第53話 4ー8
「呪術省の上層部は未だに事態が解決せずに、無駄な会議を繰り返しているな。それだけ解決したいのなら自分の足で現場へ赴けばよいものを。外道丸が作ったあの惨状を見ては足も竦むか。玄武の子も頑張ったからこそ、落差が激しいのだろうが……」
誰も周りに人がいない空の足場で、Aは呟く。未来視を用いなかった結果楽しめる出来事もあったが、それ以外は大体シナリオ通り。
姫が大峰翔子を圧倒することも。呪術省が送り込むプロの陰陽師共を外道丸が壊滅させることも。土御門光陰が自身に攻撃を仕掛けてきて伊吹を校内に放つことも。明が伊吹を止めることも。ペース的に夜明けまでに魑魅魍魎を倒しきれないことも。夜明けまでの防衛戦がギリギリではあるが達成できそうなことも。
校内の死者がまだ二桁いっていないのも想定通り。姫が相手を殺さないのも知っていたし、送り込んだ戦力と校内にいるであろう戦力を鑑みた結果そこまでの死者が出ないこともわかりきっていた。
防衛戦に徹したら、瑠姫と珠希がいる時点で防ぎ切られる。霊気と実力からそんなことは簡単に割り出せる。百鬼夜行の魑魅魍魎は特殊な個体が数体いるだけで、規模としては普通の百鬼夜行と変わらない。ある程度の戦力があれば、特性さえバレてしまえばプロの集団がいればあっさりと制圧できる。
そうなるように調整した。今回の騒動はあくまで選別であり、学校の存在そのものを破壊しようなどとは考えていない。学校を破壊するだけなら外道丸に全開の霊気を与えて中心地に下ろすだけでいい。
芽のある人材の掘り出しと、平安への回帰。それが目的で、その上で明には難波家を継いでもらわなければならないので、当主への道を閉ざさないためにも学校の機能を壊さないようにしなければならなかった。
目的が達成できて嬉しい反面、シナリオ通りすぎてつまらないのも事実。
「姫、いつまで遊んでいる?もうその女の信念は折れているぞ?」
「だからこそ、徹底的に折ってる最中やないの。一分野も勝てなかった。希望を全部潰す。それが瑞穂であり麒麟の名を受け継ぐ者だなんて、これ以上ない
「たしかに笑い話ではあるが……。とは言ってもお前と一緒になって京都の方陣を支えてもらわなければならない。壊すなよ?」
「そこの加減はわかっとります。陰陽師としても、人間としても潰しはせえへんよ」
そう言いつつ、麒麟に乗りながら様々な術で術比べをしている姫。大峰も本能的に生き残るために対抗しているが、どの術も精度が、強度が足りない。霊気の絶対量も足りなければ、一つ一つの術式の完成度が違いすぎる。
姫はこの時代にしては恐るべき鬼才ということもあったが、その姫と同じ称号をどちらも持っている大峰はあまりにお粗末ではあっただろう。
それでもこの時代では、大峰は五指に入る陰陽師ではあるのだが。
「収穫は玄武の娘と、二人か?」
「そうやねえ。ウチが目をかけてた子も魑魅魍魎退治で頑張ってるけど、あんさんからしたら普通の陰陽師やろうし」
「難波の血筋で退魔というのは気になるがな。それに、あの特性ならお前が色々と実験したくなるのも頷ける」
姫から聞いていた一人の生徒の戦い方を見て、姫が目をかける理由はよくわかった。あれは退魔の一種の完成形だ。退魔を極めすぎているとも言える。
念話をしながらも優雅に戦っている姫を見ながら、つくづくAは良い拾い物をしたと思っていた。敵対していた時からこの時代には相応しくない実力者だとは思っていたが、まさか仲間になってくれるとは思っていなかった。
その頃は特に星見をしていなかったからということもある。Aは星見を積極的に使いはしない。知りたい未来は、そこまで多くないからだ。過去視もする意味がなくて、良く使うのは千里眼。これがすごい暇つぶしになるからだ。
「明も珠希も、まだ時間がかかりそうだな。珠希は防衛に徹しているから、今回は尻尾が増えないだろうし」
「環境が変わることで、増えるかもしれへんけど……。明くんは荒療治せえへんと変わらんと思うよ?自覚あらへんし。珠希ちゃんの方が早いんとちゃう?」
「それは困るな。この狂った時代を変えられるのはあの二人しかいないのに」
「さっき変えた人がそれをおっしゃいます?」
そもそもが狂っている世界へ、Aは賽を投げただけ。それが水面で波紋を広げて、日本全体が変わったとしても本質は何ら変わっていない。人間が一方的に支配している、陰陽とは何たるかを忘れた不完全な世界だ。
難波家に現れた血筋の狐憑きと同年代の次期当主。Aが期待するには充分な要素だった。
「変えたというのは正しくないな。私はただ、前の世界へ戻しただけだぞ?」
「前の時代を知らないので何とも言えへんけど……。こんなにも神気が溢れた世界だったん?」
「ああ。過去視でも視ていただろう?土地神が平然と過ごしていた時代だ。妖たちも起きればこれくらいにはなる。……日ノ本は、人間だけが暮らす世界ではない」
「ごもっとも。麒麟や玄武も生きてるのに、それに気付かずに道具としか思ってないような人間はちょっとあかんよ。妖や神様を未知として有耶無耶にして、存在していることから目を逸らす。こんなにも世界に息が、色が、出で立ちが根付いてるゆうのに、他の人たちは全く見えてへん。そこかしこに、粒さはあるのに」
「それが見えている姫の方が、特殊なんだぞ?」
Aは呆れながら呟く。姫やマユのように、五神と直接契約できている人間には見えている世界。それは妖や神からしたら当たり前の景色だが、人間の中でそこまで見えている存在は稀の中の稀だ。
才覚もそうだが、それ以上にそう言った存在への理解がなければその全てを感じるということはできないだろう。
「まあ、適度に遊んでくれたまえ。私は変わりゆく世界で覚醒する雛がいないか、もう少し全体を見ていようと思う」
「はいな。お言葉に甘えてもう少し麒麟と遊んでますわ」
この場合の麒麟とは大峰のことではなく、呼び出した麒麟の方。コミュニケーションを取るために何度も呼び出しているが、戦わせるのはそれこそ十何年振りだ。久しぶりに暴れさせるのもいいだろう。
最後に戦ったのはAと外道丸と伊吹、三人と戦っていた生前の話だ。その時に互角に戦って、痛み分けで終わった。外道丸と伊吹が一緒にいて、姫本人もAと互角に戦った実績持ちだ。
つまり。本体の麒麟とはそれほどの実力の持ち主ということ。現状の呪術省の戦力ではマユと明が絶好調であれば辛うじて拮抗できるのが関の山。他の戦力では一蹴されるだけ。
「む。残り三十五匹、特殊な奴もあと一匹だけか。適当に西洋の幻想種を連れてきたが、日本ではあまり力が出なかったか。インキュバスとドラキュラは使えると思ったんだがな」
「あら。もうそんなもんしか残っとらんの?明くん来るの遅かったのに、随分減ったんやねえ」
「仮にも日本で一番の高校だからな。御曹司もいたから警護は多かったんだろう」
別にこの後は夜明けになろうが、魑魅魍魎が全滅しようがどちらでもいい。このゲームが終わるまでどこから尋ねようか計画を立てて時間を潰そうとしていた。
だが、そんなAはある一つの術式を感知する。それは使い手がいなくなっていたと思っていた風水の術式。使い手は精々裏・天海家だけだと思っていたために、この場で感知するとは思わなかったのだ。
この場で風水の使い手はAと姫だけ。例外としてゴンがいたが、ゴンが使っていないのはわかっている。術式の広がりに珠希の霊気を感じたからだ。
「風水が使える学生がいたのか……!今日は良い日だな!」
「たぶん明くんたちと仲の良い天海薫って子やない?天海の分家の女の子」
「分家か。……ゴンだな?いやいや、感謝しよう。むしろゴンが力を貸しているのであれば、納得できる。これはマズいな?魑魅魍魎が倒されてしまうぞ」
「楽しそうやね?」
「もちろんだとも。お前の家系と、本家くらいしか使い手の現れなかった高難度術式だぞ?遠縁の分家がゴンと珠希の手助けありとはいえ辿り着いたのなら祝福しようじゃないか」
方陣のような正方形ではなく、波のように広がっていく感覚。対象を自分と呪符で象ったモデルとし、そこを軸として術式を放つのは方陣とは全く異なる陰陽術だ。
天海薫という名前をAは覚えておくことにする。何かに使えるかもしれなかったからだ。
今日は明も千里眼に目覚め、風水の使い手を知り、玄武を実体化させるマユを知り、気になる存在が二つと姫が関心を抱く生徒を知ることができた。
まさしく今日は、Aにとって天啓を受けた日と言っても過言ではなかった。
────
薫さんが伝えていく内容をすぐに他の人たちにも伝えて、各所に人員を送り込みます。生徒会の牧角さんが連絡網を構築してくれて、この場で手空きの人員に簡易式を呼んでいただいて、情報伝達に使います。
わたしが霊気を与えているとはいえ、風水というのは凄い術式だと改めて思い知りました。どこに潜んでいようが、薫さんは確実に見つけます。そしてその個体の特徴と特性も伝えて、どれだけの人数がいれば対処できるか確実に言い当てます。
ゴン様が熱心に教えていた理由が分かりました。この組み上げられた術式、対象から補助を受けられて自然からの力を借り受けるとはいえ、術式の組み立てが複雑です。方陣なんて簡単に思える程、面妖なのです。
対象を正確に把握し、モデルを作り上げ、その上で調べる存在の情報をモデルから弾く。弾いた対象をさらに読み解く。複数の術式の混合と言ってもおかしくはありません。
ある程度の霊気と自然の力を借りれば維持は難しくありません。構築がとても難しく、その上法則性がないんです。
自由度が高すぎる術式のため、様々な運用が可能です。ですが、それはつまり新しい術式を一々作っているのと同義。パターン化はできるのでしょうが、使う場所それぞれで誤差が生じるので、その時々で調整しなければいけません。
これは使い手が増えない術式だと、思い知りました。
「珠希さん、本当にこの中庭の鬼はどうにもしなくていいの……?本当に、敵う人がいないんじゃないかと思うほどの霊気なんだけど……」
「大丈夫です。明様とゴン様と銀郎様に任せましょう。……ゴン様たち以上の式神は、校門と講堂の上以外にはいないでしょうから。校門と講堂の上も式神が戦っていても無視で大丈夫です。あの人たち以外じゃ手に負えません」
「そっか。今は式神は別に検索かけてるけど、そんなにマズイの?」
「気にしないでください。簡単に言えば格が違います」
麒麟同士のぶつかり合いに、玄武と黄龍の勝負。そんな所にプロの陰陽師を送ったところでたかが知れています。ハルくんのところも一緒。あの鬼に敵う存在はゴン様と銀郎様だけ。他の陰陽師が何かをしようとしても邪魔なだけです。
「天海さん、あと二体見付かってない!残っている場所は?」
「この階と講堂の中でしょうか。この階は厳重にしていたからこそ、後回しにしていたので……」
牧角さんの質問に薫さんが答えます。この教室を中心に防衛網を組んでいるので、この階は調べるのを後回しにしていました。講堂の中には生徒会の方々や先生たちがいたので、中に入ってくるとしたら真っ先に倒しているはずだと。
あとはこの階ならばわたしでも感知できるからですね。教室の前に十名くらいの防衛隊もいるので、その人たちから報告もないために把握していないだけで。
『タマちゃん。負傷者が来たみたいだから教室の前側だけ開くニャ』
「はい。瑠姫様、お願いします」
方陣を一部解除して、教室の扉が開きます。そして先頭から入ってきたのは祐介さん。
その祐介さんを、瑠姫様が伸ばした爪で切り裂きました。
「キャアアアアアアアアアッ⁉」
「何で生徒を殺してるんだ⁉」
『うるさいニャア。それ見てまだ人間だと思ってるのかニャ?』
瑠姫様が面倒そうに切り裂いた残骸を指します。それは四分割された、祐介さんの皮を被った小鬼らしき残骸。今や息絶えて消えていきました。
『こけおどしっていう名前の、他の姿に化ける妖怪ニャ。匂いと霊気からして人間じゃニャいのに、気付かないのは大きな騒動中とはいえ気が抜けているニャ』
「祐介さんの失態ですね。本人はどこかで倒れてるか、姿を取られたことに気付かずに戦っているのか……」
『接触しない限り姿を取られることはニャいから、祐介っちはマヌケだニャア。たぶん捕捉していない魑魅魍魎の一体だし、残りは一匹かニャ?』
「おそらく……。今調べます」
薫さんが再び捜索に戻ります。やってきていた負傷者も中へ収容して、瑠姫様が方陣を塞ぎます。
牧角さんが広げている校内見取り図を見て、戦況を確認します。敵の場所と戦力が分かれば戦力分配が上手くいき、時間のロスがなくなります。このままいけばおそらく魑魅魍魎は倒しきれます。問題は姫さんだけ。
その姫さんはどんな戦力をぶつければ勝てるのかわかりません。ただ、他の敵がいなくなればここの防衛に力を割く必要もなくなります。総力を上げれば倒せる……気がしませんね。
数でどうにかできる相手ではないんです。姫さんもハルくんが戦っている鬼も。下手な戦力を送っても、邪魔になるだけです。瑠姫様も戦うのは苦手ですし、わたしも苦手です。戦力になりそうな人は期待できません。
「見付けました!講堂の中の、舞台袖、入り口から見て右側です!そこに弱い魑魅魍魎がいます」
「舞台袖の右側ね?早速近くにいる人を送り込むわ」
これで魑魅魍魎を全員捕捉しました。夜明け前に魑魅魍魎は終わらせられそうですが、姫さんはどうしましょう?条件的には姫さんをどうにかしないと、夜明けまで粘らなければいけないのですが。
それも最終手段ですかね。だって、勝つ方法がないんですから。
「え?見付からない?右側ですよ?……一応反対側も調べてみてください。それでも見付からなかったらもう一回連絡をください。確認してみます」
「どうかしたんですか?」
「講堂の中にいる魑魅魍魎が見付からないみたい。天海さん、その魑魅魍魎ってどんな姿をしているのかしら?」
「えっと、子どもというか、赤子……?赤子にしてもとても小さくて、手のひらサイズ、だと思います」
そう言いつつ、薫さんはもう一度術式を用いて確認します。その結果を見て、首を傾げていました。
「見間違いではないですね。右手側でうずくまっています。もしかして見えていない……?」
「不可視の魑魅魍魎?もしかしたら気配遮断も?」
「私以外だと感知できないかもしれませんね……。どうしましょう?」
二人は悩んでいますが、これは一択でしょう。二人は立場と術式の維持から動けない。なら、ある程度は感知できる人間がその場に行って討伐するだけ。
「わたしが行きます。瑠姫様にここを任せておけばわたしがここに残る理由もありませんし、薫さんも術式の維持にそこまで霊気が必要そうではありませんから」
「珠希さんが行くの?」
「霊気のごり押しができますからね。霊気は有り余っていますし、大丈夫だと思いますよ?」
瑠姫様と薫さんに霊気を譲渡したり、少しだけ術を使いましたがその程度。わたしの本来の霊気からしたらまだまだ十分に動けます。
それに弱い魑魅魍魎みたいですし、危険は少なそうです。強力な個体も残っていません。いつもハルくんと巡回している時の方がよっぽど危険です。だから、わたしが行っても問題はないはずです。ハルくんも怒らないでしょう。
「瑠姫様、行ってきますね」
『わかったニャ。早く帰ってくるんよ?あちしは目を瞑りますが、坊ちゃんに知れたらあちしが怒られますニャ』
「明様もそこまで頑固じゃないですよ」
方陣を解除してもらって講堂へ一直線で向かいます。周りには本当に魑魅魍魎がおらず、もうこの騒動も三か所の激闘を除いて終焉に向かっています。
自己強化術式を施して手早く向かいます。講堂に近付いただけでかなりの霊気に足が重くなりましたが、矛先がこちらに向かっていないので何とか突破できました。あれが姫さんの本気、麒麟の本当の姿。
講堂の中には四人ほどの学生がいましたが、全員が例の魑魅魍魎を探しています。わたしもひとまずは肉眼で探してみますが見当たりません。これはたぶん、姿を隠すことに特化した魑魅魍魎です。
そんな魑魅魍魎がいるのか。納豆小僧や一つ目のように、存在自体が貧弱な種族ではなく、姿を感知させない存在。ぬらりひょんが近いとも思いましたが、ぬらりひょんはそんな妖怪でもありません。
となると考えられるのは。
「人工的な魑魅魍魎……?」
それが可能かどうかはわかりません。でもこの魑魅魍魎が自然発生したとは思えないのです。わたしも魑魅魍魎の産まれ方をハルくんから聞いていますので、その存在というのはわかっています。
だからこそ、自分の存在を隠すだけの魑魅魍魎というのは、おかしいのです。人工的という突拍子もない考えが産まれてしまうほどに。
いえ、人工的という言葉も少しおかしいのですが。
その話は今度ハルくんにするとして。今はこの隠れている魑魅魍魎を倒さないと。
「すみません、離れていてもらえますか?ちょっと強い霊気を撒き散らすので」
「まさか、霊気の圧だけで魑魅魍魎を倒そうって言うのか?」
「かなり弱いみたいですし、姿が見えませんから。そこ一帯に攻撃を仕掛けるのが見えないなりの対処と言いますか。なんとなく場所がわかってるなら、物を壊さない程度の圧をかければいけるんじゃないかと」
先輩には悪いですけど、躊躇している時間が勿体ないです。呪符を取り出すと、皆さん退散してくれました。霊気の圧ってできるなら近くで浴びたくないですからね。いつぞやの賀茂さんの恣意行為は困ったものでした。
呪符を壇上の上に置きます。場所は固定した方が術式は安定するものです。こういう基礎を疎かにして術式を暴発させたくありませんし。
使う術式はただ霊気を風のように吹き飛ばすだけの、基礎的なものです。それこそ才能ある子供なら物心ついたころには使えるような。
わたしの場合、霊気が多すぎるので、むしろきちんと術式として用いることを意識しなければシャレにならない威力になってしまうので制御の意味合いもあります。
「SIN!」
霊気を飛ばすと、何かに当たったのか、プチッという音と共に、何かを潰した感触がありました。本当に小さいというか、弱いというか。
これで倒せたかどうか気になったので、携帯電話を取り出して牧角さんに連絡を取ります。
「那須です。たぶん倒したと思うんですけど、どうでしょうか?」
「今確認してみるわ。……うん、大丈夫みたい。あと十体くらいですって」
「その十体、苦戦してそうな場所ありますか?あるならわたしが向かいます」
「大丈夫そうよ。瑠姫さんが戻ってくるようにってしつこいから戻ってきてくれる?そこの上はほら、大峰さんが戦ってるから危ないって」
「もう……瑠姫様も明くんに似て心配性なんですから。わかりました、戻ります」
危ないというのは余波が来ることと牧角さんは思っていそうですが、この上の争いは一方的なものです。姫さんの圧勝。遊ばれています。その余波が下にいる人にまで及ぶことはありません。
まあでも、何かあってハルくんに心配されるのも嫌なので、素直に戻ります。できればハルくんの援護に行きたいですけど、それをハルくんが望んでいませんし。
隣に並びたいのに、並べない。立場というか、ハルくんの男の子としての意地と言いますか。本当の緊急事態になればわたしはそれを無視してでもハルくんの隣にいますが、今回はちょっと違うと言いますか。
死者も出ていますが、たぶんあの人たちはわたしたちを殺すことはないと思うんです。ただの直感、鬼の前に出てくるなと忠告されて出て行っちゃいましたが、姫さんも大峰さんを殺そうとはしていません。
たぶんそれだけの価値をわたしたちに見出してくれているのだとは思いますが。その命の保証も今回だけなのか、今後ずっとなのか。
あの人たちはわたしたちを呪術省を潰すための同士と言っていましたが。
呪術省を潰しちゃったら、ハルくんは当主になれないんじゃないでしょうか。それとも御当主様が継がせるための行事を執り行えばいいのでしょうか。
その辺り詳しくないので、肯定も否定もできませんが。
あの土御門光陰を庇い立てている時点で、わたしも結局呪術省のことを信用できないのは紛れもない事実です。
────
「ふむ。終わりだな」
終わりは呆気なかった。呼び出した百鬼夜行は特殊な個体もいはしたが、実力からすれば全くもって平凡。学生の戦力を甘めに見積もって、明などの優秀な存在も鑑みてちょっとした意地悪をして厳選した九十九匹。
明側にちょっとしたアクシデントがあったようだが、それも無事に解決して参戦。であれば、良い意味でのサプライズもあったためにこの時間で全滅というのも納得できた。
「姫、満足したな?」
「しておらんよ?でも、あんさんが終わりと言えばそれまで。あたしの霊気が尽きたとでも言えばええんとちゃう?」
「そうだな。彼らも頑張ったということにしよう。五神の二人には心底消沈したが、それ以外に良いことがあったから良しとしよう。では、終わらすか」
Aは近くにいた簡易式神を手元に呼び寄せる。そしてそのまま、広域干渉術式で京都全体に聞こえるように話しかける。
「おめでとう、国立陰陽師育成大学附属高校の諸君。君たちが優秀だったために夜明けを待たずに魑魅魍魎が全滅してしまった。これを賞して、我々は撤退しよう。さすがに瑞穂を倒すことまでは学生に求めない」
その言葉で姫と外道丸、伊吹がAの元に帰ってくる。全員満足したような顔つきだ。
姫は麒麟と黄龍を久々に戦闘に出せて連携を確認できた。外道丸と伊吹は満足の出来る暴れ方ができただろう。外道丸は玄武と、伊吹は銀郎とゴンと心行くまでの激闘を繰り広げられたのだから。
今回の騒ぎ、鬼二匹の息抜きという側面も大きい。最近戦ったのは先代麒麟がまだ現職だった頃の話。それ以降まともに戦わせていないので実に数年振りだ。
「逆に言うと、呪術省の対応には杜撰と苦言を呈さずにはいられない。京都の防衛がボロボロだぞ?最強と名高い陰陽師も大方予想通りの力しかなくてな。まともなのは一人だけだった。これでは今後が心配だな。なにせ、二匹の鬼よりも面倒な存在が山のように目覚めたというのに」
外道丸と伊吹もかなりの実力だが、それでもこの二匹より厄介な存在などいくらでもいる。妖としては最上位に位置する二匹でも、神々を含めればその順位など一気に崩壊する。式神としても最上位だとしても、現存する神々にはもっと理不尽な存在が多い。
それを今の人間では対処できないとAたちにはわかりきっていた。
「もうしばらく夜は続くが、我々は撤退させていただこう。今宵の教訓をしっかり活かしたまえよ?日本という国は、人間のために存在するわけではないのだから」
そう言って、Aたちは姿を消してしまう。校内に送り込んでいた簡易式神も姿を消し、広域干渉術式の気配も消える。完全にAたちは現場から手を引いていた。
それに安堵の息をついたのは校内にいた学生だけ。魑魅魍魎はまだ京都中に溢れかえっていて、学校に張られていた方陣は破壊されている。つまり、夜明けまで気を抜くことはできないということだ。
そのことに気付いているのは教員やプロの陰陽師、それに一部の生徒のみ。その一部でさえ、疲労や霊気不足、負傷などでほとんどが動けず、結局教員などの一部が対応することになった。
その頃明は。
「大奮闘だったらしいじゃん?お疲れ」
「そっちもな、祐介」
祐介が近くの自動販売機で買ってきてくれたのか、四本の缶ジュースを持ってきてくれた。全員そこで寝そべりながら缶ジュースのプルタブを開ける。もう霊気が限界で、そこから一歩も歩けなかった。
蟲毒の時と同じだ。フルスロットルでいかなければ殺されていた。その結果のガス欠だ。生きてるだけで満足しないといけない。
一気に半分ぐらいジュースの中身を煽る。喉に通る甘さが心地よかった。
「さすがにプロがこの後は防衛してくれるよな?」
「外道丸もいないし、変に強い奴が来なければ大丈夫だろ。学生にしたら充分だよ。それに動けねえし」
「だよなあ。……外道丸?」
「正門の外で暴れてた鬼」
「酒吞童子とか、無理ゲーにもほどがあるだろ……」
祐介が呆れながら嘆息する。実際被害は甚大で、そんな相手は本当にしたくない。魔境と呼ばれる平安時代に覇として名を轟かせた鬼なのだから。
「さっきタマに電話して聞いたけど、やらかしたらしいじゃん?姿パクられたとか」
「そうそう。俺もさっき知ったんだけどさ、俺のフリした魑魅魍魎がいたんだって?ぞっとしねえよな。雑魚だったらしいけどよ」
「姿真似するだけの奴だったからな。瑠姫とタマにはすぐわかったらしいからそこまで問題でもないだろ」
気配や雰囲気、記憶まで写し取られるなら大問題だが、匂いや気配からしてバレバレの相手を警戒する理由はないだろう。
その上位互換というか、本当に全てを偽れるならたしかに脅威だが。その心配はしなくても大丈夫だろう。
「……どうなるかね、日本」
「さあなあ。何で高校入学したてでそんな心配しなくちゃいけないんだか。日本の危機とか考えずに、地元で狐に囲まれて隠居してえ~」
「発言がじいさんだぞ、明……」
明がそう愚痴るのも仕方がない。彼らはまだ高校に入って二週間しか経っていないのだから。厄年というか、疫病神に愛されているというか。今回の発端の一つかもしれない明としては自分のせいで教われたかもしれないのでやるせない気持ちもある。
十五歳の春。そこにはすでに、誰かを想う夜の音が、星空いっぱいに溢れかえっていた。
その星空が見えなくなり、白ずんだ朝を迎えるまで、あともう少し。
明たちが動けるようになるのは、その新しい朝を迎える頃になるだろう。
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