第44話 3−3

 五限・六限も終わって俺たちのクラスが移動したのは実習棟の一室。高さ四メートル、幅は縦横どちらも三十メートルある演習室。ここに連れて来られるなり、賀茂が挙手した。


「先生。この部屋ではわたくしの式神が真価を発揮できませんわ。別の場所を要求いたします」

「あ?……ああ、お前の式神、そんなに大きかったんだっけ。申請書には正しく書いたか?」

「書きましたわ。そちらの不手際ではなくて?」

「おっかしいなー……。まあ、隣も空いてるしいいか」


 そこから更に移動して、さっきの部屋三つ分縦にも横にもぶち抜きのとても大きな部屋に案内された。ここならゴンを本当の姿にして暴れさせても問題なさそうだ。ゴンは使わないと思うけど。

 下のフロアに残ったのは俺と賀茂、そして八神先生だけ。他の皆は二階部分に相当する観覧席へ移動した。上からなら術比べをやっている人間の指の動きや表情など見やすいだろう。

 賀茂と対峙するために歩き始めたら、ぬっという音と共に、どこからともなく一人の人物が現れた。隠形のようには見えず、隠形で隠した場所から一歩踏み出したという方が正しい気がする。


「明くん、お久しゅう。元気そうやね」

「姫さん……。何やってるんですか?」

「敵情視察。安心しい。あたしの姿、明くんと珠希ちゃんにしか見えとらんから。天狐殿は気付いたみたいやけど。……ふうん?明くんのセンセ、優秀やね。あたしのことに気付いたよ」


 いつかのように、艶やかな着物を着た姫さんが現れた。姿は消してるようだが、ゴンや八神先生は気付いたようだ。プロのライセンス六段で、姫さんの隠形に気付けるものだろうか。麒麟の大峰さんすら欺いたというのに。

 八神先生は本当に六段で留まるような人じゃないのかもしれない。当の本人は姫さんを見て目を細めた後に、俺のことを睨んできた。

 いや、関係者ではあるけど、俺が連れてきたわけじゃないんです。

 姫さんが口の前で人差し指を立てている。秘密にしてくれ、ということだ。俺の隣に幼女にしか見えない女の子がいきなり現れたのに、誰も騒ぎ立てない。認識すらしていないということだ。


「敵情視察って、あなた方に対抗できる存在がここにいますか?ゴンくらいでしょう?」

「今の麒麟がおるのは知っとるよ。あとは一応賀茂の才女と土御門の天才を見に。霊気見ればある程度わかるんやけど、なんや面白いことやるん?見学させてもろおうかな」

「こんな近くで?」

「いやいや、さすがに上に行くよ。連れもおるし」

「ッ⁉」


 言われた瞬間に殺気を背中に感じ取った。その向けてきた方向を見ると、くすんだ赤色のやぼついた髪を無造作に伸ばし、額からは天へ歯向かう漆色の角が二本生えた、見るからに人外。

 筋骨隆々な身体に、野伏を連想させる簡素な衣類。口から伺える牙は砕けない物がないのではないかと思うほど大きく分厚く、鋭かった。

 背中には身の丈ほどのある太刀。背も軽く二メートルを超しているが、それに匹敵するほどの巨大な刀だった。あんなもの、人間には扱えない。銀郎でも無理だ。あれは鬼のみが使う、人の血を啜り、叩き潰すための凶器。

 そして陰陽師ではないために霊気を感じることはできないが圧が違うと察せた。銀郎に稽古として向けられた殺気とは丸っきり別物。本当に、俺なんていつだって殺しても良いというような指向性の殺気が向けられていた。


「……術比べの前に、なんてもの浴びせるんですか」

「あれが奴らなりの挨拶やからねえ。適当に酒でも与えとけば大人しいんやけど、今日は切らしとるわ」

「切らさないでほしかったですね……。宥めてもらえます?」

「天狐殿が話しに行くやろ。旧知の仲やし、昔話が咲くんやない?」

「そんなに昔からの……?」

「あたしよりはよっぽど、ね」


 一千年前の関係者、だろうか。あの鬼、改めて見てみても星斗の大鬼より遥かに格上だ。星斗の大鬼だってプロ八段が数人で討伐するような相手だっていうのに。

 それであんな纏まった体型をしている鬼。中鬼や大鬼はその身体のサイズから判断されるが、あのサイズの鬼は普通の鬼としか分類されない。例外中の例外だ。


 おそらく名前のある鬼。見ただけではどの鬼かなんて判断がつかないが、日本の歴史には数多くの鬼が現れている。その内の二体を使役しているということだけでも、この学校の総力を挙げても敵わない。大峰さんがいてもダメだ。

 これで死者を出さないようにすることの難しさがまた上がった。できれば今度の襲撃で負傷者は出しても死者は出したくない。だというのにこの人たちは格の違いを一々見せつけてくる。


 桜井会とか、前回みたいに呼べる戦力があるわけじゃない。襲撃がわかっているのに公に戦力を調達できないのが辛い。それもこれも情報源が襲撃する本人からだということだ。何か物的証拠でもあれば要請できるのに。

 予告状とかそういうの。

 学校の施設に小細工仕込むわけにもいかないし。どうしたものか。


「あー、難波?用意は良いか?」

「はい。すみません。ちょっとぼうっとしてました」


 姫さんのことも気にしながら八神先生が問いかけてくる。もうこの人たちは放置しよう。俺たちの手には負えない。

 姫さんも大人しく上に行ってくれた。ゴンはいつの間にかあの鬼の所に向かっている。


「では、二人とも式神を召喚しろ。形式は一対一で、どちらかが降参するか、式神を維持できなくなった時点で俺が止める。できるなら、式神への補助術は使用して構わない。では召喚しろ」

「はい。銀郎」

『はいはい』


 そもそもずっと実体化させてるに等しい銀郎を呼ぶのに大仰な祝詞を紡ぐ必要はない。やろうと思えば教室の一件のように霊気を送るだけで実体化させられるし。呪符とかも必要ない。

 一方、賀茂は一枚の呪符を胸の前で浮かせて、五芒星を作るように指を切っていった。

 ただ、霊糸を構築しているわけではなく、ただ五芒星を作っているだけに見える。


「天の三、人の五、地の八、神の一。顕現なさい、茨木童子・・・・!」

「……茨木童子いばらきどうじ?」


 呪符が霊気を纏って実体化する。赤黒い肌に、五メートルを超す巨漢。そして左肩の付け根から何も生えていない隻腕の大鬼。右手には身の丈よりは小さいが、人間なんて簡単に叩き潰せる巨大な棍棒。

 鬼の象徴である一本角が額から生えていて、吐く息には瘴気が含まれているのではないかと思うほどの青紫色の何か。


 特徴だけ見ればたしかに茨木童子だ。渡辺綱に左腕を斬られ、説話によっては女性に化けて左腕を取り返したという伝承もある、平安時代に名を馳せた悪逆の鬼。大江山の棟梁だった、悪の象徴。

 そう、特徴だけ見ればたしかに合致するのだが。


『アハハハハハッ⁉おい、聞いたか姫!茨木童子だってよ!賀茂の血流が平安の鬼を従えてるんだと!おい、天狐!酒出してくれ、酒!豊穣の神なんだろ?こんな笑い話は久しぶりだ!』

『豊穣の神をなんだと思ってやがる?出せるか、酒なんて。むしろ奉納して、その対価として土地を豊かにするんだろうが。酒は貰う側だ。原料の米とかなら上質なもん与えてやれるけどよ』

『かーっ!神のクセにケチくせえな!こんな滑稽話に酒もねえとか、そっちの方が滑稽だろ!』

『……お前、そんなに酒好きだったか?もう一体の方は浴びて飲むほどだったが……』


 あの式神たちの会話が当事者にしか聞こえないように隠蔽している姫さんが憎い。別に鬼を従えていることくらいは不思議じゃない。それがどんな家系だったとしてもだ。

 だが、俺だって笑いたかった。声を出して、笑い飛ばしてやりたかった。だが、そんなことはできない。一人だけ浮いてしまう。


「驚きのあまり口が利けなくて?そうでしょうね。この鬼はあなたの式神なんて容易く屠るでしょうから!」


 たしかに驚いた。だが、九年前よりは楽ができそうだ。


『坊ちゃん、指示を』

「ああ。適宜補助をする。難波の威信を示せ」

『了解。難波家次期当主に勝利を』

「では、術比べ。始め」


 銀郎が駆ける。すでに抜刀しており、その速度を持って茨木童子の左側へ回り込んでいた。速度と剣技の腕だったら、ゴンよりも確実に上の銀郎。いかんせんゴン相手には多数の手数によってその速度も剣技も封じ込められてしまう。霊気がもっと膨大だったらもっと銀郎のスペックを引き出せるんだろうけど。

 左腕がないというのは、それだけ行動できることが制限される。左腕で近付いた相手を掃うこともできない。


「シッ!」


 首目掛けて水平斬りを行ったが、そちら側から攻められるのに慣れているのか、バックステップで避けていた。そのまま空を駆けられるように霊気で空中に足場を作り上げる。そこで跳ねるように方向転換をする銀郎。

 今度は背中を取って斬りつける。今度こそはクリーンヒット。斬りつけられた方向とは逆へ茨木童子はよろけるが、それを見逃す銀郎ではない。さらに追撃に移る。


『グアアアアアアアアアッ!』


 だが、今度の脚を狙った斬りかかりは棍棒によって防がれてしまった。いくら霊気で刀自体に強化を与えていても、向こうだって同じように棍棒に力を加えている。父さんが主だったら棍棒ごと斬り伏せていただろうか。

 鍔迫り合い、ではないが武器同士の接触はすぐに終わる。銀郎が棍棒を駆け上がったからだ。そのまま顔面に近付くが、棍棒を離した右手に払われてしまう。着地点に衝撃緩和のために柔らかい霊気を構築して受け止める。


「銀郎」

『へい。んじゃあ飛ばしますんで、ついてきてください』

「やれるだけやってみるさ、ON」


 俺が術を発動するのと同時に銀郎が、飛ぶ・・。銀郎には翼があるわけでもないので、鳥のように飛ぶことはできないが、俺が無数の足場を作り上げて、そこを高速移動することであたかも飛んでいるような軌道をする。

 縦横無尽に駆け、通り抜けざまに斬りつけていく。標的が小さく、高速で動くあまり大鬼のような巨漢では捉えられていなかった。茨木童子は身体が大きいからか、動きはそこまで速くない。ギリギリ追いつけない程度に動体視力は良さそうだが、身体の動きがついていっていない。

 銀郎が足の腱目掛けて斬りかかる。ここだ。

 霊気を銀郎へ多く預ける。その霊気を銀郎は攻撃へ費やして、足を切り落とした。


『グウウウウウウウウウッゥ!』


 片足をなくした茨木童子は膝をつく。さらに猛攻を仕掛ける銀郎だが、そこは鬼としての矜持か、残っている足で回し蹴りを仕掛けてきた。今から方向を変えるのは難しい。銀郎の前に障壁を張って、ダメージを軽減する。吹っ飛ばされた先にも、マットのような緩衝材になる霊気の塊を作り出して補助した。


「天の六、地の四!急々如律令!」


 賀茂が霊気によって茨木童子の足を修復していく。これだけ戦えば確信する。あの茨木童子は偽者で、星斗の大鬼より格下だ。

 偽者、という表現は正しくないかもしれない。その名で何故か呼ばれる、勘違いをさせられた大鬼に過ぎないのだろう。知性が高い鬼は話すことができるがあの鬼は見たところ話せそうにないし、実力的には星斗の大鬼やAさんの鬼二匹に比べれば大きく劣る。そんな存在が大江山で鬼たちの棟梁をやっていた茨木童子のはずがない。


 ここまでだ。星斗の大鬼より弱い存在に、これ以上時間をかけられない。八神先生が課した術比べの演習という魅せるような模擬戦は、充分こなしただろう。

 あとやることは、狐をバカにした賀茂への仕返しだけ。式神行使という分野では絶対に勝てないというところを見せないといけない。


「銀郎。六式の解放を許可する。霊気も存分に持っていけ」

『いいんですかい?こんな衆目の前で』

「いいさ。それに、知ってる人は知ってる。お前は割と有名だぞ?」


 瑠姫はそうでもないが、銀郎は難波家最強の式神ということで有名だ。実物を見たことがある人は少ないだろうが、難波家の式神といえば銀郎というくらいには名が知れている。

 銀郎が言っているのは姫さんとあの鬼のこと。とはいえ、あの二人なら銀郎の剣技を見せるくらい問題ない。知っている可能性の方が高いし。


『わかりました。んじゃ、遠慮なく。六式はそんなに好きじゃないんですけどねえ。なにせ、見たままの異形ですから』


 銀郎から霊気が放出される。その霊気が刀に移っていき、刀ではなく包丁のように、かつかなり大きな刀身に変化していく。添えるだけだった左手も、今ではしっかりとその巨大な刀身を支えるように握っていた。

 包丁、というものは料理に使われるものだ。正確には包が調理場を指し、丁はいわゆる料理人という意味の言葉だが、大陸を渡ってくる過程で、あと時代の移ろいで刃物のことを指す言葉になったらしい。包丁とはあたしのことニャ、としきりに瑠姫が語っていたので覚えている。

 その包丁のような物を使う理由は単純。解体しやすいからだ。


『刀身変化六式・鬼斬り包丁。若き天才、香炉星斗の大鬼・郭を一刀両断した実績持ちなもんで。終わらせてもらいますわ』


 纏う力も鬼狩り特化に変化している。堅い皮膚を斬り裂くには、それ相応の切れ味と頑丈さを兼ね備えた武器と、それを扱いきる膂力がいる。武器を用意し、筋力も増強させた銀郎だが、持ち前の速度も落ちてはいない。霊気で賄っているからだ。

 燃費は最悪だが、大きな鬼を相手にするなら最適解だ。鬼以外にも通用するが、狩ってきた多くが鬼だったためにこの名前なんだとか。

 銀郎が瞬間移動の如く、茨木童子の眼前に移動し、そのまま禍々しく朱くなった巨大な刃で文字通り茨木童子を真っ二つにした。茨木童子の身体を維持する霊気が霧散しかけるが、賀茂が一気に霊力を注ぎ込む。


「急久如律令!」


 ずいぶん歪だが、茨木童子の身体がくっつく。すでに死んでいて、霊気で身体を構築しているからこそできる離れ業だ。だが、正直身体の維持で限界だろう。ここからあの無理矢理くっつけた身体で、鬼殺しに特化した銀郎を相手取り逆転する未来が見えない。


『降参してはくれませんかね?あっしもたかが術比べで鬼を微塵切りにするのは嫌なんですよ。疲れますし、もう式神の格の差はわかったでしょう?あんたの陰陽師としての実力が坊ちゃんより劣るかなんてわかりませんが、あんたの鬼とあっしの間には差がある。この術比べの結果はそれでいいじゃないですか』

「まだですわ!茨木童子は倒れておりませんもの!」

『無理くりなんですがねえ……。先生さん、まだやる?』

「賀茂が諦めていないからな。難波もいいか?」

「大丈夫です。銀郎、終わらせてくれ」

『はいはい』


 棍棒が振り下ろされる。それを鬼斬り包丁で受け止めて、回し蹴りで右腕を蹴り上げて棍棒を吹っ飛ばした。六式状態の銀郎は鬼に対抗できる身体能力を産み出しているんだから、弱体してる鬼の腕くらい吹っ飛ばせるよな。

 そのまま切り抜けて、いつの間にか茨木童子の背中側にいた銀郎。すり抜け際にたぶん四閃してる。二つしか見えなかったけど。いつの間に足も斬ったんだか。


 達磨状態になった茨木童子の胸に突き刺さる巨大な剣。首が落ちても生きてる生物。それが鬼だ。討伐となると確実に四肢を切り落として、心臓を貫くしかない。さすがに身体を維持する呪符にまで届く一撃には、大鬼と言えども耐え切れずに消滅していった。

 呪符が地面に落ちたところで、立会人の八神先生が宣言する。


「勝者、難波明。では術比べは終わりだ。三人は反省文を一週間後までに提出するように。それと総評といこうか。俺でも全部見えたわけではないが」


 銀郎は六式を解除して、実体化も解く。銀郎も神の座の末端には所属している。隻腕の大鬼程度には負けないだろう。霊気の量も俺の方が上。式神補助もほとんどできずに回復しかできていなかった賀茂。今回の術比べでは差が歴然だった。

 あの大鬼と契約したのが当人ならすごいのだろうが、契約した時点で終わっているために俺の評価としてはイマイチ。同じ頃の星斗の方が式神も補助術もしっかりしてたしなあ。そもそも鬼火使ってきたし。


 六歳児に大人げないとは思ったけど、天狐という切り札を使っておきながらもう少しで負けそうだった。俺はあの頃まだ霊気がそこまで多くなかったが、ゴンは戦上手だったし、星斗の実力は本物だった。負けてもおかしくはなかった。

 だけど、今日は正直楽勝だった。星斗って実はすごかったんだな。さすが若き天才ジーニアス。今では完全に俺にとってはからかいがいのある玩具だけど。

 生徒たちがフロアに降りてきたことで八神先生による総評が始まる。


「二人の式神の格、能力の差については話せないな。茨木童子の名が本当なら狼の式神にも勝てるだろう。霊気の量も二人は同じく高い。差を分けたのは式神への補助術。難波の式神は傷らしい傷を負っていない。着地や攻撃を受けた際に障壁を作っていたな」

「はい。簡単な補助術の場合は霊気の強度、詠唱なしでの発動は十歳までにできるように教育されますから。ウチの分家の香炉星斗は五歳の段階で補助術と式神行使を完璧にこなしていたと聞きます」

「……同じことができるやつはこの中にいるか?」


 手を上げたのはミクだけ。……あれ?祐介も天海も賀茂もできない?そんなバカな。できなかったら式神で戦うなんてできないだろうに。


「祐介、霊糸は?」

「それはできる。術式を編むのに一つでも霊気を込めたものがあった方が術式の強度にも関わるからな。けど、明?障壁を詠唱なしで作るってことは、方陣を無詠唱で作るのと同義だからな?」

「あ?四門を設定するわけでもなく、ただ霊気に形を持たせて、それで強弱つけるだけだろ?その強弱にも限度があるけど」

「霊気に形を持たせるのはだいたい呪符使って補うんだよ!呪符使わずに烏とかの式神行使するようなもんだからな⁉」

「………………それは、たしかにおかしい」


 怪訝な目をクラスメイトから一斉に向けられる。俺はともかく、ミクは何がおかしいのかわからずに周りの表情を疑っている。それぐらいできて当たり前、分家の人間でも大体できていたのに。

 式神の家だと中休みで言っていた摂津が一番俺のことを宇宙人でも見たかのような顔で見てくる。ウチの家系がおかしいということか。

 周りもできて当然だと、それが常識になって一般の常識とはかけ離れるってことか。てっきり祐介と天海と賀茂ぐらいはできると思っていたが。いや、賀茂はできてたらさっきの術比べで使ってるか。


「と、まあ。術者の差が出たな。式神を使うには霊気をずっと放出しなければならないが、式神によっては災害と呼ばれるような魑魅魍魎も相手にできる。そこから更に式神を勝たせるには難波がやったような補助術が必要になる。効率の悪い術式と教わるだろうな」

「実際効率は良くないと思います。そのために我が家では式神運用の効率化を模索していますから」

「摂津の家はそうなのか。だが、そこは効率で考えることじゃないな。膨大な力の代償を払わないと、打ち勝てない相手がいるからだ。俺たち陰陽師が、土蜘蛛相手に何ができる?魑魅魍魎や妖の中でも、本当に存在がバカげている存在がいるんだ。それに生身の人間が抗うより、同格をぶつけた方が良い。そのための術式だ」


 いくら攻撃性のある術式を覚えても、その相手に耐性があったら効きはしない。物理攻撃じゃないと倒せない相手とかもいるわけだ。

 肉体の強度とかが違うからな。台風相手に人間がどうするんだって話。災害には神様をぶつける。不肖だがそういう考えが難波家ということだ。四神もおそらく同じ理由で戦闘に式神たちを用いている。


「式神は便利だし、いざとなれば身を守るのにこれ以上適した存在はいないというほど優秀な術式だ。今後式神についての実技もあるので、様々な動物と降霊術を学んでおくように。それじゃあお疲れさん。解散だ」


 八神先生の言葉で解散する。姫さん達に挨拶しようかとも思ったが、あの鬼に殺されるかもしれないのでやめておいた。

 あの笑い声とか本当に他の人たちには聞こえていないのだろうか。誰もゴンたちの居る方向を見ていないし、本当に気付いてないんだな。

 ゴンのことは置いていこう。近寄りたくないし。


────


『で?あの鬼はどこの誰さんだったんだ?』

『あーっと、たしか頼光よりみつに左腕斬られた大鬼だったはずだぜ。名前までは覚えてねーや』

『ということは、茨木童子と同格でもないんだな?伊吹』

『おうよ。茨木童子と同格なんて酒吞童子と牛鬼、紅葉こうよう温羅うら、阿久羅王に鈴鹿御前ってところか?酒吞童子配下の四天王はここに加えない方が良い。あと別の意味で橋姫か。こんなもんじゃね?夜叉と羅刹はこの上を行くバケモンな』


 伊吹、と呼ばれた鬼はゴンの質問にそう答える。有名な鬼の伝説が多い日本だが、その中でも茨木童子なんてかなりの格上だ。それこそ、ただの人間が使役できるような存在ではない。

 ただの鬼でさえ凶暴で制御が難しいというのに、名の知れた鬼なんて契約した途端殺される可能性もある。プライドの高い存在ばかりだ。人間に使役されるなんて耐えられない強者ばかり。それが鬼だ。


『しっかし、あいつが茨木童子なわけねーだろ。精々がちょっと弱い大鬼ていど。茨木童子ならあんなクソガキに呼び出された瞬間に首落としてるな』

「そうかもしれまへんなあ。それに、情報が間違っとるんよ。茨木童子が切り落とされたのは右腕。腕が逆や」

『そうそう。天狐、なーんで呪術省肝煎りの賀茂家のガキがそんなことも知らないんだ?』

『お前らが呪術省を何度も襲って資料を消失したからだろうが。伝聞だって正確に伝わることは稀だからな。知ってるか?茨木童子は媒体によっては女で、酒吞童子とは夫婦だったんだと。クク、人間の想像力は凄いな?』

『うえー。れっきとした男同士だっての。あれか?綱に仕返しする時に女の姿に化けてたからか?』


 後世に残されている文献はあやふやなものも多い。伊吹やAたちが意図的に奪ったり隠した情報もあるが、第二次世界大戦で失われた文献も数多くある。

 正しいものと正しくないもの。それがごちゃ混ぜになっているのが今の世だ。だからこそ星詠みが重宝されるのだが、その星詠みの立場は現状よろしくない。詐欺師が用いる常套手段でもあるからだ。


『伊吹。お前から見て明はどうだ?』

『おれは陰陽師について詳しくはねーから確実なことは言えねえが、姫よりだいぶ霊気の量がすくねえな?銀郎の野郎、五割方しか力出せてねーだろ』

『まあ、オレとも契約してるからな。姫のような裏技も、エイのような膨大な量の霊気を産まれ持ったわけでもない』

『んんー?本当にそれが理由か?何かが妨害してるような……』


 下で歩いている明を見つめる伊吹。そして隣を歩くミクを見て合点がいったのか、感嘆の声をあげていた。


『あぁ……。なんじゃありゃ。アイツはバカなのか?』

『明はバカだぞ?珠希がいくら迫ろうが、本家の人間として好かれている、そういう行動をしていると思ってやがる。あんなの周りから見たら一発なのにな』

『それは阿呆と言うんだよ、天狐。……二重に自分の力を雁字搦めで縛り付けて、修業のつもりか?アレを解除すれば霊気が爆発的に膨れ上がるだろ』

『一つは自覚しているが、もう一つは無自覚だ。というか、それが縛りになっているって気付いてないんだ。本人は尊いものとしてそれを破棄するなんて考えすら浮かばねえぞ』

『Aがあいつのこと気にするわけが分かるわ。あの縛りが解ければ、霊気だけで言えば姫なんか軽く超えるだろ』

「どうせあたしはその程度やわ」


 姫は自己評価が今となってはかなり低い。それもこれも、一度死んだことでその程度の実力だと思い込んでいて、式神になったことで生前のような力を失った。それにいつも規格外の人間の傍にいるので、周りの平均的な力を掴んでいなかった。戦う相手が生きていた頃と変わったからかもしれない。

 だが、確実に姫は現代で三本の指に数えられる陰陽師だ。ゴンと同格ということは、陰陽師としては別格の立ち位置にいることは絶対の事実。それなのに死者だという認識から、明の踏み台だと感じてしまうのだった。


『あの狐憑きの少女はヤバいな。現状で姫より霊気があるじゃねえか。あれでまだ五本?』

『そうだな。五本だ。一本増えて、また霊気が増えたぞ』

『九本になったらどうなるんだか。あいつを主にしてみてえな。思いっ切り暴れられるだろうよ』

『お前の主が珠希?……止められる奴がいないな。オレも相手したくない』

『そう言わず、一回ぐらいガチでぶつかり合おうぜ?』

『オレは争いが嫌いなお狐様なんだよ』


 天狐の本質としては戦うことではない。鬼のように暴れたいという考えもない。自衛のためにそこそこの力は得ていても、自ら戦いを仕掛けるということはしない。踏みにじられたくない物を土足で蹴り飛ばされない限りは。


『姫。収穫はあったのか?エイに伝えることはあったか?』

「どうやろなあ。あのセンセは気になるし、二年生にはあたしのお気に入りがおるけど、それ以外にはこの学校で特筆すべき子っておらんなあ」

『二年生?生徒会の誰かか?』

「なんで生徒会?生徒会には所属してなかったはずやけど。生徒会ってあれやろ。麒麟が所属してる、そこそこな子たち。結局そこそこやし、A様が勧誘するほどじゃないやと思うんよ。あたしのお気に入りは、安倍晴明の血筋」


 ゴンは優秀な陰陽師なら生徒会に属しているのではないかと考えたが、そうではなかったらしい。そして血筋とは言うが、土御門ではないようだ。


「大元は難波家を本流としている方の血筋やね。土御門系じゃないんよ」

『難波から離れた分家だってか?』

「そう。今実家は静岡にある子なんやけど、これがおもろくておもろくて。難波が本流なのに、退魔の家系なんよ」

『ほう?それは珍しい。難波は土地の管理と式神に特化した家系だというのに』

「土御門には賛同できないけど、魑魅魍魎で苦しんでいる人たちを放っておけないって飛び出したらしくてな?実際血筋やし、ノウハウと霊気はあったからそこそこ成功したそうや。で、静岡で助けた女性と恋に落ちて、そのまま土着」

『その子孫がいるってわけか。おれの天敵じゃねえか。殺すぞ?』

「やめてくんなまし。あたしが手塩をかけて育ててるんよ。あんさんの気まぐれで殺されたら長年かけた努力が水の泡やわ」


 姫が深いため息をつく。実際伊吹は鬼の習性上、突拍子のない行動に移ることがある。それを抑えているのはAの手腕だ。

 もう一人の鬼の方がまだ理性的で、分別が利く。というよりお酒に夢中すぎて他に特には考えていないだけかもしれないが。


「そもそも、あんさんが次のイベントで暴れられるか決まってへんやん?」

『それなんだよなあ。Aのやつ何考えてるんだか。お前は良いよな。暴れられるんだろ?』

「暴れる、ゆうより実力差を示す、が正しいやろ。麒麟を真っ向から潰す陰陽師。そういう役割なんやから。当代最強の陰陽師が敵わない相手がいるっていう恐喝するんよ」

『あとはお前のお披露目だろ。ププッ、お前が生きてるって知れたら呪術省の連中どう思うだろうな?その場にいる陰陽師共もびっくりするはずだぜ』

「それも狙いなんやろ。ここを攻めつつ、呪術省に次はお前たちだと宣言する。ようは予行演習や」

『それで攻め込まれるここの人間は可哀想だな』

「天狐殿にもA様のシナリオで踊っていただきますので、ご容赦を」


 姫が綺麗な所作で頭を下げる。ゴンはすでにAから話を聞いているので止めようとは思わない。明とミク、その周辺くらいは守ろうと思っているだけだ。


『舞踊は苦手だから、盛大に足を踏み外すかもな?』

『え?マジ?おれと戦ってくれるの?』

『この戦闘狂が!どこをどう読み取ったらそうなる⁉』

『Aのシナリオ台無しにするんだろ?そうしたらAの警護してるおれらと戦うってことじゃん?』

『たとえ銀郎と一緒でも、お前とは戦わねーからな!』


 ゴンの叫びに、伊吹は笑って茶化し始める。姫はそれを見つつ、伊吹を連れて退散しようとした。

 前回は明の張った結界を上書きした際に、その出来の差異から麒麟に気付かれてしまったが、今回は最初から姫が作り上げた術式で干渉しているために、この場で気付いている人間以外には誰にも気づかれずに潜入を終了させた。

 この力を使えば麒麟にも気付かれずにテロを起こすことができる。その実験でもあったことは当人たちしか知らない。


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