陰陽師の当主になってモフモフします(願望)
@sakura-nene
1章 中学最後の冬
第1話 藻女照らす術は晴れが織りなす呪い
あれはまだ俺が六歳の頃。たぶん六歳になった秋のこと。
実家の庭で行われた親族の集まる宴。一年に一度、近くの野原でススキが夕陽を浴びて斜陽から黄金にきらめく頃に執り行われる顔合わせ。
実家、今も住んでいるがここは陰陽師に連なる名門。安倍清明の血筋の、本家らしい。で、父親が当主で、その息子として重宝されてきた。
物心ついた頃から呪術――あまりこの言い方が好きじゃないので陰陽術と今は言ってるけど、呪術の方が一般的な名称――を教わっていて、三年間も学べばそれなりにできてしまうもので。
同年代は少なかったが、五つ以上離れた親戚は多かった。この顔合わせは次代の当主を決めるための品評会のようなものであり、各分家がこぞって自分の子どもたちを自慢する場所だった。
我が家、
分家の中には陰陽から離れる家もある。血筋だけの家になったり、しきたりが嫌で抜けたり、理由は様々だ。それでもまだ分家と呼べる家が二十以上あるのだからすごいなとは今でも思う。
ま、多すぎて把握してないんだけど。父親にも無理して覚えなくていいって言われたし。
宴の話に戻るが、この宴は朝集まってお昼まで立食式のていであいさつ回りを行う。子どもが成長してから参加する家もあるため、その年その年で参加する家は異なる。あと、子どもが十五歳を超えたら資格なしとして当主を継げなくなる。
この十五歳というのは現代の成人のライン。つまり、成人しても芽がないから諦めなさいってことだ。これを告げられてもう参加しないという家もある。次代に想いを託してくれってことだ。
俺も父親について頭を下げることを続けていた。本当に名前を覚える気がなくて、そんなことを覚えるくらいなら陰陽術の一つでも覚えた方がマシだったし、友達とも遊びたかったというのが本音だった。子どもっぽいだろ。今もだけど。
そうしてあいさつ回りをしている中で、一つ印象的な出会いがあった。あの場にいた人間であれば、みんな印象に残っていることだ。
それは一人の女性と、その女性の背に隠れた小さな女の子。その女の子は母親とは違う黄金色の髪をした、本当に同い年かと思う程小さな子だった。あとで確認したらきちんと同い年だと分かったが。
その女性たちが印象的だったのは、次の一言が原因だった。
「えーっと、あなたが難波の当主様?」
この場にいて本家の当主の顔と名前を知らなかったのだ。次代の当主を決めるのは完全なる当代当主の独断。少なくとも、礼儀としてこびへつらうまではしなくてもある程度の情報は頭に入れてから来るものなのだ。
たとえば当主本人の嗜好品とか、息子の俺の嗜好品とか。そんなもんで優先しようとは思わないけど、心象は変わる。
「そうだ。難波家当主を務めている、康平という。すまないが君の名前がわからない。どこの分家の者かな?」
この父親、相当偉そうである。いや、実際偉いし尊厳もあったんだけど。本家当主ということはこの中で一番強い人間ってことだし。
あと、陰陽師のくせに身体ががっしりしすぎなんだよ。どこのスポーツマンなんだよって感じで筋肉がついていた。接近戦をする陰陽師は少ないのに。
で、そんな尊大な態度に怒るわけでもなく、というか分家の人間が怒ることの方が不敬なんだけどそんな様子もとりあえず見せず、というかフランクすぎる感じで我が父親にその女性は絡んでいった。
「曽祖父は中津が姓だったみたいです~。今は那須が苗字でして、名前はユイって言います。一応血筋なのは夫じゃなくて私の方なので~」
なんともゆったりとした話し方だった。毒気を抜かれるような、背筋を張って話しても意味のないような。そんなおっとりとした女性だった。
「中津は久しく宴にも姿を出さず陰陽から手を引いた家と記憶しているが……。その中津の血筋であるユイ殿は今日何用で?」
「えへへ~。実は娘を紹介したくて~。ほら、タマちゃん、挨拶」
几帳面なことで、相当昔の家系である分家まで正確に把握していた父上には頭が上がらない。それが当主としての務めだとしても、それだけは勘弁願いたかった。そんな雑務に精を出す意義が見当たらない。
中津の血筋を名乗るユイは娘を背中から押し出す。その少女は困ったように頭をせわしなく振っていたが、父上と俺を見て、頭を下げながら母親に言われたように挨拶をした。
「ナニワのご当主様、そしてナニワの次期ご当主様、ははは、はじめまして!ナスタマキと申します!おおお、おみしりおきを……!」
顔を真っ赤にしながら言い終わった途端、その少女の頭の上とお尻の方で、ポフンという可愛らしい音と煙が出ていた。その煙がなくなった時に見えたのは、その陽を反射して輝いている黄金の髪と同じ色をした、犬のような耳と柔らかそうな尻尾。
その様子に、誰もが唖然とする。少女にいきなり動物の耳と尻尾が生えたのだ。唯一事情を知っている母親はウフフと笑っていたが。
「お耳と尻尾、出ちゃったわね~。タマちゃん」
「あ、ううう~」
その親子しか事態が飲み込めていない状況で、その場の張りつめた空気を壊したのは当時の俺だった。
「それ、本物?触っていい?」
「ほら、次期当主様に聞かれてるわよ~?どうするんだっけ?」
「は、はい!よろこんで!」
そう言って差し出された耳と尻尾を、迷う素振りもなく
目の前に、触り心地の良さそうなケモ耳と尻尾があって、触らない方がおかしい!
そもそも当時の俺、六歳だし。好奇心旺盛で何が悪いというんだ。
ちなみに撫でまくったら、恥ずかしさのあまりタマキは頭から湯気を出しながら腰を抜かした。それでも俺は躊躇なく行為を続けたけどな!
何でこんな昔のことを思い出しているかというと、これが俺という人間を決定づけた原点であり。
今年十五歳となり、難波家当主を正式に継ぐ、きっかけとなった出来事だったからだ。
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