第28話 4ー3ー1
銀郎は康平の言う通り街の中心部へ来て、街の陰陽師では手こずるような魑魅魍魎だけ倒していた。がしゃどくろや大狸に怪鳥、百鬼夜行に相応しい敵だったが、難波家最強戦力の前には歯も立たなかった。
(おかしい……。あっしもそこそこ倒しているとはいえ、この減りは尋常じゃない。百鬼夜行ともなればもっと有象無象が湧くはず。小鬼や納豆小僧のような、矮小な存在までもが引き寄せられるもんですがねえ……。誰かが減らしてるんでしょうか)
目につく大きな得物だけを切り刻んでいるが、その数がそこまでも多くない。銀郎は何回か百鬼夜行を経験したことがあったが、こんなものではなかった。
今回が蟲毒がベースになっていて、蟲毒が魑魅魍魎を吸い込んでいたとしても少々物足りない。そんなバトルジャンキーな部分も表に出てこようとしていたが、ある人物が目に入り、その考えも一時ストップする。
「あ、銀郎殿!加勢に来てくださったのですか?」
『星斗様、あっし程度の使用人に殿なんてつけないで下せえ。式神と今を生きる方では重要度が異なりますから』
「ですが、本家の最強式神ですから」
『力は所詮力ですし。して、この辺りの守護は手薄じゃありませんか?その割には魑魅魍魎は減っていますけど』
辺りを見回しながら銀郎が尋ねる。陰陽師の数と魑魅魍魎の数が比例していない。陰陽師の数はたったの三人。明と珠希の姿すらない。祐介もいなかった。
「次期当主の友人が単身怪しい人物に食って掛かって返り討ち。そいつを病院に搬送するために一人護衛につけています。街の中に配置した部隊は交戦中で身動きが取れず……」
『坊ちゃんたちは?』
「市役所からは出ていないようです。外はそっちで何とかしろと言って電話は切られました」
『そうですかい。しかし、この上から振ってくる陰陽術面倒ですねえ。あれが黒幕ってことでいいんですかい?』
「おそらく……」
今も濁流が落ちてきたり、木が地面から唐突に生えたりしてきて行く先々で邪魔されていた。全部刀で斬り伏せている銀郎は余裕を保ちながらあるビルの上を見ていた。
オオカミは犬の先祖というだけあって鼻が良い。嗅いだことのある匂いであれば、誰がどこにいるのかぐらいは判別できる。
(珠希お嬢さんはあのビルの上。おそらく坊ちゃんの指示でしょう。それで近くのビルの屋上にいる二人組。一人はアイツでしょうし、その隣の女の匂いはおそらくアイツの式神か何か……。となると、変に雑魚の数が減っていたのはあの二人のおかげってことですかい。今回は助かりましたけど、今後どうなるか……)
星斗の手助けを受けながら、陰陽術をいなして魑魅魍魎を切っていく。その途中でビルの上にいる二人組が全く手出しをしていないのを見ていた。足を伸ばしているし、お気楽モードだ。
(手を出していたのは確実だと思っていたが、今度は観戦ですかい。厄介なもんだねえ。んであの女、かなり出来る。それこそ生前だったらアイツにも匹敵しただろうに。天狐殿からアイツの匂いもしたからお昼に会ってたんでしょうし……。何で相談しないかね、あの天狐様は)
心の中でゴンに対して悪態をついていると、背中を暖かいものが過ぎ去っていった。それが広がるのを確認してから、しばらくして懐に入れていた携帯電話が振動した。舌打ちしてから電話に出ると、聞きたくない声が聞こえてくる。
『お疲れ様ニャ、銀郎っち。坊ちゃんが術式展開したみたいだけど、方陣の中の様子はどうニャ?』
『今中にいる雑魚を掃討すれば元通りだろうさ。坊ちゃんが蟲毒の大元は鎮めたらしい。蟲毒は天狐殿が抑えてる』
『さすがだニャァ。んで、奥様から伝言ニャんだけど、たくさんの霊狐がその場に近付くからその子たちが蟲毒に吸い込まれないようにしてほしいっていうことと、タマちゃんの護衛してあげてほしいって』
銀郎の口はへの字になっていた。この身体は一つ。やるべきことは二つ。物理的にできない。この身体が霊体とはいえ、できないことはできない。
『奥様はあっしに分裂しろとおっしゃってるんで?あっしはプラナリアじゃないんですがねえ?』
『ファイトニャ、銀郎っち。おみゃーならできる気がするニャ』
『適当言わんでくれます?旦那様の方はいいんで?』
『あの人なら平気でしょうって惚気られたニャ』
いつまでもイチャイチャしている当主夫婦。もう少し年齢を考えてほしいというのが式神たちの願い。仲が良いのはいいが、いつまでもいつまでも仲睦まじいのに子どもが一人しかいないのが疑問に思われるレベル。
他に子がいないからこそ、明と珠希に多大な愛情を注いでいるわけだが。
『まあ、その二択なら珠希お嬢さんの護衛をいたしましょう。霊狐が危なくなったら天狐殿がどうにかするでしょう。ここら一帯の霊狐は全てあの方の眷属でしょうし』
『奥様の言葉だと、それじゃあ済まないかもって言ってるニャ』
『あ?そりゃあいったい……』
『あ、来たニャ』
瑠姫のその声と時を同じくして、大量の霊気を纏った存在が街の中へ雪崩れ込んでくる。その常軌を逸した量に、他の式神と比べて並大抵ではない量の霊気をその身に宿した銀郎ですら相手にしたくないほどの倦怠感を覚えた。
そしてすぐに足元を少し透けた狐が駆け回る。その数、数えきれないが確実に千は超えていた。いくら霊体でここが狐ゆかりの地だとはいえ、異常だった。
しかもこの千匹というのも、この場で銀郎の目に移る範囲にいる数だった。遠くからまだまだ来る気配もあれば、少し遠くを見ればこっちに四方から、上空からも狐の大群がやってきていた。
『これ全部を呼び寄せているんですかい……?』
『あちしも今街の方見てるけど、圧巻だニャ。もっと来るみたいだニャ。クフフ。坊ちゃん、この周辺はおろか、日本全国から狐を集めてるニャ。この土地と安倍晴明の血筋とはいえ、歴代最強って言っても過言じゃないニャ』
『この数はたしかに、今まで見たことはありゃしませんね……』
銀郎はこの術式を何度か見たことがある。禁術とはいえ、れっきとした秘術である。難波家の当主ともなれば、自分の土地を理解するため、自分の力量を計るため、この術式を使うことがあった。
だが、康平ですら昔呼び寄せたのは百匹程度。それくらいしかこの土地の周りにはいないのだ。それが今や数えきれないほどの狐を呼び寄せている。
『坊ちゃんが特別なのは理解していました。天狐殿が認めるほどです。ですが、まだ旦那様には及ばないものかと……』
『タマちゃんと早いうちに知り合えたことが大きいんだろうニャ。タマちゃんが傍にいる時はかなり精神が安定してる。ちょっと相依存気味なのが気にはなりますけどニャ』
『それは旦那様もわかっておられるだろう。……あと、あの男が街の中にいるぞ』
『ニャンと⁉』
素っ頓狂な声を瑠姫があげる。今は何て名乗っているかわかっていない二人だが、Aは二人にとって天敵に等しかった。
『天狐殿にも匂いがついていたぞ?気付いていなかったんですかい?』
『知らなかったニャ……。え?何しに来たんだニャ?だってここ侵略する意味ニャイよね?』
『ないな。気まぐれか、祭壇でも見に来たんだろう。アイツはここが好きだからただの観光かもしれんですぜ?』
『あー……。ありそうだニャ』
話しながらも銀郎はちゃんと珠希の元へ向かっていた。近くのビルのAたちの姿も確認したが、邪魔されることはなさそうだ。
その屋上、珠希の周りにはそれはもうたくさんの狐が集結していた。てっきり術者の元へ集まるのかと思っていたが違ったらしい。
「あ、銀郎様……。これが明様の術式なのですか?」
『瑠姫、着いたから切るぞ』
『わかったニャ。ご武運を祈ってるニャ』
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