第8話 1-2-3


 一緒に家に入ると、母さんが出迎えてくれた。どうやらミクが来ることは知っていたらしい。


「タマちゃん本当に外で待っていたのね。お風呂沸かしてあるから入りなさい。明とゴン様はご飯ね」

「す、すみません……」

「いいのよ。それに三か月とはいえ京都に行くまで一緒に暮らすんだもの。遠慮なんてしないの」


 そう言いながらミクの背中を押して風呂へ連れていく。俺とゴンは食卓へ向かって、温め直してから食べる。ゴンはいつも通り稲荷寿司だったので、お茶を入れただけだけど。


『しかしあの娘ももう十五になったのか。早いものだな』

「俺と同い年なんだし、俺の成長を隣で見てきたゴンがそれを言うか?」

『時が流れるのが早いと感じるのはここ最近だけだ。オレは長く生きすぎた。つまらない時間も多かったが……。お前の式神になってからは不思議と面白いよ』


 ツンデレなのだろうか。そっぽを向きながら湯呑に口付けているお狐様マジ可愛い。まあ、オスですけど。ウチの神様ですけど。


「そりゃあ良かった。……ところで、天狐じゃない狐の尻尾が増えるなんてあり得るのか?」

『実物が目の前にいただろう。それに彼女は純粋な狐じゃない。狐の妖力と彼女自身の霊気が合わさって増えたんだろうよ。天狐としての尾の数と彼女の尾の数は同じ区別するなよ』

「りょーかい」


 ハンバーグを口に運ぶ。うん、美味い。デミグラスソースがいい甘さを出してる。今日も母さんに感謝。

 ウチは大豪邸だけど、使用人とかいない。料理は母さんの手作りだし、掃除は父親の式神がやっている。というか料理以外の家事は全部式神任せだ。大体の陰陽師の良家はそうだという話を聞いたことがあるからたぶん変わってはいないはず。


「あ……。ミクが来たってことは今日あいつの誕生日か。何か見繕ってやらねえと」

『む。そういえばそんな決まりがあったな。向こうの家からすれば大出世だろうに』

「でも那須の家は陰陽にもう関わってないし。分家の中で地位が上がってもなあ。……ん?もう一つの条件って高校も同じ場所に合格することだったっけ?」

『そうだな。この時期ということは推薦だろう。しかもお前とは違って無名の家からの推薦合格だ。よほど陰陽術を頑張ったんだろう。誰かさんのためにな』

「そっか……」


 国立陰陽師育成大学附属学校の試験はかなり難しい。そりゃあ陰陽師限定の最高学府附属高等学校の、二校の内の一つなのだから当たり前か。

 陰陽師の名門の血筋でも、受からない人間はいる。ウチの家系が良い例だ。

 合格者の中にはそれこそ無名の家の子もいるが、それは祐介のような突然変異か、かなりの努力をした人間かのどちらかだ。附属のどちらかに合格すればほぼほぼ呪術に関わる仕事に就けるという意味で倍率も高い。

 しかも推薦ということは学校の成績と実技と筆記全てが優秀じゃなければ合格なんて出ない。俺のように家柄合格とはわけが違う。限りなく狭い門を実力で突破したという証拠。


「なら合格祝いも兼ねて豪勢なプレゼントにしないと」

『豪勢ねえ……。そんなもん必要なさそうだが』


 ゴンの呟きは理解できなかったが、明日は一緒に買い物に行くことにした。ご飯も食べ終わって、家の式神に洗い物を任せた頃に母さんが食卓にやってきた。


「あ、明。タマちゃんの部屋あんたの隣にしといたから。問題ないわよね?」

「うん、大丈夫。向こうが良ければだけど」

「やあねえ。タマちゃんが断るわけないじゃない」


 分家の人間だから、だろうか。もしくは親同士の決め事だから?まあ、俺もミクが断るとは思いもしないけど。

 同年代の女子とか友達もいないからわからん。ていうか俺、友達祐介とゴンしかいなかったわ。ゴンも式神だし、天狐だから友「人」じゃないし。

 ミクは分家の人間だから友人っていうより親戚の女の子だしなあ。

 会うのも久しぶりだし。三年前に一回会ったぶりだろうか。あの頃からミクは身長が変わっていない。スタイルはちょっと豊かになっていたけれど。

 とか考えているとミクが風呂から出てきた。ピンクのパジャマを着て、頭にはお湯で若干湿っている髪をタオルで拭いていた。耳と尻尾は隠れている。

 ちょっと残念。


「明様、お先にお風呂いただきました。里美さとみ様も連絡していたとはいえ夜遅くに申し訳ありませんでした」

「別に構わないわよ。ユイさんに好き嫌いとか聞いてるから大丈夫だとは思うけど、何かあったらすぐ言いなさい。何でもしてあげるから」

「わかりました」

「タマちゃんの部屋は明の隣だからね」

「はい。……はい?」


 突然ミクの返事に疑問符がつく。荷物は持っていなかったから一度は家の中に案内されてるとは思うけど、部屋の隣までは知らなかったらしい。


「ま~あ~?二人とも成人してるし大丈夫でしょ。問題起こっても問題なし!」

「いやいや、母さん。問題でしょ。まだ学生なんだから」

「も、モンダイって……」

「そりゃあ子どもできちゃうことでしょ」

「こっ⁉」


 この母親、母親としてこんなこと言っていいのだろうか。既成事実を作れと言われる息子と分家の女の子。これも一種のパワハラではなかろうか。

 問題の意味を正確に理解してミクなんて頭から湯気出して口パクパクさせてるし。あ、湯気出てるのは元からか。


「母さんの言うことはとりあえず放っておいて。タマが嫌なら別の部屋用意するけど?」

「あ、いえ!そのままで大丈夫です!」


 気を遣わせてしまったか。どうせ式神にやらせるからそんなに負担じゃないんだけど。


「風呂入ってくるよ。ゴンは?」

『オレは後で一人で入る。娘に話すこともあるからな』

「そっか」


 そう言われてしまったので仕方なく一人で入る。肩までしっかり浸かって入るが、この時間になると風呂に入りながら寝てしまうことだけ注意する。何回かあるんだよな、寝落ち。ゴンがだいたい助けてくれたけど。

 今日は寝落ちせずに済んだ。身体も洗って寝間着の甚平じんべいを着て食卓に一度顔を出すとまだゴンとミクは話し合っていた。母さんはさすがに撤退している。


「ゴン、あんまり遅くまで拘束するなよ?もう陽が出てきてもおかしくないんだから。ミクは人間なんだから睡眠大事なんだぞ?」

『フン、わかっている。オレとて睡眠は大事だからな』

「ゴンは天狐だから最悪寝なくてもいいじゃん。それに昼間寝てられるだろ?」

『明日はやることがある。……もう少ししたら終わるさ』

「ならいいけど。ミク、おやすみ」

「はい。おやすみなさいませ」


 今は冬だからまだ陽は出ていないが、夏だったら完全に陽は昇ってる。冬は嫌いだけど、陽が遅いことだけは感謝しよう。

 自分の部屋に戻ってさっさと床につく。星斗に報告したりしたから寝るのがちょっと遅い。

 ま、明日の一・二限が呪術の授業だから三限から学校行けばいいし。少しはゆっくりできるな。



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