外だとしてもそこまで離れていない。一度断絶したミクの家だってそこまで遠いわけじゃないし。電車か車さえあればいける。


 それに桑名はウチの血筋にしてもかなり特殊だからなあ。星斗が指揮する桜井会が喉から手が出るほど欲していた戦闘に特化した家柄。でも迎秋会に呼ぶことはなく、難波の当主になることを一切考えていない分家だ。

 そういや桜井会どうなった?今度父さんに聞いておこう。


「もしかして分家としての挨拶とか、ですか?」

「それもあるけど、この前の事件で大活躍だったから顔を見ておきたくて。二人とも一年生なのにすごいなあって。鬼の足止めと、救護拠点での方陣維持はどれだけの霊気があればできるんだろうって」

「成り行きで仕方がなく、ですよ。あの鬼を止められそうなのはウチの式神くらいだったので」

「わたしも瑠姫様に霊気を送っていただけですから……」


 俺に至っては前半戦ダウンしてたし。倒した魑魅魍魎は大蛇一匹じゃないか?あとは伊吹抑えてただけだし、それはゴンと銀郎がすごいんであって俺の実力とは言えないからなあ。ミクは二匹倒してるし、その上で拠点防衛や天海の手伝いをしていたから大活躍と言っていいかもしれないけど。

 九十九分の三を倒したのは大活躍と言うのだろうか。伊吹のことは土御門の後始末だし。伊吹が出て来なければそこまで俺は仕事をしたとは言えない。結果的には、被害を食い止めたことになるのかもしれないけど。


「謙遜することはないよ。学生でスコアを挙げたのは少ないからね。特にあの伊吹っていう鬼は呪術省でも確認が取れていない鬼だ。本当に酒吞童子なら大金星だよ」

「どうですかね……。そういう桑名先輩は討伐に参加したんですか?」

「それはもう。一応退魔の家系だから。むしろ僕としてはこれくらいしか取り柄がなくて。苦手な術式も多いからさ。よく京都校に受かったと思ってるよ」

「苦手な術式?誰でも苦手なものくらいあると思いますが……」

「僕は極端でねえ。攻撃術式と呼ばれるモノは得意だけど、隠形とかの補助術式はめっぽう苦手だ。発動しないこともままある」

「発動しないんですか?」


 ミクが首を傾げながら聞き返す。術式が発動しない、というのは条件的になかなかありえない。方陣のような難しい術式なら発動できないこともあるだろうが、補助術式は基本的なものばかりだ。中学生でもほとんどが使える。

 霊気がかなりあり、この学校に合格して進級もしている人が補助術式を発動できないというのはなんともおかしな話だからだ。

 偏見ではあるが、安倍晴明の血筋ということもその一端だろう。難波家もかなり特化した家系ではある。だが発動しないということはない。苦手はあっても。


「そう、全くね。でもそうかー……。そこまでは現代の難波家にも伝わっていないのか。手紙で交流してたのも百年くらい前までだっけ?」

「正確には覚えていませんが、戦前なのはたしかですね。今では本家に残っている書簡など整理してますが、桑名から手紙が来なくなったのはそういう約束だったからとウチの書に残っています。未来を視て、その頃には交通網が整っているから情報交換はいらないと書いてありましたが」

「表向き本家から飛び出したのは二つになった都の情報収集だったらしいからね」


 相手方も知っていて助かった。基本本家の人間が分家に落ちる理由は後継ぎになれなくて本家から追い出されるからだ。分家の人間も本家に返り咲くことがあったし、そうやって追い出された分家も数多くあるわけだが、桑名は唯一の特殊な分家だ。

 今交流がないというのがかなり特殊なのだが。情報収集は街道の整備や電気機器の発展により簡易式神を飛ばすということをしなくなったので大分楽になった。本家でも満足に情報収集ができるようにお役御免というわけだが。

 本当は違うらしい。


「その体質というか、修める術式が特殊すぎるためと聞きましたが。退魔に特化しているから?」

「そうそう。それであの土地の維持には向かないっていうのと、ウチの先祖が民草を助けたかったから出向したって記録に残ってる。百年前くらいに交流は途絶えてしまったけど、今でも僕らは難波に恩義を感じている。異端扱いせず、のびのびと自分らしさを求められたんだから。こんなことになったし、もう一度協力し合おうと思って」

「なるほど。それでわざわざ」


 桑名先輩から差し出された右手を取る。分家の人から直接力になると伝えられるのは初めてだ。ミクは別。あの家は本家の力がないとどうにも先に進めなかったのだから。

 星斗とか、桜井会の人たちとかもう少し協力的なら扱いやすいんだけどなあ。本家を見返してやろうとか、考え方が古いとかって何かと批判的なんだから。自分たちで考えるのは良いけど、クーデターとか画策しないでくれよ、頼むから。


「本当は本家の君が上に立つべきなんだろうけど、戦闘に関してはこっちの方が一日の長だ。もし同じ現場に居合わせることになったら僕に任せてほしい。学校でも一年先輩であるわけだしね」

「わかりました。でもこっちもこっちなりの戦い方があるので、今夜あたりちょっと抜け出して外で戦ってみませんか?全員の実力を知るにはいい機会だと思います」

「そういえば君たち、こっそり外で魑魅魍魎狩ってるんだっけ。……うん、そうだね。実力は知っておきたいから今夜ちょっと抜け出そうか」


 交渉は成立。こうも世の中が変わってしまうと、次に何が起きるかわからない。Aさんたちじゃないにしても、同等の戦力が攻め込んでくる可能性は大いにある。呪術省の駒になるのはごめんだが、自衛手段はいくらあってもいい。

 桑名先輩の術式は一子相伝というか、血筋固有の力だと思うので真似はできないと思う。初代桑名は相当な特異性質だったと思うが、それが桑名という家で代々続くなんて。本家には似たような力を持った人間は産まれていないのに。


 人間の遺伝は不思議だ。たぶん最初の変質はウチの土地のせいだったんだろうけど、その後は静岡に移り住んだことでその性質が安定して子孫にも現れたのか。

 天海の例もあるし、遺伝ってやっぱりかなり重要だとは思うんだけど、それを専門にしようとも思っていないので調べるつもりもない。


「集合場所はどこにしますか?さすがに校門の前じゃ警備員に見つかりますし」

「近くにある喫茶店のマルカわかるかい?あそこの前集合でどうだろう」

「そこならわかります。ではマルカに放課後集合ということで」

「うん。じゃあそういうことで。那須さんもよろしくね」

「はい。桑名先輩、よろしくお願いいたします」


 とても感じの良い人だった。桑名の力はいつか見たいとは思っていたので在校生にいたというのは僥倖だ。資料で読んだだけだが、相当に特殊で、桑名の血筋じゃないと使えないとか。

 だから弟子とか取らずに、血筋で使える人だけに継承するのだとか。天海の風水と同じで一家の血に縛られた技術とも言える。

 それと何か忘れてるような……。


「ああ。ゴンとか銀郎紹介するのを忘れてた」

「それは放課後でも良いのでは?」

「それもそうだな。教室に戻ろう、タマ」

「はい。明様」


 ミクは結局、人前では前のように様付けで呼んでくる。たぶん本家と分家っていう関係こそを強調するためだろうけど。その代わり二人きりだとハルくんって呼んでくれるんだが。その二人っきりっていう時間はほぼないのでかなりのレアな時間だ。

 寮も男女別々だし、外には人が往来してるし。精々が魑魅魍魎狩りから寮へ帰る時のわずかな時間だけだ。

 そんなちょっとでも二人っきりの時間があるんだから、良しとするか。

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