第15話 3-1-1
夢から覚醒する。というよりは過去視から目覚めただけだけど。
この冬空の中、近くには柔らかい温かみがあった。蒲団の暖かさじゃないし、肉感的に人でもない。柔らかいには柔らかいけど、人というよりは動物的な触感。
あと、感じた中では一番ゴンに近いかなと思ったがゴンよりは大きい気がする。ゴンは足に乗れるサイズか、木よりも大きいサイズのどちらかしかなれない。大きいサイズになったら部屋の天井よりも大きくなってしまうのでそれもないだろう。
ならこの感触は何だろう。いつまでも触っていたいような、そんな不思議な魔力がある……。まだ過去視でどこかに繋がっているのだろうか。
「んっ……。ハル、さまぁ……っ!」
その声で、本当に覚醒する。
何で気付かなかったんだか。ゴンのような狐の尻尾の感覚、現実だったらゴン以外に彼女しかいないのに。
「悪い、ミク。寝ぼけてた」
「いえ……。大丈夫、です……」
そうは言うが、汗はかいているし表情もどこかトロンとしている。何ていうか声も艶やかだったし、イケナイところを触っちゃったんじゃないだろうか。息も絶え絶えだし。
俺の顔が尻尾にうずくまっていて、腕もたぶん尻尾にしがみついていた。
っていうか、女の子の身体に触れた時点でギルティか?
「……起こしに来てくれたのか?」
「はい。目覚ましじゃ起きないって聞いていたので起こそうと揺さぶってみたんですが……。その、寝顔を見ていて、そのまま撫でていたらですね?尻尾をつかまれてしまって身動きが取れなくなってしまって……」
「それで俺が蒲団に引きづり込んだのか。悪い」
寝相そんな悪かったっけ。過去視の影響か?
というかゴンか式神のどっちかが起こしてくれればいいのに。
「えっと、式神様が朝ご飯作ってくれたそうです。ゴン様はもう食べられていて、康平様と里見様はまだ寝てらっしゃいます」
「ああ、うん。知ってる。両親は起きるの昼過ぎだから気にしなくていいよ。家のことは式神がやってくれるから」
「陰陽師の家ってこういう感じなんですね……」
「まあ、一般の家と違って昼夜逆転してるから。だから家にもよるけど、大体日中は家政婦か式神に色々なことやらせてる。ウチも例に漏れず」
ミクは分家とはいえ、陰陽師の家じゃないから新鮮なんだろうな。俺としてはこっちが常識だから何も思わないけど。
だから迎秋会とか他家との交流とかは朝からやるから大変なんだよな。融通利かせるとはいえ、辛いことには変わりない。
あと、こんな朝早く起きるのもあと二ヶ月の辛抱だ。高校に上がれば登校は午後から。朝は寝ていられる。
「んじゃ、いくか」
「はい」
お互い着替えることなく自然と手を繋いで食卓へ向かう。
横に並ぶと一層分かるが、ミクは小さい。耳を除けば身長は140cmギリギリあるかないかだ。俺と30cmは差がある。
だから頭を乗っけようと思えばすっぽり収まるわけで。
「ひあっ⁉」
「ああ、悪い。何ていうかちょうどいいサイズ感というか……。落ち着くというか」
そう、落ち着く。この小柄な身体も狐の耳と尻尾も、果てしなく落ち着く。正直離れたくないぐらいに心地いい。
「ハ、ハル様が望むなら……。いつまででも、いいですよ?」
「じゃあ――」
『坊ちゃんや。朝から桃色空間作るのは構わねえんですけどねえ。早く朝飯にありついてもらえます?
む、邪魔された。ウチのメイン式神の一人、
「銀郎様、おはようございます」
『へいへい、おはようさんです。というかタマキお嬢さん?あんたは我が家の客人で、坊ちゃんのご友人です。たかが式神に様付けはしないでくださいやすかねえ?肩身が狭いですわ』
「とか言う割に口調は砕け切ってるがな」
『……というか、あっしが話していてもその格好のままなんすね。お暑いですわあ。冬の寒さも吹き飛んじまいますなあ』
この軽口はずっとだ。だから直そうともしないし、今さらなんとも思わない。式神と人間の区別はつけているらしいが、態度というのは身に着けていない。元々が人じゃないから仕方がないのかもしれないが。
抱き着いたままなのはミクが否定しないから。温いし。
『というか、本当に急いでくださいよ。瑠姫の機嫌が悪くなったらなだめるのはあっしなんですから』
「いつもじゃれ合ってるだけなんだからいいだろ?」
『あのですねえ……。奴は猫なんですよ。あっしはオオカミ。いつも殺さないように必死なんです。一回でも札に戻しちまったら康平殿に霊気をもらわなければならない。仕えている側が主に迷惑かけるわけにはいかんでしょ』
式神の中にも生態系の摂理が通用するようで、純粋な力だったら銀郎が一番だ。だが、我が家の式神ヒエラルキーの頂点はゴンだ。その次が家事全般を担当している瑠姫で、用心棒の銀郎が一番低い。
まあ、そんな序列も皆仲良いから問題ないけど。
「まあ、瑠姫怒らせると面倒だから行こうか。ミク」
「はい」
『最初っからそう言ってるでしょうが……』
銀郎のため息は深い。ミクが来た程度でそんなに眉間に皺を寄せなくても。長生きしてるんだから気も長い方だと思ってたけど、種族的な意味でそうではないのかもしれない。
ミクと手を繋いだまま食卓に入るとテーブルに全身を預けて稲荷寿司をかき込んでいたゴンはこちらを見た瞬間げんなりとして、椅子に座っていた藍色の髪をした猫耳生やした式神、瑠姫は銀郎の情報通り怒っていたようだが、俺たちを見た瞬間ウンウンとうなずいていた。
猫は気まぐれって言うけど本当らしい。
『坊ちゃん遅いとは思ったけど、そういう事情なら仕方ないニャ。朝の温もりは大事なのはとてもわかる。あたしもできたら炬燵で丸くなっていたいニャ』
『テメェ、俺には散々キレておいて、坊ちゃんたちにはその態度かよ……!』
『当たり前だニャ。ギンっちはあたしと同じこの家の下僕ニャ。しもべとご主人様は別に決まってるニャン。お客人も然り』
なんだかんだと叱ってくれる銀郎にマイペースな瑠姫。我が物顔のゴン。我が家の式神たちはとてもバランスが取れている。
いつもの席に着くと、隣にミクが座った。ミクの食器はお客様用の物だ。
今日はトーストにスクランブルエッグ、それにシーザーサラダのようだ。つけるジャムなどはご自由にって感じ。
朝食と俺の弁当は瑠姫の担当。それ以外は母さんがいつも作ってる。
この瑠姫、香辛料ふんだんな料理以外なら何でも作れると豪語している。何でも人間に化けて飲食店勤務をしていたとか。式神が何やらされてるんだか。香辛料というか辛い物が舌的に受け付けないらしく、味見もできないので作れないのだとか。
そんな瑠姫に感謝しつつご飯を食べる。
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