第47話 4ー2

「コウくん!」

「静香。……アレはヤバい。外にいる大きいのはもちろんだが、傍にいる鬼も、あの人型二人も霊気からしてヤバい。僕程度じゃ、手も足も出ない」

「コウくんがそう言うほどのですか……?」


 土御門光陰と賀茂静香は講堂の屋根の上にいる存在たちを見て廊下で話し合っていた。顔を仮面で隠した裏・天海家を語る男と、巫女服を着た少女。その二人は確実に蟲毒を引き起こした時に会った二人だと確信した。

 この二人、陰陽師の名家のトップとして何度も会っていて、幼少から付き合いのある間柄だった。二人して名家を背負い、いずれは陰陽界を率いていくことを約束し合った。その結果が最難関の学校で主席・次席を得るまでになった。


「ああ。お父様や四神の方々よりも霊気が計り知れない。上だっていう漠然とした物しか感じられない」

「そんな方々が何故呪術省へ反乱を……?」

「わからない。そもそも裏ってなんだろう……?」


 本家の人間として、次期当主として育てられてきた二人には呪術省の知識は学生とは思えない程ある。そんな二人でも、裏世界の住人と、呪術省を裏から支える存在という物がわからなかった。

 呪術省を支えているのは名実ともに土御門家と賀茂家。それをまるで外部の人間が支えているというような発言をされても信用できるものではなかった。


「虚偽、かもしれない。こうやって混乱させて時間を稼ぐ作戦かも。真偽は発する言葉の霊気を読み取ればわかると思う。あの瑞穂って人も止めないといけないし、個人的にあの人に聞きたいことがある。静香は正門の方へ行ってくれないか?呪術省が援軍を派遣しているはずだから」

「わかりましたわ。コウくんも気を付けて」

「この状況じゃ、誰だって危険だよ。静香も、気を付けて」


 二人は別れて行動を開始する。教師の有志への参加を立候補して出てきたのだが、それから抜け出しての単独行動だ。それができる実力があると思い込んでいる。ライセンス自体は持っていないが、実力だけなら六段には匹敵するとさえ考えていた。

 教師や護衛に雇っている陰陽師たちも、全員が七段以下だ。八段ともなれば京都の巡回をしていて一か所に留まって防衛などしたりはしない。


 この学校の中では上位の実力者ということで単独行動をしていた。事実、賀茂は型落ちとはいえ大鬼を使役しているため、それなりの実力は有している。

 だが、百鬼夜行に対しての行動としては確実に間違っていた。しかも人為的な百鬼夜行なのだから、主導権はAたちにある。

 悪意の塊であるAに対して、協力し合える存在の手を取らなかったのは悪手だ。何を持って複数の相手を対象としたイベントを引き起こしたのか。個人の技量はともかく、個人ではどうしようもできない事柄にどう対処するのか。

 それを見たかったAからしたら、この二人の選択は心底肩透かしだっただろう。そんな犯人の思惑など気付かず、そこそこの実力者は各々行動を始めた。


────


 京都の街中で大混乱が起きている最中。いつもよりも魑魅魍魎が活発に発生している頃、路地裏でゴソゴソと動いている存在が複数いた。その影で動く存在は、路地から外の様子を覗いて、また影へと戻っていった。


『始まったのら。とうとうエイが表舞台に戻ったのら』

『皆に知らせなきゃならないのら。京都にいるお偉いさん方は少ないのら』

『人間どもはてれびとかデンワとかですぐに話し合えるのに、オイラたちは直接伝えなくちゃいけないのは面倒なのら』

『だからこそ頑張らないとですね!ポンポコリン』


 路地裏にいたのは四匹の狸。その狸たちはAの宣言を聞いて京都中に届いているかの確認をして、Aたちに返答をしていた。

 Aの式神というわけではなかったが、協力者ではあった。宣言の中で存在を示唆された、裏世界の住人たちの一部だ。

 その狸たちの内の三匹が、ポンポコリンを語尾にしたメスの狸へ視線を向けていた。


『そのポンポコリンというのは何なのら?おかしいのら』

『そんな擬音、初めて聞いたのら』

『オノマトペって言うんだったのら?』

『そ、そんなおかしいですか?ポンポコリン』

『狸らしくないのら』


 三匹はしきりに頷く。ポンポコリンという語尾がふざけているようにしか聞こえないのだ。


『ま、語尾なんてどうでもいいのら。オイラたちは京都以外にいる妖の皆さんや、表側から追放された陰陽師の方々に決起を促す必要があるのら』

『それにこの魑魅魍魎たちの暴動に巻き込まれたくないのら』

『さっさとズラかるのが一番なのら』

『わたしたち、戦えませんからね。ポンポコ……うゅーん』

『狸はそんな鳴き声じゃないのら』


 狸たちは竜や亀、鳥や虎へ変化していく。四神をイメージした選出だ。今なら堂々と出て行っても魑魅魍魎の一種だとしか思われない。狸のままでも良かったはずだが。


『さていくか。各々が化けた存在が司る方角へ行くように』

『わかった。妖たちには伝えればすぐにでも暴れてくれるだろうが、暴れすぎないようにきちんと制御しなければな』

『裏側の陰陽師たちは説得に応じるかどうか……。そこは我々の腕の見せ所だな』

『皆さん普通にしゃべってるじゃないですかー!』


 メスの狸は鳥に変化しながらそう叫ぶ。先ほどまでの変な語尾をしていた先輩方が、変化した途端に口調が普通になったことで叫ぶのを止められなかった。


『叫ぶ暇があればさっさと脱出しろ。我々ができることは限られている。日本を変えられるのは我々だけだ』

『正確にはその手助け、だがな』

『では、次まみえるまでさらばだ。解散!』

『普段からその調子で話してくださいよ!』


 四匹は散り散りに去る。今際から隔離した生活をしている存在へ、今日の出来事は詳細に語られた。

 そう、これは何も京都だけに関した問題ではない。

 呪術省の影響力は日本のどこでも存在している。

 その全てを崩壊させる一撃が今日の出来事だっただけで、京都以外にも影響は出始めた。


 それが人間にとって良い物だったか悪い物だったか。

 それは地域ごとにはっきりと別れて、目に見えるようになった。

 今日の事件はけんしげつ建巳月の争乱と呼ばれ、後世にも語り継がれる歴史の転換点として記憶にも記録にも残されることになる。

 誰かはこう言った。

 あの日から、日本は平安時代に回帰したようだと。


────


『ふあぁ~あ……。A、暇だ』

「それはそうだろう。全て姫が蹴散らしている」


 講堂の屋根の上。その近くの空に足場を作って姫の戦いを観戦していたAと伊吹。伊吹なんて飽きたのか寝そべってあくびをする始末。

 第一陣の教師と雇われのプロたちを数分かからずに一蹴してみせ、しかも見せ場もなく終わってしまったのだから見ているだけではつまらないだろう。

 プロの中でも八段には壁があるという。戦闘能力が重視される昨今、学問に秀でた程度の陰陽師では八段になれない。戦闘のプロフェッショナルこそが、八段になることができる。名家の当主でも、易々と八段になることはできない。


 康平は戦闘能力こそは八段程度で、純粋な戦闘能力で九段になっているのは一握り。ほとんどが四神に選ばれるような逸材や、同格、及び元四神という場合が多い。星見や土地の管理能力など、別側面を評価されて九段になった陰陽師がほとんどだ。

 では、その八段にも辿り着いていないプロを相手に、陰陽師で三指に入る姫が力の出し惜しみもなく戦ったらどうなるか。


 その結果は今のAたちの眼前にある光景だ。死屍累々。歯が立たず、純然たる暴力に為すすべなく屈する。

 姫は龍脈や奥の手は使っておらず、Aから貰っている霊気で出力を全開にしているだけなのだが、それでも敵わないものは敵わない。姫自身生前の七割方しか力を出せていないと思っているのにあっけなく倒せてしまっているから、感覚の違いが気になって首を傾げている次第だ。


『A。おれは陰陽師のことなんて詳しく知らねえんだけどよ。詠唱破棄ってどれくらいの人間ができるんだ?』

「術式の程度にもよるが、姫と同じことができる人間はもう一人だけだな。言っておくが、姫の術式の多彩さと、秘匿性と独自性は他の追随を許さないぞ?もう一人は姫よりは戦闘向きだからな。彼も多芸ではあるし、星見でもあるが」

『へぇ。ってことはただの蹂躙劇が繰り広げられるだけか。つまんな』

「蹂躙は好きじゃなかったか?」


 鬼の習性として、一方的な虐殺などは大好物のはずだ。そのはずなのに伊吹は何も楽しんでいない。だが、その理由は聞いてみれば当然で、不思議なことは何もなかった。


『それはおれたちが自分の手でやってるから愉しいんであって、他人がやってる、しかも誰も殺してねえ茶番が楽しいわけねえだろ』

「お前は本当に観客に向かないな。呪術省へ攻め込む時には存分に暴れさせてやる」

『楽しみにしてるぜ』


 どれだけの先のことになるかわからないが、その時を伊吹はじっくりと待つことにする。今回は本当にすることがないようなので、学校の外に目を向けた。

 所詮学校に配属されている程度の実力では姫を相手にできないとわかっていたからだ。四神でようやくまともに戦えるというのに、そこに到達もしていない有象無象では見る価値もなかった。

 外では先遣隊と思われる陰陽師の部隊が到着していたが、こちらも外道丸によってあっけなく潰されていた。向こうは死者も見える。外道丸がわざわざ自分に歯向かってきた愚か者に慈悲を与えるということは考えないからだ。


 建物の被害とかも何も考えていない。壮大な音と共に建物が崩壊していく。今も式神が一軒家に叩きつけられて、連鎖して建物がドミノ倒しになっていく。電柱も倒れて、一区画で停電が起こった。

 それくらいは京都では割りと普通のことなので騒ぎになったりはしないが。決定的に違う点は人為的か自然現象か。今回は妖、もとい式神の出した被害のため、魑魅魍魎保険は適応されない。


 八段で構成された集団か、四神が来ない限り外道丸を止めることはできないだろう。Aの霊気はミクの約倍。そのミクですら、現状で姫の倍、大峰の三倍はある始末。Aの規格外さが如実に表れている。

 とはいえ、彼は三人の式神を行使し、擬似の百鬼夜行を展開したり、様々な術を行使しているために伊吹も外道丸も本来のスペックを出せないわけだが。

 そんな、スペックが落ちた状態でも目が良いことには変わりない。数km先の様子を知ることなんて朝飯前だ。その瞳が捉えたものとは。


『お、玄武発見~。……んあ?何であいつ実体化してるわけ?』

「何?玄武が実体化だと?」

『ああ。女に小さな姿で抱えられてるぜ。あいつが、っていうか四神が実体化するなんて一千年振りの珍事じゃねえか?』

「そうだな……。姫め、わざと報告を怠ったな?」


 Aは苦笑しながらも姫に目線を送ると、姫に笑い返されてしまった。Aたちの思考が姫に伝わったからだろう。しかし、姫の判断は正しかった。これこそ、Aや鬼たちが望んでいたサプライズなのだから。

 四神が自ら実体化しているということは、四神が契約者を認めたということ。小型になって現れているのがその証拠だ。Aだって千里眼や未来視を用いれば知ることは容易だったのに、怠ったのは本人が遊ぶ気満々だったから。


「外道丸は気付いているか?」

『いや?お前の名前と瑞穂って名前に反応したのか、相当数の呪術師がこっちに来てるからな。楽しそうに引きちぎってる』


 外道丸は雑魚ばかりとはいえ暴れるのは本当に久方振りなため、イイ笑顔で向かってくる全てを屠っていた。一騎当千の鬼には、一騎当千の存在をぶつけるべきだ。外道丸も向かってくるから倒しているだけで、時間稼ぎのつもりか真意は分からないが、近付いてこなければやられることもないのに。

 こちらに戦力を送れば送るほどAの思惑通りなのに、それに気付かずにただ戦力を送ってくる呪術省には薄笑いすら浮かべたくなっていた。


 この場で起きている百鬼夜行はAが起こしたものだが、夜に自然発生している魑魅魍魎も当然京都中で出現している。脅威度はAたちの方が上だろうが、それでも市民のためにいつものことを蔑ろにするのは為政者として、土地の管理者としてしてはいけないことだ。

 そういう、評判の失墜も目的で今回のイベントを開催したわけだが。


「全く……。京都がボロボロではないか。急な担当箇所の変更に、こちらへの増援に実力者を送るから対処に実力と人手が足りない。彼のマスターは要らないと言っていたが、店の周辺に式神を一匹送っておくか」

『その眼、便利だよな。人間の目で京都のこと全部見えるとか。おれだって精々数km先しか見えねえのにさ』

「千里眼だからな。別に千里眼は未来視などと違って持っている人間は多いぞ?そういう人間が指揮を取れば状況の整理も簡単なのだが、全体図が見えておらずに目先のことへの対処ばかりに気を取られている。まさに呪術省の今の有様を表しているな」

『裏・天海家もそうだが、瑞穂って名前とあの容姿だろ?歳行ってる呪術師なら姫のこと見た瞬間に気付くだろ。おれたちがどれだけの爆弾かわかったなら対処を急ぐのもわかるが、勝ち筋も見えてないのにただ戦力を送るのは無能のやることだ。ま、今の時代に優秀な将の才能を持った人間なんざ産まれないか』


 今の時代も魑魅魍魎には悩まされるだろうが、平安時代に比べれば雲泥の差。少なすぎる程であり、しかも戦力になる陰陽師も少なかった。あの頃には完璧な結界が京を覆っていたとはいえ、強力な妖が群雄割拠していた時代でもある。

 第二次世界大戦頃や時代の節目、戦国時代などなら大きな戦も多かったために優秀な将や軍師のような存在も産まれただろうが、今は平和な時代だ。敵が精々魑魅魍魎と呪術犯罪者しかいないのに、集団を率いる力なんて育ちようがなかった。


「個人としては優秀な者も多いんだがな。分母が増えただけかもしれんが。……今回の事で妖や眠っていた土地神が暴れ出したら、呪術省でも手が足りないだろう。京都を選ぶか、日本全体を選ぶか。さて、この後が楽しみだな?」

『愉しみっちゃあ愉しみだが。日本っていう国と、日本人が消えたら神々も存在できなくなるだろ?そこんところは?』

「なに。九割以上が死滅しても、ほんの一握り、それも神々を信仰する人間が生きていれば充分だろう?」

『……ああ。まあ、確実に人間はいくらか生き残るか。そういう選別も含めた征伐だろ?』


 伊吹もそこまで頭が弱いわけではない。それなりの情報を与えれば推測し、答えを導き出す。その速度がAや外道丸に比べれば全然というだけで、頭は悪くない。

 それに、Aからこれまでやってきたことを隣で見てきて、何のために行っているのかという計画の全容も聞いている。記憶力はそこら辺の人間よりよっぽど高いために、昔の話を思い出すのは容易だ。

 関わりのなく、強さや個性など全くなかった鬼の名前は興味がなくて覚えていなかっただけで。


「さて、内側の最大戦力のご登場だ。まあ、姫の相手ではないか。ものが違う」

『麒麟ねえ。A、何故呪術省は麒麟の存在を隠す?いや、裏的な意味は知ってるぜ?だが、存在すら隠してどうする?四神のリーダーが朱雀?アホか。麒麟がいなかったら四神なんぞ有象無象だ。晴明の式神が二体?五神が含まれていない時点でおかしいだろ。……その頂点たる麒麟が役目を果たさずに先代に任せっきりの無自覚女?在り方として間違ってる』


 大峰翔子が生徒会の面々と一緒に講堂の屋根へ上がってくる。生徒会の面々の霊気を見て、一人の男子以外まともに支援もできそうに見えなかった。

 こんな状況で霊気を隠したままのはずがない。だからこそ、実力者が集まるという生徒会には肩を落とす。男子生徒、都築会長は優秀だったがその程度。

 麒麟になりきれていない麒麟。それを、Aが認める愛弟子が相手をする。

 勝敗の結果など、火を見るよりも明らかだった。

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