第16話 3ー1ー2
「いただきます」
「いただきます」
『召し上がれニャ』
『ごっそさん。やっぱ里美の稲荷には敵わねーんだよなあ。精進しろよ、瑠姫』
『ニャー⁉そんなこというお狐様にはこうニャ!』
『ちょっ⁉頬引っ張るな!オレは分け御霊だぞ⁉』
『それ言ったらあちしも二又だから神の座にはいけるニャ!』
ご飯を食べ始めてすぐ二匹のケンカが始まる。そう、瑠姫も二又の猫で、相当長生きした獣。何で家政婦に収まってるんだとも思うが、霊気はかなりのものだ。ゴンには劣るが。
いつもの光景なので俺は無視する。ミクはわたわたしてる、可愛い。銀郎もいつものことなので呆れずに壁に寄りかかって待機。
こういう時に止めないからウチでのヒエラルキー最下位なんだぞ、銀郎。アンタだって神の足元に連なるオオカミだし、戦闘能力じゃこの中で一番だろうが。止めに入ったって不敬じゃないんだし。
「ミク、気にしなくていいよ。いつものじゃれ合いだから。銀郎はさっさと止める。毛が散るだろ?」
『はいはい。今はまだ坊ちゃんの式神じゃないんですがねえ……』
腰に刺した日本刀を抜いて一閃。それだけで二匹は鎮まる。
峰打ちとかそういうのじゃなくて、なんか感情の波を斬るんだとかなんとか。達人級の絶技らしいが、剣のことなんて知らん。そういうことできるんだって程度の理解だし、できるならさっさとやれって思うだけ。
これで静かに食事ができる。TVもつけて何かニュースでもあるかと思って耳を傾けるが特になし。食卓に置いてあった新聞を見ても何か変わったこともなし。
今朝、というか夢の中で気になったことがあったから聞いてみるか。
「なあ、銀郎。お前安倍晴明の式神について何か知ってる?」
『何か、とは何ですかい?』
「いや、陰陽師の祖とまで言われる人の式神なら有名でもおかしくないのに聞いたことないなと思って」
名前ならさっき知った。だが、どうやら法師と繋がっていたことなどからその存在を秘匿していたようにも思える。
文献によっては法師が安倍晴明を殺したとするものもある。今の主流は狐、玉藻の前との争いで消耗し、置き土産の殺生石が決定打となったというものだが。
正義の安倍晴明、悪の道摩法師。そう対立して伝えられている二人にも、一時期は弟子であったとか接点自体はいくつもあった。だが、晩年までいがみ合うような仲ではなく、むしろ好意的な仲だったというのはほぼ知られていないことだろう。
むしろ過去視が特殊すぎる。公表している使い手は父さんただ一人のはず。俺みたいに申告していない人間もいるとはいえ、数は限られているだろう。
一番の勘違いは安倍晴明がそこまでの善人ではないというか、世のために身を粉にするような聖人ではないということ。それを絶対神のように崇拝する今の世の中がおかしいのか。
『式神の間でなら、かなり有名ですぜ。名前までは知りませんが、特別な式神で言えば二体。最強の矛であった者と、最強の盾であった者。最も、その盾だった者は安倍晴明本人の守護ではなく家内の警護が主だったとか』
「今の世の中に伝わっていないのは何でだ?」
『文献などはほとんど国内の動乱や世界大戦で焼失していますからねえ。残っている文献のほとんどは土御門家の物や口伝。我が難波家でもほとんど残っていなかったそうです。血筋としてはあちらの方が優先ですから。んで、式神は面倒なことをさせる小間使いって認識が広まって廃れたわけです。それがたとえ、当代最強の退魔士だったとしても』
わからなくはない話だ。日本は国内での大きな動乱が大きすぎる。あとは今ほど文献の重要性がわかっていなかったのか。式神の扱いにもわかることだ。たとえ式神の中で最強とさえ言われる力を持っていても、あくまで式神という考えから重視されなくなったか。
『まあ、あっしらではなくそこの天狐殿に聞いた方が良いですぜ?それこそ安倍晴明本人が生きていた頃を共にした天狐殿ですからなあ。きっと詳しいですぜ』
「やっぱりゴンに聞くのが一番いいのか……」
『やっぱりってーと?』
「また昔を見ただけ。……ホント、天狐って長生きだよなあ」
『あっしらも一応神に近い存在とは言われていますが、天狐ほど近しい存在はいないですしねえ。むしろ分け御霊とさえ言われるのは特注の特注。八百万の神々の一柱であってもおかしくはありやせん』
今ではほとんど姿を隠した神々。その中でも現世に興味を持って残っている神も田舎には細々といるらしいが、神そのものが人と同じ生活をしているのは特例中の特例だろう。
学校についてきたり、ラーメン屋についてきたり、普通なら有り得ない。
普段はただの可愛い狐なのに。
「ゴン様ってすごかったんですね」
『いいですかい、タマキ殿。神様ってんのは気まぐれで畏れ多い存在なんです。人間には御しきれないし、あそこまで関心を割いてくれていることがおかしいんです。やろうと思えば日本なんて小さな島国、簡単に滅ぼせます。やらないだけで。その神にも近しい狐を災厄の象徴としている日本は終わっていますし、大変な罰当たりです。神にケンカ売ってるようなものですから。特に天狐と呼ばれる狐は本物の神と遜色ない。――まあ、そんな存在を式神にしてしまった坊ちゃんはどっかのネジがぶっ飛んでるんでしょうけど』
「ん?褒められた?」
『そういうところです』
実際神霊のような存在を式神にした素っ頓狂な奴は俺の他にいるのだろうか。天狗やオオカミなど神に近しい存在はいくらでもいるだろうが、日本最強の陰陽師である四神ですら神霊及び神を使役しているとは聞かない。
もしかしたらしているかもしれないが、使う相手がいないとか、隠しておきたいとかあるのかもしれない。
「ゴンとはなあ。たまたまそこら辺で会って、ゴンが認めてくれただけで、俺は別に何もしてないんだぞ?一緒にいるにはどうしたらいいって聞いたら契約すればいいって言ったのゴンだし。それを当時三歳の俺に言うんだぜ?あっちの方が常識ないだろ」
『その頃からああいうのが好きだったんですかい。っていうか常識通じるわけないじゃないですか。天狐ですぜ?』
『オイ、それはオレが長生きで人間の常識がコロコロ変遷していったからか?それとも神は人間の都合なんか気にしないってことか?』
『アハハー。後者に決まってますニャ』
『んだと⁉瑠姫テメー!』
まーたゴンと瑠姫が痴話げんかする。狐はイヌ科だから猫の瑠姫とはどうも仲良くないんだよな。銀郎とは仲良いのに。
「なあ、ゴン。お前安倍晴明と面識あるのか?」
『あるぞ。今度はいつの過去を視た?』
「安倍晴明が死ぬ半日前の、たぶん最後の夜。お前、クゥなんて呼ばれてたんだな」
『ハッ。ずいぶん懐かしい呼び名じゃねえか。あの頃はただ霊気を操れるだけの狐だったな。困ってたところにアイツが来てな。いつの間にやら弟子入りして陰陽術や人語を覚えてたよ』
あっけなく認める。本当に千年生きてた。
なら、難波家の周りにいたのも偶然じゃなく、意図して定期的に訪れていたのだろう。その時に俺に会ったと。
「じゃあ、あの時俺がいたのは知ってたのか?」
『あの時はただの狐だったって言ってるだろう?たとえ金蘭や吟でも気付いてなかっただろうさ。過去視の介入に気付く清明がおかしいんだっての』
『アハハハハ。ゴン様、クゥって呼ばれてたのかニャ?ずいぶん可愛らしい名前だニャー。今度からあたしもクゥちゃんって呼ぶニャ!』
『やめろ!俺あんな名前で呼ばれるの嫌いなんだよ!あの御方が名付けたから仕方なく……!』
「あの御方って、玉藻の前?」
その問いに式神たちも鎮まる。この悪名は当時を生きていなかった式神たちでも知っているようだ。
安倍晴明を死に至らしめた大妖怪。化け狐。狐が敵視される原因になった存在。
宮中に混乱を招き、奸計などで当時の統治者たちを惑わしたとかなんとか。
『……そうだ。あの御方もオレのことをクゥちゃんと呼んできてな。晴明もあの御方に弱いんだか甘いんだかで、全く頭が上がらない始末。そのまま呼び名が定着した』
「安倍晴明とどういう関係だったんだ?」
『兄妹のように過ごしていた。清明が唯一、心を許した存在だったよ』
「お前や式神や法師もいたんだろ?」
『オレは当時、あの御方の眷属だったし、そこから弟子になっただけだ。式神や他の人間の弟子どもは結局主従の関係性だった。法師は……信頼はしていたが同族嫌悪していたというか。あいつはもっと複雑なんだよ』
やっぱり歴史なんて当てにならない。こんな嘘だらけのモノを信じて妄信して視野を狭めて迫害して。唾棄すべき偽りに踊らされて、皆してピエロ道化師じゃないか。
『今の呪術省も何も知らないぞ。安倍晴明とあの御方に親交があったなんて。知っているのは直属の血筋くらいだ。良い例が難波家だろう。今でも狐を信仰しているのなんてこの家くらいだぞ?』
「あ?土御門や他の分家は?」
『そいつらとは俺も関わってないから知らんな。ただ、狐は信仰していないし、今の風潮を広めたのは土御門を始めとする安倍晴明の血筋と宣っている連中だからな?』
そう、いつの時代も陰陽界を牽引してきたのは土御門家とその分家たちだ。動乱があろうが戦争があろうが、魑魅魍魎は産まれるために陰陽術は必要不可欠だった。軍事にも用いられたようだが、生活に必須だったため、廃れることはなかった。
それは狐を悪とする考え方もだった。だから、この噂は土御門家が流していると考えた方が良い。今でも呪術省に強い影響力があり、呪術省の上層部は土御門家の血縁か、どうにかコネを持てた者とまで言われている。
なら、安倍晴明の血筋である彼らが意図して狐の悪い噂を流しているということだ。
「一体なんで?」
『あ?んなの決まってるだろうが。知らないんだよ。過去視にも恵まれず、占星術も磨かなかった力の権化どもだ。ある意味晴明の黒い部分を如実に受け継いでいるし、晴明の遺言を守っちゃいるんだぞ?』
「遺言?」
『そこまでは視ていなかったか。日ノ本に災厄が訪れる。だから美しい日ノ本を残せるように力をつけて備えよ、ってな。完全にマッチポンプなんだぜ?その災厄をもたらしたのは晴明と法師だからな』
それだけを聞けば国を思いやる立派な人物だったかのように思える。けど実態を知っている俺からしたら、あの怨みを聞いているからこそ、意味合いが違うとわかる。
「土地としての美しさ、か……。玉藻の前は今の日本を見たら美しいって言うのかね?」
『さあニャア。あちしは場所によっては美しいって思うし、綺麗だと思うニャ。けど感性なんて人それぞれ、種族それぞれニャ。晴明ちゃんが見ていた美しさと、玉藻っちが見ていた美しさが同じとも限らんニャア。――まあ、晴明ちゃんは玉藻っちと限りなく同じ景色を見ていたはずだけどニャ』
「それは神の座に潜り込んで見てきたのか?」
『そんなことしなくてもクゥちゃんの話を聞いてれば晴明ちゃんがマザコンでファミコンだったのは丸わかりニャ。それにお互いがお互いだったからニャア~。人に為ろうとしたした狐と、狐をし識ろうとした人間。どちらもそちらに歩み寄ろうとして中途半端な景色を共有していた不器用な二人ニャ』
「瑠姫様も過去のことが視えるのですか?」
ミクの疑問ももっとも。まるで視てきたかのような口ぶりだったが、瑠姫は頬を手で掻きながらニャハハと笑っているだけだった。
『まさか。あちしは情報を繋ぎ合わせただけニャ。それに式神の間で玉藻っちは有名ですニャ。人間に愛されたくて、近付いて、愛してもらって、そして人間に迫害されて憎まれて討伐された悲しい女の子ニャ。彼女のようになるなっていうのが式神たちの間で厳命されていて、必要以上に人間に接触しないようにって色んな存在に言われてるニャ』
「の割にはこうして親密にしてるけどな」
『式神にも色々あるってことですよ。まあ、玉藻の前様が有名なのはもう一つ。頭の良い狐が神様の分け御霊と言われていることに関係してまして、玉藻の前様も神様の分け御霊だったのではないかと。それも当時の霊気の質も量も安倍晴明を超越していたとか。それほどの方が人間界へ降りて、人間を愛し、人間に裏切られたというのは当時の人間に心を開こうとしていた式神及び霊たちには結構なショックでしてねえ。今では必ず語られていることなんですよ』
瑠姫の話に銀郎が付け足してくれる。その反動から式神側が人間と契約しなくなって式神との契約が廃れていったのかもしれない。
神を裏切った人間の下僕になるなんて、許しがたいことなんだろう。仮初めとはいえ忠義を誓うということにも嫌悪したのかもしれない。
「なんかそれ聞くと、知っていても人間と契約してくれたお前今の式神たちってかなり変わり者っていうか、お人好しじゃね?」
『あちしは楽しければいいのニャ。それに人間が皆そうじゃないっていうのは前の契約者でわかってたし、人間も捨てたもんじゃないのニャ』
『お前さんは人間に好意的なのか高圧的なのかよくわからんな。あっしはまあ、この家に恩義があるんでそれの返済ってとこですけど』
それぞれ理由があるのならいいけど。
というか話しすぎたな。時計見たら九時半だ。
もう学校はとっくに始まっている。朝のHRは八時半から。むしろ一限だって終わる勢いだ。
今日は遅れてもいいけど。飯も食い終わったし着替えるか。
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