第2話 1-1-1
秋の様々な様相が移り変わって、緑も紅葉も生命の息吹が世界から消えていくような冷めていく感覚が訪れる。動物も冬眠の準備を始め、土に籠る。陽も姿を見せる時間が星々へと奪われていく季節。
俺は冬が嫌いだ。
ずいぶんと肌寒くなってきた今日この頃。中等部で教師が授業をやっているが、聞かずに上の空。授業を受けるくらいなら、新しい陰陽術でも考えていた方が面白い。身になるとかどうでもよくて、面白いかどうかに重きを置いている。
人生ってそういうものだろう。
教科書は一応出して授業を受けているフリだけはするが、ノートは開かない。そうして暇な時間を過ごしていると、ようやく終業を知らせるチャイムがなる。
あー。やっと停滞した日常の一コマが終わった。
ノートとかを全部机の引き出しの中にしまって、財布と携帯だけが入った軽いカバンを持って席を立つ。他の人間は弁当を取り出して机を繋げたりしてお昼のわずかな時間を楽しもうとしている。
俺は食堂に行くとかそういう理由じゃない。昼休みだが、帰る。他の生徒たちは午後からも授業があるけど、俺はそれを受けずに帰る。
ようは、サボりだ。
カバンを持って教室から出ていっても、誰からも何かを言われることはない。またサボりかよ、とか天才様は良いよな、というような視線は向けてくるものの、嫉妬だと思えば可愛いもんだ。直接言わないあたり、小物感が半端ない。
たった一人を除いて。
廊下に出て少しくらいでその女子生徒に話しかけられる。
「難波くん。今日も呪術の実習サボるの?私たち受験生だし、内申点にも関わるから受けた方が良いんじゃないかな……?」
希少、というよりは面妖な人物。
見た目は大変よろしい。少し色素の薄い栗色の長い髪をポニーテールにして纏めていて、これまた栗色の瞳で上目遣いをされたら大体の男子は言うことを聞いてしまうような可憐さがあった。
背は女子の平均的だが、スタイルはかなりいい。あとはウチの学校が私立ということもあってそれなりの装飾品は認められている。可愛く着飾ったアクセサリーも女子力の高さをうかがわせる。
女子の中でも人気がある、女子らしい女子。周りの評価はよろしかった。
俺なんかに声をかけていることを除けば。
「いや、別に?俺もう卒業決まってるし。出席数だけは確保しとけって言われてるから一般講義受けに来てるだけだぞ?」
「え?まだ一月だよ?これからが受験本番なのに……。進路は?このまま高等部に進学?」
「国立陰陽師育成大学付属高等学校」
「えっ⁉あそこの学校もまだ受験始まってないよね⁉」
「難波家次期当主だから。向こうから推薦来てるんだよ」
「あっ……。そういえば難波家って安倍晴明の血筋なんだっけ」
マイナーだが、天海が言った通り、難波家も安倍晴明の分家。有名どころだと
当主として家を継ぐわけだし、陰陽師として良い環境で学ぶのは今後のためになるということで推薦を受諾した。親も反対しなかったので、東京に出る。その間この土地のことは親に任せていいということ。
授業料やら生活費やらは全部国が払ってくれるらしいので、ならいいかと二つ返事。四月からは寮生活だ。
「血筋もそうだけど、分家によって専門とする術が違うからさ。分家と一言で言っても、得意な術も方向性も違う。特に俺なんて降霊と式神が専門だから分家でもそんなに有名じゃない。戦える陰陽師の方が有名だし、カッコいいだろ?」
「そ、そうかな?得意な分野があるっていうのはそれだけで羨ましいけど……」
「そりゃいいこと聞いた。んで、卒業が約束されてるもんで、優秀な難波クンは授業をサボっても問題ないんですよ」
ちょっと話過ぎた。これからちょっとした用事があるので、ここで時間を喰うわけにはいかない。
「学校生活に思い出とか残したくない?もう中等部も残り少ないし」
「行事も予餞会と卒業式くらいだろ?思い出を残すも何も……。そういうのには出席するし」
「日常って、たぶんかけがえのないものだと思うよ。いつか、きっと何でもないものが大事に思えてくると思うんだけど……。陰陽師になる人は、特に」
「あー、無理だわ。俺、学校生活に意義?とかそういうの見出せない人だから。やりたいことを好き勝手やって過ごしたいの」
昔から通信簿には必ず協調性がないとか、自主性がない、集中力がないと散々な評価を受けてきた。それでテストだけはできたから先生にも白い目で見られることがたくさんあった。
授業を聞かずに点数だけ取れるクソガキなんて面白くないだろう。態度も改めないし。
それが俺なんだけど。
授業を受けるより、家で両親に習う方が効率が良かった。聞けば教えてくれるし、どんどん先へ進める。陰陽術なんてその両親から課題を出され続けたのだから、こなしていくのが当たり前だった。知らない陰陽術を知れるというのは楽しかったし。
今の学校に通っているのも私立なら公立と違ってカリキュラムを変えられるから高度な授業を受けられると思って進学したのに、結果は拍子抜け。一番の教えが両親というのは、名家の面目躍如というか。
一応名門の次期当主だからと受けてきた教育が、まさか日常をつまらなくさせるとは。
意義がある日常は楽しい。けど、意義がない日常は退屈だ。学校生活が後者に当たる。会話が成立しない相手と話すことが、何の役に立つのか。
こんな考えだから、学校生活は楽しくないのだろう。
「天海。学校楽しい?」
「楽しいというか、大事だとは思う。過ぎ去ったら、もう戻ってこないものだから」
「じゃ、見解の違いだ。俺はこの程度の教育と学校生活を何とも思ってないんだ。出席日数っていう義務は果たしてるぞ?だから、そんな俺に話しかけるなんて無意味な時間過ごさない方が良い。学校生活、大事なんだろ?」
全く学校に通っていないわけじゃない。そういう意味じゃちゃんとしている方だろう。
まあ、他の人間と足並みを揃えようとも思っていないから、問題児と呼ばれるのもわかるし受け入れている。
一応この学校はこの辺りでは有名な進学校である。それは呪術もなのだが、それで物足りないのだから仕方がない。他に有意義なこともない。どうしろというのだか。
この学校で思い出を残したいなら否定しない。けど、そこに俺を含めないでほしいってだけだ。
一番の問題は、占星術のせいか。父親に習ってそこから軽はずみに使ってみたところ、なんか今の講義に飽きてしまったというか。歴史なんて特に顕著だ。事実が歴史ではない、は誰の言葉だったか。
「あと少し、俺の知らない誰かと大切な思い出作っておいてくれ。天海はけっこう話しかけてくれるから名前覚えてるけど、クラスメイトの顔と名前全然一致しないし」
「えーっと……。変えるつもりはないの?」
「だってこれが俺だから。難波家の当主になる。それ以外わりかしどうでもいいし」
「何で、そんなに当主になりたいの?」
純粋な疑問だったのだろう。非人間は明らかに俺の方。学校にきちんと通って友達も作って、授業もちゃんと受けるのが普通。俺のような不良の方が異端。その上で陰陽師の名家の当主になろうなんて正気の沙汰ではないのだろう。
今では義務教育の中で陰陽術――カリキュラムの名前は呪術――の授業がある。才能があるとかないとか関係なく、一律で受ける。陰陽師になれる方が特別なのだ。
才能無くても、一般知識として呪術のことを知っていなければ社会的に困る。そういった方針から教育はされているものの、陰陽師という職業になるにはある一定の実力と知識が必要不可欠。
陰陽師と言えば日本の中では憧れの職業の一つ。名家の当主ともなればエリート中のエリートだ。血筋も含めた一定数の人間しかなることができない。四神というまた別のエリートもいるが、血筋は関係なくてもそれはもっとなることが難しい。
話は逸れたが、不良のような俺が当主になりたい理由なんて決まっている。
「陰陽術と家が好きだからだよ。あと、狐」
「……キツネ?」
「狐様には縁のある家系なのさ。ウチは」
「おーい、
「待て、
おー、今日も
祐介と先生の姿はもう見えなくなっていた。時間的にも急いだ方が良いかもしれない。
「住吉君とは何で仲が良いの……?話が合ったりするから?」
優秀だからサボっていることが公言されている俺と、呪術の成績がよろしくないのにサボっている祐介との接点がわからなくて、天海は疑問に思ったのだろう。
一見すれば全く接点のない俺たちだが、この学校に来て良かったと思える最大の理由は祐介と知り合えたことだ。それこそ一年の頃から三年間付き合っている。そんな理由があるのに、他の誰も気付かない。
「そう。話が合うんだよ」
「どんな話を……?」
「男同士の話。趣味が合うんだよ。これ以上聞くと取り返しつかないと思うけど?こんなところで話したくないし」
そう言うと、何を想像したのか天海は顔を耳まで真っ赤にした。言葉責めとか趣味じゃないんだけどなあ。人が行き交ってる廊下で話す内容じゃないのは事実だけど、まさかお花畑的な思考の持ち主だったとは。
初めて知ったがどうでもいい。クラスの憧れの存在が思春期真っ盛りだとしても、お年頃なんだろうと済ませる。
「ま、聞かれたくない話くらいあるのさ。んじゃ」
窓を開けて、二枚の呪符を取り出す。これの名称も呪符じゃなくて契約札とか、もっとマシなものに変えたいもんだ。呪い関係ないっての。
一枚を空へ投げ、窓枠へ足をかけてそのまま下へ降りる。ちなみに四階。
「烏」
その一言と、霊気を呪符へ与えたことで呪符は大きな烏になった。体長五メートルを超える烏を烏と呼んでいいのか謎だが。
これは俺が契約した式神。千年前くらいの霊となっていた烏と契約をして、こうやって使役させてもらっている。空を飛べるというのは歩かなくていいということなので重宝している。
その烏に乗って昇降口の方へ向かうと、ちょうど祐介が出てくるところだった。もう一枚の呪符で別の烏だが、ほぼ変わらない烏を呼んで祐介を乗せた。
「ナイスタイミング!んじゃ行こうぜ!」
俺たちを乗せた烏は空高く飛び去っていく。それを見た、追いかけてきていた先生が諦める。これが俺たちの日常。とはいえ、祐介の方が合わせてくれているのだが。
「あと四十分……。間に合うか?」
「余裕。なんたって今日は……」
「「限定濃厚つけ麺の日だからな!」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます