第10話 2-1-1
どれくらい撫でていただろうか。相手も嫌そうではないのでずっと触っていた。隣の父親も、相手の母親も文句を言わなかったからそのまま続ける。
なんというか、肉感が凄かった。触る度に敏感な部分でもあったのか少し震えるのがそそられる。ゴンは嫌々というのが見て取れるし、触っていても何も反応してくれない。
だが目の前の彼女は反応もしてくれるし、一々小動物のような反応を返してくれるのが愉しくて仕方がない。たまに零れる「はふぅ」といったような幼女ならではの漏れ声というのも堪らない。鼻血が出そうだった。
いやあ、昔の俺って変態。今もだけど。
そうしてモフり続けていると、視線を感じた。今日のお客さんである分家の方々。親も子も関係なく俺と彼女のことを注視していた。
その理由にはすぐに気付くことができた。なんてことはない。ポッと出の分家の人間が重宝されているのと、彼女の言葉からだ。
それを伝えるためか、分家の人間を代表して星斗がやってくる。真剣な顔立ちしてるけど、俺は尻尾を触る行為を止めるつもりはなかった。
「お嬢さん。あなたも分家の人間であれば、そしてこの迎秋会に参加しているのであればこの催しの意味を心得て来なさい。それは当主様の御心と、我々参加者の想いを踏みにじる行為です」
片膝をついて、目線を合わせて目線を合わせてから諭す星斗。こんな小さい彼女に言っても理解してくれないだろうに。それに母親もこの集まりの意味を知らないのに子どもに知っているように言いつけても意味がない。
後から知ったが、母親のユイさんはただ娘を父さんに紹介するために分家の集まりへ来ただけだった。きちんと当主に顔を見せて、娘の今後を決めてもらうために相談に来たという。
ぶっちゃけ陰陽のことはよくわからず、知り合いの陰陽師に自分の娘が狐憑きという一種の悪霊憑きという呪術症状だと教えてもらって、自分の家系も陰陽に関わりがあったからある程度耳と尻尾をコントロールできるようになったことから顔を出すことにしたのだとか。
そんな状態の少女が、星斗の言葉に答えられるわけがなく。
「あ、あの……。わたし、えっと……」
「ご当主は未だ後継者を決めておりません。そして、今日の催しはその後継者を見出すためのご当主による儀なのです。次期当主に選ばれるということはとても名誉なこと。我々候補も、選ばれるために一年間研鑽を積み、昨年よりも力をつけたことを示そうとしているのです。我ら難波家は世襲制ではありません。実力こそが、全てを語るのです」
ま、要するに僻みだよね。実力も見ずに俺を勝手に次期当主って発言したことに対する。実力は候補者の中で一番だとこの頃の星斗は思ってただろうし。
「ふむ。たしかに
その父さんの宣言に会場は騒ぎだした。一度次期当主を決めてしまえばその決定は任命された次期当主が死なない限り覆らない。
その上、息子の俺は六歳になったばかり。親としての心情を鑑みればもう少し年齢を重ねてからでもいいという判断を下すはずだ。
だが、これは星斗側の事情も汲み取った結果だ。
十五歳を超えた者は本家・分家問わず次期当主候補から外すものとする。難波家だけではなく、陰陽師の名家であれば成人を一つの指標とするのは珍しくない掟。
そして星斗は分家の中で一番の有力候補。むしろ彼がならなければ他の分家の人間ではなれる者がいなくなると言われているほど。学校での成績も良かったらしい。
「午後から術比べを行おうと思ったが、今からやろうではないか。去年は降霊だったから今年は式神勝負でいいだろうか?他の分家当主のお歴々、どう考える?」
分家当主たちは皆うなずく。本家当主の父さんの言葉に拒否できないのではなく、通例だからだ。前年降霊であれば次の年は式神勝負。この二つを交互に繰り返し、どちらかで特級の成果を出すことが次期当主になるための条件。
この特級というのはその場にいた全員を納得させるほどの成果でなければならない。
父さんの時はプロの陰陽師でも成功率の低い「人間」の降霊をしたことで当主に認められたのだとか。前年まで「人間」の降霊をした者はいなく、全員を納得させることはできていなかった。
会場の机や食事などを片付けていく。いくら我が家が大きいとはいえ、術比べなんてできる場所は我が家の半分を占める庭しかない。
参加するかどうかは分家ごとに決める。子どもたちに自信がなければ見送ってもいいし、本当にただ宴に参加したいだけの家もあるので、毎年見ているだけの家もある。
そしてこの年は参加しようとした分家たちが結託して、期間満了の星斗のみを選出した。他に十五歳になる候補はいなかったし、下手に分家同士で潰し合っても星斗が消耗するだけという判断だった。
そのせいで、行われる術比べは一回のみ。もちろん父さんは俺を選出する。一度自分の部屋に戻って呪符を持ってくると、ユイさんと彼女に父さんが術比べについて教えていた。
「へぇ~。そうやって後継者を選ぶんですね。てっきり息子さんが後継者なのかと」
「血ではなく、優秀な人間を選ぶというだけです。男女問わず選んでいますが、この宴のもう一つの目的は次期当主の婚約者探しでもあります。小さい内に目をつけておけということですな」
「次期当主はお嫁さんを分家から選ぶのが通例なんですか~?」
「ほぼほぼそうです。血の存続のため、後は昔からの慣習なので。ですが絶対ではなく他家の人間を迎え入れた例も実際にあります。そもそも最初の時点で他人と他人同士から始まっていて、近親婚などは一切していない家です。なら別に他家からの人間を向かい入れるくらい認めますよ。あなたの家も現状他家ですし」
那須の家は今や一般家系になっているので扱いは他家だ。元分家の、血の繋がりはある親戚程度。
それにしても当時の父さんはずいぶん機嫌がいい。母さんも出てきてユイさんと意気投合しているほど。呪符を取ってきた俺に気付かない程だ。
「陰陽術なんて縁がなさ過ぎて、まともに見るのは久しぶりですよ。昔学校で習っていた時以来です~。タマちゃんも隠形しか習ってないもんね~」
「う、うん」
「やはりその耳と尻尾は隠形で隠していたのですね。悪霊憑きの子は憑かれている存在を隠すことから始めると聞きます」
「三歳くらいから同じ憑いてる人に教わっているんですよ~。ようやく隠せるようになったので一応当主様にご挨拶しようかと思って。狐憑きは珍しいから相談した方が良いって言われたんです~」
悪霊憑きがそもそも珍しいが、その中でも狐憑きとなればレア中のレアだ。しかも狐というのは今の世の中的によろしくない生き物だ。
世の風潮として、狐という存在は災いを呼び寄せる災禍の象徴だという。その理由としては
一方、我が家では狐は恵みの象徴としている。秋穂が黄金の輝きを見せるのも、土地が豊かなのも全て狐の加護であり、豊穣の神と定めているからだ。
この世の中と相反する思想から、難波家というのは嫌われる傾向にある。ただ、難波家が狐を神聖化していると知っているのは国の上層部の一部と一握りの名家だけ。口外して生活しなければ全く問題はない。
「父さん、準備できたよ。どこまでやっていいの?ゴンに力を借りるのは?」
「何でも使いなさい。もちろんゴン様も。この場にいる全員にお前の実力を見せて来なさい」
それが実力を見せることなのだから、妥協するなと言われたので全部用いることに決めた。一番の問題だったゴンのことも許可されたので、ゴンにも頼ることにした。
ゴンのことは誰にも話すなと言われていた。ゴンもそれで納得していたので俺は何も言わなかったが、今になればよくわかる。ゴンの存在が難波家の人間にどういう印象を与えるか、見せただけでわかってしまうからだ。
「ゴンさま?」
「後でのお楽しみ」
そうして俺は星斗と対面する。星斗の方は自信満々というか、六歳児には負けないという気概が溢れていた。
まあ、負けたくないだろうね。
というか懐かしい。当時の俺のことを客観的に見れているということはこれは過去視だ。夢なら自分の身体で追体験しているはず。なのに当時の俺から離れて見ているということは夢ではないということ。
場所か、それとも誰かか。どちらかを媒体にして視ている。
よく寝れていないのか、無意識な力の発露か。どちらにしろもっと力の制御ができるようにならないと休めるものも休めなくなる。
そうこう考えている内に術比べの準備が済んでいた。父さんが周りに被害が出ないように方陣を張り終わったところだ。
「明。俺は全力で行く。危なくなったらお前の方で降参してくれ」
「わかりました。でも、僕も全力でいきますので」
あー、当時ってまだ僕って言ってたっけ。というか生意気なガキだな。本当に六歳かよ。十五歳の、九つも年上に対して挑発するかね。
星斗の青筋がぴくぴくしてるし。幼少期の九年なんてかなり重要な時期だから、そりゃあ年月の差からして自信もあるし、尊厳もあるよね。自分の半分も生きていない子どもが自信満々だったら苛立つのも当然だわ。
「では、術比べを始める。――始め!」
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