はかせのこうかい
途中、いつもお世話になっていた公園の横を通りましたら、めずらしくおろおろしているようすのグリム博士とぶちあたりました。
博士は、手に網と大きめのビニール袋を持っています。捕らえるつもりだったのでしょうか。それでちょこまか動き回る子猫魔王を捕まえるのは無理だと思われます。
研究以外のことに関しては、意外とぽんこつなのかもしれません。
彼女は、カラスと魔王を見ると、早口で言いました。
「ああ、来たんだね。もう私には手に負えない。あんたらに責任がかけらもないこともない。どうにかしてやってくれ」
カラスは、やはりこの人の研究のせいだったのかと思いながら尋ねました。
「陛下が異常発生するなんて、どう考えても博士以外の理由が見当たらないのですが、一体どういうことなのですか?」
「そう、私の研究のせい。カラス卿に言われて、新しい研究に手を染めた、この私の知的好奇心が生んだ、災い」
なるほど。カラスから「魔王の成長を速めてください」と言われて、グリム博士が新しい研究に着手したのが原因のようです。
たしかに自分にも責任がないことはないと、カラスは考えこみました。どうしたらよいのか……。
そんなことなどなにも知らない魔王だけが、ぽかんとしています。おいてけぼり魔王です。
グリム博士は、ああ~と、だるそうで切なげなため息をつきました。
「魔王の細胞を培養していたんだ。成長を促進させることはできないか、いろいろ実験していたんだけどね。そいつらがいきなり、増殖して暴走し始めてさ。一気に数を増やすと次々と魔王の形になって、研究所をぶちやぶって外に出ていったんだ」
「ええ、そんな……」
そんな常識はずれなことがあり得るのでしょうか。さすが、常識はずれな魔王の細胞です。研究に使われるのが、よほどいやだったのでしょうか。
さすがに町を混乱させていることに負い目を感じているのか、グリム博士はじっとりとした暗い目で語りました。
「魔王の不死の体なんて、人知を超えた存在だったんだ。一介の科学者が手を出していい分野じゃなかったんだ……」
博士は肩を落としました。
しかし、落ちこんでいるグリム博士の瞳が、一瞬、きらりと光りました。
「だが……そそられる」
「はあ?」
博士のつぶやきに、つい間抜けな声を出してしまったカラスです。
「普通の生き物ではありえない。あの細胞の大増殖と暴走! 手を出すのはいけないとわかっているが、ああ、やはり魔王の体は研究対象として深く興味をそそられる」
「……こいつ、やっぱりこわいにゃ。ほうっておくにゃ」
魔王が、苦いものでも食べたような顔をしながら、とっとと逃げ出しました。
今回は、魔王のいうことが正論かもしれません。
ハカセをその場に残すと、カラスも魔王のあとにつづきます。
あるお店の方から、人間の悲鳴が聞こえました。
そこは、トリュスとおいしいパンケーキを食べたお店でした。魔王にとって、忘れられない場所です。
そこに黒い子猫が、大勢! 十……二十匹はいるでしょうか?
にゃにゃんにゃがにゃが にゃんにゃんにゃがにゃが
にゃんにゃんにゃー にゃんにゃんにゃー にゃんぐるぐるにゃー
子猫魔王がうじゃうじゃいます。人間たちは逃げ出したのか、誰もいません。
猫たちは騒々しくテーブルの上に乗ったり、皿を割ったりしながら、逃げたお客さんが残した食べ物を食べています。
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