第3話 1-1-2


 行きつけのラーメン屋さんで、一時までの限定メニューが食べられる日なのだ。急ぐに決まっている。

 烏に送る霊力を増やす。送った分だけ烏の能力は向上する。つまり、超特急で市街地から少し離れたラーメン屋へ上空から襲撃する。

 ちなみに、許可がない場合の式神使用は呪術法という現代の法で禁止されている。つまり警察とかに見付かれば速攻しょっぴかれる。だからこそ、隠形を重ねて利用する。


 バレなきゃ犯罪にはならんのだよ。

 ま、ラーメン屋の大将にはバレてるし、その上で黙っていてもらっているのだが。

 本気出せば自動車よりも速い。だから、間に合うのは当たり前だった。

 その日食べたつけ麺は魚介濃厚豚骨つけ麺で、ドロッとしたつけ汁にうどんのような太麺がこれでもかと盛られていた。育ち盛りだからいけると思って大盛りにしたらかなりの量だったが、もちろん二人とも食べきった。


「おう、お前ら。まーた学校サボりやがって」

「そう言わないでくださいよ。っていうか俺ら、陰陽術で姿変えてるんスけどねえ……。おやっさん何で見抜けるわけ?」


 さすがに制服のままラーメン屋に入れば他の客に通報される可能性があるので、陰陽術で成人男性に変化しているのだが、この大将は毎回見抜く。毎度毎度姿を変えているのに恐れ入る。他の人間にならバレない自信があるのだが、大将には通じない。

 大将は五十代近い気のいいオジサンだ。皆から大将って呼ばれているので俺もそう呼んでいる。祐介はもっぱらおやっさんと呼んでいるが。


 お店はそこまで大きくない。昔ながらの大衆食堂の、少し小さい店舗といったところ。正直かなり好み。メニューが木の看板に手書きで彫ってあることとか、大将と娘さんが白いコック姿なのもいい。

 大将と二十代前半くらいの娘さんとの二人営業。それで充分な広さだし、そこそこ並ぶこともあるが、回転率が良いのでそんなに気にならない。


「そんなことより、今回のやつはどうよ?前よりつけ汁ドロッとしただろ?」

「そうですね。俺らみたいなジャンキーが好きな若い世代なら、こういうのもアリだと思いますけど。新規層狙ってるなら無理ですかね」

「辛口だなぁ、オイ。ドロッとさせすぎか?」

「そうっスね。つけ麺だからこれくらい麺と絡むのはいいんですけど、子どもとか女の人は飽きるか、好まないかなー」

「ほら。わたし言ったじゃないですか」


 娘さんにも言われて、大将は肩を落とす。いや、若い世代に向けたメニューならいいんだけど、この大将は限定メニューで新規客を固定客にしたいらしいので、難しいかなという判断を俺たちがしただけ。


「今の客層考えたら、狙い目は女性客でしょう?ならサッパリ系があれば来るんじゃないですかね。冷やし中華とか」

「冷やし中華まんまやるっていうのも芸がなくてな。ウチの一品っていう目玉が欲しいわけよ」

「野菜ラーメンとかどうよ?それこそ娘さんが好きそうな奴ならいけるんじゃない?」

「野菜ラーメンか。フレンチとか調べてみっかね……」


 こんな適当な案から着想を得てしまう大将はよっぽどラーメンが好きなのだろう。こんなド素人の戯言なのに。

 ただラーメンが好きなだけの中学生のなんてない思い付き。それを真剣にメモしていく大将はよっぽどな人格者だ。今の時間帯、あまりお客さんがいないとはいえこうしてお客の意見を大事にしているのだから。


「あ、おめえら。帰りに結界見といてくれや。方陣っつったっけ?何でもいいけど、そろそろ市の陰陽師様が点検にいらっしゃるからな。そん時に不具合でもあったら問題だからよ」

「それを確認して直すのが公務員ってやつでしょうが……」


 このギブアンドテイク。大将にここに来ていることを黙っていてもらう代わりに、このお店につけられている方陣の調整をすることになっている。

 方陣というのは、夜出る魑魅魍魎から建造物を守るための結界だ。街中であれば街の大きな範囲で方陣を組んであるのだが、このお店のように少し郊外にある建物には個別に方陣が組まれている。


 その方陣を崩れないように、調整しろというのだ。そんなのを中学生にやらせるなよという話だが、それができてしまうのが祐介だ。今まで祐介が直してきた方陣は公務員として雇われている陰陽師も気付かない精度で修復してしまうのだから、プロ顔負けだ。

 前に一度、学校で何でその実力を隠しているのか聞いてみた。実力なら、プロ並みにあるのだから学校で一番だって取れる。だが、学校の評価はドベ。俺のようにさっさと終了課程をもらった方が楽じゃないかと。

 そうしたら。


「俺の本当の両親に通信簿行くからなー。ウチ、陰陽師の家系じゃないのに突然変異種のように変な才能ある俺が産まれたと。ならいっそ、幼少期のみのバグって思わせた方がアッチは納得するのさ。自分たちが産んだのは、幼少期少しおかしかった普通の子だって。いやー、三歳の頃から色んな人自分の身体に降霊しまくってたらそりゃあ変な子って言われるわな」


 とのこと。本当の親には捨てられて、今は親戚の家にやっかいになっているらしい。俺が気付いたのも、テストの時に生前優秀だった人を降霊させてたからだし。それがなかったら気付くことなかっただろうな。

 っていうか俺が降霊に詳しくなかったら気付けなかったかもしれない。あれ、教師陣は気付いていたんだろうか。今の祐介の状況を知っているんだろうか。

 とにかく。祐介の腕はいい。今回も主には祐介にやってもらう。


「あ、娘さん。いつものください」

「ハーイ。他のお客さんいないし、もう色々隠さなくていいよ」

「んじゃお言葉に甘えて。ゴン、出て来ていいよ」

『やっとか……』


 俺の膝の上に子狐が現れる。ずっとそこにいたのだが、今までは隠形で隠れていてもらった。学校や飲食店に子狐がいたら問題だからだ。

 この狐のゴンも俺の式神だ。さっきの烏と違うのは、霊体ではなく本当に生きている式神だということ。もう長い付き合いで、十年来の友人だ。さっき娘さんに頼んだ物も、ゴン用の食事。

 俺たちも自分の姿を元に戻す。これも隠形の一種で、自分を偽るという陰陽術の改良版だ。ほぼ全ての人を誤魔化せるのだが、大将と両親は誤魔化せたことがない。


「はい、角煮丼と味玉」


 ゴンの前にゴロっとした分厚い豚の角煮が乗ったご飯と、別皿に茶色く色づいた味玉が乗って出てきた。味玉はコーティングされているからか、テカリが艶を出しているし、豚の角煮は触った瞬間肉汁が出てきそうなほど柔らかく仕上がっていた。

 それにゴンは前足で食って掛かった。これでご飯粒を零したりしないんだから器用なもんだ。


「いやあ、ゴンちゃんは相変わらずいい食べっぷりだね。美味しい?」

『ああ、及第点をくれてやろう。オレのベストオブ料理はお稲荷さんだからな。この二つはその次くらいにランクしてやろう』

「やったー。最高の褒め言葉だね」


 そう喜んでから娘さんはゴンの頭を撫でる。ゴンの方も嫌がることなく、というか気にせずご飯を食べ続ける。味玉なんて一飲みだ。まあ、満足しているならいいけど。

 ゴンの場合、他の式神と違って霊気で呼び寄せているわけではないのでこうして食事が必要なんだよな。生きているので当たり前のことだが。


『小娘が、調子に乗るなよ?これで満足せずに精進しろ。オレは悠久を生きられる天狐だからな。いつだって食いに来てやる』

「それは嬉しいなあ。頑張るから、また食べに来てね」

『フン』


 素直じゃないなー。美味しかったって言えばいいのに。でも、俺がいなくなってから食いに来るとしたらどうやってお金を払うつもりなのだか。狐だから人間のお金稼げないだろうし。

 ま、俺より長生きだろうから、そん時は俺が払っておいてあげますか。ウチの遺産をゴンに分けるくらいどうってことない。名家だから金はあるし、次の当主俺だから遺産譲渡するのは俺の権利。それに家訓として狐様は大事にする習わしだしな。


 ゴンはさっき本人が言っていた通り、普通の狐じゃない。数百年生きた狐だけがなれる天狐という存在。その証拠に尻尾が三本あったりする。

 地域によったら神様として敬われていなければいけない存在なのだが、というか我が家でもそうしなければいけないのだが、それを知らなかった当時三歳の俺が式神契約してしまった。

 両親とゴンが話し合った結果、このままの関係でいることになった。俺も狐は好きだけど、ゴンとは主従とかじゃなくて友達の間柄なんだよな。いまさら敬えない。天狐っていう凄い存在だということはわかっているのだが、存外ゴンの方がこの関係を好んでいるように思う。


 あと、ゴンというのは本名じゃなくて、俺と契約した際に与えた名。動物と契約を交わす際には真名交換という儀式が必要だからだ。だからゴンも、俺のことを明とは二人っきりでは呼ばない。

 じゃあ何でゴンのことは本名の方で呼んであげないかというと、天狐たるもの名を明かすのは大切な人間だけでいいとのこと。天狐には天狐の事情があるのだろう。

 ゴンというのは日本の小説の「ごんぎつね」から取っている。それを話したら「オレは死なないから安心しろ」みたいなことを言われた気がする。三歳で「ごんぎつね」を知っていた俺が言うのもアレだけど、そんなこと言う天狐様も大概だよな。


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