第41話 2ー3

「んで?注意しなかった八神先生も悪いけど、大幅に時間取りすぎだろ。二時間もやりやがって」

『悪いな。小娘の飲み込みが案外良くて中途半端に終わらせたくなかった』


 一時間の予定のところを、ゴンは二時間かけて天海に風水を教えていた。タイムキーパーでもあった八神先生までもが講義に集中していたためにどうにもならなかった。

 ところ変わって今は京都市北区にあるラーメン屋さんの前。ランチの時間帯に見事にぶつかってしまったので、かなり並んでいる。俺たちの前後に十人ずつ。有名店だし仕方がないか。なるべく開店直後を狙ったんだけど、ウチのお狐様の我が儘だ。水に流そう。

 とでも言うと思ったか。


「ゴン。モフモフの刑に処す。好きにしていいぞ、タマ」

「わかりましたっ!めいいっぱいギュウッてします!」

『ちょ、まッ⁉タマキも明と変わらず滅茶苦茶にしてくるから嫌なんだよ!』

「そんなこと言わずに、ゴン様~」


 犬の姿をしたゴンはミクに抱えられて思いっ切りギュウっとされている。嫌そうな顔をゴンはしているが、これは罰なので無視。

 さすがに人ごみの中で狐の姿ではいられないので、姿を偽ってもらっている。今回のお店は式神も歓迎ということで銀郎と瑠姫も実体化させて列に並ばせている。最近はこういう式神同伴OKという店も増えてきた。

 ペット同伴OKと似たようなものだ。陰陽師教育が発展した結果というこことだ。式神はまだまだ下火でも、式神を連れたお客はそれなりに増えているのだとか。

 前の女性のお客さんも亀を抱えているし。亀の式神って珍しいな。


「ゲンちゃん、そんなにここの唐揚げ食べたかったのですか?唐揚げ専門店なら他にもありますよ?」

『ここの……食べたこと、ない。ラーメン屋さん、だからって見逃してた……』

「本当に唐揚げ好きなのですね……。私は何を食べようかなあ……」


 むしろ式神に付き合っているようだ。ウチとは真逆。人間四人と式神三体。大所帯だ。天海も誘ったら来た。俺たちがラーメン食いたいという我が儘を聞いてくれて結局ラーメンに。

 いや、ホントに大将のラーメンより美味しいなら食っていたい。俺たちのラーメンの原典は大将のラーメンだからな。


『明ァ。どうせこの店に稲荷寿司はないんだろ?他にオレが食えそうなもんは?』

「ネギ飯か、唐揚げだな。ここのサイドメニューは唐揚げが人気らしい。味玉もあるぞ」

『なら唐揚げと味玉だな……。あと、米』

「はいよ。席は式神と人間で分けていいだろ?」

『チッ。しかたねえな。それで勘弁してやる』


 ゴンは瑠姫と一緒にご飯を食べるのが好きじゃない。理由は単純で、やろうと思えば箸を使ってご飯が食べられるのだが、ゴンはその食べ方が好きじゃない。曰く野性を忘れるからだそうだ。

 丼ぶりにがっつくのが気分的に美味しいのだとか。そこは狐として譲れないのだろう。たぶん。

 そういえばさっきから周りの視線を感じる。その視線の先には瑠姫と銀郎がいて、珍しい式神を従えている好奇心から来るものだった。そのついでに、従えているのは誰かと探られているのが現状だ。

 二又の猫とオオカミはそりゃあ珍しいか。それが互いに人型を模しているんだから。

 前に並んでいた女性も気になったのか、こちらを向いて二体の式神を見てから話しかけてきた。


「すごい式神ですね……。誰が使役しているのですか?」

「俺と彼女です」


 そう言ってゴンを抱えて頬擦りしているミクを指さす。カワイイ二人がじゃれ合っているのはとても画になる。モフモフの刑をミクに任せたのは正解だった。眼福眼福。


「まだ学生さんですよね?ライセンスは持っていらっしゃるのですか?」

「いえ、持っていませんよ。……年上の方に敬語で話されるのはむず痒いですね」

「すみません……。癖な物で。同僚にも注意されているのですが、治らなくて……」


 そう申し訳なさそうに語る女性。髪はボブカットの茶色だが、瞳は空色に変色している。この女性もかなりの霊気を保持しているのだろう。どこかの名家の箱入り娘みたいに霊気をダダ漏れにはさせずに抑えているから人ごみに溶け込めているのだろう。

 これが一般の陰陽師の常識なんだが。

 彼女の抱えている亀が一点を見つめている気がする。動きが緩慢なのではっきりとはわからないが。

 その土色の亀が小さな口を開く。


『クゥ……。何で、そんな格好してる……?』

『だから人前でその名前で呼ぶんじゃねえよ!ん?今の瑠姫じゃなかったな……。アアン?お前、何で実体化してるわけ?』

『式神になったから……。マユと契約した、だけ。それよりも、クゥこそ、何で式神になってるの……?』

『今の通称はゴンだ。その名で呼ぶ主君はもういない。式神になったのは明を気に入ったからだ』

『ニャハハハハ!ここに!クゥっちと呼ぶ式神が!いるニャ!』

『マジで黙れ、瑠姫』


 瑠姫の場違いな笑い声は置いておいて。ゴンと彼女の抱えている亀の式神は顔見知りらしい。クゥ、という名前を知っているということはおそらく一千年前の知り合い。ゴンは一千年間、ほとんど一匹で日本全国を練り歩いたらしい。その間頼る存在はいなかったとか。だから知り合いになるような人物は一千年前の平安京で会っているはず。

 眷属はいたらしいけど。


『式神になるのは一千年振り……?』

『それはお前のことだよな?オレは式神になったの今回が初めてだぞ?』

『そう、だったっけ……?』

『あの頃は眷属で、式神じゃなかったんだよ』


 やっぱり平安京があった頃の知り合いらしい。ゴンが眷属だった頃は一千年前だけだし。

 となると、この亀は一千年前にもいた式神ってことか。珍しい式神だとは思ったけど、平安の出来事を知っていてまだ契約してくれる式神なんて本当に希少種だ。


「えっと、その式神、ゲンちゃんと知り合いなのでしょうか……?」

『ゲンちゃん?まあ、妥当な呼び名か。ああ、そうだ小娘。オレとそいつは一千年前に出会っている。そいつが式神になっているとは、優秀な陰陽師と見受ける。時にゲン。他の連中はどうだ?』

『キー君なら、何回か力を貸してる、みたい……。それと、マユは小娘と言うにはちょっと。もう二十──』

「年齢は言わなくていいですからね⁉ゲンちゃん!」


 マユさんはゲンと呼ぶ式神の口を抑える。女性の年齢を許可なく言うのはご法度だよなあ。でもマユさん、充分若く見えるけど。大峰さんのような年齢詐称できるレベルではないが、とても三十代には見えない若々しい人だ。

 だから多分二十代前半から半ばくらいだろう。可愛らしい人だから下手したら十代にも見られるかもしれない。

 そりゃあ、小娘って実年齢ではないんだろうけど。


「すみません。ゴン見た目によらず高齢で、ウチの母のことも小娘扱いなんですよ」

『フン。人間なんて皆短命だからな。生きてる年数の桁が異なる。百年生きてない奴なんか小娘で充分だ』

「あ、アハハハハ……」


 苦笑しか返せない気持ちはすごくわかる。価値観の相違だから、ゴンの小言なんて気にしたらダメだ。一々真に受けたらやってられない。


『ゲン。キー以外は?』

『誰も見てない、かな。皆祠で居眠り、してると思う……』

『良いことなんだか、悪いことなんだか……。というか、キーこそ寝てないとダメだろ?お前たちが実体化することにどれだけ妖共が頭を抱えると思う?』

『でも……マユのこと、心配だし……』


 はてさて。愛称で呼んでばかりで要領を得ないが、ゴンの言葉を信じるならこの亀や他の式神が実体化すると不祥事が起こるのかもしれないということ。

 そんな式神がいるのかと思うと、式神契約も完璧な術式じゃないんだなと思う。


『この小娘のことを過保護にしすぎだろう?お前は妖よりも、呪術省よりも人間の小娘一人を選ぶんだな』

『うん……。妖には妖の生き方があるし……。他の人間のことは、どうでもいい、かな……。晴明がいなくて、神様もほとんど雲隠れして。来たる時に備えてきたけど、もういいでしょ……?人間には、一握りしか期待してないから』


 間延びした声から発せられる諦観の念。一千年以上生きてきた式神の考えなら、否定してはいけない。価値観が異なっても、それこそが一千年の時を経て辿り着いた解答なのだから。

 一千年の間に何があったのか。決定的な離別があったのか、それとも一千年の積み重ねによる終着点か。どちらにしても、たかだか十数年しか生きていない俺にはわからない話だ。

 それでも、一握りでも信じている人間がいるなんて、なんて強い式神だろう。人間なんて全て信じられないと思ってもおかしくはなさそうなのに、式神契約をしても良いと思える人間に出会えたなんて。どれだけの確率なんだろうか。


「えっと、ゲンちゃん?ゲンちゃんってそんなに冷たい子でしたっけ……?」

『元々、こんな感じ……。晴明はぼくたち式神に優しかったけど、他の人は皆、道具としか思ってない……。呪術省もそうでしょ?他の皆も、晴明との約束があるから力を貸してるだけで、ぼくのように本体は出てこないし……』

「晴明って、安倍晴明様?」

『そうそう。晴明は人間と妖の共存を望んだけど、人間は異形の存在を認めなかった……。それから、かな。皆力を貸すのも嫌になって、最低限しか補助してあげなくなった……。等価交換分しか、してあげなくなったんだ』

「え、待ってください?ゲンちゃんのように本体が、他の三体は全く出ていないのですか?だって呪符で呼べば……」

『それが、力の貸与。ぼくはこうして、呪符に頼らずに実体化してるよ……?』

「あっ!」


 得心がいったのか、マユさんは頷く。ゲンはゴンのように生きたままの式神には見えず、本体というのは霊体のはず。なのに呪符を使わずに契約も実体化もしているなんて、式神の定義からして違う。

 本当に式神の方から譲歩しているからこその特例だ。こんなことできている人はマユさんだけなのではないか。

 もう少し話を聞きたかったが、お店の中から店員さんが出てきた。マユさんたちが入店してしまう。


「二名様ですか?椅子は一つでも大丈夫でしょうか?」

「あ、はいです!大丈夫です!」

「ではご案内しますね」

「あ、あの!さっきの会話の内容は秘密にしていただけますか?私にも機密がありまして……」

「もちろんです。言える内容でもないですし」

「ありがとうございます」


 マユさんは頭を下げてお店の中に入っていく。亀の式神で、かなり特殊な存在。思い当る存在が一つあるけど、まさかこんなところで会うなんてなあ。


「ゴン、あの人って……」

『それは店の中に入ってからだな。こんな所で話す内容でもないだろ』

「それもそうか」


 お店の中に入ったのはその五分ほど後になってから。他の面々もマユさんとゲンについて気になっていたようだが、話そうとはしなかった。

 最近のラーメン屋さんは食券式が多い。レジを置かないことで時間と人件費の節約になるからだ。レジでお客さんと関われないのは嫌だということで、レジをあえて置いているお店もある。

 今回来たお店は食券式だった。お店の外装も内装もラーメン屋さんというより高級フレンチのお店といった感じで、女性人気も高いのだとか。だがベースは木材が多いためにクラシックな印象も受ける。

 席はすでに店員さんに指示されていて、食券を買って渡してから座るという方針らしい。いの一番に祐介が食券を購入する。


「明様、お勧めはどのラーメンなんですか?」

「やっぱりスタンダードな鶏醤油だろうな。こういう基本のラーメンが美味しいからこその人気店だろうし。ラーメン屋さんの実力は塩ラーメンでわかるって大将は言ってたけど……ないな、塩ラーメン」

「おやっさんの店にもないじゃん、塩。塩分濃度の調整がクソ難しいって聞くぜ?」

「タマは大将の店でも醤油好きって言ってただろ?ここ、大将の店と同じで鶏がらスープだからタマの好きそうな味だと思うけど」

「じゃあ、醤油にしますね」


 ミクも食券を買う。実はミク、俺の親、というより難波家本家から教育補助の名目で月額のお小遣いをもらっている。俺と同じ学校に推薦入学出来たら高校の生活費を丸々出すという太っ腹っぷり。

 ミクが狐憑きということが大いに関係しているが、子供二人分の教育費が全然響かないのはさすが陰陽師大家というべきか。星斗にだってそんなことしなかったのに。

 愛されてるなあ、ミク。


「明様はどうします?」

「タマと一緒のにしても意味ないからなあ。煮干しの方にする」

『あ、坊ちゃん!あたしも煮干しがいいニャ!』

「はいよ。銀郎は?」

『じゃあ鶏醤油のつけそばで。冷盛でおねがいします』

「わかった」


 俺の分とゴンの分も合わせて食券を買う。銀郎と瑠姫はゴンとは違い食事をしなくても良いのだが、ウチの家訓としてウチに仕えてくれている式神とは一緒にご飯を食べるというものがある。こういった日常から絆が産まれると。そのために俺も二人分の食費をもらっているためにかなり口座にはお金がある。

 無駄遣いするつもりはないけど。


「天海は?」

「鶏白湯にします。鶏を推しているお店なら絶対美味しいと思いますので」


 あとはサイドメニューを買って食券を渡して席に着く。お冷はセルフサービスのようだ。その方が楽だもんな。従業員の作業はできるだけ減らした方が良い。飲食店はやることがいっぱいで大変だからな。

 ゴンが席に着いた途端、防音の結界を張る。マユさんにも聞こえないものだろう。本人が秘密にしようとしていたことを聞かせる意味もない。


「さて、ゴン。一千年前から知り合いな亀の式神。他の三体という同等の存在の示唆。機密というほどの秘密を持った女性。……マユさんは玄武だな?」

『ああ。あの亀は四神の玄武だからな。あんだけの信頼関係を築けてる人間はあの小娘が四神の中では史上初だろうよ。四神の中では総合的な意味で一番強いんじゃねーか?』

「やっぱりか」


 会話を聞いていた俺たちは納得するように全員頷いていた。亀という式神を連れているだけで珍しいのに、それが安倍晴明を知っている存在ならそこに行き着くのが当然だ。

 今はカウンターの席で玄武に唐揚げを食べさせてあげている女性が日本のトップ四の陰陽師の一角とは到底見えないが。


「朱雀さんや青竜さんは見たことがありましたが、玄武さんは初めて見ました。女性だったんですね」

「玄武だけメディア露出少なかったからなー。軍事演習で術比べやってるのは大体他の三人だし。いやー、マユさん美人だぜ。写真集とか出せば売れるだろーに」

「祐介さん。あの人なりにメディアに出たくない理由があるのだと思いますよ?それなのに外面ばかりに気を取られるのは……」

「でももったいなくね?なあ、明」

「美人だとは思うが、陰陽師に写真集とか必要か?そんなもん作ってる暇あったら研究でもしろっての。何のための肩書きだよ」


 日本最強の四人の一人。正確には麒麟の大峰さんもいるので五人の一人というべきだが、大峰さんのことはミク以外には言わない。

 二足の草鞋を履くなんて暇があったら一匹でも多く魑魅魍魎を倒せるように努力してほしいもんだ。それか後の陰陽師に残せるような研究を。それが四神のような強者として認められた人の責務じゃなかろうか。

 呪術省の意向には逆らえないのか。というか呪術省は陰陽師をどうしたいのか。あと日本を、魑魅魍魎をどうしたいのか。そのビジョンが見えないから信用ならない。


「とにかく。俺たちがあの人の役職に気付いたのは箝口令を敷く。瑠姫と銀郎も口にするなよ?あっちがゴンのこと知ってたせいで機密に接触したんだから」

『わかったニャ。要するにクゥちゃんが悪いってことよねん?』

『まーたお前はそういう言い方をする。坊ちゃんや天狐殿に怒られても知りやしませんぜ?一々お前に一閃喰らわすの面倒なんだけど』

『いっそヤッちまえよ、銀郎』

『いくら天狐殿の言葉でも、あっしは坊ちゃんの式神で瑠姫ともども難波家に仕える式神なんでね。式神同士の殺し合いはご法度なんでご勘弁ください』

『ッチ』


 そりゃあ直接の原因はゴンだろうけど、俺たちが今日ラーメン屋に来なかったら出会わなかったわけだし。いや、講義が延びたせいだから結局ゴンのせいか?

 まあ、巡り合わせが良かったってことだろう。星の巡りが良い、とも言う。悪くはないはずだ。


「ゴン先生。これは聞いても良いことなのかわかりませんが……。他の四神の式神は、実体化していないのですか?」

『式神というのは契約によって実体化する、並びに霊線によって霊気のやり取りをする関係を構築することだ。で、四神という存在はたかだか陰陽師とはいえ人間に御しきれる存在じゃない。神の名を冠する式神だ。在り方が通常の式神とは異なる。玄武の言う通り、大抵は力の貸与のみだ。それが四神と同じ姿をして霊気の塊としては現れるが、本体は別の場所にいる。四神も霊体ではあるんだが……他の三体はいつも契約者の近くにいるわけじゃない。本当に近くにいるのはそこで呑気に唐揚げ食ってるノロマさんだけだ』


 話の焦点である玄武は美味しそうに唐揚げを齧っている。ただ、亀という本質からか食べるのが非常に遅い。あの様子だけを見たら四神とは思えないだろう。どちらとも。

 それに、四神というならもう一つ気になったことが一つ。


「前にゴンが言ってた代償の件はどうなる?」

『あー、それか。あの小娘に関しては何も問題ない。力の貸与が代償であって、本格的に式神として行動していればそんな制約なくなる。そんな戒めを与えたくなくて玄武は式神になったんだろうよ』

「じゃあ逆に言えば他の人たちは……」

『奴らの実力不足だ。いや、心持ちの問題か?気にしたって無駄だぞ、明。所詮は他人。そして四神になることを選んだのはそいつら自身だ。お前が四神にならなければいい』

「なるつもりは一切ない。……ゴンは俺が四神になれるとでも?」

『なれるさ。お前は天狐たるオレが認める主だぞ?四神程度、軽々しく超えてもらわなければ困る』


 ずいぶん気安く言ってくれる。戦闘能力だけで考えれば陰陽師の中で確実にトップの人たちを程度だなんて。

 俺がなりたいのは当主であって、四神じゃない。毎日のように戦って、京都や東京、他の大都市をグルグルと回されて派遣されるのも嫌だ。

 住むなら実家があるあの土地で永住したい。なんだかんだで実家には愛着がある。それに今の世の中を考えれば狐の保護を検討すると一介の当主が一番いい。呪術省と反目するなら、独自の権力を持つ名家の当主ぐらいがちょうどいい。


「というか、俺よりタマだろ。霊気だけで言えば俺よりもよっぽどすごいだろうが」

『珠希お嬢さんが四神ですかい?想像もつきませんねえ』

『そうニャ。タマちゃんは戦う人ってイメージが全くないのニャ。霊気は膨大ニャンだけど、戦う気概というか、心持ちがないのよん。ま、それが本当の陰陽師ニャんだけど』


 式神二人からもきっぱりとした否定が入った。二人の言う通り、霊気という才能はあってもミクは戦うのが好きじゃない。霊気のごり押しでどうにかなるだろうが、本人が陰陽術を習うようになった経緯は狐憑きを隠すためだし。

 性格的にも戦いには向いていない。そういう意味ではマユさんもそうなんだけど。大峰さんはその逆で自信がありふれている。向かうところ敵なしっていう考えな気がする。

 あの人、ゴンのこともちゃんと見ずに、Aさんや姫さんに会ってないからなあ。


「あー、先生?代償だのなんだのって聞き流して大丈夫なのか?」

『気にすんな。バカ共が過ぎた力を持って自分から破滅の道を歩んでるだけのこと。お前らは四神になんざならんのだろう?なら気にするな。呪術省のお偉いさん方が終わらせればいいだけのこと。子どもは気にするな。大人が解決する問題だ。本当は晴明の善意だったのに、それに気付かないでまあ、悪意の塊にしやがって』

「どういうことッスか?」

『晴明のことを何にも知らない奴らが悪意満開なのはうざったいなってだけだ』


 難波家って呪術省についての情報も少ないんだよな。呪術省に勤務してる人間もいないし、向こうからも嫌われていたはず。だから俺たちの知っている一千年前の情報を呪術省も把握しているのかどうか。

 父さんを度々招集しているのは星見で視た全てのことについての確認なのだとか。全ては呪術省に伝えていないようだが、それで父さんは誤魔化しきれているんだろうか。


「ゴン先生は安倍晴明について、詳しいんですか?」

『人よりはな。平安ともなれば紙の技術はあって本とかも今の時代に残ってるのに、晴明のことについては不鮮明この上ない。都に轟く陰陽師だぞ?知らない人間はいなかっただろうさ。理解の深度はそれぞれだろうがな』

「やっぱりすごい方だったんですね……」


 というか、家族同然だっただろ。それなら人間よりも詳しいはずだよな。弟子たちよりもおそらくゴンは詳しかったんだろうけど。

 そうやって話しているとラーメンが運ばれてきた。ゴンは防音の結界を解除していたが、ゴンたち式神が座っている席は俺が結界を張っておく。絶対うるさくなるし。

 人間側の席にラーメンが運ばれる。式神側は瑠姫だけ。サイドメニューとつけそばは時間がかかるということで先に食べてしまう。


「いただきます」


 俺の煮干しそばは色合い的にはミクの鶏醤油と変わらないんだけど、匂いからして魚の香りが強い。今流行りのローストビーフのような、低温チャーシューが鮮やかな赤色でこれまた食欲をそそられる。

 具材は低温チャーシュー一枚に白い鶏もも肉の薄切りが一枚。細かい海苔にメンマが二本に薬味が輪切りネギと四角ネギの二種類。麺はかなりの細麺ストレート。

 ミクの鶏醤油には四角ネギの代わりにワンタンが二つ入っているようだった。やっぱり有名店なだけあって熱々の器で提供されている。器が冷えているとスープの温度が下がってしまって冷めやすく、美味しくなくなるんだとか。


 麺を一啜り、細い麺に煮干しの強烈な風味とスープの醤油の濃さと熱さがダイレクトに舌へ伝わってきた。匂いを嗅いだ瞬間煮干しそばだということは理解できていたが、つもりだったらしい。

 この口に含んだ瞬間の圧倒的な魚感。こんな味のラーメンをまさか鶏をメインにしているお店で味わえるなんて。

 これは大将に報告しないと。

 周りの様子を見ると、皆麺を口に含んだ途端無口になっていた。人間、本当に美味しいものを食べた時は無言になるらしい。


『あー、クゥっち!食べ方が汚いニャ!』

『うるせえなぁ……。メシくらい好きに食わせろよ』


 そんな無言を破壊したのはやはり式神たち。ゴンに唐揚げとご飯と味玉が、銀郎につけそばが届いたらしい。こっちにも唐揚げが届く。


「結界張っておいて良かった……。締め出されるところだったぞ、おい」

『坊ちゃんご苦労さまです。けど、満点はあげられなさそうですぜ?玄武が気付いてますから』


 その言葉に俺はカウンターの方へ急いで振り向く。そこには目を点にしているマユさんと、気にせず食事している玄武の姿が。やっぱり四神の目は誤魔化せないか。


『瑠姫、外でまで声大きく注意しなくても良いだろ?っていうかさっさと食え。麺が伸びるだろうが。天狐殿はあっしらと違って人型じゃねえんだから箸持てなんて無茶言うな』

『銀郎っち。クゥちゃんは箸上手に使えるんだから、そうするべきだニャ。ここは人間のお店。人間に合わせるのも必要なことだと思うけどニャア?』

『犬の姿の天狐殿が、箸使うことが人間の常識から外れてんだよ。そもそも椅子に座って人語喋ってるだけで犬としては破格だ。むしろ天狐殿には好き勝手やらせた方が自然まである』

『そういうこった。悔しかったら狐になりやがれ。そうすればオレと同等になれるぞ?』

『……ニャるほど。わかったニャ。ゴン様・・・には何を言っても無駄そうニャ。仰せのままに、我らが主よ』


 いきなり恭しく頭を垂れる瑠姫。その言葉遣いと態度に瑠姫らしさを感じなかったために心配になったが、尻尾を見て気付いた。尻尾の毛が全部逆立っている。あれは瑠姫が内心でブチ切れている証だ。

 これ以上あっちの席に関与するのはやめておこう。今は楽しい食事の時間だし。起爆寸前の爆弾は導火線に着火させた本人が処理してくれ。それはさすがに主の仕事じゃないだろ。

 目線を自分の席に戻すと、祐介が半分以上消化していた。肉増しの味玉トッピングしてたはずなのに。


「相変わらず早食いだな……。味わって食えよ」

「味わってたら伸びるだろうが。それにバイトもあるんだからいっぱい食っておかないとやってけねえっての」

「祐介さん、バイト始めたんですか?」


 学校終わりの深夜にどこか出かけてると思ったらバイトなんて始めてたのか。最近夜の巡回に誘ってもなかったから知らなかった。


「何のバイト?」

「普通の飲食店。ウチの学校の名前と方陣張れるって知ったら即採用。何かあったら対処できる人間は貴重なんだと。深夜帯だから給料も良いし、言うことなしだ」


 成人すれば深夜に外をうろついていても補導されないし、学校の授業も日付が変わる頃に終わる。祐介は前から夜の巡回をやっていたから深夜帯に働くのも苦じゃないだろうし。お金が必要な理由は家庭問題だろう。親と不仲ってことは、生活費なんてくれないだろうから。


「タマ、そっち少し食べさせてくれ」

「はい、どうぞ。これでもかと鶏が主張してきますよ」


 丼ぶりを交換してスープをレンゲで一口。ミクの言う通り鶏の主張も凄かったが、醤油の酸味と旨味がしっかりある。麺を食べてみても、煮干しそばと変わらず細麺に良く絡んだ。繊細なスープだからこその細麺なのだろう。

 これが中太麺だったとしたらここまでスープに絡んでこない。それほどまでに考えられて配合された鶏のスープ。こってりとしたスープなら中太麺でもいいが、醤油と鶏の味を強調したいならこの細麺にするのがベストなんだろう。

 これなら京都でも有名店に名を連ねることに納得だ。何度でも足を運びたくなる。それに大将の言っていたことが本当だったとは。


「……二人とも、やっぱりというかなんというか。とても仲が良いんですね」

「あ?何が?」

「いやだって……。普通年頃の男女が食べ物の交換とか、するかな……?」


 天海はなんだってそんなことを気にするんだか。ミクもよくわからないって顔してるし。周りの普通とかよくわからないけど、俺たちの間ではこれが普通なのに。


「俺たち普通の男女じゃなくて幼なじみだからな。幼少期なんてよく一緒に暮らしてたし、何なら兄妹に近いのか?」

「そうですね……。小学校に入る前は難波の家で過ごしてましたし、小学校の頃には年に一回訪れてました。中学校に入ってからは迎秋会だけでしたけど」

「それに中学最後の三か月も一緒に暮らしてたもんな」

「中学最後の三か月……?あっ、だから学校にも来てたんだ」

「そうですね。本家で様々な勉強をさせていただいていました。中学校の方は田舎で、高校に推薦で受かったら学校に来るより本家に行きなさいと言ってくれたので。卒業式以外は本家で過ごしましたよ」


 田舎のただの公立学校から京都へ推薦合格者なんて基本出ないからな。そういう意味じゃミクの学校って寛大だったな。初のことだったらしいし。

 それからも雑談しながら食事を進めていく。サイドメニューの唐揚げはかなりの大きさで、肉汁が溢れてくるわ下味がしっかりついているわでネットなどに必ず頼めという書き込みがあることにも納得した。

 今日の戦果としては満足いく結果だった。お店の外に出てもまだ長蛇の列を作っているために何度もは来れないだろうが、時には来ようと思う。他のお店も行ってみたいので一月に一回くらいの頻度になりそうだが。

 マユさんは玄武が食べるのが遅すぎるためにまだカウンターに残っていた。会釈してからお店を出る。


「いや~美味かった。あれで普通のラーメンは八百円だろ?安いな」

「ラーメン食べるためにバイト頑張るのか?」

「それもアリだなー」


 お金って人の生活を良くするためのものだし、それで祐介が幸せならいいだろ。その結果普段はもやし生活とかになれば本末転倒だけど。そういう金銭感覚は本人の管理能力如何だけど。

 そう言って古い街並みを再現した通りを歩いていると、見覚えのある着物を着た女性が日傘をさしながら歩いていた。向こうもこちらに気付いたようで、にこやかに笑いながらこちらへやってきた。


「明くん、珠希ちゃん。お久しゅう。今日はどないしたん?まさかお休みだからって逢引き?」

「姫さん、お久しぶりです。そうですね、食事してました」


 人ごみの中だからか、難波家次期当主とかお嬢様とか言わずに接してくれた。今日はAさんもおらずに一人らしい。


「明、この人誰?年下なのにさん付けしてんのか?」

「親戚の人の従者をされてる方なんだ。その親戚の人には頭が上がらなくてな」


 いや、俺以外にも頭が上がる人物なんていないんだろうけど。そんなAさんの式神である姫さんには敬称をつけてしまう。今は霊気を抑えているが、俺らの誰も太刀打ちできない人だし。

 それに姫さんの実年齢がわからない。大峰さんのように思っていたよりも歳を重ねていたという可能性もある。女性に年齢を聞くのは野暮だから絶対にしないけど。


「お友達?姫と申します。それ以外のことは秘密な?ちょっと機密が多いんよ」

「今日はそういう女性によく会いますね……」


 姫さんの場合は犯罪者だかららしいけど。見た目十二歳ぐらいの方が犯罪に走らないといけない国か。日本終わってるな。


「ん?……ああ、アタリ見ぃ付けた。あんがと、明くん。目当ての人物見付けられたわ」

「……もしかして、四神を探していらっしゃったので?」


 姫さんの目線の先がさっきまでいたラーメン屋であったこと、あとはこの人なら玄武のことも知っていそうだったので聞いてみると先程よりも上機嫌の顔で頷かれてしまった。


「そうそう。あたしらは京都に張られてる方陣の調査をしとるんやけど、その要になってるのは四神の式神やからね。誰が京都に残ってるのかは呪術省も発表してくれへんし。皆にも言うとくけど、気い付け。人間じゃ敵わない存在がこの京都を見張ってるよ」


 それはAさんとあの二匹の鬼のことだろうか。たしかに四神でも敵うかどうか。というか、さらっと京都の方陣の要を言わなかったか、この人。


「……あの?なにかすごいことを聞いてしまったような?」

「え?四神の式神が方陣を支えてるのか?」


 俺とミクは前に聞いていたけど、他の二人は初耳だ。そんなこと呪術省から発表されているわけでもなし。


「あら、口が滑ってもうた。ナイショね?まあ、そない重要な役目を負った式神を戦場に出さんでほしいんよ。そのためにも四神の調査をしてたんやけど……。あの子、おもろいね」

「はい?」

「玄武をちゃんと式神にしとる。やっぱり千年の節目って凄い子が仰山出てくるもんやね。あの人らには秘密にしとこ」

「報告しないでいいんですか?」

「ええよええよ。あの人の楽しみ奪ったら可哀想やし。報告できることもできたから、帰るよ。明くん、珠希ちゃん。またね」


 そう言って去っていく。人ごみに紛れた途端霊気の痕跡すら消えていた。あれほど特徴的な人の霊気が一瞬にして消えるとか、あの人本当に何者なんだ。


「……何者なんだ、あの人」

「世の中について一番詳しい人の部下、かな。あとは俺たちのお姉さん的な人」

「あの見た目でぇ?」

「あの見た目で」


 お姉さん、というよりは母親と似た感覚だが。そんな印象を覚えてしまったのは入学式で母さんの姿をしていたからだろうか。母性があるとは思えないが、なんだろうかこの感覚。

 その後は普通にぶらついて帰った。調べ物もしないといけないし、日が暮れる前にはそれぞれの部屋に戻っていた。

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