第4話 1-1-3
ゴンが食べ終わったのを見て、祐介は探知の術式を使い始める。呪符を取り出して、店の中心の床に置いて、その上に手を置いて呪文を唱える。
「急急如律令!」
呪符から霊気がお店全体へ伸びていく。そして数秒後、反応を出したのは南側だけだった。
「朱雀門だけ調整すれば大丈夫そうだな。明、中央だけよろしく」
「おう」
祐介は南側の方陣の起点を見に行き、俺はお店の中心の床のタイルを外して、その下にあった黄色い球体を取り出す。霊気を当ててみるが、問題なく傷もついていなかった。
「大将、あと三年くらいはもちますけど、そっから先は傷付くかもしれないですね。この黄球相当良い物ですけど、限界はありますんで」
「そうなのか?テナントとしてこの店買った時から替えてねえけど、そんなにいいもんなのか。大体三年な。覚えとくよ」
大将はメモしてからチャーシューを切ったり、何かの仕込みをしていた。二人の食事休憩かもしれない。
「おっと、お狐様を拝んでおかねえと。ありがたやありがたや」
大将が両手を合わせて拝むと、娘さんもそれに倣う。大将はゴンが出てくると、毎度こうして拝むのだ。天狐だという話はしたことがなかったが、三尾のお狐様は珍しいからとこうやって拝んでいるらしい。
直感恐ろしや。
『おう。よくわかってんじゃねえか。この店の残念なところは稲荷寿司がないところだな。それ以外は気に入ってるぞ』
「勘弁してくれや。ラーメン屋で酢飯もお稲荷さんも用意する暇なんてないもんで。社はあるんで御容赦を」
テーブル席の上の棚に小さいながらも社があるのだ。珍しいが、模しているものなので陰陽術的には何の効力もない。こういうところも気に入っているところだ。
そうして待っていると、祐介が帰ってくる。方陣の調整が終わったらしい。
「おやっさん、終わったぜ」
「おう、お疲れさん。これで定期調査も安心だ」
『祐介。今回朱雀門だけ調整が必要になったのは他の門より強すぎたせいだ。霊気を前回込めすぎたな』
「え?強すぎたからなのか?ゴン先生」
ゴンは陰陽術にとても詳しい。俺たちの先生でもある。だから祐介は先生と呼ぶけど、俺は主と式神の関係なので、節度を保つために先生とは呼ばない。
『一か所だけが強いと、他の場所へ霊気を送ってしまう。方陣とは弱い方へ均すようにして均一を是とする。そもそもが四方を均一にさせて発動したものが方陣だ。お前の場合、どこかのバランスが崩れてしまっても方陣自体が崩れなかったという結果を出している。それは優秀な証左だ。次はミスしないように心掛けろ』
「うっす、先生!精進しやす!」
ゴンが陰陽術に詳しいのは生きていたらそういう機会もあるということ。平安時代から日本で陰陽術は切っても切れない技術となっていた。そんな中何白年も生きてきたのだから、無視してはいけなかったんだろう。
生き字引な部分があって、書物などには載っていない術なども知っている。それを平然と教えてくれるのだから師として尊敬するのは当たり前だった。
『そうだ、お前ら。特に娘。夜中に外出するなよ』
「ゴンちゃん、夜中に出歩くななんて呪術に詳しくないわたしでもわかるわよ?魑魅魍魎が闊歩しているんですもの。怖くて出られるはずがないわ」
『それ以上に、何かきな臭い。狸に化かされてるわけでもなし。……そう、悪意だ。時代の節目のような人間の悪意を感じる。百鬼夜行も現れるかもしれん』
「あの伝説的な呪術災害の?本場の京都や東京でもないのに、そんなもんが起こるっていうんスか?」
遥か昔、確実にそう書物に残されるようになったのは平安時代からだが、もっと前からそういう存在はいたと考えられている。
魑魅魍魎。要するに霊的な存在が勝手に呪術の力を得て具現化した存在。それが暴れ回っているのだが、霊的な存在だからか、魑魅魍魎の名が的確過ぎるのか理由までは定かではないが夜八時くらいにならないと現れないのだ。
現れるのは妖怪とも呼ばれるような、小鬼や火の玉といったプロの陰陽師なら片手で足りるような存在ばかり。それが平時なのだが、時たま大鬼や大ムカデなどライセンス持ちの陰陽師数人がかりでかからないといけない大物が出てきたりする。その時は非常事態勧告が街中に発令される。
そういう大物だって、出たとしたら一匹か二匹。小物ならニ十匹くらい一度に出てくるが、それが京都や東京以外の場所だと平時。
しかし百鬼夜行ともなると話は変わってくる。
その名の通り、百を超すような大群で魑魅魍魎が現れ、暴れていく。しかも小鬼などの小物は少なく、ほとんどが大物だ。一匹一匹が強いのだから、それはもちろん災害指定されるわけだ。
そうなっても大丈夫なように、街や家には方陣が仕掛けられているが限度がある。耐えきれない時もあるが、方陣の外に奴らは現れるので時間稼ぎはできる。
百鬼夜行の後は方陣が壊れていることがしょっちゅうなので、退治に疲れて、修復に疲れるという陰陽師にとっては起こってほしくない災害だ。田舎だったら十年に一度起こるか起こらないかという頻度のものだが。
『可能性の話だ。実際に起こるとは断言していない』
「ゴンの言うことだから冗談じゃ済ませられないんだよな……。祐介、夜の見回りの範囲増やすか?」
「だな。そんな話聞いたらさすがに不安だし」
そういうわけで、今日の夜の行動を決定させる。携帯で地図アプリを出し、それで回る場所を検討していった。
特に重点的に見ようと決めたのは住んでいる街に施された方陣の起点である四門の場所。ここが崩されたら方陣が弱まり、いつかは崩壊するので警戒を怠ることはできない。
この四門の場所、実は一般人には公表されていない。この街専属になったプロの陰陽師と名家の当主くらいだ。何で俺たちが知っているかというと、次期当主候補と方陣の鬼才と天狐様舐めるなって話だ。
両親に聞いたわけじゃなく、いつもの感覚で見回りしていたら見つけてしまっただけ。ゴンには見つけたことを黙っておけと言われた。ま、機密事項だしそれはね。
「大丈夫かしら……」
「なーに、俺の目が黒い内はおめぇに指一本触れさせねえよ!」
「わたしのことじゃなくてゴンちゃんのこと。君たち、ゴンちゃんのことも連れ回すんでしょう?」
カッコつけた大将ドンマイ。一人娘だとこうも親バカになるもんかね?子ども側だからわかんないけど。
一方娘さんに心配されたゴンの方は不機嫌だった。
『オレはこいつらの先生だぞ?そこらの雑魚には引けを取らん』
「俺の式神なんで連れていきますけど、危険はないですよ。俺たち強いし」
「でも、中学生でしょう?」
『そこらの中学生ではないから安心しろ。店の結界の異常を悟れるのも、直せるのも本来はライセンス持ちがやれることだ。この二人はそういう意味では常識の埒外だ』
「ならいいのかしら……」
それでも心配そうな娘さん。
普通の中学生は自分の姿偽るような陰陽術使わないって。それができる実力がないし、できるようなライセンス持ちはこんなみみっちいことに使わないだろうし。
俺たちが陰陽術に理解ある中学生だということを二人は知っているが、陰陽術名家の跡取りとは知らないし、心配されるのも道理だ。
名家の跡取りなんて知られたら真面目な娘さんのことだからちゃんと学校に行きなさいって怒られる気がするし。
「心配してくれてありがとうございます。あ、会計お願いします」
「おやっさん、少しは割り引いてくれよ。学生割」
「びた一文割り引くなよ。おめえら学校にも警察にも黙ってもらってるって立場忘れたのか?こっちが脅してる側なんだぞ?方陣の調整は義務だ義務」
「うぇーい」
そう、罰則扱いで方陣のことはやらされているんだから割引なんてしてくれるわけがない。黙っててくれるだけでありがたい。特に祐介にとっては。
祐介は学校の内申点がそれはもうよろしくない。それでも進学先は俺と同じ国立陰陽師育成大学付属学校だ。一般受験で受ける分には内申点より試験の方が重視されるが、それでもサボりではなく補導はマイナスの印象を与える。まだサボりの方がマシだ。
会計は別にして、それぞれ払う。親からゴンの食費ということで多めにお小遣いをもらっているので金銭的な意味では全く困っていない。親には本当に感謝している。
祐介の方は臨時収入があるのだとか。バイトをやっていたとは聞かないし、成人の年齢にも達していない中学生はアルバイトも禁止されている。どこでどう稼いでいるのかわからないが、まあこうした食べ歩きに支障が出ていないのはいいことだ。
「んじゃ大将、ごっそさん。また来るよ」
「今度はその姿で来いって毎度言ってる気がするが……どうせ来ないんだろうな。休日とかなら普通の姿で来られるだろうに」
「だってこの店休日は遠くからもお客が来るような繁盛店じゃん。そんなに並ばないで食べられる平日と、並ぶ休日。どっちに来たいかなんてわかりきってんじゃん」
「私たちは姿隠さずに来なさいよって言ってるんだけど……」
そう言われても、平日の方が来やすいから平日に来る。それに、平日で時間潰せる良い場所だし。隠形使ってればどこにいても問題はないけど、ずっと隠形していたら疲れる。家に帰ってもいいが、最近はもっぱら外で遊んでいる。
どうせ三か月後には京都で生活しているんだから、今の内に思い出作りだ。帰省はしても、当分帰ってこられないなら遊んでおこうという魂胆。
祐介に受験勉強は大丈夫なのか聞いたが、余裕ということなので連れ出すことに躊躇しない。ゴンや俺に聞きたいことがあるらしいので、向こうから望んでいる。
とはいえ毎日遊んでいるわけではなく、何日かは俺の家で一緒に勉強したりしている。両親も交えて陰陽術の意見交換会というか、座談会というのかそんな感じのことをしている。我が家は分家も多いためか、秘術などは特になく血筋でもない祐介に平然と様々な術の講義をしている。
それでいいのか、難波家当主。
父親がそれでいいと判断しているのだからもう気にしてはいないが。最近知ったのは祐介ほどの実力者だからこそ教えているらしい。他の分家の人間でも才能がなければ使えないような術ばかりのようだ。
息子の友達にはダダ甘ですね、親父殿。
「また適当に来ますね」
「今度は見破られないようにするんで!最後にあっと言わせてやりますよ!」
「はっ。ひよっこどもが、一回でも出し抜いてから言いやがれ」
そんないつもの感じで挨拶を交わしてお店を出ていく。また烏の式神を出すが、今回は一匹だけ。祐介の方も自分の呪符で式神を出してそれに乗る。祐介の式神は白い鷺(さぎ)だった。
二人して一つ目の目的地へ向かう。俺はゴンを膝の上に乗せて、尻尾をモフモフしながら式神に指示を出していた。
文句を何も言わないゴンさん、マジお狐様。
まあ、内心で拒否するのメンドイっていう諦観の念に苛まれているのを知っているが止めない。俺はこういう尻尾や耳をモフモフするのが好きで好きで堪らないのだ。
あ~。天狐様、神様の分(わ)け御(み)霊(たま)とか言われる理由わかるわ。神様はここにいた。
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