第40話 2ー1ー2

 ゴンと天海は二人で座って座学を始めてしまう。銀郎は用事がなくなったとして実体化を辞めてしまったし、俺たちもゴンを取られてしまったので自主的な学習しかできない。八神先生も結局読書に戻ってしまった。

 昨日の夜も街を巡回していたので練習といえども霊気を使いたくない。となるとやることは限られていた。


 懐から一つの銃を出す。祐介は俺が銃を出していたことにギョッとしていたが、別段珍しいものでもない。実弾が入っているわけでもないんだし。

最近は祐介と一緒に巡回してないから知らないのか。ミクは何回も見てるからわかってるけど。剣を持ってる四神もいるんだから、銃くらいどうってことないはずなのに。


「明、それは……?」

「呪具だよ。父さんに入学祝いでもらった。霊気を通したら術が発動するだけのおもちゃ」

「おもちゃって……」


 利点は数多くある。詠唱もせずに無音で術を発動させられるし、指を向けるのと同じで指向性があるから標準をつけやすい。弱い魑魅魍魎ならこれ一発で倒せるから雑魚向けの一品だ。メンテナンスさえしておけば消耗も少ない。一々呪符のように買っておかなくていい。呪符がなくなったから術を発動できませんでした、なんていう不測の事態に陥らない。

 欠点としては、強い相手には精々牽制程度にしか使えないこと。用いる霊気を増やせば威力の高い弾丸も放てるが、ぶっちゃけ高威力の術を行使したいなら呪符の方が良い。それに攻撃性の霊気の塊しか放てないために、水の弾丸を放ったとしても火を消火できるわけでもない。


 この銃、多様性がないのだ。攻撃の指向性を銃という形で表してしまっているので仕方がないと思うが、陰陽師が使う物としては相応しくない。こんな物を使わなければいけない程京都が危険だということもあるが、こんな限定的な物は使い道も限られている。だからこそのおもちゃ。

 ストレージを確認して、銃を構える。実技棟のために的のような物を出すこともできるので、ミクに操作してもらった。


 現れた的目掛けて引き金を引く。発射音が聞こえないのも利点の一つだな。

 上下左右様々な場所から現れる的へ威力を最小にして当てていく。威力の確認ではなく、銃の精度の確認がしたいだけ。

 結果として命中率七割ほど。銃握ったのもここ最近になってからだし、牽制目的ならこれで充分だろ。ヤバい相手には呪符使うだろうし。


「いいんじゃね?結構的小さい割には当たってる方だろ」

「おまけとしてはまずまず。こんなの術比べにも格上との実戦にもまともに使えやしないんだからな」

「で?何でおもちゃなんて断言してる物をお前はこんな熱心に練習してるわけ?」

「不測の事態に備えて。未来なんて何が起こるかわからないんだから」

「未来でも視えたわけ?」

「あいにく、未来なんて一回も視えたことはねーよ」


 祐介への返答をしていく。父さんの未来視を聞いたわけでもなく、星を詠んだわけでもない。

 それに格上には使えないと言ったが、同格には充分使える。土御門の御曹司や賀茂の箱入り娘には有用ってことだ。使えるものは使っていこうと思って今も練習している。


 未来が視えることは便利なことだろう。けど、できないことは望んでも仕方がない。むしろ千里眼の方を使いこなす方が大事な気がする。俯瞰した風景を視ることができるというのは大きな利点ではないか。

 同時刻に他の場所で何が起きているのか知る。むしろこういうことこそ昔の陰陽師の本懐だったはずだ。その本懐を忘れて戦闘能力ばかりに注視して、学校で教える技術も戦うことばかり。


 魑魅魍魎への対処が現代での一番の使命だというのもわからなくはない。それほどまでに魑魅魍魎が脅威だというのも分かる。

 だが、その原因の追究をしないのはどうなのか。慢性的に現状維持をするのが得策なのか、永劫魑魅魍魎を産み出さないようにするべきか。後者の方が良いのだろうが、その道筋がわからないから戦力を増やすことばかりしている。


 本当に莫迦みたいだ。そもそも呪術省は魑魅魍魎と妖の差を理解しているのだろうか。妖なんて単語、いくら調べたって出て来やしない。

 これも呪術省は意図的に隠しているのだろうか。もし妖が本気を出したら今の呪術省で対応できるのだろうか。それとも妖対策で戦力増強を推しているのだろうか。それなら少しは理解できるが、妖の存在を公表していないのが気に障る。


「百鬼夜行……。京都だとそこまでおかしな現象じゃないからな。備えるに越したことはないだろ。魑魅魍魎もこっちの方が強い。ウチは所詮田舎だったって思い知るよ」

「そりゃー、田舎だからな。紛うことなき」

「それは言うなよ。霊地としたら一級地なんだぞ。あそこ」


 玉藻の前の封印地に選ばれるだけあって、術の行使をするという意味でも良い場所ではあるのだが、魑魅魍魎は何故か強くない。陰陽師を育てる場所としては最良に近い。他の霊地はなんだかんだと色々なしがらみがあるとか。又聞き情報でしかないけど。


「一級地って十個ないんだっけ?」

「ないな。名家が治める土地はたくさんあるけど、一級地は八か所だ。まあ、京都は特級地って言っても過言じゃないくらい特殊な場所だけど」

「たしかにここは段違いだよなー。あっちだって霊地としては優秀なのは変わらないのに、こっちの方が霊気溢れてるもんなー」

「お昼にもたまに魑魅魍魎現れていますからね。警邏隊が少数とはいえお昼も巡回してるのは京都だけですもん」


 本来なら夜にしか現れない魑魅魍魎。それがお昼も現れるから魑魅魍魎という存在の不可解さが一層増す。一千年経ってもメカニズムがわかりきっていない要因の一つだ。

 これが京都だけの現象なのか、時たま他の一級地でも昼の魑魅魍魎の発現は報告されている。とはいえ、過去視ができる人間なら知っていてもおかしくはないことのはずなのに、誰も発表していない。

 父さんですら発表しない。父さんは誰もが認める星詠みだ。父さんとは何度も過去視で視た情報は共有していて、俺が視たことはほとんど知っていた。知ることができたからと言って、どうしようもできないが。


「……ゴンの授業、長いな」


 まだ座って講義をしている一人と一匹。霊気を放っているので何かの術式を試しているのだろうが、壁時計を確認するとすでに一時間が過ぎていた。

 この教室の使用時間が過ぎてるんだけど、いいのか。八神先生もゴンの授業に座ったまま見入ってるし。



『さて、では風水の基本について教えるか。この学校に入ったってことは基礎的な陰陽術は一通りできるな?』

「はい。高位の術式ともなるとできない物が多数ありますが、基礎なら全てできます」


 天海はゴンが床に足をつけたままなので、ノートと筆箱を出しても床に正座して講義を受けていた。


『あと、今後オレたちの前では陰陽術のことを呪術と呼ぶな』

「それは……本来の意味とは異なるからですか?」

『そうだ。呪術は言葉通り、呪いに関する術のみ。法師と呼ばれた凄腕が主に使っていた術の総称だ。火を出すのも方陣を作るのも、陰陽術の範疇。呪う要素なんざ一切ないのに頭で呪いの文字を浮かべるから威力が落ちる。精度も落ちる。そんな単純なことも知らないのが、陰陽術を取り締まっている呪術省って組織だ』


 天海にとって初めて知ることばかり。言霊という言葉と意味は知っていた。だがその言霊というのも陰陽師にとっては高等技術。言葉に霊気を乗せてその言葉の通りに相手を支配する技術のことを言霊という。

 もちろん使える相手も少なければ、通用する相手も限られてくる。だが、ゴンが言いたいことはそんな技術のことではなく、言霊という現象について。その現象を陰陽術に落とし込んだ技術を世の中では主に言霊と呼んでいるだけ。


『正しく術を使いたいなら陰陽術と呼ぶべきだ。呪術省の真意なんざ知らんが、物には理と秩序ってもんがある。それを捻じ曲げたら、歪になるに決まってんだろ』

「陰陽術を作りだした安倍晴明は、明確に陰陽術と呪術を分けていたのですね?」

『ああ。晴明だって呪術方面はそこまでじゃなかったからな。むしろ法師が開発した呪術を晴明が教わっていたりしたんだぞ?』

「そう、なんですか?」

『そうなんだよ。んでもって、風水は晴明も使っていなかった代物だ。アイツの時代にはなかったものってことだ』


 そんなものをゴンは教えようとしていた。今となっては天狐という、晴明とは違う視点を得た存在になったのでどうにか教授できるというだけで、入り口だけはどうにかできるというだけ。


『じゃあ始めるか。風水っていうのは、他の陰陽術よりも自由度が高く、応用性が高い最高位術式だ。八神、これは呪術省も認めているのか?』

「いや、違うな。呪術省は星見を最高位術式に定め、その下には戦闘向きの術式が並ぶ。天狐が言うような呪術、それに式神や降霊は下位に位置する術式だ。四神によるパフォーマンス的な術比べでも派手な戦闘用術式ばかり用いられ、それ以外は基礎の術式に指定されているのが現状だ。風水は高難易度術式に指定されているが、最も価値のある術式という認識はないというのが呪術省の判断。大学ではかなり研究されている重要視された分野ではあるんだが……」


 突然ふられた八神だったが、話には耳を立てていたのですんなりと答えられた。若い見た目とはいえプロの資格を持ち、最難関の高校で教師をやっているためにこの程度は造作もなかった。

 この答えをゴンは予想していたにもかかわらず、小さく溜め息をつく。


『星見はそりゃあ、風水の次に位置するもんだろうが、風水は星見も内包した術式だぞ?風水の専門家は星見すらやってのけたからな』

「そんな術式、私に使えるでしょうか……?」

『才能はある。開花するかは知らん。オレが知ってるその専門家はお前の先祖だぞ?少しは自信を持て』

「は、はいっ!」


 気落ちしたことに連動していつの間にか背筋が丸まっていたが、天海は改めて背筋を伸ばした。

 天狐という存在なんて、陰陽師として生きていても普通であれば一生出会うこともできない雲の上の存在。そんな存在から授業を受けられるということは、一生分の幸運を使い込むことと同義だと天海は感じていた。

 最近嫌なことがあったばかりで、精神的にも少し辛かったが今回の一件で完全に立ち直っていた。今はこの幸運を、しっかりと噛み締めようと。


『風水は方陣のように頂点を四つ、中央に一点といったようなお決まりがあるわけではない。方陣のような結界はもちろん四点を用いても良いが、三点でもいいし、できるのであれば六、七と増やしても良い。円である必要もない。江戸城……昔は江城こうじょうって呼んでたんだが、今だと皇居か。あれは本丸の周りを四点の門で囲んで結界を張り、更には水の流れを螺旋状に見立ててそれも結界と魔除けの効能を発揮している。あんな大規模な術式を四百年維持し続けてるなんて異常なことなんだからな?』

「ああ……。原理がわからず発動し続ける強力無比な術式。方陣のような核が中心にあるわけでもないために誰も調整や修復などの手を加えられない一つの技術の結晶アーティファクト。天狐にはその理由がわかると?」


 ゴンは天海の用意したノートに、ペンで図を描いていく。詳細な江戸城の周辺図だ。器用に前足の片方でペンを持って、人間のように書き込んでいった。八神の疑問への分かりやすい返答として。

 いつの間にか受講生が一人増えていたが気にしないゴンだった。


『四点の門は方陣とほぼ同じだ。麒麟門が存在しないだけのな。いや、正確には存在してるんだが。で、周りの螺旋は一定間隔に要となる術式を施した石かなんかを置いていて、あとは自然の力というか、水という命の源を流すという循環エネルギーと龍脈を繋げて永久性と生命力満ち溢れるという特性から魔除けとして機能していると。これを考えた奴と実行した術者は変態だな。発想も実力も』

「龍、脈……?」


 言い終わった部分までの説明をノートに書き終わったために顔を上げると、口をだらしくなく開けている二人の姿が目に入った。


『なんかわかりにくかったか?』

「ゴン先生は龍脈を把握していらっしゃるのですか……?」

『あん?そりゃあ迫害受けて日本全国回ったからな。というか、いくら風水が破格の術式とはいえ四百年続く一度も破られたことのない結界なんざ、龍脈との繋がり以外考えられねーだろ』

「あ、いえ……。龍脈という存在はあるのだろうと認識はされていますが、場所の特定までは……。ですよね?八神先生」

「ああ。京都と東京にはあるのだろうという見解だけで、正式な物は何もないな」

『そこまで堕ちてやがるのか、呪術省は……。神の座に連なる奴と、昔の高位の陰陽師なら知っていて当然だったが。徳川家康が都を今の東京に定めたのも、織田信長が濃姫をわざわざ美濃から連れてきたのも龍脈の存在からだぞ?龍脈に土着している人間の方が、優秀な力を持ちやすいからな』


 次々と生き字引から発せられる新情報。呪術省や大学が発表する情報が全てだと思っている一般人からしたら、計り知れない価値のある情報ばかり。


『信長とは直接話したからいいとして、家康なんてどこから天海なんて人材引っ張ってきやがったんだか。日本平定をやってのけたんだから、秘密裏に囲ってたってことか?とにかく、昔の凄い奴ですら把握してたんだ。今の人間が知らない方がおかしい』

「この学校は呪術省の監査も入っている。だからこそ呪術省についても詳しいが、呪術省はどこかおかしい。最近の軍事力偏重の政策なんて目に余るほどだ。教育もそちらにばかり重点を置かなくてはいけなくなってしまった」

『人間ってのは何かと目移りする生き物だからな。いつか破綻するぞ。……話が脱線したな。風水についての話に戻すか』


 ゴンはまたノートに書き足していく。今度は螺旋の周りに大きな丸を付け足した。それを見て八神はああと得心がいったように相槌を打つ。


『さっきの四門にこの大きな丸が麒麟門として作用して、この螺旋と力を融和させているのが風水だ。風水は主に自然の力を利用して大量の霊気を制御する術式とも言える。自然さえあれば様々なことができるな』

「それは普段の陰陽術と大差ないのでは……?」

『陰陽術の基礎は、霊脈と自身が持つ霊気から自然エネルギーへ変換して火などを起こしているに過ぎん。霊脈を通さずに、そもそも大元の自然から力を借りるから霊気もそこまで必要ではないし、自然さえ残っていれば永久的に効果が持続する優れもの。こんな陰陽術の上位互換とも呼べるような代物を大差ないと呼べるか?陰陽術は何にしても霊気を消費し続ける。永久性なんて術者が霊気をずっと消費するか、霊脈・龍脈と接続するしかない。ここの風水は龍脈と繋げているんだろうが、それを成立させてるのは風水だ。これでも陰陽術と大差ないと?』


 その説明を聞いて天海は風水という術式の本当の意味を知る。ゴンが言っていた最高位術式という言葉の意味を改めて噛み締めていた。

 霊気を若干は使うようだが、もはや陰陽術とは一線を画すような、別物と言ってもいい術式だ。

 陰陽術というのは瞬間契約というか、その場で契約することが多い術式だ。そしてその術式を維持するには多大な霊気を用いる。使い捨てることが基本な陰陽術とはまるで違う。方陣と式神が特殊なだけだ。

 風水を取得すれば、燃費の面でもかなり楽になる。本来使うはずの霊気を他の場所から補うことができるのだ。戦闘でもそれ以外にも応用性がありすぎる。


「たしかに違いすぎます……」

『あとは自由度が高いと言ったが、言葉通りの意味で何をするにも媒体は何でもいい。四神の式神が象られた置物とか土産であるだろ?アレを結界の要にして術式を使ってみろ。存外高性能の結界が長持ちするから』

「え?あのお土産って、四点セットで千円くらいで、ちゃんとした呪具を買うより安いんですけど……?」

『物の価値ってのは値段で決まるんじゃねえんだよ。自分で納得しさえすりゃいいんだ。高級品が分かりやすいか?その値段を払ってでも欲しいかどうか。傷がついていてもそれでいいのか。その物の、何が欲しいのか。さっきの土産物の話だと、その置物の外観によって想像力を構築する補助にしたいわけだ。絵だって何だって良い。その絵を描く手間を省くために、補助のために千円払えるか。それを決めるのはお前自身であって、この決断力と想像力が風水にとって一番大事だとオレは考える。産み出した奴の思想まではわからん』


 ゴンの限界がこの辺り。神の一柱に数えられても、全知全能というわけではない。

 ゴンの権能としては土地の豊饒を司る。ポイントは人間や生物の豊穣ではなく、あくまで土地の豊饒であり、人間のことなんて度外視している。迫害されてきて人間に祝福を与えられるほど、できた神様ではない。


『できた経緯とかは大学に行って教授とかに聞け。オレだって術式の仕組みを知ってるだけで、産み出した理由とかは一切知らん』

「わかりました……。陰陽術では呪符だったり、術式を施した要石の代わりに例えば果物を使っても良いということですよね?私が想像できて、なるべく自然に融和したものなら」

『そうだな。実際にやってみろ。対象なんて何でもいい。ここは練習場なんだろう?やりたいことをやれ』

「はい!」

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