ぱんな、こた
『はいっ、わたしはシロンと歌うの、とっても楽しいです。みなさんもやさしくしてくれるから、お仕事すっごく楽しいです』
画面内のドールは、いたいけな子どもそのものの笑みを浮かべて、きらきらとした耳障りのよい言葉を並べています。
普段の彼女とはまったくちがう仮面を被り、純粋な子どもに擬態しています。
カラスは感心してしまいました。
彼女は、魔王とは真反対の素を隠し通すアプローチで、メディアで成功しています。
人間界には大勢の人間がいて、好みもそれぞれである。
だからやり方も、正解も、ひとつではない。
そういうことでしょうか。
魔界では、だいたい暴力。暴力でなんでも解決しますが、人間界はもっと複雑なありようをしているのだなあと、いまになって思います。
最近、少しずつこの世界に興味のわいてきたカラスです。自分には魔界より、こちらの世界の方が合っているのかもしれないと。
老いた母を魔界の屋敷に残してきているため、早く魔界に帰りたい気持ちは変わりませんが……。
ぐぉ~~~と、魔王は、豪快ないびきをかいて、眠っていました。
ダブルサイズのベッドに、大の字になって寝ています。
そこにカラスは恐る恐る声をかけました。
「陛下、そろそろ撮影のお時間です」
そうしましたら、魔王はぱっちり目を開けました。
「よし。いくにゃ! にんげんどもが、ワシをまっているのにゃ」
まだ眠いとぐずることなく、すぐに飛び起きました。
そうして、さっさと衣装に着替えて、てきぱきと軽食をとりました。
まるで、本当に人間界を手中に収めたかのようなはりきりようです。
まおうちゃんねるの登録者は二十万人ほどですが、魔界の人口と比べると膨大な数です。
「にんげんみながワシをみてるにゃ。ワシをあがめおそれているにゃ」と魔王が勘違いするのも、無理ないことでした。
☆
「にんげんども。まおうさまがきたのにゃ。きょうは、りすなからのみつぎものの、ぱん……ぱんな……こた? をくうのにゃ」
トレードマークとなった黒猫の衣装を身にまとい、魔王は画面の向こうの人間たちに宣言します。
「うまっ! うまいにゃああ! ぱんな、こた。うまいにゃあああ!!」
名残惜しそうにカップの中までぺろぺろ舐め回してから、満足そうに口元をぬぐうと、次に魔王はこう命令しました。
「いまのは、ぜんさいにゃ。おこのみやきごまいと、ちーずばーがーじゅっこと、やきざかにゃにじゅっぴきくうにゃ」
こうして魔王は、今日も動画の中で、信じられない量の食事をとって、デザートにはさらにプリンパフェとあんみつとスフレパンケーキとチョコレートアイスを平らげたそうです。
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