第37話 1ー2ー2

 式が終わって自己紹介も終わって、今日の学校は終わり。父兄が来ていることもあって、新入生はさっさと帰らされた。俺とミクは確認したいことがあったので図書館に行く予定を返上して校門へ向かう。

 ゴン帰ってこないし。祐介には関わらせない方が良いと思って置いてきた。これは我が家の問題。たぶん。門下生如きが関わる案件じゃない。それに向こうも祐介を除いたってことは、俺とミクにだけ用事があるってことだし。


 校門の前に辿り着くと、偽者の両親と土御門の棟梁兼呪術省のトップである呪術大臣の土御門晴道つちみかどはれみち殿がいた。うっへぇ。何やり合ってるの、あの偽者。向こうは霊気全開だし、その霊気のせいで周囲が引いてる。

 あの周囲だけ、異界かのように冷たく肌を焼き切るかのような鋭いモノに変化したような、そんな錯覚が起こるほどに霊気をぶつけ合っている。さすがは呪術省のトップ。父さんの霊気よりも量だけなら凄い。

 この霊気の圧を受けて平然としているミクとウチのお狐様すげえ。お狐様なんて姿消したまま前足で頬を搔きながらあくびしてるし。

 さて、あの人たちはどんな会話をしているのだか。


「難波殿。最近そちらの土地の封印が疎かになっているのではないか?狐の大量発生が全国で確認されている。こうも頻繁だと、虚偽の報告を提出しているようにしか思えないぞ?」

「虚偽など提出していない。そもそも報告書には書いたはずだがな。愚息があの術式を用いたと。それに例の事件で現れたのは狐を媒介とした物。愚息の術式と、狐を利用されたことを知った他の狐たちが騒いでいるだけでしょう」

「禁術を使っておいて、よくも抜け抜けと……!」

「そも、あの事件を公表していないのはどういう了見か。呪術省で封殺していて、市民たちは困惑しているぞ?市役所が全壊するような騒ぎを全国ニュースでも流されず、新聞や雑誌にも一切掲載されない。こちらがただの地方都市だからと嘗めているのか?それとも、握り潰さなければならない案件だったのか?」


 ガッチガチにやり合ってやがる。双方責める材料があるばかりに手を緩めない。俺が禁術を使ったせいか?とはいえ、父さんには許可貰ってたしなあ。

 大臣様も自分の息子が事件を起こしてるんだから、揉み消そうとするよな。それでよくさっき式で「清く正しい陰陽師になるように」なんて言えたもんだ。そもそも陰陽師は陰陽双方を澱みなく兼ね備えた存在だっての。


 面倒な問答してるな。っていうかこんな場所じゃなくて呪術省の防音付きの部屋でやる内容だろ。俺の両親偽者だからそんな場所に行けないけど。

 どうしようかと悩んでいると母さんの方がこちらに気付いて手を振ってきた。ゴン、さっさと伝えろよ。面倒そうに溜め息ついてる姿可愛いから許すけど。


「晴道殿、息子たちが来たようなのでこれにて。詳しくは呪術省に呼び出していただければ召還に応じましょう。この公共の場では相応しくない」

「……よかろう。正式な物は後日そちらに送ろう」


 そう言って霊気を抑えて立ち去る大臣。揉み消したい内容が内容だったために退散したかったのだろう。

 禁術の使用とそれを使用する羽目になった大事件を引き起こした犯人。どっちが問題なんだか。


「明、珠希君。入学おめでとう。どうだ?サプライズは喜んでくれたかな?」


 笑顔で近付いてくる父さんと母さんの偽者。所作は間違いなく二人のものなんだけど、霊気が違いすぎる。


「ON」


 とりあえず防音の術式を張っておいた。ここから先の内容を周りに聞かれるわけにはいかない。


「あら、そんなに周りには家族水入らずの会話を聞かれたくなかったの?照れ屋さんね」

「……いや、あなたたち誰です?いつまでこんな小芝居を?」


 そう言った途端、俺の術式からさらに高度な術式で上書きされた。俺の術だって周囲には全く音が漏れないものだったのに、音遮断に気配隠蔽、認識阻害に空間固定までされたら俺の術なんて児戯に等しい。

 しかも無詠唱。この術を使ったのは偽者の母さんの方だが、目の前の二人は確実に父さんよりも上の陰陽師だ。ゴンが警戒していないからこっちも警戒はしないが、銀郎と瑠姫は姿を現して俺たちを庇うように立っている。


 目の前の二人の姿も変わる。父さんだった人は黒いスーツを着てステッキを右手に持ち、顔を仮面で隠した白髪の男。母さんだった人は小柄で桃色と赤で彩られた着物を着た、綺麗な銀髪をお団子にしてまとめて、幻想の世界から飛び出してきたかのようなことを象徴するかのような大きな瞳に翡翠を宿した十代前半の少女。

 母さんだった人はミクよりも背が低く年下にしか見えない少女だった。こんな少女が今の術式を行使し、これほどの霊気を身に纏っていることに驚いた。

 そしてもう一つ。この少女が式神だということに。この二人が霊気によって繋がっていて、主は男性の方。こんな少女が式神になっていることにも驚いた。


「明様、この方たちです……。蟲毒の時に近くのビルから見ていたのは」

「あー、ゴンの知り合いっていう」


 だからゴンが落ち着いているのか。それにしては銀郎と瑠姫が警戒している理由がわからないが。


「お初にお目に掛かります。難波の次期当主様と分家の狐憑きのお嬢様。あたしはA様の従者、姫と申します。あんじょうよろしゅう」

「姫の主のAだ。仮面はすまないが取れない。これでも犯罪者なものでね。誰かに見られることを考慮してつけさせてもらっている」

『なーにがこれでも、ニャ。あんたは明らかに犯罪者ニャ。今までどれだけの事件を起こしてきたことか……』

『全くですぜ。百鬼夜行を率いてたこともあった人間を、警戒しないとでも?』


 二匹の式神が臨戦態勢な理由はよくわかった。というより可能なのだろうか。人間が百鬼夜行を率いるなんて。

 蟲毒の術者となれば似たようなこともできそうだ。操られてた天海の父親でもできたんだから、目の前の男にもできるか。


「……A?ゴンからはエイだと聞いていたんですが」

「天狐殿はアルファベットを理解していないからな。この方が通りが良いと思ってそうしたまでだよ」

『無茶言うんじゃねえよ……。普及してたかだか七十年ぐらいしか経ってない外国の言葉なんか覚えられるか。覚える気もない』


 まあ、人里離れて暮らしてたゴンはアルファベットも英語もわかんないよな。勉強する意味もないだろうし。

 さて、本題に入ろう。何故わざわざ姿を偽ってまで俺たちの入学式に潜入してきたのか。姿を偽ったのは自分たちの存在を露見させないためだとしても、そんなリスクを負ってまでここに来たのは大きな理由があるからではないかと。

 明らかに相手は年上なので丁寧な言葉を使って話す。


「それで、どのようなご用件で来られたのでしょうか?」

「君に畏まれると変な気分になるな。前に会った時は敵意マシマシだったのに、年月は人を変えるものだ」

「前に会った時……?」

「何年前だったか。鬼二匹を連れて難波の家へ訪問しようとしたが、君の式神と方陣による監視網から断念したことがあったな。あれは夜通し素晴らしい術比べができて楽しかった」

「それに付き合わされたあたしと鬼二人の身にもなってくんなまし」


 鬼二匹。そして実家。その二つで繋がった。俺が次期当主に決定してから二年ほどたったある日のことだ。

 家の近くで悪寒がして、簡易式を飛ばして様子を見ようとしたら鬼二匹が家へ殺気を飛ばしていた。それに気付いて相手に気付かれないギリギリのラインで様々な術を行使して家から相手を退けようとしたが結局一日以上その場にいた。


 結局襲われなかったし、それ以降あの二匹の鬼を見ることもなかったためにすっかり忘れていた。ゴンも気にするなって言ってたし。

 それがなんとまあ。目の前の男の鬼だったとは。何が目的だったのか今でもわからないが、昔から難波に興味を持つ御仁らしい。

 というか、星斗の大鬼よりヤバい鬼二匹連れてるこの人何者だよ……。二人ともたぶん偽名だろうし。俺の周り、最近名前を偽る人多くないか。


「ま、あの邂逅で明君の実力がわかったわけだが。しかし才能の開花が遅いな?もう成人したのだし、もうそろそろ目に見えて変化があると思ったが……」


 そう言ってAさんが俺の頭に触れる。向こうの方が背が高いために、撫でられているような、この歳で何されているんだかと若干恥ずかしくなってきた。


「うん?……なるほど。明君。君は『その力を日常的に発揮せずに隠したまま』だね?その力を知っているのはここにいる面子と、親くらいか?」


 その言葉を聞いた瞬間、頭に乗っている手を振りほどいて距離を取っていた。銀郎と瑠姫が警戒する理由がさらに分かった。何でこんな人物をゴンは友人と称せるのか。

 誰にもバレたことがない、ミク以外には自発的に教えたこともないことがわかるなんて。この人は規格外にすぎる。父さんの姿を偽れる意味をようやく理解した。この人は父さんという俺が知る限りの最高の陰陽師を、遥か彼方から見下ろしているほどに実力に開きがある。


 瑠姫が俺を抱きかかえてシャーと威嚇している。今じゃなきゃ嬉しかっただろうが、今はそれ以上に警戒していた。

 たしかにその力を使えば、もっと霊気も増えて陰陽術も精度が上がるはずだ。だが、それは俺が俺じゃなくなるようで使いたくはない力。それを触っただけで看破するなんて。


『そこまでにしておけ、エイ。全員警戒してるだろ』

「私は嘆いているだけだが?明君には力がある。その力を使えば私を超える陰陽師になれるというのに、それをひた隠しにするなんて。勿体ないとしか言いようがないだろう?それに天狐殿が契約をした理由もわかった」

『ハッ。そんなの疾うにわかってたくせに。お前は星を詠めるんだからな』


 規格外には規格外に相応しい能力が備え付けられているものなのか。星を詠める、つまり過去視や未来視の力を持つということ。過去視ができるというだけでも日本に五十人いるかいないかの逸材。その上未来視ができる存在は確認されている中では日本で父さんだけ。

 ゴンの言い分からしてこの人は未来が視える。どの精度で視えるのか知らないが、敵対することがないように振る舞うのが上策だ。反感を買う必要はない。

 いや、数年前に喧嘩買っちゃってるけど。


「生きづらい世の中だろう。自分と周りの温度差に苦しんでいるだろう。君には今の生活に馴染むことはない。私にも同じような友がいたからな。わかるとも。君が心休めることができるのは、君の全てを受け入れてくれる者しかいない非常に狭いコミュニティだけだ。早期に学校を辞めた方が良い。いや、いっそ本格的に呪術省を潰すか?」

「入学したばっかの子に言うことやないやろ?ごめんなぁ、明君。この人いつも極論ばっか言うんよ。呪術省はいつか潰すやろけど、今すぐにはせえへんし、学校も辞める必要はないよ。むしろちゃんと卒業してしっかり当主継ぎぃ。その方が康平君も喜ぶやろから」


 姫さんがジト目でAさんを諫めながらこちらをフォローしてくれる。冗談のように聞こえず、やろうとしているのはわかった。この人たちは本気で、呪術省を潰す気だ。それも近いうちに確実に。

 温度差とかは感じていた。学校生活というより、人間と関わることについて。祐介や天海と関わっていても、何かがズレているような、会話は成立しているはずなのに根本的に噛み合っていないような。


 そういう意味ではミクやゴン、式神たちと話している時はそういった温度差もズレも感じない。父さんたちの期待に応えたいと思う一方、それでいいのかという疑問も湧いてしまう。当主にはなろうと思っている。なのに、どこか変に感じてしまう理由。

 その原因はわかっている。というより、それしかない。俺が隠していることだ。ミクには一度見せたソレ。それをAさんは指摘しているのに、そのまま首肯することはできない。

 ミクとの学校生活も、夢見てたことの一つだから。


「学校は辞めません。当主を継ぐのは、俺の意思です」

「そうかそうか。なら結構。これからも精進してくれたまえ。もう一度あの時のように術比べがしたいものだ。だから君の成長を待っている。まずは天狐殿を超えるところを目指してくれ」

『もう五年も経てばこいつならオレを悠々超えるだろうよ』

「それは長いな。姫は十歳の頃には天狐殿と同格だったじゃないか。私だっていつまでも全盛期ではないのだから、早いに越したことはない」

『……だからって何かやらかすなよ?』

「それは保証できないな」

『そういうところをあっしらは警戒するんですよ』


 にこやかに笑うAさん。その隣の姫さんは逆に悲しそうな顔をしている。その理由がわからないが、姫さんはすぐに表情を取り繕う。見えていたのは俺と瑠姫だけらしい。

 その表情の意味は分からないが、この二人はしっかりとした主従ができているらしい。いつかは、こうなりたいものだ。俺の場合ゴンが気まぐれすぎるけど。


「入学祝いを用意したのも事実だぞ?私の研究成果だ。難波は狐憑きについて無知すぎる。分家も含めて現れたことがないから仕方がないとも思うが、狐を信仰するのだから狐憑きのメカニズムくらい知っていてほしいものだが」

「ほい、珠希ちゃん。これにあたしとA様が長年調べた狐憑きについてまとめてあるから」


 姫さんから手渡しされたのは巻物。大学の論文でも今や用いられず、古文書などにしか利用されていない代物だ。


「それの扱い気ぃつけ。難波の人間以外が触れたら燃えるように呪術仕込んであるんよ」

「わ、わかりました。大切にします」


 その呪術の範囲が正確にはわからないが、内容からしてもたやすく他人に渡せないものだ。厳重に保管しなければならない。


「そこにも書いてあるが一つだけ。珠希お嬢さんの狐憑きは前例がない特殊な物だ。悪霊憑きとしても尻尾などの憑いている側の特徴が増えるというのは事例がない。鬼の角が増えたり、尻尾が増えるということは有り得ないことだ。実際には、そこまで悪霊に侵されていたら悪霊そのものに為ってしまってもおかしくはない事例だ。だが、お嬢さんは自我を持ったままというのは奇妙でもある」

「だからお嬢様に憑いているのは特殊なものかもしれん、ちゅうことや。天狐様でも三本なのに、お嬢様は五本。昔は九尾の狐もおったようやけど、もしかしたらお嬢様に憑いてるのは九尾の狐で、その狐が徐々に力を取り戻してるのかもしれん」

『じゃあ、九本になったら珠希お嬢さんがお嬢さんでなくなると?』

「可能性の話だ。八本目になったら気をつけろということだ。どちらを選ぶかはお嬢さん次第。その尻尾の数に比例して霊気は上昇していくだろうからな」


 今よりも霊気が上昇することなんてあるのだろうか。今でさえ姫さんと同等くらい、Aさんにも匹敵しかねない量の霊気を保持している。五本目が確認されてからたしかに霊気の量は増えたと思うが、これ以上ともなると日本で匹敵する量の霊気を持つ人間はいなくなるのではないだろうか。


「私としてはお嬢さんの覚醒も望んでいるのだが。一つでも私が勝てない分野があるというのは長年生きてきて初めてのことになりそうだからな。お嬢さんとも術比べをしたいものだ」

「えっと、その時はお手柔らかに……?」

「ああ、楽しみにしているとも。それともう一つ伝えておくことがあった。もうじきこの学校を攻める。死なないように気を付けたまえ」

「なっ⁉」


 今までの温厚な話は何だったのか。堂々とされた襲撃予告に頭を抱えたくなる。

 目の前の二人に敵う陰陽師なんて存在しない。麒麟だと聞いた大峰さんだって姫さんに敵うかどうか。ゴンがいるとはいえ、今まで友好的に接してくれた二人がいきなり敵対宣言をするなんて信じたくなかった。

 この学校を襲撃する理由も分からない。ゴンと友人だというが、その友人もいるこの学校を攻める理由は何か。

 当のゴンも首を傾げながら尋ねる。


『オレとやり合おうってのか?』

「場合によっては。君たち以外は殺す気でいくので心しておくように。死にたくなければ鬼や姫を見かけても挑まないこと。私は観覧しているだけだから、天狐殿さえいれば死にはしないさ」

「……他の人間は?」

「実力次第、運次第。これからの陰陽師の底を知りたくてね。近い将来、また第二次世界大戦のように陰陽師が徴兵される。徴兵されても良いように実戦経験を与えてやろうと思ってな。呪術省には気を付けたまえ。アレはもう、晴明の教えを広めるという曲解した思想を持つ権力の権化だ。陰陽師がただの戦闘屋になった時点で信用ならないが」


 おそらくAさんは未来を視ている。それが誰のためになるのかわからないが、必要だと思ったから行動するのだと直感が告げていた。

 目の前の二人が無駄なことをするような人物には見えなかった。ゴンの友人だという二人を信じたいということもあるが、呪術省が信用ならないという意見には同意できるからだ。


 呪術省はあまりにも過去のことを知らな過ぎる。難波家に残されている歴史書と呼んでいる過去視で視たことのまとめ本や父さんとの談合で得た情報、それらを市販されている学術書や参考文献などや呪術省が正式に発行している「正史」とされる「編纂史」との違いを纏めている。

 そのズレの多いこと多いこと。意図的に間違った歴史を国民に流布しているのか、そうだとしてその意図は何なのか全くわからないが、そうやって隠している時点で呪術省は信用ならない。


 もし間違っている歴史を本物だと信じ切っているのだとしたら。滑稽すぎて笑えもしない。

 だからこそ、どちらにしても二人は呪術省に喧嘩を売るのだろう。まるでとばっちりのように俺たちの学校にも攻めてくるようだが。


「徴兵って、内乱で?それとも他国との戦争で?」

「まだ未来視はできていなかったか?なら研鑽を積みたまえ。そしてどちらの可能性もあると言っておこう。カギを握るのは土御門家だよ」

「では、そうなる前に潰してしまえばいいんですよね?俺たちに喧嘩を売ったのは、あっちが先だ」


 その宣言に、Aさんと姫さんは優しく微笑んだ。あの場にいて観戦していたということは、あのクソッタレ総代があの現場にいたことも知っているはず。

 自分の手は汚さず、他人を操って罪を擦り付ける下郎だ。そんな人間がどうなろうが、むしろそんな人間が陰陽界のトップに君臨する方がマズいだろう。国を操って何をやらかすか知れたもんじゃない。


「その言葉が聞きたかった。土御門を潰すということは、呪術省を潰すことと同義だ。いやぁ、愉快愉快。君たち難波を味方に引き入れられたことはこの上ない僥倖だ。天狐殿という戦力も、難波家の最強式神も手駒だ。これは勝ったと同義だな」

『あっしらはアンタの手駒になんかならねーよ。坊ちゃんの邪魔をする輩は斬るが、アンタの手助けは一切しねえ』

『そうニャ!坊ちゃんとタマちゃんの艶のある肌に傷がついたら大変ニャ!』

『瑠姫は微妙にズレてやがるが……。そんな味方が通う学校を襲撃する意味は?』


 銀郎の敵意、瑠姫の過保護なほどの防衛本能、ゴンのため息交じりの問い。それら全てを受けてAは答える。


「さっきも言ったが、陰陽師の卵の実力調査。それと同士の発見といったところか。まだ呪術省に手をかけられていない純真な人間を手駒にしたくてな。何回か同じ目的で大学を攻めたが少々手遅れだった。もう大学生になれば自分の一族に恭順するか、呪術省に媚を売るかの二択だった。高校生というのは思春期ということもあって揺れやすい。呪術省のように脅すような真似はしないが、つけ入りやすいのは事実だ。先代麒麟や、歴代の四神を犠牲にした罪滅ぼし、といったところだよ」

「先代麒麟さんや、歴代の四神さんは呪術省の犠牲になったのですか……?」

「そうだとも、お嬢さん。四神と麒麟とは、『人柱』だ。京都という格別な霊地を抑え込むために選ばれた実力者。そしてたしかに強大な力を得るだろうが、その代償として寿命を削り、そんな事実も知らされず呪術省に使い潰される。それを犠牲と呼ばず何と言う?」


 京都の霊地としての価値が凄いのは実際に来てみてわかる。ウチの難波の土地だって京都に負けずとも劣らない霊脈を備えている。だけど、ここの霊脈は異質だ。魑魅魍魎が活発になる特異性、そして時折感じる霊脈が制御しきれていない、暴発しそうな霊気とそんな霊気を超えるもっと異質な、でも何か似ている力。

 そんなものが入り混じっている時点でこの京都はおかしい。こんな土地を人間が住める街へ調整するには代償がいるとは思ったが、それが四神と麒麟という人柱だなんて。


「力……。もしかして、式神契約?」

「その通りや。この土地は安倍晴明が産まれる前から相当な曰く付きの霊地だったようやね。それを抑えるための方陣の核になっとるのが五体の式神。その式神は特別製で相当の実力者やないと扱えんのよ。扱えても、霊地の封印に力を持っていかれてまともに戦闘なんてできへんはずやったんやけど」

『晴明のバカが式神を改良してな。核となる奴が動けず抵抗もできないのはマズいって思ったらしくて緊急時の最終手段として寿命を引き換えに式神の影を戦闘に用いれるようにしてな。呪術としては寿命を用いるのは一般的なんだがな。その術式の、後付けの方を今の呪術省は重要視しているってわけだ』


 姫さんに加えてゴンも説明してくれた。昔の方が今よりも人間の住処ではなかったとは知っている。陰陽師の数も全然足りていなかったし。その式神を扱える人間が、代わりがいくらでもいるわけではない。

 ならばその場しのぎをして、陰陽師の育成を急ぐ。要となる方陣が壊されたら教育どころではないだろうし。


「力の在る者は高校の時点で多くが見出されるからな。大学で才能が開花する遅咲きの者など稀だ。人間は努力なんていう無駄なものが好きだからある程度は変わるのだろうと思っていたら、成長限界が存外早くてな。技術は変わっても、霊気の底は打ち止めが早い。四神には絶対的な霊気が必要だから目ぼしい者は大体手をつけられていると。趣味で人間観察をしている程度では足りなかったな」

『四神と麒麟を救ってどうするつもりだったんですかい?そこのお嬢さんのように手駒にして京都を潰そうと?』

「割合善意なんだがな。向こうの戦力はいなくなってこちらの戦力は増す。良いことづくめだ。──ああ、彼らの寿命が延びる、ということもあったか」

『坊ちゃん、こいつはこういう奴です。信用ならないでしょう?』

「たしかに……」


 式神による寿命のための話をしていたはずなのに、それを結局ついでかのように言う。その善意の前提が崩れてしまったら今までの話が無駄になる。


「私はこういう人間なんでね。これでもやりたいことと嫌悪していることははっきりしているぞ?今一番やりたいことは君たちとの術比べだ。是非心行くまでの清々しい術のぶつかる調べを堪能したい。そのためなら強引なこともしよう」

「ってことは、今回の襲撃は俺たちのせいでもあると?」

「人間は危機的な状況で力を覚醒させやすい。火事場の馬鹿力とも言うが、生存本能を刺激されるのがもっともな理由だろうな。あとは場数。お嬢さんの尻尾は蟲毒の直後に増えただろう?他の霊気に充てられて成長するのかもしれない。こんな楽しい実験は初めてだ。だから色々と愉しませてもらおう」

「A様。麒麟がようやく気付いたようやわ。こちらに向かって来てはるが、どないします?」


 姫さんが校舎の方を向きながら言う。俺は全く気付かなかった。それだけ姫さんの探知能力も桁が違うってことだ。大峰さんと比べても、姫さんの方が上に感じる。麒麟よりも上の幼女ってどういうことなんだか。


「撤退するか。姫の存在はまだ隠しておきたい。麒麟は味方にする価値もないし、奴は麒麟のままの方が良いだろう。ではな、諸君。次会う時は姫との術比べを楽しみにしている」

「あら、あたしは戦うこと確定なん?」

「もちろんだとも。君は私の式神の中では最弱だからな。測るには最適だろう」

「……言い返せまへんな。なら、最弱は最弱なりにやらせてもらいます」


 そのままAさんは姫さんの手を取ってエスコートするように帰っていった。もちろん俺の両親に姿を偽って。さすがに年中ラブラブなバカップル夫妻な俺の両親でも、白昼堂々と手を組みながら歩いたりしないぞ。


「良いですねえ……。とても仲良しで」

「羨むことか?タマ」

「それはもちろんです。お互いがお互いをとても大事にしているのがわかりますから。──瑠姫様?いつまでハル様にくっついているんですか?」

『アンチクショーがあちしの嗅覚の範囲から脱するまでニャ!』

「警戒するのは良いですけどいい加減離れてください!羨ましいです!」

「そういう問題か?」


 いつまでもひっつかれているのは公衆の面前なので俺も困る。銀郎と一緒になって引き剥がした。ウチの式神とはいえ、メインの守護はミクだろうに。


「ところで明様。姫さんがAさんの式神の中で最弱というのは本当なのでしょうか?とてもそうは思えないのですが……」

「あとの式神が俺の知ってる鬼二匹なら、間違いないと思うけど。どうなんだ?ゴン」

『オレも知る限り、その二匹しか知らんな。あの二匹は別格だろうよ。一匹だけで百鬼夜行そのものに匹敵する』

「……そんなのに喧嘩売って、よく俺生きてるな……」

『エイも本気じゃなかったからな。それにあいつは難波が好きな変人だ。楽しみをさっさと食い散らかすのは性に合わないんだろうよ』


 貴重な星見の家系だからだろうか。それとも狐を信仰する家系だからだろうか。どんな理由にしろ、俺は家のおかげで長生きしているわけで。先祖にはちゃんとお礼を言っておこう。


「ゴン。姫さんがこの学校を襲ったとして、全校生徒と教員で対峙して勝算は?」

『姫一人なら充分勝てるだろうよ。だが、エイのことだ。それだけで済むわけがない。ってことは、勝算はない。負け戦だ。あいつはやろうと思ったら京都なんて半日で壊滅させられるぞ?どういう条件で挑んで来るのかわからんが、あいつの今回の遊戯は生き残ることに全力を注げ。全滅させるはずはなく、お前たちを殺すつもりはない。今回の勝利条件は生き残ることだろ』

「遊戯に条件ね……。それに調査、楽しみに術比べ。そういう性格なんだな?あの人」

『そういうことだ。死傷者が出てもお構いなし。あいつにとっては必要なことを実行してるだけ。深く考えずに身を守れ』


 とは言われたって考えてしまう。学校がなくなったら当主になれないし、ミクを守るための防波堤がなくなる。手を差し伸べられる範囲で伸ばそう。やれることはしないと。

 その後大峰さんは何かを探しているようだったが、俺たちは無視して帰った。


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