第17話 3ー1ー3

「ごちそうさん。ミクも食べ終わったか?」

「はい。ごちそうさまでした」

『お粗末様ニャ。お弁当はそこニャ』


 食器は流石に自分たちで片す。片した先から瑠姫が鼻歌唄いながら食器洗いを始める。猫の式神とはいえ、手は人間のモノに化けているのでこういうのはお茶の子さいさいなのだとか。

 それぞれの部屋に戻って、俺は制服、ミクは私服に着替える。ミクは白いブラウスに紺のロングスカート、それにマフラーという装備。学校に行くとはいえ、制服で行くわけにもいかないし妥当なところだろう。

 歯磨きをして、瑠姫と銀郎に声をかけてから玄関で靴を履く。


「そういやミクは学校にいる間どうするんだ?」

「え?教室の後ろにいようかと思ってます」

「隠形使って?」

「あ、もしかして隠形が途中で解けちゃうとかって考えてますか?これでもわたし、地元の学校じゃ陰陽術トップの成績だったんですよ?」

「それは疑ってないけどさ」


 頬を膨らませてまでわたし怒ってますと主張してくるミク可愛い。

 じゃなくて。

 俺が心配してるのは俺の前だと抜けてるというか、普段やらないようなミスすることなんだよなあ。俺に陰陽術見せるより父さんに見せる方が緊張して失敗するかと思うんだけど、父さんの前だと失敗したりしないんだよな。

 ユイさんの話聞く限り家では割りかししっかりしてるみたいだし。いや、あの母親の天然っぷりから鑑みるに、ミクがしっかりしてるんじゃなくてユイさんがそうでもないんじゃ……。

 真相はどうでもいいか。


「たださ、授業なんて聞いても面白くないと思うぞ?ぶっちゃけ普通の、教科書通りの授業だし、面白い先生がいるわけでもない。呪術の授業なんてこうしてサボってるわけだし」

「それでもいいんです。普段どんな風に過ごしているのか知りたいだけなので。高校に行ったら授業に集中しないといけないですし」

「ならいいけど……」


 ミクって変わってるよなあ。つまんないと思うことを知りたいなんて。


「ゴン、行くぞー」

『もうそんな時間か?今行く』


 奥からゴンがやってくる。連れていかないとうるさいくせに準備はしていない困ったお狐様だ。

 いつもは自分の足で歩くか俺の肩に乗るのに、今日はミクの腕の中に納まっていた。


「あれ?ゴン様?」

『小娘、運べ。どうせ足の式神は明が出す』

「へいへい」


 外に出てすぐ烏の式神を呼び出す。それに乗って学校へ向かう。烏に乗っていけば十五分ほどで着く。

 それにしても、ゴンがミクに懐いていたとは。あそこまで接近を許すなんて珍しい。ラーメン屋の娘さんは懐いてるというよりは諦めだが、自分からミクの許に行くなんて。家族以外には懐かないのに。

 ミクのことも俺らと同じ括りにしてるってことか。

 校門の近くに降りて、烏を戻す。今日も誰にも見られていないらしい。


「ミク、隠形してみてくれ」

「はい」


 両手を合わせて、霊気ごと気配を消していく。俺とゴンならわかるだろうけど、学校の教師にはわからないだろう。たぶん。


「うん、大丈夫だろ。んじゃついてきてくれ」

「はい」

「……声出すなよ?隠形って言っても気配偽ってるだけなんだから」

「わかってますよお」


 昇降口で靴を履き替えるが、ミクは自分で持ってきていたカバンの中から靴入れを出して、スリッパと履き替えていた。準備万端だな。

 廊下を歩いている内に二限終了のチャイムが鳴る。それと同時に騒がしくなるのはさすが中学生。

 恋に遊びに勉強に部活に忙しい時期。

 俺、本当に学校生活楽しんでなかったんだな。すげえ別世界みたいに感じる。

 たぶん高校に行っても変わらないんだろうな。学校の雰囲気が変わろうが、生徒の意識が変わろうが、陰陽術の専門性が増そうが、この学校って在り方がきっと性に合わない。


 まるで刷り込みだ。嘘を嘘で塗りたくった、偽物の世界。安倍晴明っていう偉大な名前ひかりで覆い隠してる虚偽しんじつ。それでどんな人間が育つというのか。真実うそに気付かなければそれで幸せなんて思えるのだろうか。

 隠し事なんていつかはバレてしまうのが常だというのに。

 階段を昇って自分の教室に近付くと、またあの視線を向けられる。優秀な血統だから、天才だからと授業をサボる人間の屑。


 そういう目線向けられても仕方ないし、勝手に思ってろとは思うけど、陰陽術に関してはこの学校の誰にも負けない自信がある。幼少の頃から仕込まれてるんだから、授業でしか習ってない一般人が嫉妬する方がおかしいんだって。

 有意義な授業なら受けるんだよ。一般科目も。悔しかったら簡易式を霊気だけで呼び出してみろって。それもできないで嫉妬の目線向けてきても負け犬の遠吠えだから。

 そんなことを思いながら自分の席に腰をかけると、奇怪な人物が声をかけてきた。いや、一人しかいないけど。


「難波君、さっきの授業で聞きたいことあるんだけど……」

「……何?」


 天海の言葉を無視しないのは何でだろうか。中学の中では優秀な生徒だからか。それとも俺に話しかけてくれるからだろうか。


「方陣の組み方なんだけど、うまくいかなくて」


 渡されたのは一枚の紙。そこには正方形が書かれているだけで、霊気的なものは込められていない。立方体でも作れという授業だったんだろうか。


「四門を把握して簡易の方陣を組むって授業内容で合ってる?」

「うん。時間内にはできたけど、すごく時間がかかっちゃって。何でだろって思って」


 そういうのは本来先生にアドバイスをもらうものなのでは、と思わなくはない。それに気付くのも授業の内と言われてしまえばそれまでだし。

 あとミク、クラスメイトにも慕われているんだなっていう目線やめて。目の前の天海が特殊なだけ。いつの間にかゴンいなくなってるし。


「四門はわかるよな?」

「青竜門、朱雀門、白虎門、玄武門だよね?常識だよ」

「それが司る点がズレてるんだよ」


 紙を若干動かす。正方形が少しズレてひし形に。これを見て天海はハッとする。察しが良くて結構。


「さっきまでは線上に点があったけど、今ならそれぞれの角が四門になってるだろ?わざわざ四門って言われてて、その力を利用してるんだ。なら視覚しやすいように認識を変える。もし紙を動かしちゃいけないなら目線を変えるとか、やり方は色々あるだろ」

「えっと……。急々如律令」


 簡易方陣くらいなら霊気さえあれば一言で充分。天海は容易くそこに霊気でできた立方体を作っていた。


「できたじゃん」

「こんなにあっさりいくなんて……」

(っ⁉ON!)


 寒気を感じてミクの方に隠形を三重くらいにかける。予想通りというかなんというか、耳と尻尾が出ていた。

 あれでよく地元の中学大丈夫だったな……。


(すごいなあ、ハル様。教えるの上手。でもそっか。わたしも本家に行くたびにハル様に教わってたもんね。あの頃は本当に手取り足取り教わってたなあ……)


 何考えてるかわからないがデレデレするな。デレる要素がどこにあった?わからんぞ、ミク。


「陰陽術の基礎は流れを読み取ること。その読み取れる流れを通じて霊気を通し、様々な術に変換するって習わなかったか?文言とかはその流れをある程度狭める助けに過ぎないんだから」

「え?そんなこと教科書にもなかったし、先生にも言われなかったよ……?」


 バカな。こんなの俺が三歳の頃に父さんから教わったぞ。基礎中の基礎って。ゴンも同じこと言ってたし。……あ、陰陽術全てじゃなかったか。


「悪い、このアドバイス占星術に関するやつだった。他の陰陽術にも活用できる考えだったからごっちゃにしてた」

「占星術か。あれって大学の専攻で習うような術だよ。難波家では習う術なんだ」

「いや、父親の勧め。家の決まりじゃない」

「そっか。……陰陽術って、呼ぶんだね」

「呪術の昔の用いられ方知ってるからな。俺が気に入らないだけ」


 その言葉をどう捉えたのかわからないが、お礼を言って自分の席に戻っていった。

 学校で呪術の講義を全く受けていないから一般人の呪術の腕前と知識が全くわからん。祐介は独学で学んでいるし、俺の知識は父さんとゴンだし。

 こうしてまた、つまらない日常が始まる。

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