ないたカラス

「は、はい、ただいま参ります」


 カラスは翼をはばたかせると、玉座で待つ魔王の元に駆け付けました。

 魔界に帰ってからというもの、カラスは休むひまもありません。


 人間界へのちいさな扉を何往復もしては、魔王が満足するだけのおいしいものを運ぶのに大忙しなのです。

 部下のカラスたちを連れて、一日に人間界と魔界とを何度も行ったり来たりして、プリンやおさかなやハンバーグなんかを運んでいます。


「カラス、ぱんけき。ぱんけきにゃ!」


「陛下、申し訳ございません。パンケーキはあいにく切らしておりまして。人間界に買いに行ってまいりますので、しばしお待ちくださいませ」


 魔王の言葉に、カラスは片翼をうやうやしく胸の前にそえると、かしこまってこたえました。

 しかし魔王はかぶりをふると、テーブルの上を指さしました。


「ちがうにゃ。ぱんけきはあるにゃ」


 たしかにありました。テーブルの上には、パンケーキの皿がきれいなまま残っています。

 食いしん坊の魔王が、手を付けていないなんて、一体どういう事でしょう?


「どうかなさいましたか? もしかして、傷んでおりましたか??」


 カラスが不安げに聞くと、魔王がまたぶんぶん首を横にふりました。


「ちがうにゃ。ぱんけきは、うまいにゃ」


「はい」


「だから、カラスも、たべてみるにゃ」


「へ」


 ……?


「カラスがたべてみるのにゃ」


「へ」


 なかなか事態が飲みこめないカラスです。


「わ、わたくしがでございますか?」


 魔王に食べてみろと言われて、意図がわからずに混乱しました。

 あのいじきたない……いや、食欲旺盛な魔王が、部下であるカラスに、食べ物をくれようとしている……? 


 なぜ……?

 なんの目的があって……?


 魔王は、白い牙の生えたちいさな口を開きました。


「うまいものを、いつも、もってきてくれて、かんしゃなのにゃ。カラスも、うまいもの、くうといいにゃ」


「はあ……。……。……。ああああああ……!!!!!??????」


 思いもかけない魔王からの感謝の言葉に、カラスは叫びながら腰を抜かしてしまいました。


 お礼の言葉を口にした!?

 あの魔王が……!!??

 

 そんなの、ありえないことです。魔界が滅びても、ありえないはずです。

 耳を疑いました。

 魔王はカラスのことなんて、風呂場の足ふきマットと同程度の価値の存在にしか思っていないはずですから。


 でも、たしかに魔王はそう言いました。「かんしゃなのにゃ」と。

 まちがいなく、耳にしました。


 カラスは、羽毛の一枚まで緊張させて直立不動の姿勢になると、はじめて胸の中に現実を受け止めました。しみじみと。


 ぽろぽろ涙を流しながら、カラスは人間の姿に変化しました。


「へ……陛下……。わたくしは、わたくしは、今日まで陛下にお仕えできたことを幸甚の至りに思っております」


 そうしてナイフとフォークを手に取ると、パンケーキを震える手で口に運びました。人生で最もおいしい食事だったことでしょう。


 魔王は、満足そうにその様子を見守っていました。


 ところで、この一件にはちょっとした裏事情がありました。

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