第7話 1-2-2


 あと、やることが一つあったのでプロの陰陽師の集団に近付く。男三、女二の編成だった。その中でも一番背が高かったエリート風の陰陽師に話しかける。


星斗せいとさん、こんばんは。お仕事お疲れ様です」

「っ⁉難波明……っ!」


 烏を脇に待機させたままにこやかに近付く。ゴンは腕に抱いたまま。いやあ、いつものことながら俺が笑顔向けると全力で引きつってくれるのが面白い。


「何だ?星斗知り合い?」

「ちょっと!あなたまだ学生じゃない!こんな時間まで外出歩いてちゃダメでしょ!」


 周りの同僚が慌てているが、星斗さんが説明してくれないのでそのままこっちの要件を伝える。


「ゴンがこの街の異常を感知しました。これだけ言えばわかりますよね?」

「っ!昼間のタレコミ、お前か!」

「そうです。ちゃんと家の名前を使って申請した方が良いですかね?まあ、父がすでにしているとは思いますけど」


 父親の占星術は俺よりも凄い。というか、未来が視える時点で星詠みとしては群を抜いているんだけど。星詠みに関しては日本一な気がする。

 私利私欲では星詠みを行わないが、自分たちに被害が出る件や日本全体に危険が訪れる場合は躊躇なく行政府に伝える。それ以外ではどんな未来を知っていても口に出さない。それが星詠みとしてあるべき姿だと。


「内も外も警戒しておいてください。星斗さんならゴンの感覚、無視できないでしょう?俺はまだそういうことに口出しできないので、匿名で投書しましたが」

「……わかった。課長に進言する」

「ちょっと、星斗。結局この子誰なの?昼間の投書に使っていた呪符は良い出来だったし、そこの烏の式見る限り実力あるのはわかるけど。この時間の外出はさすがに怒らないといけないんだけど?」

「………………ここら一帯の地主、難波家次期当主だ」


 やっと説明してくれた。すっげえ不服そう。ま、そりゃそうか。なんたって九年前までは自分もその候補筆頭だったわけだし。

 優秀なのは事実なんだから誇ればいいのに。才能ないとプロの陰陽師七段なんて資格持ってないだろ。あ、親父は九段でプロは四段からな。あれだ、将棋と同じ。

 そして説明を聞いた周りの人間は星斗を責める。


「安倍晴明の分家じゃん!そりゃあ強く言えねーよ!」

「ってかあんたの元締めじゃない!敬語使いなさいよ敬語!」

「そうだよ!お前安倍晴明の血筋っていうより、難波家の分家って意味合いの方が強いって言ってたじゃねーか!」

「え、ええと難波家次期当主様?星斗のことはこちらで躾ておきますので!」

「構いませんよ。俺も内定しているだけで、堅苦しいのは嫌なので。年上の星斗さんに敬語とか様付けとかされるのは嫌ですし。まだ数年猶予がありますよ」


 別にいつかそうなってくれればいいわけで、その時になったら強制させればいいわけで。今でもグヌヌとか言いそうな屈辱的な顔が堪らないわけで。


「それに、今日は忠告に来ただけなので。分家筋で荒事の実力者は星斗さんなわけでして。戦えそうな人を動かしてほしいんですよ。たぶん大きな厄介ごとですし」

「俺が言うより、お前が言う方が分家の人間なら動かせるだろう?」

「この街にいるプロは星斗さんだけなんですよ。だから俺が動かすにしても市の許可がいるわけなんで、風通しをお願いしているんです。それにプロと、次期当主。実戦経験の差からどちらの言うことを聞くかなんてわかりきっていると思いますが?当主になるのは父によほどのことがない限り大学を出てからですし」

「次期当主に、逆らえると思ってるのか?」


 思っている。事実、当主候補の親たちなんて俺に嫌な感情の一つでも持っているはずだ。自分たちが本筋になれるチャンスを潰した元凶だ。

 息子たちが最有力候補として人道的ではない様々なことまで施したのにたかが六歳の子どもに敵わないと知らされれば、発狂の一つくらいするものだ。現に、陰陽から足を洗った家も出てきたし、潰れた家もある。

 潰した家も、ある。逆らった実例があるので、星斗の言葉を否定できない。


「まだまだ青二才と見られているので、お力添えをお願いします。一番の理由は土御門と違って我々の血筋は荒事に向いていない。だから実戦に出しても問題ない家を星斗さんの方で選出してほしいんです。俺だって全ては把握していませんし」


 ぶっちゃけ、そういう戦闘分野に特出した分家筋を星斗が一纏めにしていることは知っている。降霊や式神の操作が主な我が血筋は今の陰陽師界であまり戦えない安倍晴明の分家という、血筋の無駄的な意味で罵られることもある。

 式神との契約をきちんとすれば戦えるが、本人が戦えないというのはカッコ悪い。式神がやられたら役立たず、というのは嫌なのだとか。それで式神がやられても戦えるようにと派閥化しているのが星斗の組織している桜井会さくらいかいだ。


 強力な式神と契約するとかやりようはあると思うけど。それにウチの血筋は退魔よりも陰陽捜査課のような、裏方の方が合っている。戦場に出ずにお金がもらえるなんて素晴らしい天職だと思うけど。

 納得できないんだろうなあ。優秀な陰陽師サマは。

 そんな余計な自尊心プライド持ってるだけ無駄なのに。上には上がいるし、人には適性がある。ウチの家系から四神を出すなんてほぼ不可能だ。一つだけ可能性があるとすれば式神使いとして極める、だけどそんなこと桜井会はしないだろうし。


 難波家は降霊と式神に特化した一族で、もう千年も前からずっとそうして生きてきたんだから変わらないさ。血がそれだけ深く刻まれてる。婿でも嫁でもいいからそういう実戦的な人間の血筋を入れないとダメだろうな。

 千年の血というのは強固だ。それこそ祐介のような突然変異じゃない限り、才能は遺伝子に刻まれてしまっている。正直星斗は結構な突然変異だと思う。ウチの家系であんなにもオールラウンドに陰陽術を使える人間は他にいない。


 努力もしたんだろうが、攻撃性の強い陰陽術を既存の物ほぼ全て使うことができるのはぶっちゃけ凄いことだ。攻撃性の陰陽術が得意な人間は方陣を張るのが下手だったり、式神の発現が苦手だったりする。オールラウンダーは数えるほどしかプロにもいない。

 もうすぐ八段に昇格するとも聞く。二十四歳としたら異様の速さだ。だから期待の星として祀り上げられてしまう。それが幸か不幸かは本人次第だけど。


『面倒な家の体面を気にする会話もほどほどにしとけよ。星斗、難波家の分家とかよりなにより、お前はプロの陰陽師だろう?明は次期当主としての立場じゃできないことを頼んでいる。市民を守るために、お前がすべきことは何だ?』

「明の言う通りに、戦力を補充し未曾有の事態に即応できるような環境を整えること、です」

『わかっているじゃないか』


 ゴンは俺たちの応酬が嫌だったのか、さっさと話を終わらせるために自分という難波家における絶対権力を使った。

 お狐様の言うことに逆らってはならない。

 難波家で絶対とされている家訓。人語が喋れるお狐様は神様と同義。だからこそ、絶対順守の規則がある。

 それを分かった上でこの場に俺はゴンを連れてきたんだけど。いやあ、ゴンのおかげで脅しが効く効く。虎の威を借る狐ってことわざあるけど、ウチではもっぱら狐様の方が力がある。むしろ虎?ただの獣畜生じゃん、である。


「まあ、そんなこんなでよろしくお願いします。あと俺、父親から夜間外出許可いただいていますし、市の方にも許可証提出してるので確認してみてください。だから通報とかしないでくださいね?」


 星斗以外の人に釘を刺しておく。冤罪で捕まるのはごめんだ。学校サボってることとか、勝手に昼間式神使ってることとかバレたら補導はされるけどね。


「というわけで帰ります。おやすみなさい」


 一礼してから烏に乗って自宅へ向かう。自宅は朱雀門と白虎門が創り出す円弧上の中間地点に位置している。ように、街の中心部からは離れた場所だ。

 だからこそ、多くの土地を持っているし、もし方陣が崩れてもどうとでもなるような力を備えてあるんだけど。

 家の近くの道路に飛び降りる。我が家にはもう一重方陣が敷かれていて、式神では直接入り込めない。やろうと思えばできるけど、その方陣を張り直すのは面倒なのでやらない。疲れている身体でそんなことをしたくない。


 地面に降り立った頃から少しずつ雪が降り始めた。まだハラハラと舞う程度なので積もらないと思うが、一月だから降ってもおかしくはないか。

 コートは着かさばるので持ってきていなかった。その代わり学ランの裏側に防寒の呪符を張ってある。呪具作成の会社が作った陰陽師用のホッカイロみたいなものだ。少ない霊気で使える便利ものなので、普通のホッカイロの売れ行きが悪くなったとか。


 ゴンは天狐だからそういう気温とかには強いらしい。たまに炬燵入ってるし、夏なら扇風機に当たってるけど。

 そうして一人と一匹で歩いていると、家の門の前に誰かがいた。街灯などなく、家の灯りが少しだけ漏れて影がようやく見えたほどだ。

 その人影はずいぶん小さい。俺よりも頭二つは小さい。暗いのに彼女の髪は降る雪を反射しそうなほど煌びやかな金色こんじきで、手や頬は寒さですっかり赤くなっていた。

 彼女のことは知っている。いや、忘れるはずがない。なにせ彼女は――。


「お、お帰りなさいませ。明様。わ、わたしのことを覚えていらっしゃいますか……?」


「忘れるわけないだろ。それに、今はゴンしかいないんだ。

ハル・・でいいよ、ミク・・

「は、はい!ハル様!」


 そう言った途端、あの時のように彼女は頭に狐耳を、そしてお尻には四本の柔らかそうなボリューミィな尻尾が生えていた。

 緊張すると、隠せないのは変わらないらしい。


「はわわ……⁉学校では隠せてたのにっ⁉」

「……プッ。相変わらずだなあ、ミク。尻尾も四本に増えたんだね」

「はい……。わたしの霊気と連動しているようで……。いつのまにか、こんなに増えてました」


 照れながらも、可愛らしく耳と尻尾をブンブン振っている。寒空の下でずいぶんと待たせてしまったらしい。

 それに彼女はお帰りと言った。なら、返す言葉は一つしかない。


「ただいま。これからもよろしく」

「はい」

「あ、久しぶりだし家に入ったら触っていい?」

「こ、この身はハル様の物ですのでいかようにも……」


 また彼女は母親に何か仕込まれたのだろうか。ま、モフる機会は一回でも逃すことはないけどな!

 彼女――那須珠希なすたまきは、あの頃と変わらずに微笑んでくれた。それだけで、俺が次期当主になった価値がある。



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