第27話 4ー2ー3

 時間は少し遡り、市役所の前。祐介は遥か上空を眺めていた。だが、背中から嫌な予感がして振り返ると、霊脈が揺れているのか、方陣が悲鳴をあげる。甲高い、金属同士が弾け合うような音が街に鳴り響く。


「こりゃマズくないか……?」


 方陣が壊れたのか、街の中に魑魅魍魎が流れ込んでくる。幸いなことにそこまで強力な魑魅魍魎が見えないことか。


「あいつが本当に黒幕なら、あいつを抑えた方が早いんじゃないか……?」


 まだ星斗が着いていなかったが、祐介は自己判断で行動する。これ以上事態が悪化しないように大きな蝶を折り紙として織り込んで、霊気を含んで大きくする。それに乗り込んで上空へ向かった。

 物を大きくするだけならそこまで大きな力はいらない。浮かぶくらいなら式神ではなく、この方が節約になる。

 そうして昇っていくと、その人影は独自の力で浮いているのではなく、浮かんでいる存在を隠形によって擬態させていることがわかった。目に霊力を込めてその人物が誰かだけでも最低確かめようとする。

 見えた結果。その男は明のように羽織を羽織っていた。白い羽織に、背中と胸の位置へ描いてあるそれは、有名すぎて祐介はそれが真実だとは思えなかった。


(五芒星……⁉)

「役立たずが。どれだけ時間が経ってやがる。ウン」

「あ……?」


 その一言と一緒に指を向けられ、祝詞を言うまでもなく、省略された真言だけで霊気が固まったレーザーのようなものを飛ばしてきた。

 それに祐介は左脇腹を貫かれ、蝶も真っ二つになる。身体を支えるものはなくなり、祐介は血を零しながら地面へ真っ逆さまに落ちていった。


「あれか⁉急々如律令!」


 その真下で、明に呼ばれていた星斗の部隊が到着していた。すぐに式神の天狗を呼んで祐介を受け止めた。


「酷い怪我だな!勝手に動きやがって!誰か救急センターに運んでやれ!式神をつけてやる!」


 いくら夜になっているからといって、病院はさすがに機能していた。入院患者もそうだが、陰陽師も平時だって怪我をすることくらいある。だが救急車を呼ぶことはできないので、自力で運ぶしかない。


「げっ⁉あの浮かんでる奴から何か飛んで来てやがる!総員、魑魅魍魎に気をつけつつ上からの呪術にも気をつけろ!」

「「はい!」」


 地上には雑魚とはいえ魑魅魍魎。上からは様々な種類の陰陽術が降り注ぐ。

 そしてさっきとは異なる振動が辺りに伝わる。目の前の市役所のみが揺れて、その頂上に見たくはなかった存在が現れる。


「狐……⁉あれが蟲毒によって産み出された存在か!」

『くわぁーーーーーーーーーん!』


 その悲しいまでの嘆きに吸い寄せられるように魑魅魍魎がかの狐へ取り込まれていった。魑魅魍魎たちの霊気を蟲毒としてさらに養分としている。存在そのものが蟲毒という在り方を示していた。


「まだ成長するのか、あれは……」


 その存在に慄いている時に、ポケットに入れておいた携帯電話が振動した。相手はあの蟲毒を止めようとしていた明。



「ふむ。さすがにこの数の魑魅魍魎はうっとおしいな」

「どうなさいます?あんさんに纏わりついても面倒やさかい……。羽虫は消します?」

「そうだな。あれは看過できん。少々手を出そうか」


 Aと姫がいる建物の屋上にも魑魅魍魎が集まってきた。今回は傍観に徹しようと思っていた矢先にこれだ。


「いやしかし、あの二匹を連れて来なくて良かったな。いたら今頃ここら一帯は荒れ地だ」

「お二方は虫が嫌いやねんからなぁ。嫌やわぁ、冬なのに虫に集られるなんて」


 そうぶつくさ言いながらも二人は近くに来た魑魅魍魎を陰陽術で燃やしていく。小さい虫のようなものもいれば、人型の魑魅魍魎もいたが、二人の前では力や大きさなど関係なく消し炭になっていった。

 二人の実力はこの街はおろか、日本という国単位で見ても敵う存在がいないほどの実力者なのでそれも当然だが。

 なにせ、真言の省略はおろか、ただ霊気を込めただけで術式を発動させている。最低限の省略すら省略してしまえる二人は、凄腕の陰陽師にすら確実に先手が取れるというアドヴァンテージ、絶対の壁があった。


「それで、あの狐はどないします?あれが蟲毒によって悪役にさせられてしもうたお狐様でしょう?しかも元はただの霊狐。玉藻の前様に見立てられた人身御供。いわば被害者なわけですが」

「あの狐を抑えることはしない。それはこの地の守護者の使命だ。だが、アレが吸い込もうとしている雑鬼は滅していいだろう」

「裏方って、ことですね。あたしはそんな立ち回りばかり……。いつになったら表で暴れてええん?」

「もうしばらく待ってくれ。彼らが進学したらパーティーを催すさ」


 雑魚は振り払うように片付けていった二人だが、遠くで大鬼が産まれるのを見つけた。百鬼夜行を人工的に起こす、という謳い文句は嘘ではなかったらしい。


「大物も出てきましたなあ。どないします?」

「もちろん倒すとも。狐は庇護下に置くべきだからな。取り込んで霊狐としての存在が崩れてしまっては玉藻の前が悲しむだろう。同じ同胞だ。天狐殿を保護した時点で、かくあるべしだろう」


 遠くから呪術で大鬼を倒そうとしたAだったが、その前に大鬼は木っ端微塵に切り落とされていた。その太刀筋は全く見えず、頭から足まで斬るために移動した様すら捉えられなかった。

 その大鬼が消えたすぐ近くには、銀郎が納刀していた。銀郎が斬ったのだ。


「ほええ。人型のオオカミなんて初めて見ました。すごいんねえ」

「彼の者は古くから難波家に仕えている者だ。腕は全く落ちていないな。久方ぶりの戦場だろうに」

「難波の守護神かいな?ほなあの実力も頷けますなあ」


 表に出てこない難波に守護神がいるなんて話を知っているのは血筋の者ぐらいだ。それこそ呪術省の人間さえ知らない。Aはもちろん知っていたが、姫に教えたことはなかった。


「はて。真理に辿り着いたというのは事実だったか。そんなにあの家は興味深かったか?」

「陰陽界の嘘ばかりよりも、千年前の真実の方が気になりますやろ?陰陽界にケンカを売りまくってたんやから、気になって当然。調べたら難波は律儀な人たちだったんだってわかりましたけど」

「誰にも漏らさずに、本家のみで真実を守り、貫き、受け継がせてきた家だからな。千年など、人間にしてみたら気が遠くなるほどの年月だろうに。だが、だからこそ彼らは強い。有象無象の陰陽師よりも、この土地と陰陽術を愛している」


 だからこそ陰陽術がなんたるかを知っている。だからこそ、彼らは真実を知っている。だからこそ、力を求める。

 下では銀郎が無双していた。相手が何であろうと三枚に下ろしていたのだ。康平と一緒に祭壇を守っていたが、街中の方がどうにも頼りなかったので送り出していた。祭壇の方もしっかり康平が守っていた。

 姫は方陣があった場所も遠視で見てみたが、中々に陰陽師は踏ん張っていた。人的被害は一般市民に出ていないらしい。

 これ以上どうするか考えていると、突然暖かいものが駆け巡る。それが起こった場所を見て、それが何であり、どこまで広がっていくのかを確認したら、Aは嬉しそうにステッキを鳴らした。


「おや?蟲毒を止めるためとはいえ、もう一つ禁術を見ることになるとは」

「これも禁術なん?」

「ああ。最も、難波家に伝わる秘術であり、使える者がほぼいない代物だがな。姫でも使えんよ。私がかろうじて、というところだ」

「それは気になりまんな。これだけの規模で、霊脈に干渉する術式だから禁術指定なのはわかります。でも、これは、危ない禁術やあらへんね?」

「ああ。限定的で、そして対象が特殊というか、忌むべき存在としているからな。霊脈操作くらいは陰陽師当主になればできる者もいる。あれはな、狐に関する人間にしか作用しない術式だ」


 霊脈を完全に掌握したのか、さっきの駆け抜けた暖かいものがこの街を包む。そして膨大すぎる霊気が、土地から溢れてこの街の中心へ集まってきた。

 一方で、先程まで方陣があった場所と四門にも霊気が流れる。消えていた方陣も、一時的とはいえ復活していた。


「お~。何日保つかわからへんけど、方陣を再起させるなんて凄いなぁ。当主としてもズバ抜けてはるね。これだけの霊地で、こんな大規模な方陣を作り上げるなんて、四神でも難とうない?」

「あれは当主としての特権のようなものだ。霊脈に接続し、方陣だろうが何だろうが操作する。呪術省でも当主が重宝されている理由だ。だが、そのアクセス権自体当主のみのものだ。康平という当主がいる以上、アクセス権など明にはないはずだが」

「なるほど。土地に愛されるゆうんはこういうことなんね。それにしても康平君が当主ねえ。時代は移ろうもんやね。あの頃は名ばかりだと思っとったのに」


 銀郎が獅子奮迅の活躍をし始めたのを見て二人は手を止めていた。周りには雑魚しか残っていないし、例の蟲毒の狐は元の姿になったゴンが止めている。今も狐火をぶつけあっていて拮抗しているようだった。

 お互い周りの建物の被害を考えていない。着地やらなにやらでそこら中穴だらけの罅だらけだ。蟲毒は天災と変わらないため仕方がないかもしれないが、ゴンは式神なので請求が難波家に行くかもしれない。


「お、狐憑きのお嬢ちゃん。……狐憑き?」


 手も足も止めてビルのヘリに足をかけて観戦をしていた姫の視界に、近くの一番高いビルの非常階段を昇るミクの姿を捉えていた。市役所に来た時のように耳と尻尾を隠形によって隠すことなく走っていた。

 しかも異常な量の霊気。霊気の量だけを見るなら姫の想像を超えていた。その少女は見た目通りの年齢のはず。悪霊憑きであるとはいえ、その量は桁違いだ。

 狐憑きはレアというのもあるが、世の風潮的に普通の悪霊憑きですら嫌われるのに狐ともなるともっとだ。それをわかっていないわけがないと姫は思い疑問を抱いたが、隣に座ったAが解説した。


「彼女は難波の分家の少女だ。かなりの遠縁だがな。一族に狐憑きが出るなど、これほど目出度い巡り合わせもあるまい」

「……だからあなたは頻繁にこの地を訪れていたの?今度の難波家当主が、あなたの願いの成就に必要だから?」

「素が出ているぞ、姫。私の願いは二つだ。一つはこの腐り切った世界の崩壊。もう一つは──」


 言い切る前に、Aの服の袖を姫が掴んでいた。

 それ以上は聞きたくないと。自分の居場所はこの、隣にしかないと言わんばかりに。


「ふむ。これだから君を式神にしたくはなかったんだ。君は真実に辿り着きすぎた。知らなくてもいい、安倍晴明の因縁になど巻き込まれなくていいのに」

「それでも……。今の呪術省に反旗を翻すと決めたのはわたし自身です。結局は、安倍晴明の思想を理解できなかったがために続く一千年の闘争なのですから……。そんなものを、これ以上広げたくない」


 Aは姫の震える手を握り返す。暖かく、まだ小さな掌。彼女は年齢を偽っているわけでもなく、この外見年齢の歳に亡くなり、霊体となった。現世に留まっていたところへAが通りかかって、式神として契約しただけ。

 降霊もしていなく、Aに求められたわけでもない。他の式神たちとは違う、歪な関係性が二人にはあった。


「生前みたいな未来視もできません。あなたの霊気を頂かないと生前のような陰陽術も使えません。実力だって、あなたはおろか、鬼二人にも劣ります。なのにどうして、あなたはわたしを傍に置き続けるのですか……?」

「真面目な回答と、ふざけた回答、どちらがいい?」

「……では、両方で」


 何故その二択が出てきたのかわからなかったが、どうせならどちらも聞こうと思った。

 今日を逃したら、一生聞けない気がしたからだ。


「ふざけた方からだ。たまたま、偶然、なんとなく、気まぐれ。ここら辺がしっくりくる。いや、驚いたぞ?生前から関わりはあったが、まさか君ほどの人間が死んでいるなんて。私が手を下したわけでもないのに」

「……殺されかかったこともありましたよ」

「二度ほどな。で、真面目な方だが。未来視が使えなかろうが、生前の実力に劣ろうが、姫には利用価値があった。それに生前とは違った正義感を持つ君は、私の同士足り得ると判断した。今の呪術界に詳しい人材も欲しかったからな。天狐殿も詳しくないし、そういう意味ではうってつけだった」


 一切言葉を濁さず、誠意をもって答えてくれた。それが嬉しくて姫の頬は少しだけ緩む。

 彼女は式神になってそこそこだが、精神年齢は十代前半で止まったまま。世の中に絶望した少女が、手を差し伸べてくれた魔王に惚れてしまってもおかしくはなかった。

 そして性質が悪いのが、Aは本当に心からそう思って答えていること。他の人間であれば見下したり嫌悪したりするのが常なのだが、姫のことをそこらの有象無象と同列には扱っていなかった。


 決して特別ではない。だが、それでもAにとって周りとは違うと思ってくれているだけでいいのだ。

 歪な主従はその夜、それ以上動くことはなかった。あとは事の流れを静観するだけ。

 街は大混乱に苛まれているというのに、二人の周りだけはその喧騒が消えたように静かだった。

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