ワシこそまおう

 魔王とカラスは店内に踏みいりました。


 そこでは、大勢の子猫魔王たちがあばれにあばれています。阿鼻叫喚の惨状です!

 人間たちは、店員も客もみな逃げ出したのか、ひとりもいませんでした。

 黒い子猫たちは、好き勝手自由気ままに、店内中にある食べ物をむさぼり食っていました。


 がちゃん!!


 一匹の魔王(偽)が、テーブルの上にあったグラスを床に落としました。ラズベリーソーダが入っていたものです。グラスはこなごなに砕けて、ソーダとベリー果実は床に飛び散ってしまいました。


 ショックで魔王は、口をあんぐりあけました。

 とってもおいしかった、あの、しゅわしゅわ甘酸っぱいラズベリーソーダが!


 ちいさなからだが、燃えあがるような怒りをみなぎらせました。

 にんげんは、みな、ワシのはいかにゃ!

 にんげんかいのくいものは、みんな、ワシのものにゃ!!


「おまえら、やめるにゃ!」


 魔王は、一喝しました。


 にゅっ!?


 その声の効果は絶大だったようです。ちいさな魔王たちは、ピタリと動きを止めました。

 子猫たちは急に静まり返りました。「親分が来たぞ」みたいな顔をしています。ちょっと気まずそうです。


 静かになった子猫たちの前で、幼女魔王は語り始めました。


「おまえらはワシにゃが、にせものにゃ。ワシこそほんもののワシにゃ。だから、ワシがいちばんえらいのにゃ」


 そして、大声で命令をしました。


「ワシのいうことをきくにゃあああ!!」


 どーん!!


 雷が落ちたような衝撃が、子猫たちの間をかけていきました。子猫たちの毛は、感電したようにぴりぴりと震えていました。

 ちいさな迷惑猫たちは、しゅんとしてしまいました。


 魔王はそれから、指を突き出し、床を指さしました。


「ここに、ならべにゃ!」


 びくん、と、子猫たちは反応して、魔王の指さすとおりに、ずらずらとお行儀よく並びました。


「おまえらに、にんげんかいのうまいものを、くいつくさせはしないにゃ! にんげんたちは、みなワシのはいかにゃ。ワシがまもるにゃ」


 そう、魔王は力強く断言しました。


「ワシについてくるにゃ」


 腕をふりあげて、大声でそう号令すると、魔王は店の外に出ていさましく歩き始めました。

 子猫たちはぞろぞろとついていきます。カラスもだまって成り行きを見守りながらついていきます。


 威厳のあるようすで、胸をはって、魔王は行進しました。

 子猫たちの群れを、背後にぞろぞろと引き連れて。コンビニの前を歩いて、スーパーの前を歩いて。

 公園のそばで、網を握りしめてぼうぜんと立っているグリム博士の前を歩いて……。


 魔王とカラスと子猫たちは、ぞろぞろ、ぞろぞろ、連れ立って、郊外にあるちいさな神社のある森のほうへ向かっていきました。


 それっきり、彼らの姿を見た人はいないということです。


 それからは、「まおうちゃんねる」の更新が行われることもなく、「まおう」が人前にあらわれることもありませんでした。


 子猫を従えて町の外れに歩いていく魔王を見かけて、「まるで、ハーメルンの笛吹きみたいだったよ」と言った人もいたという噂です。

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