第31話 エピローグ1

 入院していた祐介は次の日にあっさり目を覚まして、明日には退院できるということ。

 俺は学校休んで一日寝たら霊気も元に戻った。次の日からはちゃんと学校に行って(呪術の授業はもちろんサボった)、学校帰りにミクと一緒に祐介が入院している病院へ向かった。


「晴明紋?」

「ああ。あんな特徴的な五芒星間違えるか。俺たちと年齢近くて、男だった。近付いてすぐにドカンと風穴空けられた」


 もう腹の傷は塞がっていて、手術も終わっているらしい。

 あと、今回の出来事は全部学校にバレている。それが示すのは。


「祐介、退院したら呪術のテスト三年分受けろってさ」

「……は?」

「ウチの分家の人間がお前を運んだ際に、お前が敵と戦ったことを報告してな。簡易術式とはいえ空飛んだだろ?それを学校が知ってな。今までお前が陰陽術使えることを隠してたのがバレたな」

「ぬあああああああああああああん!」


 元気そうでなにより。生き方が賢くないんだよな。祐介。

 俺のようにさっさと力を示しておけば楽できたのに。学生には嫉妬の目線を向けられたけど、受験とかもろもろ楽できたのは事実。

 学校からの評価も変わってくるからな。親に成績がバレたって、結局バレたんじゃ意味ないんだし。進学予定先を考えたら高校に入った瞬間バレるの確定してたしなあ。

 人の人生だからとやかく言わないが。


「バレるのが一か月早まっただけだろ。むしろ成績いかんによっては内申点を三年分更新してやるって言ってたんだからプラスだろ。所詮中等部のテストなんて余裕だろうし」

「そりゃあそうだけどよ……。面倒だなあ」

「でも自業自得ですよね?」

「珠希ちゃんホントのこと言うのやめてー!悲しくなるから!」


 俺やミクが受けてきたのを面倒だからってサボってたのは祐介なんだから。俺が受けてたのも一年くらいだけど。


「祐介。今回の一件、お前の顔がバレてしかも生きてるっていうのは面倒かもしれない。ウチの式神護衛に送ろうか?」

「あー、いいや。俺みたいなゴミ屑より、次期当主としての力を使ったお前の方が問題だろ。晴明紋なんて掲げるのは安倍晴明原理主義者か、お前と同じ安倍晴明の血筋以外いないんだからな」


 断られてしまった。渡せる式神も気休め程度の下級の者たちばかりだから断られるとは予想してたけど。


「そこら辺の調査を今度京都に行ってしてくる。推薦合格者に向けた説明会があるからな。それに行って数日は向こうで散策してくる」

「そんなのあるのか。……気を付けろよ。お前の力を疑ってるわけじゃないけど、その男は向こうのリーダーじゃないかもしれない。リーダーでも、力が一番強い奴じゃないかもしれない。相手の規模もわからない。……難波の家は、他の血筋にしてみたら独特すぎて独立してる」

「だよな。俺、本家とされる土御門とか賀茂の家に行ったことないし。京都に根付いてる血筋全部敵かもしれないしな」

「そうそう。お前も先生も強いのは認めるけど、数っていうのは絶対の暴力だからな。しかも地の利も向こうにある」

「だが、やられたものはやり返す。同じ血筋も関係ない。この土地と玉藻の前への侮辱は確かな形で罰するだけだ」


 その言葉を聞いて祐介はたじろぎ、ミクは嬉しそうに口角を上げていた。

 いけないいけない。無意識に霊気を放出してた。病み上がりの祐介には悪いことをしたな。

 俺たちの信仰する狐を貶められて、その上無断で土地に入り込み土地の霊脈を傷付けた。この地が同じ血筋である難波の物であるなんてわかりきっているのに。


 ミクにしてみたって、自分に力を貸してくれている祖の玉藻の前を踏みにじられたようなものだ。彼女もすっかり我が家の一員で狐を信仰している。狐の力を得て陰陽術を用いているからこそだった。

 こちらには正当にやり返す理由がある。世間的におかしいや、血筋としてどうなのかという話は聞かない。

 彼らは過去を知らない。自分たちの家の在り方を知らない。今の陰陽界を決定づけた一千年前平安の出来事を知りもしない。


 俺や父さんという血筋が証明している。過去視を得られる可能性はこの一千年の間でいくらでもあったはずだ。それこそ安倍晴明を祖として仰ぐならば、占星術こそに叡智を求めて専攻すべきだった。

 安倍晴明はその技術こそを買われて都で出世街道を昇りつめたというのに。そして安倍晴明の形に残っていない本物こそに恋い焦がれてもおかしくはない。それこそが探究者であり、過去の偉人を読み解くために必要なことだろうに。


 せっかくの尋常ではない叡智の力陰陽術も宝の持ち腐れだ。そこに鍵があり、ピースの枠組みもほとんど出来上がっているのに、それを放棄して紙に書かれた虚偽の可能性がある普通の手段で残された物を信じる。

 それのどこが、陰陽師だというのか。


「悪い悪い。あと、これは俺の戦いだからな。祐介は首を突っ込まなくていいぞ」

「つれないこと言うなよ、親友。何か入用になったら手を貸すぜ?お前の隣ってかなりピリピリしてて、生きてるって感じがして楽しいからな」

「……快楽主義者?」

「やめてあげろ、タマ。正直気持ち悪いと思ったが」

「もっとオブラートに包めよ⁉これでも病人だぞ!」

「うるせえ、こっちの待機って指示無視して突っ込んで入院する羽目になったアホンダラ」


 そう。今回のことは諸々全部祐介の自業自得なのだ。一人で対処するなと言っておいて対処して入院。

 あの男が今回の事件の首謀者だとはある程度目星がついていたんだから、さっき祐介が言った通りに数の暴力で倒してしまえばよかったのに。それをしなかった祐介は浅慮に過ぎる。


「お前があの場に残ったのはあの男の監視のためだろうが。せめて式神で威力偵察するとかならわかるが、最初から陰陽師が突っ込むのは浅はかすぎる。今の呪術界の本人さえ強ければいいっていう思考の最たるものだぞ?四神ですらその名を冠する式神を使役しているっていうのに」

「四神はたしかその象徴を受け継ぐシステムじゃなかったか?」

「だとしても、式神の使い方ぐらい覚えろっての。お前は一応ウチの門下生なんだぞ?式神特化の家の弟子が式神の基本的な運用法も知らないってなったらこっちが恥かくんだ」

「あー、そりゃそうだ。悪かった」


 仮にも父さんの指導を受けているので、正式なものではないが祐介はウチの門下生だ。祐介に式神の適性があまりないとしても、門下生である以上それなりにはやってもらわなければ困る。

 今の呪術界では式神は役に立たないものとされているが、それは式神の真価に気付いていないため。だが一応高等学校などでもカリキュラムの一部には残っているし、それを専門に研究している人間も家もある。


 そもそも、四神という武力において日本における最強格に式神を与えるというシステムが今でも残っているのに、それでも式神への軽視は矛盾していなかろうか。これはまだ安倍晴明の時代に縋りつこうとした人間たちが綿々と続けている貴重な足跡だとも思える。

 実際霊気の量が多い人間であれば式神はかなり優良だ。手数が増えることの重要性を気付いていないのだろうか。短所ももちろんあるが、使いこなせれば鬼に金棒なのに。

 事実として四神は式神を切り札のようにしているし、式神が猛威を奮えば負けなしとも言われるほどの戦果を挙げる。


「お前のことは認めてるから、バカなことはするなよ?ひとまずは身体を治してテスト受けやがれ」

「明、昔のテスト貸してくれね?」

「残念だったな。テスト用紙なんて全部捨ててる」

「ですよねえ!畜生!」


 点数さえしっかりしていて知識が頭に入っていればいい。そもそも陰陽術に関しては学校の知識では足りないくらいだし。


「俺たち明日から京都に行くから。どうにか一人で退院してくれ」

「え?マジ?御当主も奥様も来てくれないの?」

「門下生も仮だし、身元保証人にも保護者にもなれないからな。それに明日は俺たちの見送り。おまえ門下生よりもタマ分家の身内ってことだ。おとなしく親戚の人に頼むんだな。なんなら看護婦さんにそのこと伝えてやろうか?」

「……そうしてくれ」


 疲れたような顔をして祐介が言う。親戚にはあまり頼りたくないのだろう。本当に実家のことを嫌ってるな。

 入院棟の受付でさっき祐介に頼まれたことを伝えて家に帰る。一週間ほどは京都に滞在するつもりだ。それなりに準備が必要になる。

 その日は夜の巡回に行かず星斗たち本職に任せた。荷造りをして朝を迎えて、眠そうな顔をしていた両親に見送られて街の駅から出立した。


 俺たちが住む県は結構近場に新幹線が止まる駅があるので、そこで新幹線に乗る。

 その新幹線も東京で乗り換えて、そこから京都へ向かった。

 見た感じは学生の二人旅だが、実のところ大所帯。そんな俺たちの旅は続いていく。

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