ぱんな、こた

『はいっ、わたしはシロンと歌うの、とっても楽しいです。みなさんもやさしくしてくれるから、お仕事すっごく楽しいです』


 画面内のドールは、いたいけな子どもそのものの笑みを浮かべて、きらきらとした耳障りのよい言葉を並べています。


 普段の彼女とはまったくちがう仮面を被り、純粋な子どもに擬態しています。

 カラスは感心してしまいました。

 彼女は、魔王とは真反対の素を隠し通すアプローチで、メディアで成功しています。


 人間界には大勢の人間がいて、好みもそれぞれである。

 だからやり方も、正解も、ひとつではない。

 そういうことでしょうか。


 魔界では、だいたい暴力。暴力でなんでも解決しますが、人間界はもっと複雑なありようをしているのだなあと、いまになって思います。


 最近、少しずつこの世界に興味のわいてきたカラスです。自分には魔界より、こちらの世界の方が合っているのかもしれないと。

 老いた母を魔界の屋敷に残してきているため、早く魔界に帰りたい気持ちは変わりませんが……。


 ぐぉ~~~と、魔王は、豪快ないびきをかいて、眠っていました。

 ダブルサイズのベッドに、大の字になって寝ています。


 そこにカラスは恐る恐る声をかけました。


「陛下、そろそろ撮影のお時間です」


 そうしましたら、魔王はぱっちり目を開けました。


「よし。いくにゃ! にんげんどもが、ワシをまっているのにゃ」


 まだ眠いとぐずることなく、すぐに飛び起きました。

 そうして、さっさと衣装に着替えて、てきぱきと軽食をとりました。


 まるで、本当に人間界を手中に収めたかのようなはりきりようです。


 まおうちゃんねるの登録者は二十万人ほどですが、魔界の人口と比べると膨大な数です。

「にんげんみながワシをみてるにゃ。ワシをあがめおそれているにゃ」と魔王が勘違いするのも、無理ないことでした。



「にんげんども。まおうさまがきたのにゃ。きょうは、りすなからのみつぎものの、ぱん……ぱんな……こた? をくうのにゃ」


 トレードマークとなった黒猫の衣装を身にまとい、魔王は画面の向こうの人間たちに宣言します。


「うまっ! うまいにゃああ! ぱんな、こた。うまいにゃあああ!!」


 名残惜しそうにカップの中までぺろぺろ舐め回してから、満足そうに口元をぬぐうと、次に魔王はこう命令しました。


「いまのは、ぜんさいにゃ。おこのみやきごまいと、ちーずばーがーじゅっこと、やきざかにゃにじゅっぴきくうにゃ」


 こうして魔王は、今日も動画の中で、信じられない量の食事をとって、デザートにはさらにプリンパフェとあんみつとスフレパンケーキとチョコレートアイスを平らげたそうです。

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