第22話 3ー3ー3

「難波君やタマキさんはいつから呪術を?」

「俺は三歳から。タマは?」

「わたしも三歳くらいからです。本格的に習いだしたのは明様も知っての通り六歳からですけど」

「三歳……。私と三年も開きがあるんだ」


 六歳から始めたなら十分早い方だ。それに今では十分な実力があるんだからいいだろうに。将来どうするのとか知らないが、陰陽師になりたいなら高校と大学で頑張ればいい。

 才能はあるんだから、あとは努力次第だ。師匠が誰になるか、どういう路線でいくかによって変わるが、それなりの陰陽師にはなれる。食べていく分には問題はなさそうだが。

 祐介は独学って言ってたけど、いつから使ってるんだか。


『ふん。努力に関しては過去を振り返っても意味ないぞ?もうそれは血肉になっている。今の自分の状態を知って、どうありたいかを夢想し、そこへ歩くしかない。過去は知れても過去には戻れんぞ?』


 さすが生き字引。過去視でも言ってたけど、安倍晴明の一番弟子だっただけはある。土御門とかの当時の分家当主よりも優秀だったんだろうか。


「……あの、私もゴン先生って呼んでもよろしいですか?」

『無理。弟子など取ってないからな。オレはただの式神だ』

「でも住吉君は先生と……」

『知識の量はお前たちよりもよっぽどあるからな。そいつは明と一緒になってサボってる。授業で教わる分をオレが補ってやってるだけだ』

「もう、ゴン先生に迷惑かけちゃダメだよ。住吉君」

「あれ~?俺が怒られる流れなんだ?」

「当たり前です!」


 結局ゴン先生って呼んでるし。俺の式神なんだけど。

 というか天海はゴンが狐だと知らないわけで。声は変えてないけど姿は偽ってるからゴンの正体知ったら嫌わないかが心配だ。


「もうすぐ駅に着くけど、息抜きにはなったか?」

「はい、おかげさまで。難波君、良ければこれからもゴン先生に会わせてくれませんか?」

「……ゴン?」

『面倒だから嫌だ』

「そ、そんなっ⁉」


 さすが猫の瑠姫より気まぐれな神の分け御霊。自分の好きなようにしか過ごさない。


『今日は用事があったからこうしているが、オレは本来明の傍にいて召喚されていないんだからな?無駄な霊気を使わせる気か?』

「そ、それは……」


 なーに一般的な霊的式神を例にして話してるんだよ。生きてる式神なんだからいつだって召喚されてるクセに。無駄な霊気っていうのは今姿を偽ってるようなことを言うんですがねえ。

 知り合いに会っていたのは仕方がないだろう。だが話が終わったならまた隠形すれば良かったのに。最初はそうして方陣の中心に向かってたはずなんだから。


「でも!住吉君のために召喚されてるんですよね?」

『サボりに付き合わせてる埋め合わせでな。お前も授業サボるならオレに会えるだろうがどうする?』


 暇だからって祐介に陰陽術教えてるだけだろ。たまにコンビニの稲荷寿司もらえるからって甘えやがって。

 俺の食費が浮くから認めてるけど。


「それは……できません」

『なら諦めろ』


 項垂れる天海に勝ったと誇っているゴン。真面目な天海だったらサボるなんて言えないだろ。勝ちが決まってて勝って嬉しいか?

 良心に負けなかった天海を褒めるべきだ。


「……じゃあ、高校合格したら会っていただけますか?」

『それぐらいなら良いだろう。その時は明に頼め』


 この神様偉そー。神様だから偉いのか。そうか、偉いのか。

 偉そうに見えないなあ。いや、俺の態度が悪いというか付き合いが長すぎるのが問題なんだけど。家族が神様とか言われても。ゴンも瑠姫も銀郎も小さい頃からの付き合いだし。全員神に近いとかウチの式神なんなんですかね。四神にも勝てそう。


「じゃあその時はお願いしますね、難波君」

「まあ、その時はな」


 面倒な約束だな。しかもどこの高校か言ってないからほぼほぼ見せること確実だし。

 志望校、とかだったら良かったのかね。天海の志望校とか知らないけど。

 天海は大きなマンションへ歩いていく。突発的なことが多々あったが、これで元々の予定をこなせる。


「さて、ショッピングモール行くか。祐介も来るのか?」

「夜まで暇だからなー。行くぜ」

「受験勉強はどうした?」

「今更もがいたって無駄だろ。一夜漬けタイプでもないし、やることは授業中とかにやってるし」

「あっそ」


 ちっ、せっかくのミクとのデート邪魔しやがって。二人だけで出掛けるのなんて数年振りなんだぞ。

 ゴンはいつもいたけど、ガチの瘤付きか……。今回は諦めるか。


「天海も帰ったし、ゴンどうだった?」

『予想通り、中央が浸食されてる。その乱れが外の魑魅魍魎を呼び寄せてやがる。美味しい餌がありますよって霊脈が伝えてるんだ』

「……おもっくそ蟲毒じゃねえか。目当ては上質な悪霊を式神にすること?」

『それが一番考えられる。……今夜だ。今夜決めないと取り返しがつかなくなるぞ』

「そこまで進行してるのか?」

『術式が、ではなく使用者の心身にな。この土地で悪霊を産み出すわけにもいかんが、無意味な死者を出すわけにもいかないだろう?まもなく術式が崩壊して、暴走する。方陣の中心が破られれば外側も緩くなる。蟲毒に呼び寄せられた大物なら方陣の中にも入ってくるだろうな。この街は京都や東京のように建物一つ一つに方陣を張っていない。百鬼夜行と同じ被害が出るだろうな』


 思ったよりも火急の案件だった。術を施している側が術式に耐えられずに影響を受けて崩壊する。そんな危険性があるから蟲毒は危険指定の禁断術式とされている。あまりに危険すぎて術式の祝詞や必要な呪符、呪具すら公開されていない代物なのに。


「それ、やばくないっすか?先生」

『事実危険だ。昨日誰かが隠蔽術式を崩してくれなかったら態勢もままならずにいきなり現れたな。今夜地獄が出来上がっていたぞ?そういう意味じゃこの街を救ったのはこの歪な隠蔽術式に気付いたどこかの誰かだな』

「昨日の……隠蔽術式?」


 手を握ったままのミクが何か思い当ったのか、思案顔になっている。それには俺以外にもゴンが気付いていた。


「タマ、もしかして昨日この辺りで何かの術式を壊してた人を見たのか?」

「あ、えっと……。昨日わたしお昼過ぎにこの街について、お昼ご飯を駅近くのご飯屋さんで食べていたんです」

「うんうん」

「で、その時にあの大きな建物を覆っている術式が乱れていることに気付いてですね……」

「うん。……うん?」


 ミクが指しているのはこの街で一番大きな建物。市民の政治を行う役所であり、方陣の中央である市役所。

 まさか。


「えっと、感覚だったんですけど、そこに在ってはいけないというか、存在が綺麗じゃないというか……。そう、違和感を覚えたんです。ちょっとした乱れなのかなと思って、でも誰も気付いていなかったみたいなので……」

「うんうん」

「その術式を読み取ったら隠蔽術式だったんです。それも正規のものじゃないみたいで。誰かのいたずらなのかなーと思って術式を外した後に正規の隠蔽術式に繋げておいたんです」

「そっか。タマのおかげでゴンも感知できたのか」

「……タマちゃんどういう感覚してるわけ?方陣が得意な俺でもわからなかったんだけど?」


 自分の長所だと思っていたものが他の人に軽々しく超えられてしまったらショックだろう。しかもミクはウチの血縁とはいえ遠縁も遠縁。かなり遡らなければ血縁も確認できない程離れている。

 そんなミクが俺を超える才能の持ち主だなんて納得できないだろうな。


「どうと言われても……。それにまた何か、ずれてますよね?」

『首謀者がまた簡易な隠蔽術式を張っているんだ。だからこそオレも仕掛けてくるなら今夜だと思ってる』

「蟲毒って百鬼夜行を呼び寄せるほどの危ないものなんですか?」


 名前くらいしか知らないのが一般の知識だよな。そもそもが禁術だし。


「蟲毒は一つの閉鎖した空間に複数の力ある存在を閉じ込めて、競わせることで生存競争を促し、強い力を得させるための呪法だ。最後に生き残った存在は生き抜いたことに相応する力を宿している。問題は強くなりすぎて、大体の術者が産まれた存在を制御できないことだ。それほどまでに効果が出て、危ないものだから禁術に指定されてる。この蟲毒を一つの空間、一つの場所を定義していた場合、日本とか県とかそういう単位を閉じ込める壺としていることが多い。色々なところからこの街に魑魅魍魎が訪れるなら、百鬼夜行と変わらないだろ?」


 これは俺がわざわざ分けて呼称している方の呪術の分野だ。呪いを糧に力を得る悪法。こんなの自滅願望でもなければ用いる莫迦はいないと思っていたが。


「魑魅魍魎に則した術式だから、夜にならないと尻尾を出さないだろうな。だから、それまではいつも通りの行動だ。祐介、眠いなら寝てきた方が良いぞ?今夜は一大決戦だ」

「そうするかね。体調を万全にするって意味でも休息は必要か。身体休めてくる」


 ちゃんと帰る家があるので、祐介は帰っていく。いつものように雑魚ばかり相手にするわけじゃない。陰陽師とも戦わなくてはならないかもしれない。蟲毒によって引き寄せられた魑魅魍魎や、産み出された存在とは確実に戦う。

 激戦は必至だ。そもそも俺たちは誰も戦闘特化の陰陽師じゃない。いわゆるオールドタイプの陰陽師だからだ。

 今の主流はウチの分家の皆様方の桜井会と同じ、本人が戦える陰陽師。安倍晴明の頃の何でもできて、どちらかといえば補助寄りの陰陽師は古いと言われている。


 呪具開発してる人や研究職の陰陽師もいるから全くいないわけじゃないけど、花形はやはり戦える陰陽師。俺たちはオールラウンダー寄りの式神や降霊術がメインの陰陽師だから雑魚相手なら無双できるけど、強い相手にはできれば戦いたくない。

 今戦ったら星斗にも負けるだろうし。というか星斗に勝てたのは術比べっていう制限された戦場だったからだ。何でもありの本物の戦場だったらあっけなくやられてると思う。

 まあ、とにかく。ゴンはいるとはいえこれで二人っきり。邪魔はいなくなった。さーて買い物を楽しみますかね。

 とか思っていたら携帯がバイブしていた。誰かと思えば考えていた星斗。


「………………もしもし。何の用ですか?」

「声低いな!一応お前に頼まれていた人材の確保が終わって夜になる前には着く。課長からの許可も下りた。配置もしてある」

「ああ、桜井会の皆さんですか。ご苦労様です」

「……会のこと、知ってたのか?」

「これでも次期当主なので。そういう派閥があるのはいいことですよ。当主や本家の言いなりではなく、自分たちの考えで行動できるのは。まあ、本家の特権として利用もさせてもらいますけど」

「したたかだな、ホント」


 こういう星斗が嫌いじゃない。楯突いて反対意見を言ってくれる人は重要だ。一概化してしまう組織は往々にして潰れる。

 まあ、無知でなければ、だけど。

 大事かもしれないけどミクとのデートどれだけ邪魔すれば気が済むんだ、クソッタレ。


「配置はどういった感じで?」

「基本部外者だから方陣の外で迎撃に当たる。代わりに俺たち本職が中で有事の際には対応することになる。街の中は広いから、保険として桜井会の幹部が街中に式神を放つ。お前はどうするんだ?」

「中央に陣取ります。四門には問題がない。これが俺とゴンが出した結論です」

「──黄竜門おうりゅうもんか?」

「黄門とか麒麟門という方が俺的にはいいですけど。竜の要素がないんですよ、中央には」


 父さんに確認を取ったが、普通の陰陽師では麒麟門なんて知らないらしい。五行なのに四門だというのはおかしいと気付かないのだろうか。

 方陣を作る際に一般的には四門に注点を置くとしか教えないため、こんな弊害が出るのだとか。建物などに置いている霊力を込めた球、あれを中央に置いている意味を理解していない陰陽師ばかりだとか。

 嘆かわしい。

 星斗に至ってはさすがとしか言いようがない。よく知っていたものだ。さすが元・難波家次期当主筆頭候補。


「中央に誰も配置しないように仕向けることは?」

「さすがにそこまでは無理だ。俺でも課長でもな。必ずフォーマンセルが二組、中央にいる。巡回要員じゃなくて、予備戦力としてだが」

「それ、邪魔だなぁ。どうにかなりません?」

「諦めろ。自分だけで解決するつもりか?」

「これは売られた喧嘩なんですよ。俺たち難波家が治める土地に、そこら辺の禁術に手を染める程度の低能な輩に舐め腐ったまま仕掛けられたね。ここは京都とは離れているとはいえ、安倍晴明が選んだ一つの原風景なんです。そこを何も知らない余所者・・・・・・・・・に手を出されたら、誅罰が必要でしょう?」


 ここは安倍晴明に任された土地。殺生石を守り続けた安倍晴明の生きた意味そのものを守護する土地。そこを踏み荒らそうとする者は徹底して排除する。

 相手が一千年前の事実を知っていようと知らなかろうと。

 玉藻の前が眠るこの土地を好き勝手させるのは彼の想いを踏みにじることだ。たとえ変質していても陰陽師を名乗る連中にそんなことをされてはこちとら我慢が利かない。


「お前、そんな容赦ない性格だったか?」

「こちらにも色々あったんですよ。で、そんな不届き者はこの土地から引き剥がします。この土地に足を踏み入れたことを後悔させるために地獄の底に落としてから全ての地獄を巡った後にもう一度地獄に叩き落とします」

「それ、無限ループで殺すって言ってないか……?」

「必要ならば地獄の門を開いて、閻魔とも契約して見せましょう」

「お前が言うとシャレにならん……」


 それだけこの土地への暴挙は許せないって意味だ。地獄の門なんて開いたこともないし、閻魔を見たこともない。

 ただそれだけの制裁は与えるつもりだ。


「ちなみに中の指揮は誰が取るんですか?」

「課長だよ。本部詰めでな」

「たしか本部の指揮室とかあるんでしたっけ?そこで陣取るんですか?」

「当主様、内部情報話しすぎだろう……。ああ、そうだ。指揮室にいるのは中央のフォーマンセルとは別の奴らが務める。後は何かあるか?」

「なら庁内には誰も入れないでください。身内であろうが誰であろうが」

「……俺にそこまでの権限はないが、善処する。監視用に式神置いておくか?」

「そこまではしなくていいです。あと、父さんも中である程度動くと思います。母さんは知りません」

「わかった」


 あと伝えるようなこともない。父さんのことは勘。というか難波家当主なのだから霊脈に乱れが出ていれば気付くはず。手も打つはずだ。


「じゃあ、切りますね。頑張ってください」

「はいよ。あ、何で機嫌悪いのか聞いていい?」

「…………誰かさんが幼なじみとの久しぶりのお出かけを邪魔してきたからですよ」

「……げっ⁉珠希ちゃん来てるのか⁉悪い、邪魔した!」


 速攻切れた。わかっているようで何より。

 あの日、星斗はミクに対して忠言したが、結局彼女の真否眼は正しかったことになった。ただ母親の言うことを守った、もの知らずなだけだったが。あの頃のことを星斗は黒歴史扱いしているだろう。

 だからか、星斗はミクに苦手意識を抱いている。一族で崇拝する狐憑きの少女だが、軽いトラウマ扱いだ。

 酷いもんだ。本人はこんなに可愛いというのに。


「誰からの電話だったんですか?」

「香炉星斗。九年前に俺と術比べやった人」

「あ~。あの人ですね。何故か避けられてる気がするんですけど、何かしてしまったでしょうか……?」

「タマは何もしてないよ。あいつが勝手にへたれてるだけ。実力者ではあるんだけど」


 ようやく、ようやくデートができる。

 近くのデパートへ行ってお揃いの食器を幾つも買って、家へ郵送する。それなりの数を買ってしまったので持って帰れなかった。

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