第42話 3ー1

 入学して二週間が経った。この頃にはほとんどの生徒が陰陽師学校のカリキュラムに慣れたのか最後の授業になっても眠らずに済んでいた。この二週間、昼の三時から日付が変わるまでという通常の学校とは異なる時間割に、いわゆる一般の家出身の生徒が鳴れていなかったので集中力が持たず、というところだろう。

 だがそれでもこの学校は陰陽師の高校としてはトップ。二週間もすれば授業中に居眠りするような輩はいなくなった。エリートとはいえ、生活習慣を変えることには時間がかかるものだ。俺の場合はこっちを主にしていたから朝の方が辛かったけど。


 俺たちは授業の前に図書館に来て、Aさんにもらった巻物の内容を確認していった。事例などは図書館にある資料を確認しながらだ。

 この内容は他の人には見せられないから俺とミクと式神しか周りにいない。他の生徒も図書館に来て勉強したり調べ物をしたりしているが、同級生はいないように思える。シューズの色で学年がわかるが、同じ色をさっきから見ていない。

 一年生は青、二年生は赤、三年生は緑。緑が圧倒的に多くて、赤は少ない。昼飯直後の、始業前の時間だから熱心な人しか来ていないんだろう。最悪自室で勉強するって手もあるし。


 俺たちはミクの狐憑きについて知れることがあるならと、調べ続ける。Aさんと姫さんは数百年前の事例まで引っ張ってきてくれていて、時には大学図書館に書籍の取り寄せを頼まなければならないこともあった。

 狐憑きについては本当に資料が少ない。発見されたとしてもすでに呪術省の前身である陰陽寮によって悪評が広められた後だったために母子共に惨殺された後だったりと、本当に凄惨な過去ばかりだ。

 これを変えようと思ってるのが俺たち難波家。その噂は全国に広がり、いっぱんじん健常者からは気狂いの一族として、狐憑きの関係者からは救済者として知られている。今でもミクを除く三人の狐憑きとその関係者をウチの土地で保護してるし。

 とはいえ、メカニズムとかはまるでわからないし、他の狐憑きたちは尻尾が増えたりしていない。だからこそ、Aさんたちがくれたこの巻物の解読が必要なのだが。


「……本当に、尻尾が増えるなんて事例ないんだな……」

「九尾というのもお二人の推測でしかないんですね。そもそもとして、九尾は神様と同類の災厄って認定されていますから、見付け次第討伐対象なんでしょうけど……」

「玉藻の前と、中国の妲己だっきが国を滅ぼしたからだっけか?玉藻の前は結果的にそうなっただけで、正確には安倍晴明が死んだからなのに」

「安倍晴明が死ぬ原因を作ったのが玉藻の前だからではないのですか?」

「そりゃあ泰山府君祭なんて大儀式行ったら死にかけになるのも当然だろ。今の世になっても誰も解明していない死者復活の儀式とされる、秘術。玉藻の前を封印するのに使った儀式だともされてるが、そもそも玉藻の前を封印するはめになったのは──」

『坊ちゃん、例の少女が近付いていますぜ。迷いなくこっちに向かってる』

「ありがとう、銀郎」


 銀郎の注意のおかげで話を切り上げることができた。巻物も仕舞う。もし他の人に触れられて燃えたりしたら一気にパニックに陥る。それを避けるためにカバンへ仕舞った。勉強道具は元から出してあるから偽装にはもってこいだ。

 例の少女こと、大峰さんが机にやってくる。


「やあ、明くんに珠希ちゃん。始業前に勉強とは感心だねえ。将来きっと大成するよ。うん」

「何で同級生にそんな上から目線で言われなきゃならないんだか。アレか?お前も賀茂のうざったい女と同じで家の箔とかで判断するタイプ?感心しないな、おチビさん」

「……周りに気遣ったのは良いけど、近くに聞き耳立ててる生徒もいないし、そういった術式も使われてないわ。だからもうちょっっっと柔らかくならない?そう目の敵のように接してくるのは心に来るから……」


 年上なのに年下として接しなくてはいけないのがめんどい。いじりがいがあるから、賀茂の箱入り娘よりも全然いいけど。

 俺も周りを見てみて変な術式もなさそうだったので警戒を解いて話す。


「まあ、大丈夫そうですね。で、何のようですか?」

「入学式の時に変な人いなかった?ボクの知らない術式を使ってた人がいたみたいで」

「俺の両親と呪術省の大臣様は来られていたようですけど、変な人は特には。術を使っていたのも俺の父さんと大臣様だけですし」

「大臣がボクの知らない術式を使ってるとも思えないし……。明くんのお父様って星見以外に何か特殊な術式使えるの?」


 あれ、父さんじゃなくてAさんだったしなあ。術を使ったのは姫さんだけど。その姫さんの術式を感知しただけでも大峰さんは優秀なんだろうけどさ。

 父さんと母さんにAさんたちと接触したことを伝えたら心配された。瑠姫たちが知ってたんだから知る人ぞ知る犯罪者ってことなんだろうけど。

 で、大峰さんが知らないという術式についてなんて答えよう。この人はたしかに麒麟なんだろうけど、だからと言って知らない術式がないほど博識とも思えない。

 だからとりあえず誤魔化してみよう。


「父さんは難波家の本家にのみ伝わる禁術をいくつか使えますよ。それを入学式の時には使っていませんでしたが……。何か気になることでも?」

「何かの妨害術式を感知したから。何か仕掛けてくるならイベント事だと思って警戒していたのに、発動したことにも気付けなかった。術を行使しているかもわからないような些細な違和感だったんだけど、気になって校門に向かってたらその違和感もなくなっていて……。あの時、明くんたちの姿は見えたから何か知らないかなって」

「はぁ。父さんと大臣様が霊気をぶつけ合って一種の異界のような物を構築していましたが、それ以外には特に何も。なあ、タマ」

「はい。そのぶつけ合っていたのもわたしたちが着いてすぐに収まりましたし。その前のことはさすがにわかりませんが……」


 実はあなたよりも凄腕の陰陽師が周りとの全ての情報を断絶させるような術式を無詠唱で発動させていましたよ、とは言えない。それに、その人たちがもうすぐこの学校に選抜という名の殴り込みをかけてくることも。


「そっか。なんだったんだろうな、アレ……」

「まさかその確認のためだけに俺たちを探していたんですか?」

「それも目的の一つ。もう一つは生徒会にご招待しようと思ってね」

「生徒会、ですか?」


 生徒会なんてこれまでの学校生活で一切関わりのない組織だった。所詮生徒間の遊びごと程度の認識しかなかった。俺もミクも生徒会役員なんてならなかったし、なる理由もなかった。

 そして今後も一切関わらないだろうと思ってたのに。


「ボク、今生徒会の庶務なんだ。生徒会は緊急時に生徒への指揮権が与えられてね。だからこそ生徒会長には顔を通しておいた方が良い。役員になれって話じゃなくて、緊急時に備えてお互い顔を知っておいた方が良いっていうこと。これは目ぼしい実力者には全員行ってることだよ。君たちが安倍晴明の血筋とか関係なくね。血筋だとしても会わないこともある」

「で、今回は俺たちの番だと」

「そういうこと。校外授業とかも増えてくるからいざという時のために実力者はどのように動くべきかっていう確認さ。基本は教職員の指示に従うのが基本だけど、その教職員が傍にいなかった際の矢面にたってほしいとかそういうやつ」


 要するに断れないってことだ。陰陽師になるんだからそういう事態に対処しなければならない。そして学校という組織で行動している以上、対処法も確認した方が良いということだ。

 あとは、ゴンについて生徒会だけにでも通達しておいた方が良い。校長がすでに伝えているかもしれないけど。


「わかりました。大峰さんについていけばいいんですか?」

「そうだね。ちょっと移動するからついてきてくれる?」

「はい」


 借りる本だけ借りて、それをカバンに仕舞ってからついていく。生徒会なんていう組織に縛られるわけじゃないんだから、気楽に話を聞きに行くという感覚でついていった。

 連れて来られた場所は一般教室の半分くらいの大きさの部屋。生徒会室というだけあってホワイトボードや大きな机、パソコンもあり、でも部屋にいたのは眼鏡をかけた男子生徒だけ。

 シューズの色が緑色だったためにこの男子生徒が三年生だというのが分かった。


「ようこそ、難波明君。那須珠希さん。生徒会長の都築蒼汰つづきそうただ。難波家の関係者と会うのは初めてだ。よろしく頼む」

「初めまして。今日はよろしくお願いします」

「二人とも立ち話もなんだし座りなよ」


 大峰さんに促されて椅子に座る。椅子に座布団などがあって座る席が役職によって決まっているようだった。

 会長の都築さんはお誕生日席というか、上座にいるのはわかる。


「君たちに最初に言っておくと、僕は大峰さんが麒麟だということを知っている。正確には現生徒会役員全員が、だけど。だから生徒会役員のみがいる時は大峰さんをトップに添えるので、そういうつもりで」

「じゃあこれからの説明も大峰さんがしてくれるんですか?」

「えー、ヤダ。面倒だからソウタくんやってよ」

「わかりました。説明は簡単にしていくけど、行事の時は必ず役員はこのワッペンをつけることになる」


 机の上に置かれたのは黄色の生徒会と記されたワッペン。遠くからでも見やすいようなデザインで、一般生徒なら生徒会の言うことを聞こうとは思うだろう。生徒会っていうのは生徒の代表なんだから。


「僕たちが基本的に教職員や現場にいるプロの方々と協力して、生徒たちを誘導する。君たちに頼みたいのは僕らと生徒たちの橋渡し役、そして実力者という点からの時間稼ぎをお願いしたい」

「それは緊急時において、ということでしょう?俺たちも自分の命が大事です。自分の命を捨ててまで誰かのためには動けませんよ?」

「それはそうさ。僕たちも君たちもプロじゃない。そこまではしなくていいよ。やれることはやるけど、無理なことはしなくていい。そんな事態はこれまでに起こっていないけど、念には念を、だ」


 これまでは起こってなくても、これからは起こるんだよな。そういう意味では生徒会は優秀だろう。備えることはちゃんとしているんだから。


「特に君たちは式神という戦力を持っている。これは大きな手段だ。大峰さんも言っていたが、式神は時間稼ぎにはもってこいだというお墨付き。それなら四神に式神が与えられるのもわかるものだ」

「都築会長たちは、ゴンのことを知っているんですね?」

「ああ。校長先生から通達されている」

「じゃあ、この確認はゴンを大々的に投入しても生徒会や学校側が庇い立てしてくれるという裏取りのようなものですね?」


 都築会長はうなずく。校長だけが知っていても意味ないし、教職員が知っているのにそれと連携して動く生徒会が知らないのは効率が悪い。ゴンも不貞腐れていないのでいいと思っているのだろう。


「狐のことを嫌っているというのはどこまでの人間に適応されるのか正直わからない。一千年前に陰陽師の祖を陥れたとされているが、僕は安倍晴明信者でもないし、抱いた感想は『そうなんだ』程度だ。現代に生きる人のほとんどはそんなものだと思う。むしろ神経質になっているのは呪術省と深い関わりがある人間と、安倍晴明の血筋くらいじゃないかな。だからこそ、君たちは特殊なんだろうけど」

「……むしろ他の血筋の人に聞きたいんですよね。安倍晴明のことをどう思っているのかって」

「どうっていうのは何だい?明くん」

「明様が言いたいのは、皆さん安倍晴明を神聖視しすぎなのではないかってことですよね。様々なことを為した人なのでしょうけど、彼が亡くなったから都がなくなったのは言い過ぎではないかと。法師も同じ時代に居たわけですし」


 そう、安倍晴明と同等の陰陽師はもう一人いた。だから安倍晴明が玉藻の前に殺されたからといって、都の防衛に法師を宛てれば良かっただけのこと。それができずに法師に反乱を引き起こされたのは都の求心力不足だろう。

 法師と安倍晴明が繋がっていた時点で、どちらかが都を見放せばどうなるかなんてわかりきっていたことだけど。法師についても一般的には安倍晴明の弟子で、安倍晴明の死後に都へ反旗を翻した悪逆人というくらいしか知られていない。


「法師も実力は同等だったみたいだし、でも反乱起こして死んじゃったからねえ。晴明様は今の陰陽術を体系化させた偉人ではあるんだろうけど、法師も呪術を極めた人物。貢献度ではあまり変わらない気がするけど、法師を悪者にする流れはあるね」

「悪者を作り上げた方が統制が利きやすいという面もあるんだろうね。安倍晴明の偉業はもちろん讃えられるべきものだろうけど、神様には思えないかな。だって人の子だろう?」

「それをわかってない人が多いと言いますか……」

「我々は陰陽教とか、そういう宗教に入った覚えはないからね。それに玉藻の前が悪いとしても、だからと言って狐全てが悪いわけではないだろう?そうしたら犯罪者を出している人間は全部悪い人になってしまう。まあ、人間は悪い存在かもしれないけど」


 そう笑う都築会長の思惑がわからない。自分も人間なのに、自分が信じられないのだろうか。悪い人間も多数いるだろうが、良い人間もいるだろう。たぶん。


「話を戻して。緊急時には力の出し惜しみをしなくていい。それで君たちが死ぬなんてことはあってはならないからね。そして、直近のイベントが新入生歓迎オリエンテーションだ。一年生たちへ部活や陰陽術研究会への勧誘をする一大イベントだけど、君たちが遭遇した蟲毒、それを引き起こした何者かがまた君たちを狙うかもしれない」

「そこまでご存知でしたか」


 蟲毒は世間から消された事件だ。そもそも地元に住んでいる人たちしか魑魅魍魎の大量発生と市役所全壊という事実を知らない。百鬼夜行と等しい事件が起こり、市役所が全壊したと父さんと市長は発表したが、呪術省はそれを認知せず、有耶無耶になった。

 それを大峰さんは知っていた。大峰さんから聞いたんだろうか。

 知った経緯は良いとして、たしかにイベント事は襲撃しやすいかもしれない。Aさんたちが攻めてくるとしたらここか。


「父が独自に調べていますが、犯人はまだわかっていないそうです」

「あの星見の康平殿でもかい?」

「ええ。視える未来と過去にも限りがあります。今回は特に邪魔が入っているようで」

「邪魔?僕は星見については浅学の身だからわからないのだが、見たいと思う対象によっては妨害がされるものなのかい?」

「土地やそれこそ星の見え方などにも左右されるようです。俺も過去は視えますが、土地や近くにいる人物、その過去に誰がいるかなどは状況によって異なりますから」


 俺だってまだまだ未熟だが、あれだけ過去視を視ていればなんとなく条件は分かる。しかし、邪魔されてるってことは相手にも星見がいるってことだ。

 星見をどうにかできるのは星見だけ。干渉するには星見の才能が必要だ。父さんにはすでに土御門の子息が犯人だと伝えてある。だというのに土御門本家の動向を視れなかったということだ。

 土御門に星見の陰陽師は公には存在しない。だが父さんという表向き最高の星見に対抗できるほどの星見が土御門本家にはいるということだ。また隠し事。それが陰陽師の祖の血筋で、しかも陰陽師の取り締まりを行っている総本山だというのに。

 ちょっと苛ついていると、ゴンが隠形を解いて俺の目の前の机の上に現れた。ゴン、姿を自分から見せるなんて珍しいな。


『バカ明。気を緩めすぎだ。星見について何をバラしてやがる。康平から言うなって言われてただろうが』

「あっ……」


 そうだ。父さんから俺はまだ星見について呪術省に登録してないから誰にも漏らすなって言われてたんだ。土御門に目をつけられるからって。

 しまったな。完全に俺のミスだ。情報なんてどこから漏れるかわからない。特に京都には良くないモノが多いから警戒しておけって言われたのに。


「初めまして、天狐殿。生徒会長の都築と申します。この学校では貴方様に迷惑をおかけしないように精進していきます」

『おう。都築、ねえ。そっちの小娘が麒麟か。麒麟。この街にいる他の四神は誰と誰だ?』

「青竜と玄武だよ、天狐さん。小娘かあ……。あ、麒麟とは呼ばないでよね?秘密なんだから」

『……フン。なら小娘だな。で?他の四神はどこに配置している?』

「えーっと、朱雀が北海道で白虎が東京だったはず。それが何か?」

『いや?バラバラだと思ってな』


 ゴン拗ねてるな。大峰さんの態度?それとも質問の答えか?意味のないことをゴンがわざわざ聞くとは思えない。京都を支える方陣についての質問だったんだろうか。


「都築会長、大峰さん。俺が星見ってことは秘密にしてください」

「もちろんだとも。自分が持っている能力を全て公表する意味はない。さすがに悪霊憑きや強力な式神についてはもしもを防ぐために明かしてもらわなければならないけど。星見は危険な能力ではないからね」

「そう言っていただけると助かります」

「これは生徒会としての義務だよ。ちなみに二人とも、式神を常時傍に置いて実体化させているのかい?」


 この質問に俺たちは頷く。俺もミクもそれぞれゴンと瑠姫を実体化というか霊線を繋げて霊気を送り続けている。ゴンは仕方がないが、瑠姫や銀郎は実体化させる時にだけ霊気を送れば霊気の節約になる。

 難波の家訓はゴンの方で補っているので銀郎は基本的には休ませている。


「なら、今度のイベントは隠形をさせなくていい。新入生のためにちょっとした陰陽術を用いた催しだから、陰陽術は積極的に使ってさっさと切り上げた方が良い。イベントの一環として攻撃性の術式を用いられる可能性がある。学校の中に犯人の一派がいるかも知れないからね」

「会長さん、この学校にスパイが紛れ込んでいるのかもしれないってことですか?」

「そうだね、珠希さん。入った時は一般生徒だったけど、事情があってスパイとか一派になったとか理由や可能性はいくらでも考えられる。用心に越したことはないからね」


 優秀な学校だからといってそこから犯罪者が出ないとは限らない。学校がどうだというよりは結局、その人がどういう人間だかということの方が警戒すべきだ。プロの陰陽師だろうが医者だろうが教師だろうが、犯罪者は現れる。

 肩書きで判断してはダメだということを都築会長は言いたいのだろう。それにおそらく事件は起こるから用心も正しい。


「そういう例が過去にあったんですか?」

「というよりは、ウチの卒業生が犯罪者になった。それも少なくない。陰陽術とは結局才能も関わる異能で、むしろウチの卒業生は優秀であるが故に驕り、堕落する。強力な力ほど、魅惑がある。お金や権力と一緒で、持ちすぎると邪なことに使いたがるのさ」

「学校の方で不測の事態が起こったらどうやって動くんですか?」

「まずは現場判断。校外授業にしろイベントにしろ警邏の先生たちが一定間隔で配置されてるから、その先生たちが教師やイベントの際に要請するプロの陰陽師との間で構築した陰陽術と電話連絡網の両方で事態の説明。そこから僕たち生徒会に連絡が来てどう動くか確認してから生徒へ避難勧告をする。現場に近い生徒はその場ですぐに避難させるだろうけど」


 マニュアルがきちんとあるようなら安心だ。急な事態に混乱するということもないだろう。するとしたらまだプロでもない生徒たちか。暴走しなければたぶん問題ないはず。


「だいたいこんなところだけど、他に何かあるかな?」

「……聞くかどうか悩んだんですけど、聞きます。土御門と賀茂にも同じようなことを説明するんですか?」

「するよ。特に土御門君は新入生総代だからね。入学時点ではトップの成績だし実力者なのは間違いない。ここだけの話、賀茂さんは新入生で次席だ。難波君が三席だね。そんな実力者二人をないがしろにするわけにはいかないよ。実家とか態度とか気になることはあってもね」


 入試結果を生徒会長が知っているというのはどうなんだろうか。個人情報保護的な観点で。しかしあの二人が俺たちの学年のトップ2なのか。


「あ、でも安心してね。あの二人にはボクが麒麟だって教えないことになってるから。親が秘密にしろってうるさくてさー。過保護だよね」

「ああ。何があっても自分たちで解決したと思ってほしいと。温室育ちばかりだから呪術省は歪み切っているのでは?不祥事を揉み消そうとするなんて似た者親子じゃないですか」

「たしかにそうだね。そういう家系なんだよ。どうにかして呪術省という組織を守りたい。そのためにエリート教育という名の過保護な条件下で育てる。その馴れの果てがあのビルなのさ。省庁のはずなのに辺りで一番の大きさの建物とか権力の象徴にしか見られないよね」


 呪術省は他の省庁と違って唯一京都にあるが、京都で一番大きな建物は何かと問われれば全員が呪術省と答える。六十階を超えるビルに、地下もある始末。そんなに大きなビルにする必要があるのかと疑問に思う人も多い。

 呪術省側からしたら研究所のような、実験施設も兼ねているためにそれだけの大きくて広いものが必要なのだとか。


「あとは大丈夫そうかな?」

「そうですね。ありがとうございました」

「いやいや、こちらこそ。大峰さんの話によると図書館で勉強中だったみたいじゃないか。貴重な時間を費やして悪かったね」

「いえ。時間のかかる調べ物なので大丈夫です。それじゃあ失礼しますね」

「お邪魔しました」


 一礼してから生徒会室から退散する。やることはわかったので、その事態に備えることをしないと。俺たちは実戦経験があるから良いけど、土御門とかは大丈夫なんだろうか。温室育ちってことは魑魅魍魎ともまともに戦ったことがなさそうだが。


「ゴン。四神のこと聞いたのは何でだ?マユさんのことは知ってただろ?」

『本当に五人を揃えずに地方に分配してるのかと思ってな。予想通りで呆れただけだ』


 生徒会室から出るのと同時に隠形をしたゴン。周りに人影がなかったので堂々と話していた。式神と話している生徒もいるのでそこまで変な光景じゃない。


「四神と麒麟はなるべく京都にいた方が良いんですか?」

『ああ。お前らもエイと姫から聞いただろ。五神っていうのは京都を守るための方陣を構成する要だ。その内半数は別の場所にいるだと?んなもん方陣の効力が落ちるに決まってるだろうが。しかも効力をまともに発揮してるのは玄武だけ。昼夜関係なく魑魅魍魎が現れて、強力な個体が現れるのも道理だろうよ。ここは霊地としては日本の中でも最大、人口も最大、それで方陣は不完全。魑魅魍魎が湧くのは呪術省の自業自得だ』


 本来は方陣の要としての役割を帯びていた式神が、安倍晴明の改造によって副次的な効果だったはずの戦闘能力こそを重要視される。時代の流れのせいなのか、呪術省の事実確認を怠ったミスなのか。

 どちらでもいいが、自分で自分たちの首を絞めているのはまだいいとして、他の人に迷惑をかけるのはどうなのか。温室育ちの観葉植物の方が人のためになっているっていうのはどうなんだか。癒しにもなれない温室の害虫か何かか。


「安倍晴明がいた時の方陣と比べてどれくらい効力は落ちてるんだ?」

『その頃は最盛期だぞ?あの時に比べたら今の方陣なんざ三割未満だ。いくら玄武の小娘のように適合者じゃなかったとしても、一応の実力者が方陣の維持にのみ注力していたんだ。方陣の維持なんて考えず、散り散りに式神の影法師を連れ出してたら方陣なんて歪むに決まってるだろうが。本体がこの土地に残っていて、あとはさっきの大峰っていう小娘じゃない、前の麒麟が頑張ってるんだろうよ』

「前の麒麟の方ですか?でもその方、もう引退されたか、とにかくもう麒麟ではないんですよね?」

『玄武が言ってただろうが。キー君が力を貸してるって。麒麟は未だに前の契約者に本体が力を貸している』


 やっぱりキー君っていうのは麒麟のことだったか。頭文字的に麒麟しかいないし、大峰さんにゴンは反応しなかった。つまり大峰さんより前の麒麟が式神の麒麟と未だに繋がっているということ。


「もしかして前の麒麟は今も方陣の維持をしてくれてるのか?」

『可能性はある。先々代なら知ってるが、先代がどうして麒麟を辞めたのかまでは知らん。だが曲がりなりにも方陣が機能してるのは玄武と前の麒麟のおかげだろうよ。あとはエイのおかげか』

「Aさんも力を貸してくださっているのですか?」

『いや、というよりは……。まあいいか。あいつはろくでなしだし、犯罪も犯しているがあいつがいなくなったら京都という街はなくなっていた可能性もある。あいつの方がよほど京都の守護者らしい。そんなあいつだからこそ、呪術省を潰す権利があるのかもな』


 犯罪を犯しながらも、京都を守る。それこそ陰陽を司っている、真の陰陽師と呼べるのかもしれない。いや、犯罪を犯そうとは思わないけど。


「……やっぱりあの二人が来るとしたらオリエンテーションか?」

『二人で済むと良いな』

「冗談でもやめてくれ……」


 始業には少し早かったが、図書館に行くのは時間がかかるために教室へ行くことにした。たまには授業の準備をしたっていいだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る