ほわほわこおおかみ

 そこには、金と銀のほわほわな毛並みをした、子狼がいました。


 くりくりのつぶらな瞳、もこもこのみっしりとした厚い体毛。

 秋田犬の子犬ほどの大きさですが、異常に太っとい四肢が、ただの犬ではないことを主張しています。


 人化した姿も美しいものでしたが、元の姿も美麗なものです。魔族たちの心をも、人間の心をも、つかむことができるでしょう。


「やはり高位魔族の方々となれば気品が違いますね。輝くばかりの毛並みをしていらっしゃいますね。本当におかわいらしい」


 感心したように言うカラスに向けて、魔王が怒鳴りました。


「おうはワシにゃ! だから、ワシのほうがかわいいにゃ!」


 銀色の子狼が口を開きました。白く長い牙が光ります。


「魔王に敬意を表し名乗ってやろう。我はオルディアレス公爵のひ孫、ドール・オルディアレス。いずれこの人間界の王となる者。おぼえておくがいい」


「お姉ちゃん、魔王様を怒らせちゃだめだよ。あ、ぼくは、シロン・オルディアレス、です。ぼくは魔王様に逆らう気とかないから、魔界に帰っても仕返しなんてしないでね……」 


 ふたごは自己紹介をおえると、そろってまた人間の姿に変化しました。


「おうはワシにゃ!」


 魔王がまた同じことを叫びました。大事なことなので。


「無論、魔界の王は魔王だ。しかし人間界ではどうだ? 魔力の使えぬ魔王がどうやって王になるのだ?」


 姉狼は得意げに言いました。


「これまで魔族たちは、この世界では力を行使することができなかった。しかし、我らはたどりついたのだ。力以外の手段で王となる方法に」


「力以外の手段……とは?」


 おそろしげに、しかし興味はそそられたのか、カラスがすかさず尋ねました。


「お姉ちゃん、雨やんだよ。行こう」


 シロンが姉の服の裾を、手でくいくいひっぱりました。早くこの場を立ち去りたくて仕方がないようです。


「うむ、腹が減ったな。アデルに肉でもおごらせるか。さらばだ、魔王」


 そう言って、ドールはさっさと魔王に背を向けて、扉の外に向かいました。

 え? とカラスがつぶやきました。


「アデル……。グレネマイアー様?」


「つぎあったら、ころすにゃ!」


 ふたりの背に魔王が怒鳴りました。でも、飛びかかろうとして、思いとどまりました。

 ずぶぬれになって疲れていたからです。


 遠ざかりながら、シロンが姉に向かって語る声が聞こえてきます。


「あんまり関わっちゃだめだよ。あの、アデルってやつ、なんだかあやしいよ。人間界の王にしてやるから、自分を大公に推薦してくれなんて、どうかしてるよ」


「案ずるな。目下の者が目上の者に尽くすのは当然の義だ。もし怒らせたとしても、我らが家門の威光の前ではなにもできやしないだろう」


 なんと傲慢なものいいでしょう。

 ふたりの会話を聞いているうちに、魔王のちいさな体がふるえはじめました。


「ぐにゅにゅにゅにゅにゅにゅにゅにゅ……!!」


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