第48話 4ー3

「大峰さん。あなたがあの人を止めるしかないと思います。最大戦力はあなたですから」

「わかってるわ。ボクはあの人を、倒さないといけない」

「……どこか、浮かない顔ですね?第一陣が手も足も出なかったようですが」

「それはそうよ。あの人には九段が十人、四神全員が束になってようやく拮抗する方だもの」

「……あの人のこと、ご存知で?」


 ソウタくんが聞いてくるが、知らないわけがない。いや、正確には何も知らないのかもしれない。あの容姿と、名前を知っているだけ。だけど、これまでもよく当たってきた直感が告げている。

 あの人は本物だと。何故あの年齢で成長が止まっているのか、そもそも何故生きているのかもわからないが、見間違えるはずがない。あの人こそ、ボクが麒麟になるきっかけを作った人だから。

 瑞穂さんこそ、ボクが追いかけてやまない陰陽師だから。


「瑞穂っていうのはね、長野における旧家の当主が襲名する名前なんだよ。その当主は何でもできるの。陰陽術も呪術も、式神行使も過去視も未来視も千里眼も、オリジナルの術式を産み出すことも」

「……それは、最強の陰陽師と言っても過言ではないのでは?」

「まさしくそうだろうね。でも、表舞台には現れない家だった。呪術省もその家のことを把握してないんじゃないかな。表舞台に出れば八段なんて簡単に取れる人たちばっかりだったから」


 基本的にあの家の人間は陰陽関係の学校へ進学することはなかった。それはおろか、陰陽術が使えることすら隠していた。周囲には陰陽術なんて使えないと、才能がないと偽っていた。家の名前すら詐称していた。

 そんなに隠し事をして何をしていたのか。正解は何もしなかった。魑魅魍魎を狩るでもなく、妖を保護しているわけでもなく、ただただ知識と力を次代に受け継ぐだけ。世のため人のために何かをすることはなかった。


 だというのに力だけは他の家を圧倒するほどの実力者たち。そんな中から表舞台に出る際には実質勘当され、家の名前も変えさせられるほどだった。

 そして、世の中の普通を知る。狭い閉じこもった世界は、広すぎる世界でもかなりの魔窟だと知るのはそれなりに後のことだった。


「ソウタくん。先に言っておくよ。……ボクがあの人に勝つ手段はたった一つだけ。あの家では得られなかった力。絶対の式神をぶつけるしかない」

「その時間稼ぎをすればいいですか?」

「そうだね。しかも初手で出して対応されたくない。最初は数で押して、ここぞって時に呼び出すから」

「……難儀な任務ですね。麒麟でしか勝てないだなんて。一介の生徒会が対処する案件を超えてますよ」


 全くもってその通り。ボクがいても、丁半博打なんてやってられない。陰陽師の頂点たるボクがいても、だ。

 いや、あの人が生きていたのならたしかにボクが最強というのは間違っているだろう。小さな時の朧げな記憶しか残っていないけど、あの人は何でもできた。周りの人たちが、日本中を見回しても優秀な人たちが諸手を上げて賞賛していた鬼才。

 その人が今の呪術省に反旗を翻したことは悲しくない。間違っているのは呪術省と、それを支える名家だ。それはわかっているけど、今の呪術省という組織は必要だ。なくなったら魑魅魍魎たちに人間が食い殺されてしまう。

 だから、たとえ瑞穂さんが相手だとしても止めなくちゃ。人間を守るために、呪術省は必要なんだから。


「いくよ。アンサー」


 一節の詠唱で浮上する足場を作って、ソウタくんと他の生徒会の子二人と講堂の屋根へ向かった。書記の子だけ教師と協力して連絡網を作り上げて連絡役に徹してもらっている。全員が戦闘向きというわけでもないし、一人くらいは残しておかないと統制が上手くいかない。

 着いた先にはボクたちより先に向かっていた教師陣を蹴散らして、不敵に笑っている瑞穂さん。元凶の男は近くに足場を作っていて、そこから見下すように眺めていた。護衛のはずの鬼は寝そべっている。

 間近で見ただけで霊気の圧を感じる。気圧されてる?ボクが?……いや、認めなくちゃいけない。あの二人は別格だ。四神束になって敵うかどうか。二人まとめて戦わなくて済んで、安堵しているのかもしれない。


「ようやく来はったん?待ちくたびれたわ。ほな、やろうか?術比べ」

「……ボクに勝てると思って?あなたは瑞穂を名乗る偽者だ。偽者に、当代最高峰の陰陽師、真の瑞穂が負けるはずがない」

「あら?」


 瑞穂さんが首を傾げる。ボクよりとても女性的で可愛い。じゃ、なくて。こんな言葉は戯言だ。目の前で見て確信している。彼女は本物の瑞穂さんだ。あの時のまま、十七年前から時の流れが止まったまま。

 あの可憐な銀髪も、ボクよりも澄んだ翡翠の瞳も、あの遺影での笑顔のまま止まっている。


「……ふうん?偽者なら、勝てると思ってるん?周りにはお友達もおるから?……実力差はわかってるようなのに、どこからその自信が来るんやろね?真の瑞穂さん、今は大峰翔子って名乗ってるんやっけ?じゃあ翔子ちゃん。……麒麟がその程度とは笑わせる」


 その一言と笑みの後、霊気の暴流がボクたちを襲う。霊気はそれだけで武器になる。式神に肉を与えるように、霊的なものに実体を与えることができる。

 それが振るわれるということは、突風が巻き起こるなんてチャチなものじゃない。竜巻が局地的に発生したようなものだ。

 その結果は。


「おや、予想外やったね。立ってるのは翔子ちゃんくらいやと思ったけど、君もやるやん。名前聞いていい?」

「都築、蒼汰と申します。この学校の生徒会長を務めております」

「生徒会長。ソウタくん。どや?あたしらと一緒に来ない?今の世の中退屈やろ?」

「停滞の中にも、安らぎがあるものです」

「そっか。なら仕方ないわ」


 いきなりの勧誘に拒絶。勧誘を始めたことにも驚いたけど、ソウタくんが立ってることにも驚いた。伊達にこの学校の生徒会長やってないわね。

 というか、瑞穂さん軽いし、初撃からなんてことしてくれるんだか。吹っ飛ばされた人たちはみんな生きてるけど、逆に言えば戦力にはならない。ふるいにかけられたってことだ。

 ソウタくんしか当てにできないのかあ。キツ。それに麒麟ってバレてるし。


「で?翔子ちゃんに聞きたいんやけど、麒麟ってなんやろ?」

「……当代最強の呪術師で、麒麟を従える者」

「あかん。あかんなあ、翔子ちゃん。呪術省の受け入りそのままやん。最強っていうのがあかん。瑞穂も麒麟も何も変わらんのよ。麒麟は全ての中心。扇の要、絶対的支柱。そして、何事も満遍なくこなす万能性。ようは最高峰ってことや。戦闘もその他のことも、全てにおいて一番じゃなきゃあかんのよ」

「……そんなの、人間じゃないわ」

「せやから、名前を捨てて麒麟と名乗るんやろ?人間的思考なんて要らない。五神の中央足り得る世捨て人。そして全てを知る者。そこは四神も変わらへんな。五神に近付くには、力を借り受けるには人間じゃなくならんといけんよ。だからこそ、五神から遠ざかる」


 麒麟、というより五神は全てを捨てて国に奉仕する従僕だ。強力な魑魅魍魎から人間を守る。そんな機構に、人間性は要らないのかもしれない。ボクが言っておいてなんだが、人間味なんて微塵もないじゃないか。

 そして、五神に近付こうとした結果遠ざかるなんてどういう矛盾なんだろう。その真意が全く読み取れないわ。


「その顔、全くわかっておらんね?ま、それでええわ。ほな始めよか。術比べなんてするんは久方振りやわ。楽しい死合いにしよね」


 霊気がぶつかり合う。ボクは事前に用意しておいたものとは別の呪符を取り出して詠唱を始める。


「アンサー!」

「オン」


 霊気によって形作られた岩塊によって、射出した雷は防がれてしまった。一節詠唱の中ではかなりの威力を誇るものだったのに、簡単に防がれてしまった。

 しかも、今瑞穂さんは呪符を取り出していなかった。呪符を気にせず戦えるというのはかなりの利点だ。消耗品を気にせず、取り出す手間も戦力分配を考える必要もないなんて。

 これだけで壁を感じてしまう。でも、ボクは一人じゃない。


「水流来たれ、土剋水!発!」


 ソウタくんが放った水流が瑞穂さんを守っていた土塊を崩壊させる。身を守るものを壊したというのに涼やかな顔をしてこちらを見てきた。

 まるで、歯牙にもかけていないように。


「うんうん。まあ、こんなもんやろね。ちなみに翔子ちゃん。あんさんの実力は五神の中でどれくらいやと思っとる?」

「ボクは麒麟だ。五人の中では一番実力がある」

「ふうん?その認識からして間違っとるね。あんさんらはほぼ横並び。で、頭抜けてるんは玄武やわ。あの子ぐらいやない?あたしと肩並べられる陰陽師は」

「ボクじゃあなたに届かないと?」

「足元にかろうじているレベルやろね」


 四神の皆とは面識もあるし、一緒に戦ったこともある。だけど、術比べを模擬戦としてやったことがあるが玄武の彼女が際立って優秀だったという記憶はない。

 それなのに彼女だけ瑞穂さんに並べて、ボクたちは横並びの理由はどこにあるのか。玄武が星見の力を持っているなんて聞いたことないし。瑞穂さんは星見だったはずだけど、ボクは違う。ボクたちとの差異なんてそこしかないと思うのに。

 いや、差異は式神もか。瑞穂さんは式神行使も問題なく行っていたけど、強力な式神を所持していたわけじゃない。こっちには麒麟がいる。その差は大きいはず。

 もしかしたらあの鬼のように、強力な式神を所持しているかもしれないけど、最大戦力はこっちの方が上だ。麒麟なら、あの鬼たちをも圧倒する力を所持している。


「お、外道丸が本気になっとるやん。ええこと教えたろか?青竜、外道丸に負けたで?死んではないようだけど」

「……え?」


 仮にも四神の一角が、そうも簡単に敗れるはずがない。そこまでの規格外な鬼だとは思いたくなかった。四神の二人が敗れたら、京都に対抗できる戦力は残っていない。

 さっき後方でたしかに青竜のような霊気を感じて、一瞬で消えてしまったから気のせいだと思っていた。だが、あの感覚が本物だったとしたら。

 この事態は、ボクの想像以上に詰んでいる襲撃事件なのかもしれない。


────


『あ~、やっとか?青竜と玄武だろ?雑魚を殺すのにも飽きてきた頃だったからちょうどいいわ』


 外道丸の傍にはどんな暴れ方をしたのかわからないほどの破壊跡と、おそらく人であったものの残骸と血の海、そして何かに引火したのか燃え盛る炎が辺りを埋め尽くしていた。燃えるものが様々だったために複数の匂いが蔓延し、死臭も混じって不快な思いを掻き立てる。

 そんな中でも笑顔を浮かべている外道丸。それこそが鬼の当たり前なのかもしれないが、人間のマユはどうしたって耐え切れず口元を抑えてしまった。数々の魑魅魍魎が引き起こした惨状を見てきたが、今回はより一層悲惨だ。

 獣が本能のまま作り上げた惨状よりも、どうすれば悲惨な光景になるのかを考えて、計算されてこの死の嵐は作り上げられている。わざわざ死体が折れた電柱に突き刺さっているはずがない。そうなるように死体を弄んだだけだ。


「これほどの悪逆を為す鬼は見たことがなぁい!これまさしく我が滅却すべき悪!悪とはそれ即ち不俱戴天の仇なり!一欠けらも残さずこの世から成仏すべし!」

『……初めて見るが、今代の青竜は暑苦しいな。見た目も相まって陰陽師には見えねえ』


 四月の夜だというのに半袖で腕を見せびらかし。日本人にしてはかなり高い二メートル近い身長に、筋肉しかない身体つきに坊主頭。青い瞳にわずかに見える黒い髪。

 陰陽師には見えない格好の偉丈夫。それが青竜という男だった。


「玄武ぅ!ここは我のみで戦う!手出しは無用なり!」

「せ、青竜さん⁉相手はこの惨状を産み出した鬼なんですよ⁉それに、あの鬼を倒して終わりではありません!京都校に現れた敵の首魁を──」

「この鬼が存在するだけで我の気が触れた!この悪状を見よ!敵の首魁よりも、この鬼の本質の方が危険であろう!」

(ああ……。青竜さんはこういう人だった)


 マユは勘違いをしていたわけでもなく、青竜が目の前のことしか見えないような人物だということを改めて認識しただけだ。

 事件を解決するためには敵の首魁を捕らえて尋問する必要があると呪術省から通達されているのに、目の前の悪を見てしまって任務を忘れてしまっている。長期的な目線で見れば、ここは温存をして校舎内に入ることを優先すべきなのだ。

 この鬼はあくまで門番であり、本命は中にいるのだから。この鬼を倒したとしても、式神なのだから霊気さえ与えられれば復活する。時間稼ぎが目的の相手に本気で戦うのは道理として間違っている。


『鬼なんて誰彼構わず、大概こんなもんだと思うがな。今回なんて食わずにそこら辺に投げ捨ててるんだから死体が残ってるだけマシじゃねえの?葬式を空っぽの箱で済ませずに本人の一部が残ってるんだからよ。あの様子じゃどいつがどいつなんだかわからん気もするが』

「貴様はあの者たちの家族のことを考えたことがあるのか⁉彼らにも帰るべき場所と待っている人々がいたのだぞ!」

『ナマ言ってんじゃねえぞ。わかるわけあるか、人間の風習なんざ。葬式とかも何でやるのかわからん。家族だなんだ言うがよ。鬼なんてその家族から迫害されて鬼に成った奴もいるんだ。人間らしいことなんざ理解したくないんだよ。だから人間じゃなく、鬼に成る。自然発生した奴や、鬼の子どももいるが、本来的な意味の鬼は元々人間だ。人間に様々な要素が交じり合って変質した存在だってこと、何で呪術省に関わり深い四神が知らねえんだよ?』


 外道丸は腰にぶら下げていた徳利を取り、酒をあおる。酔拳、とは少々異なるが、酒が入ることで身体能力や知性が覚醒する鬼が外道丸だ。

 今回の場合は、話に飽きて飲んだだけだったが。


『人間と鬼は本質もとが同じでも決定的に違う生き物なんだよ。人間は鬼を拒絶し、鬼はそんな人間を喰らう。そういう関係が出来上がってるのに相互理解だのなんだのできるわけねえだろ。鬼が悪?悪に決まってるじゃねえか。人間を忌み嫌って産まれた種族なんだからな』

「では存在自体が悪ではないか!我は人類守護の任を帯びている史上最高峰の陰陽師、青竜!人類の敵である貴様らは抹殺する!」

『かっ。本当に四神ってやつは戦闘屋になっちまったんだな。……いいぜ、来いよハゲ頭。テメエみたいなブ男と、正義と悪ってやつをかけて戦ってやる』


 背中から長刀を取り出す外道丸。その刀身は外道丸の腕の長さと同等ほどで、常識の範囲内の大きさだった。だがその刀を構えることはなく、煽るようにぶらぶらとさせているだけ。

 そして、外道丸と比べたら全ての男はブ男になってしまう。それほど美を極めているのが外道丸という鬼だ。伊達に人間の女を誑かしていない。


『さっさと青竜を召喚しろよ。生身の人間がオレに敵うわけないだろ』

「その言葉を吐いたこと、後悔するがいい。それとハゲているのではなく、剃っているのだ。朱雀のようなチャラチャラした男と思われたくないからな!」


 青竜は青色で作られた呪符を取り出し、前へ掲げる。そこへ莫大な量の霊気が送られて実体を伴っていく。

 その間にマユは玄武を抱えたまま離れていた。協力するべきだが、ああなった青竜を止めることはできない。マユは四神の中でも性格上立場が一番低い。猪突猛進型の青竜に意見を言うことはできても、止めることなんて万に一回もできなかった。

 だからマユは先遣隊の遺体を集めることにする。一か所に纏めて方陣の中へ納め、これ以上の損傷が出ないように術を施した。


 その間に青竜が実体化する。青と緑の鱗を纏った、三十メートルを超す細長い身体に大きな翼を持った、三本爪の竜。風を司る日本最強の式神の一角、青竜。

 竜という神秘を纏った存在な上にその身体能力も四神の中でも最高峰。そして神の名を冠するために神に匹敵する能力を持ち、日本でも神々を除く相手には敵なしの力を持つ暴風の化身。


「我も接近戦が得意な、そこらの大鬼なら一撃で倒せるほどの実力がある!我と青竜二人がかりではさすがの貴様も相手にならん!」

『久しぶりに見たな。いつだか水神の怒りを抑えるために戦って以来の竜か?』

「ワハハハハハ!では征くぞ、悪逆なる鬼よ!」


 青竜のどちらもが突っ込む。人間の青竜の言葉に偽りはなく、身体強化の術式を自分に行使しているため、そこらの式神や魑魅魍魎ではたしかに太刀打ちできない速度と威力を兼ね備えた加速だった。


『だから、テメエらから見たら鬼は全員悪なんだよ。良い鬼ってやつは橋姫のような特殊な奴だけ。あとは大体地獄に縁のあるクソ野郎どもだ』


 一閃。それを交わしたかどうかの刹那。

 人間の青竜の正拳突きは躱され、式神の方の青竜は縦に真っ二つになっていた。マユも玄武もその動きは見えていなかった。それは人間の青竜も同様だった。外道丸は式神が呪符に戻ったのを確認して人間へ蹴りかかる。


『あ、殺したらマズかったんだっけか?まあ、生きてるだろ。身体は頑丈そうだったし』


 蹴り飛ばされた青竜は建物の残骸へめり込む。生死を確認できる状況ではないが、マユは玄武を離して臨戦態勢を整える。青竜がやられたのなら、次は自分の番だとわかっているからだ。

 たとえ勝てそうにないほど実力の開きがあろうと、ここで逃げるわけにはいかない。それが四神としての責務だ。


『よお、玄武。お前が実体化してるなんて一千年振りじゃねえか。相変わらず鶏が好きなのか?』

『うん……。外道丸、立派になったねえ。御柱になってからは、会うのは初めて……?』

『あー、この姿見せるのは初めてだったか?わざわざお前たちに会いに行こうとしたら面倒な輩にも会う羽目になったからな。都には極力近寄らないようにしてたわ』


 同じ時代を生きた異形だからこそ、そして対極な存在だからこそこうして今に再び仮初めの命として生を貪り、邂逅した。

 そして再び、知己として敵対することにお互い嫌気が差したりしていない。立場上そうなるだろうとは予期していたからだ。


『お前の趣味は昔から良く思わなかったが、そんな女が良いのか?……なんというか、普通だな』

『普通で、いい。特別な子は、皆疎まれる……。さっき君が言ってたけど、人間も鬼も、本質もとが同じだから。だから、君も金蘭も玉藻も、拒絶される』

『そういう意味じゃ晴明は上手く溶け込んだな。……ん?お前と戦うのは初めてか?影とは何回も戦ってきたけどよ』

『そう、だね。そもそもぼくたち、あの頃は戦うような存在じゃなかったから。影のことは一々覚えてないし……』


 呑気に話しているのは玄武の方だけで、マユと外道丸は臨戦態勢を解いていない。外道丸から発している殺気を受けて、ものともしていない玄武の器が大きいのか鈍感なのか。

 外道丸は手をプラプラさせながら、マユの方へ視線を飛ばす。品定めをしているようだが、外道丸は陰陽師ではないため呪いや霊気の量くらいならわかるが、それ以外となると門外漢だ。そうなると、見ているのは外見などになる。


 悪意を感じるのはこの現場を見れば誰でも浮かべる感情のため除外。魅了にも異性にしてはかかっておらず、恐怖も理解しているため特に思わなかった。

 ということは、マユが外道丸に向ける感情は至って普通の、鬼に向けるには一般的な感情ばかりだった。

 異性であれば、大体は外道丸の容姿に落ちる。たとえ鬼であっても、人間の女で落ちなかったのはたった二人だけ。その二人だって相手のことを真剣に想い、そのブレが一切なかっただけ。他の所帯持ちの女でも簡単に落ちたのに、マユは明確に敵として外道丸を認識していた。

 それが物珍しく、姫のようなこの時代ではおかしな陰陽師であったため、外道丸としてはマユに興味を持ち始める。


『おい、女。お前の名前は?』

「大西、真由です」

『大西?お前、稲荷神社の関係者か?……面白え。あそこ出身で普通の感性の女になるなんてな。四神になるのは納得だ』

「な、何で実家が祭司だって知ってるのですか⁉ゲンちゃん、この鬼エスパーなのですか⁉」

『ううん……。外道丸は、マユの霊気に混じってる神気を感じ取っただけ。今の人間で神気を帯びてるのは、先祖返りか、まともな祭司の家だけ……。マユの場合は、両方、なんだけど』


 マユは実家を苗字だけで言い当てられたことに慌てふためいて玄武に問い詰めたが、玄武の説明に余計こんがらがった。

 神気とは、本来人間には感じ取れないものだ。人間の中でも霊気を感じ取れる者のみが陰陽師になれるのに、その霊気よりも質が高く扱える存在もほぼいない神気を感じ取れる人間は絶滅危惧種だ。


 難波家のように、契約している式神がその神気を帯びていたり、現存する神に出会わなければまず神気を感じることなどない。一般的には霊気の量が多いと、綺麗な霊気だと思われる程度。それほど神気は浸透していない。

 マユの場合は実家と先祖返り、そして四神の本体である玄武を常日頃彼の要望に沿って実体化させていて自分で抱えていることも大きい。間近で神気を浴び続けてマユの霊気が変質した結果でもあった。

 現存する神々や、神の末席に位置する存在を除いて、マユは人間が持ちえるにしては有り得ない程の神気を帯びていた。下手をすれば、死後に神の末席に加えられるほどには。


『悪霊憑きでもなく、それだけの神気を帯びているだと?ハハッ、最っ高じゃねえか!姫の野郎、気付いてたのに黙ってやがったな⁉ああ、よくやったぜ!今度酒でも何でも奢ってやる!それとも復讐の手伝いか⁉なんだってやってやるぜ!こりゃあ式神になってようやく巡ってきた愉しみだな!』

『ぼくと再会できたのは、良いことじゃないの?』

『それを実現できる陰陽師がどこにいる?Aはやる意味がないし、実体化なんてさせてたのは晴明だけだろうが。麒麟はちょくちょく会ってたけどよ、それ以外の連中はお前も含めて基本臍曲がりだからな。さあ、やり合おうぜ!Aの戯れの付き添いだが、夜明けまで心行くまでの死闘といこうや!』

「ゲンちゃん!」


 外道丸が突っ込むのと同時にマユは玄武に霊気を送って三メートルほどの全長へと大きくした。その玄武が体当たりで外道丸を食い止めて、動きが止まってる間にマユは呪符を取り出して霊気を込めた。


「水流弾けて!けい!」


 玄武の蛇のような尻尾が外道丸の身体を巻き取り、マユの水を大出力で放った術式を全身に浴びる。だがそれは口上とは異なり攻撃術式ではないようで、水浸しにするのが目的のようにも思える。

 攻撃術式ではなかったのは玄武の尻尾に当てることを前提としていたから。そして口上だけは攻撃性のものにしたのは、言霊上は攻撃性にものにすれば詠唱も込みで大規模な水を呼び出せる。そこで違う術式を使うことで詠唱と術式の不一致により攻撃能力は帯びない莫大な水を浴びせることに成功した。


 もう一つの理由としては、攻撃性の術式を使ったのに威力が全然ないために一瞬でもいいので混乱してもらうため。思考をしてくれれば、玄武がその後のことをしてくれると信頼していたため。

 その信頼に応えるように玄武は身体を回転させて遠心力を用いて外道丸を上空へ投げ飛ばした。それすらも決定打にはならないし、外道丸の身体能力であれば相当上空へ投げ飛ばされたとしても、地面へは難なく降りられる。


 だが、外道丸の目に映ったのは玄武の後方にいたマユが用意していたとある術式。五枚もの呪符を重ね掛けして用いられる五芒星を描いた特大の術式。それと似たものをAと姫が使っている場面を見ており、その術式がもたらした効果から外道丸は式神になって初めて冷や汗をかく。


『マジかよ⁉』

くうの彼方より顕現せよ、境界を穿つ天よりの使者!導く先は天に近し二対の反旗、水気満たる古の魔!春雷奉天しゅんらいほうてん‼」

『オオオオオオオオオっ⁉』


 雲などない空から外道丸へと降り注いだ雷撃。それは京都の外に出ていた人間全ての目に留まる光と轟音で、外道丸ほどの大きさであれば一瞬で消し炭にするような超級の雷だった。

 それが数十秒ほど上空で輝き続け、マユが維持できなくなって雷撃が消えた頃にボドッという音が聞こえるように黒い影が地面に叩きつけられた。


 神の裁きとも海外では呼ばれるような雷神の鉄槌。それにも似た一撃は一体の鬼を倒すには過ぎた一撃にも思えた。なにせ、この一撃を見た京都の陰陽師、特に呪術省の上層部が今回の一件に片が着いたと思ってしまうような人外の一撃だったからだ。

 こんな一撃が撃てたのはマユの霊気が尋常ではない程に多くあることもそうだが、やはり霊気に神気が混じっているというのも大きい。霊気よりも万能な神気は、それを用いれば今存在する陰陽術のほとんどを制限なく使えるほどに桁外れな力だった。


 物事の道理を捻じ曲げ、結果だけを残す。そういう事象改変のようなこともでき、しかも霊気よりも燃費が良い。霊気を使うところ神気で代用すれば消費する霊気の量は四分の一まで抑えられるほど。この力を自覚して使いこなせば、陰陽師として最高峰のAに追いつける可能性がある。

 それほどまでに、マユという存在は今を生きる陰陽師として群を抜いていた。こんな存在が今では四神の中でも一番実力がないと思われ、知名度も低いというのはどこか狂っていた。


「やりました……?」

『良かったけど、ダメだよ。外道丸は強いからねえ。あれをあと三発当てれば倒れるかも?』

「そんな⁉」


 手応えがあったからこそ、マユは悲鳴をあげる。今の一撃は確実に当たっていた。使える術式でも最大威力のものだ。それをあと三発となると、霊気はもつかもしれないが、当てられる保証はない。

 そして、一番の目的はやっぱり手早く倒して学校の敷地内に入って黒幕と戦うことなので、ここで足止めをされるのは辛い。中に入った時点で疲労困憊になっていたら黒幕の打倒など以ての外だ。

 玄武の言葉が正しいということを証明するかのように、先程落ちてきた物体がもぞもぞと起き上がってきた。身体に煤がついているが、五体満足の外道丸が、目の前にいた。


『クク……。いいなあ、マユ。お前麒麟やれよ。確実に姫……じゃねえか、瑞穂に匹敵する陰陽師だ。星見とかの才能は知らねえが、お前を中心に添えた方が確実に京都の結界は安定する。いいねえ、疼いてきた』

「京都の、結界……?」

『なんだ、玄武。教えてなかったのか?五神は京都の結界を維持するための人柱だって』

『教える必要、ないから……。今はほとんど、ぼくとキーくんで補っていて、後は他の四人にやらせてるし……。マユには関与させてない』

「え?え?」

『過保護だな……。こんな奴が呪術省に飼い殺しにされてるなんてよ。よし決めた。お前ら倒して持ち帰る。戦利品なら誰も文句言わねえだろ』


 そう言ってニッと口角を上げる外道丸。それを見てマユは何故外道丸が笑っているのかわからなかったし、持ち帰ると言われて警戒しないわけがなかった。相手は鬼だ。真の意味で何をされるかわかったものじゃない。


「……あなたに連れ去られることも、麒麟になることも望みません。だってわたしは玄武で、ゲンちゃんと二人で一人だから」

『ああ、普通だな。まったくもって普通の感性だ。だからこそ五神の中では異端になり得る。そして、普通だからこそ玄武も力を貸す。――人間らしいじゃねえか。そう、これこそ晴明が望んだ全ての存在の共存だったのに。一千年ばっかし、遅かったな』

「晴明様の望んだ……?」

『こっから先を知りたきゃこっち側に来るんだな!玄武、話すんじゃねえぞ!』

『それは、マユ次第。かな……』

『かーっ!んじゃあお互いすっきりさせるために、再戦といくか!オレはテメエらを持ち帰るぜ!そうすりゃあ呪術省側も戦力減るしな!殺すなとは言われてるが、持ち帰るなとは言われてねえしよ!』


 楽しそうな外道丸を見たからか、Aがこっそり霊気を追加で渡す。それによって外道丸の身体能力が更に戻っていく。

 傷を癒すサービス付き。これでようやく、外道丸は玄武とマユに並ぶようなスペックを取り戻したことになる。

 一人と二体のぶつかり合い。途中から更に送られてきたプロの陰陽師たちは、マユの代わりに遺体を保護していた方陣を受け継ぐ程度のことしかできず、あとは被害が拡散しないように周りへ方陣を張ったことくらい。

 中で行われている麒麟と姫の戦い。それよりも凄惨な戦闘痕が残ったのはこちら側の戦いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る