第35話 1ー1
四月初旬。京都は盆地ということも相まってこの時期の朝は中々に冷える。とは言ってもすでに十時過ぎだが。時計のアラームを止めて起き上がる。
昨日入寮して、今日の十三時から入学式。十二時半には教室に入っていなければならない。逆算するとこのくらいに起きないといけないのだ。面倒くさい。
寮の部屋は完全一人部屋の九畳はある大きな部屋をそれぞれに与えられる。部屋にある風呂を使っても良し、一階にある大浴場を使うも良し。キッチンなどはついていないが、冷蔵庫はある。料理をしたかったら食堂の隣にある調理室を借りるようにということ。俺には一切縁のない場所になりそうだ、調理室。
着替えて制服に袖を通す。国立陰陽師育成大学附属高等学校の制服はどちらも緑色のブレザー。ズボンは茶色で、胸元に校章が大きくくっついている。ちなみに東京分校は焦げ茶色のブレザーだったか。女子も下がスカートになっていることを除いて変化はない。
ゴンと銀郎が隠形しているのを見て隣の部屋をノックする。隣の部屋はなんと祐介だった。というか寮の部屋は学年ごとにフロアが異なり、そこからさらに地方ごとに割り当てられていた。
俺たちは関東勢という括りで近くの部屋になっただけ。数秒すると制服を着た祐介が出てきた。
「よっ。おはよう」
「おう、おはよう。先生もそこにいるんだろ?おはよう」
ゴンは返事を返すわけにはいかないので応えない。
というか本当に合格するなんてなあ。内申点より実際の試験を重視するとはいえ、あのサボりまくりの祐介が受かるなんて、代わりに落ちた一名に心の中で合掌する。
今年は大峰さんのせいでさらに一枠減ってるんだよな。安倍晴明の血筋も多いし、今年の受験生は災難だったな。他の学校で頑張ってくれ。
「朝飯食いに行くか。本来なら三時から登校すればいいのに、今日だけは十二時半とか、ホントやってられねえ」
「そう言うなって。むしろ明日からは睡眠時間増えるって思ったら気が楽じゃないか?」
「祐介、今日にはもう附属図書館が使えるんだ。睡眠時間より読書の時間に決まってるだろ?」
「うへぇ、真面目」
一階に降りて食堂に入ると、すでに多くの生徒たちが食事を取っていた。上級生も式に参加する人間はいるので準備などあるのだろうし、新入生は新しい生活に心躍らせているのだろう。
ぶっちゃけ男共の輝いている顔とか見たって何も面白みがない。ミクとか動物の顔とかさぁ。動物たちが遊び回っている光景ならいくらでも見ていたいが、高校生にもなる野郎どもの無邪気な顔とか、どうしろと。
ゴンは食事の場所が決まっているために、一人でそちらへ向かってしまった。俺たちは食券機に並ぶ。学生証をタッチして食券を選ぶと買えるのだが、この食費は月一万二千円を前払いしている。
正確には寮の家賃に含まれている。諸々込みで四万五千円なのだとか。これが安いのかどうかはわからない。とりあえず父さんに感謝しておく。
買ったのは焼き魚定食。祐介は朝定食だった。食券をおばちゃんに渡すのだが、このおばちゃんたちにはお礼を言っておかなければならない。
「ゴンが昨日からお世話になってます。三年間お願いします」
「ああ、あんたが明ちゃんだね?ゴンちゃんのことは任せておき」
何も問題ないようで安心する。
陰陽師の中では狐は嫌われているが、存外一般人には嫌われていないというか、そんな昔のこと気にしていないというか。魑魅魍魎なんて昔からいるんだから、危害を加えない狐程度怖くもないらしい。
別に災厄をもたらす獣というわけでもないんだし。
さっさと朝飯を食べて教室へ向かうことにする。クラスは寮の一階に張り出されていて、俺と祐介は同じクラスのC組。ミクも一緒だった。知り合いが同じクラスにいるというのは良いことだ。
「なーんか、作為的だよな。同じ中学の奴全員一緒な上に、タマキちゃんもだぜ?」
「悪いことじゃないだろ。それに俺とタマが一緒の理由はあるからな」
「いくら分家でも一緒にするかぁ?」
ミクは狐憑きだ。もし何かで暴走してしまったらミクを悪霊憑きと知っていて放置することなど次期当主としてできやしない。そういう監督責任も高校の内に負っておけということだ。
実際狐だから抑える手段はあるわけだし。ここは京都。悪霊憑きが暴走しやすい土地でもある。霊脈が活発すぎるのも問題だな。
「これは名家の本家と分家の問題だからな。お前はオマケ」
「そうかい。そういや明って新入生代表じゃねえの?」
「総代なんて何でやらないといけないんだよ?俺の内申点が悪いことなんて知ってるだろ?」
「あー、そうか。内申点があったか」
それに総代とか面倒だし。そんなの他の安倍晴明の血筋にやらせておけばいい。本家もいるみたいだし。
「あと、アレな。賀茂って名前の生徒同じクラスにいたな。もしかしてあの賀茂家か?」
「この学校に入るような賀茂さんはあの家しかないだろうさ」
「だよなぁ」
土御門と同等の陰陽師名家。安倍晴明の師であり、安倍晴明よりも古い陰陽師の家系。今の呪術界でも土御門と同等の発言権があり、本家の人間が結婚するとなればニュースになるほどに有名な家だ。
というより、一般的に知られる陰陽師の家々のヒエラルキートップに君臨している双角。この下に二つの家の分家が並んで、その下に他の有名な家がいる状態だ。
で、そんな有名な賀茂という家は陰陽師の中には一つしかない。土御門家が分家に土御門を名乗らせていないように、賀茂も分家に賀茂とは名乗らせていない。
ウチが難波であって土御門じゃない理由だ。こういうこすいところが好かれない理由だって気付けよ。
寮は学校の敷地内にあるので、歩いてもそこまで時間はかからない。バカみたいに敷地が広いので端から端へ移動するとなるとニ十分近くかかるが。男子寮と女子寮を対極に配置してるのは色々なことの防止だろうけど。
正直助かる。
東棟の二階にある一年C組の教室に入るとそこそこの生徒がすでに来ていた。一クラス三十五人なので半分くらいは来ていると思う。時刻はちょうど十二時。むしろこの時間に全員集まっている方がおかしい時間だった。
ミクを探すと、すでに来ているどころか親しく話し合うような仲の人間がいるとは思わなかった。瑠姫も姿を隠して傍にいることを確認して近寄る。
「おはよう、タマ」
「おはようございます、明様。祐介さんも」
「おう、おはようさん」
ミクの顔を確認してから顔を横にずらす。女子なら会ってすぐに仲良くなることもあるだろうと思って知らない顔がそこにはあるんだろうと思っていたらそんなことはなかった。
ついこの間まで見ていた顔。中学での同じクラス、天海薫がそこにはいた。
「……天海か。知らない人間じゃなかったからマシ、なのか?」
「久しぶり、難波くん。私も合格できたことに驚いてるよ……。難波くんなら知ってるよね?私のお父さんのこと……」
一般受験の前に起こったウチの土地でやらかしてくれた蟲毒。その犯人はおそらく安倍晴明の血筋で、天海の父を呪術によって洗脳して隠れ蓑にした。実際に引き起こしてしまったのは天海の父なので言い逃れはできないのだが。
父さんの話では洗脳を解いて今は入院中。呪術省の介入が頻繁に起こっているとは聞いていた。
「あー……。人質か」
「え?えっと、何に対して?」
「もう二度と父親がそんなことをしでかさないように。ここは国立で、呪術省の手も入り込んでる場所だからな。また何かしたらすぐに天海をどうにかできる。下手に県立高校に行かれるよりこっちの方が制御できるって思われたんだろ」
「それじゃあ明様。薫さんは……」
「父親のことこれ以上疑われたくなければ大人しく生きて国に貢献しろ、ってところか?」
「そんな……」
天海がうなだれる。とはいえ全部想像でしかない。呪術省ってそういうことするよなっていう認識があるだけで、この学校自体は天海を普通に実力で受からせたのかもしれないし。
「深く気にすんなって。祐介が受かったんだから実力は十分にあるんだっての」
「それはそれで俺に失礼じゃね?」
「お前の内申点を鑑みれば疑問もないだろ。万年呪術ビリのサボり魔くん?」
「ま、内申点の差は確かにあるな。中学の俺の評価は最悪だっただろうし」
「……住吉くんと仲が良いのは、陰陽術の実力が近かったからなんですね。疑問が解けました」
「それはなにより」
俺と陰陽術で語り合えるのって中学じゃ祐介くらいだったからな。陰陽術に限れば今でも天海より祐介の方が上だ。俺の両親に加えてゴンにも教わってるからな。夜に街の巡回もしてたし。
実戦経験がダンチ。比べるのもちょっとって感じか。
大峰さんもいることだし、ウチの学年は強い人が揃ってそうだ。行事に学年別呪術対抗戦とかなかったよな?ミクがいる時点でヤバいってのに、それに大峰さんとかいう麒麟がいるなんてひどいワンサイド・ゲーム一方的な虐殺になりかねない。
「タマ。俺たちの席は?」
「黒板に座席表張り出されてますよ?」
「ありがとう」
祐介と二人で確認していく。出席番号も書かれていたのだが、その座席表を見て祐介と顔を合わせてしまった。
祐介とは席が離れていたので一旦別れる。そして自分の席にカバンを置くと、隣の席で満面の笑みを浮かべる相手に問いかけた。
「隣ですって言ってくれれば良かったのに」
「それはそれで新生活の醍醐味がないじゃないですか」
ミクの笑顔を見て、どうでもいいかと思ってしまう。効率で考えたらさっきミクに教えてもらえば移動する手間が省けたわけだが、何でもかんでも効率で考えたらダメだ。
ここには高校生活を送るために来ているわけで、ミクとの学校生活を楽しみに来たんだから。もちろん陰陽術の研究は進めるが、最優先事項ではないかもしれない。
「それもそうだな。俺が悪かった」
「フフ、いいんです。薫さんもお願いしますね」
「うん。そうそう、難波くん。約束覚えてる?」
ミクの後ろの席は天海だった。さっきから席に座って話していたからそうかもとは思っていたけど。
で、約束か。
「ゴンから教えを請いたい、だっけ?」
「そう。合格したらって話だったけど、学校卒業したら会う暇なかったから……」
天海は俺の家を知らないから当然だし、ウチの京都校の合格発表は中学の卒業式より後だった。
それに俺は俺でやること多くてあまり実家にいなかったし。連絡先も交換してなかったから連絡が来ることもなく。
「今度の暇な時にな。学校の中でゴンのこと出そうって思ってないから、休日にでも」
「わかった。お願いね」
そういえば天海ってゴンが狐だって知らないのか。初めて会った時は犬の姿に偽っていたわけだし。もし狐だからって偏見持ってたらそこまでだな。
そんなことを考えていると教室の中がざわめき始める。クラスメイトの視線を追いかけてみると、教室の後方の扉から入ってきたのは一人の女子生徒。
日本人としては有り得ない空色のショートボブカットに、鬼のような真紅の瞳。片手カバンを持ってこちらを睨んでいるようだった。おそらく見ているのはミクの金髪。髪を染めていない限り、生まれつき霊気の量が尋常じゃなく多い場合のみ髪や瞳の色が変色する。
変色しているのは教室内でミクと今入ってきた少女のみ。単純な考え方をすればこのクラスの2トップはこの瞬間に決まったことになる。
特に今入ってきた少女。霊気をダダ漏れにしすぎだ。陰陽師の名家なら抑える方法を真っ先に覚えるもんだろ。陰陽師の才能がある人間は霊気に敏感になる。大きな霊気には委縮するものだ。
宣戦布告ってところか?初日から立ち位置をはっきりさせておこうっていう。それならそれでいいけど、そんなもの対立感情煽るだけだろ。実際クラスメイトが全員警戒してるし。
その少女はズカズカと歩いてきて、ミクに向かって見下し気味に睨んできた。その視線の怖さから俺の後ろに隠れるミク。
これが全力ならミクの方が霊気の総量上だよなあ。
「……金髪のあなた、お名前は?」
「な、那須珠希です……」
「那須?聞かない家名ですわね。地名としては知っておりますが……。もしやその那須かしら?」
「は、はい。地元ではありふれた苗字ですが……」
ミクの父親はマジでただの一般人だからな。陰陽師の才能なんて欠片もない。それに俺たちの地元では地名なこともあって本当にありふれた苗字だ。全人口の一割はいたはず。
初対面の人にすごまれて怯えるミク可愛い。じゃなくて、変なことにならないように警戒しておかないと。おそらくこいつがアレだろうし。
「まあ、あの地はとても大きな霊脈のある土地。あなたのような突発的な存在も産まれるでしょう。目ぼしい実力者は目を通しておりましたが、あなたのことは名前も聞いたことありませんでしたわ。家柄もそうでもないようですし」
「お父さんもお母さんも一般人ですから……。でも、ちゃんとした先生がいてくれたので、足は引っ張らないと思います」
「そう。それならいいわ」
そっけなく返しながらも俺の方を睨んで来る。俺はただの黒髪黒目なのにな。
いや、原因はミクが掴んでる俺の袖だっていうのはわかってるけれど。
「……で?あなたは誰なのかしら?この子の保護者?」
「まあ、あながち間違ってない。難波明だ。どうも」
「まあ!あなたが無礼者の難波家嫡男ですの!よくもわたくしの前に堂々と姿を見せられましたわね!」
突然の大声に耳がキーンとなる。そんでもって俺らに向けられる視線が痛い。クラスメイトも俺の家と目の前の少女の家柄を理解した頃だろう。それでもって無礼者扱いだ。立場的には俺が辛いか。
銀郎と瑠姫が護衛として姿は現そうとはしていないが警戒している。ゴンは姿を現さないと決めているためにどこ吹く風だ。おい、ちゃんとした式神。
銀郎は帯刀している刀の鯉口に手を伸ばしてるし、瑠姫は今にもシャーって聞こえそうなほど威嚇している。難波家が辱められたってことはお前らも貶されたってことになるから怒るのもわかるけど自重しろ。
「無礼者?あんたが誰かもわからないのにそんなこと言われる筋合いはないんだが?」
「わたくしを知らない時点で無礼ですわ!その口調をまずは直しなさい!」
「……ならまずは名乗ってくれないか?名前も知らない相手に癇癪起こされても困るのはこっちなんだが」
予想はついていても、それが合っている保証はない。難波と聞いてこうも苛立っている相手は大体血縁だとは思っている。目の前の少女と血縁関係などないが。
賀茂がこうも威張る理由がわからない。血縁でも何でもなく、ただ祖先が師弟関係だっただけなのに。安倍晴明が当代一の陰陽師になってからは欠片も陰陽師としての実力で勝てなかった負け犬の癖に。
それが子孫に至っても師弟関係を守れなんて言われたらうんざりするだろう。恩着せがましいというか、一千年も続けることなのかと。
「
「何故そこで安倍晴明の名前が?あんたは血筋じゃないだろうに」
「賀茂家と安倍家の関係性を知らないと⁉」
「一千年続けることか?それ。難波家は特殊な家系って知ってるだろ?京都から離れた土地に住んであの地の管理を任されていたんだ。京都の安定とか、陰陽術の普及とか、そういうのはそっちで勝手にやっててくれ。与えられた使命が違うって理解してるか?それこそ安倍晴明に与えられた使命を忠実にこなしてるんだけど?」
封建的というか、意固地というか。安倍晴明が弟子だったからって分家までその師匠に遜れと?他の分家はそうしてるのかもしれないけど、京都に住んでいない分家の
本家とされる土御門にさえ顔を出さないのに。必要だったら父さんが俺のことを土御門と賀茂の家に連れていってるっての。優先順位的に上の土御門にすら挨拶に行ったこともないのに、先祖の師匠の家系に挨拶とか。
それに目の前の少女がすでにプロの資格を持っているとかそういう話も聞かない。それで顔と名前を知っていろっていうのは理不尽だろう。
そっちも俺のことなんて本当は興味ない癖に。
「他の分家は皆挨拶に来ますわ!あなた方が異端だと何故自覚しないのです!」
「自覚してるけど?まさかそんな自覚もないお調子者だと思ってたのか?……賀茂本家の御令嬢だか何だか知らないが、こっちはこっちでやることがある。あんたにもやるべきことがあるんだろ?ならこんな傾奇者の奇行なんて気にしてんじゃねえよ」
本当に突っかかってくる意味が分からない。相手が土御門の人間ならこの言い分も少しは聞き入れるだろう。それでも反省する気はないが。
土御門と難波は一千年前の時点で分かたれた血筋の源流だ。その在り方に賀茂が口を出す謂れはない。安倍晴明が愛した土地の保護と災厄の獣が眠る土地の管理を任された家々。
そこまで目の前の少女が知っているのかわからないが。こちとら本気で降霊術を学びに来てるんだから邪魔しないでくれ。やることの違いにいがみ合ってたら疲れるだけだ。
「最低限の礼儀の話をしているのです!それを失しているからこうして――!」
「礼儀、ねえ?一千年前、安倍晴明が死に伏した時点で賀茂と土御門はお互いの家を同等としたはずだ。で、俺たち難波と本家とされる土御門も同じように本家と分家という違いさえあれ、同格として接することを取り決めている。お互い何があっても手を貸さないっていう不干渉の条件付きでな。だから土御門と同等の賀茂は、土御門と同等の難波と立場は変わらないってことだよな。それを記した証書が俺の家に代々受け継がれているが、それはいつの間に破棄になったんだ?それを土御門でもない賀茂が知ってるのか?」
こっちだって正式に難波の次期当主に据えられた以上、受け継ぐべきことは頭に入れている。あの事件以降学校に行く機会が減ったということもある。家に篭って父さんからの個人授業を受け続けていた。
それで知ったことだが、賀茂だろうが土御門だろうが難波に大きく出られる理由がない。なにせ同格なんだから。
なら、礼儀だのなんだのは言いがかりだ。
「……破棄には、なっておりませんわ」
「じゃああんたも家柄においては俺と同格ってことだ。同格に礼儀なんて必要か?ここではお互い、ただの一生徒だろうが。年上ならある程度の礼儀を持って接しただろうが、ただのクラスメイトに敬語で話したり頭を下げて接しろって言うのか?俺はお前らの家臣になった覚えも下僕になった覚えもないんだけど?」
「――っ!その口調は上に立つ者として相応しくありませんわ!それで下の者がついてくるとでも⁉」
「ついてきてるだろうが。なあ、タマ」
「そうですね。口調だけで明様を軽視しようとは思いません。それに今口論になっている理由は難波の格を落とさないためのものですから、分家の身としては嬉しく思うことはあっても、嫌な思いはしませんよ?」
そう言ってくれたミクの頭を撫でてやる。ついでに瑠姫が抱き着いていた。こら、頬摺りするな。俺だってしたことないのに。
礼儀だの優雅さだのは上に立つ者としての作法とは聞くが、今の世界でそれを気にしているのは皇族や王族、宗教のトップと日本で言うところの名家のトップ層だけだろうに。難波も名家だけど、そういう教育を受けていない。
表舞台に出るような家じゃないから別にいいんだろう。きっと。
「というわけで分家との仲も悪くない。あんたが気にすることなんて一つもなさそうだぞ?」
「いいえ、気にします!わたくしたちと同格というのであればこそ、それに相応しい作法と世への示し方があるのです!なのにあなた方は篭ってばかり!あなたの父君も皇族の御方々の拝謁式に一度も出席しない始末!それは不遜ではなくて⁉」
「じゃあ入学して初日の教室でこうやって叫んでるのは作法としてマズくないのか?それに表側は土御門の領分だ。一番厄介な、後ろめたい案件をこっちで預かってるんだから表側くらいそっちでどうにかしろよ。ウチの近くで起きた事件は積極的に解決してるし、何が不満なのかまるでわからん」
そういう区分けは本来陰陽師としてあまりやってはいけないことだ。陰陽、つまりは光も影も両方を受け入れてどちらも伸ばしていかなければならない。
一千年前に都の崩壊と、玉藻の前の封印なんて厄ネタが同時に起こったために分担しただけ。どっちも安倍晴明が関わってるんだから仕方がない。物理的にも距離がありすぎたし、別れた方が効率的だっただけ。
土御門と賀茂に対して、関わっていないからこそ与える不利益なんて存在しないはずなのに。何に憤っているんだか。自分は賀茂家なんだから他の人間は傅くべき、なんて選民思想に陥ってるんじゃないだろうな。
「不満ですわ!今の世をご存知?いつまで経っても魑魅魍魎は減らず、むしろ活発的になっている傾向もあります。それなのに同格である難波が手をこまねいていれば苦言も申したくなるものでしょう!」
「そんなの呪術省管理の案件だろ。それを名家の嫡男とはいえ、高校生に求めるのか?父さんはそういう要請を受けてそこそこ出張してるらしいけど、それを俺たちまでもがやる理由は?」
「もう成人したでしょう!名家の大人としての自覚はないのですか⁉」
もう飽きた。星斗や大峰さんのようにからかっても面白くないし、キンキン騒ぐだけで言い訳考えるのも面倒になってきた。目の前の少女は俺のからかいリストからは除外しておこう。
それにこういう、家柄を威張って上に立つべきだのなんだの、自分の成果でもない物を土俵に出す奴とは話が合わない。
成人したとはいえ、まだ学生の身。それで魑魅魍魎をどうにかするために力を貸せと。一千年以上前からの難題を、たかだか学生に解決できると思ってるのか。安倍晴明だってどうにもできなかったのに。
それは正確じゃないか。どうにもする気がなかったんだ、陰陽師の祖は。人間のこと嫌ってたからなあ。
そんなことを考えていると、終わらない口論に嫌気が差したのかミクが両手で柏手を打っていた。そこに込められた霊気に、一瞬で全員が抵抗する気力を削ぐほどのもの。耐えられたのは俺と祐介と、廊下の一人だけか。
って、あの霊気大峰さんじゃん。見てたなら手助けしろって。
「賀茂さん。もうすぐ先生が来られると思います。教室に近付いた際に口論が起きていたら困らせてしまいますよ?」
だからって力技で解決しすぎだろ。俺もこれ以上会話したくなかったけど。
「……そこの男には様をつけて、わたくしにはさんなのね」
「賀茂家がどういう立場にあるのかはわかっていますが、あくまでわたしは難波家の分家の子どもですので。明様に敬意を向けても、あなた方に忠誠を誓うわけではありませんから」
「……いいですわ。分家含めて、あなた方が異端だと理解しましたので」
そう言って黒板に向かって席を確認し出した。あー、長かった。もしかして他の分家って土御門と賀茂に絶対の忠誠を誓ってるのか?じゃないと、忠誠を誓って当たり前のような態度してこないよなあ。
口論が終わったために教室の空気が若干良くなる。だがそれ以上に俺とミク、そして賀茂静香は注目されていた。憶測が飛び交ってることだろう。
「珠希さん、何したの?あの柏手を聞いてから身体が硬直したんだけど……」
「言霊と同じで、音に霊気を混ぜて相手の動きを封じるものですよ。今回はこの場を支配しようとしたので不特定多数を標的にしましたし、言霊のようにしっかりとした内容も決めていなかったので数秒動きを封じるのが関の山です」
「十分すぎるけどな」
教室の前の扉から大峰さんがこちらを睨んでいた。無視無視。手を出せなかったのって賀茂もあの人にとって護衛対象だからか。
お仕事って大変だな。しかし護衛対象を全員同じクラスにしないで、大峰さんも違うクラス。護衛対象が三人いるクラスよりももう一人の方か?それとも大峰さんは全員と別のクラスとか?
確認も取れないままそれから数分して、クラスメイトは全員着席していた。担任の先生がやってきたためにチャイムの前に話が始まると思ったからだ。
担任はまだ若い男性教師。その教師もチャイムが鳴ってから話が始まった。
「さて、君たち入学おめでとう。君たちの担任になった
そうして始まった入学式の説明。リハーサルがないのもどうかとも思うが、面倒だったのでなくて良かったかと思い直すことにした。
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