ぬれねこ
「陛下、まずは元の姿にお戻りください。そして、ベンチの下にお隠れを」
「おお、そうにゃ」
幼女に化けていた魔王は黒猫の姿に戻って、ベンチの下に逃げこみました。
カラスも元の姿になって、子猫につづきます。
「ひぃ……」
かなしそうな声を出しながら、魔王は自分の毛皮をぺろぺろとなめました。
「ワシのうつくしいけがわが……」
魔王は水にぬれるのがだいきらい。少しでも体に水がかかると、人生のいちだいじのように大騒ぎするほどです。
「狭いところですがすこしばかりご辛抱くださいませ……。雨がやむのを待ちましょう」
なぐさめるようにカラスが言いました。
しかし……。
ドザアアアアアアアアアアアアアアアア
「にぎゃああああああああああ!!」
急激に雨の勢いが強くなりました。風呂の底が抜けたみたいな豪雨です。
はねかえる雨つぶで、魔王のごじまんの黒い毛皮は、あっという間にずぶぬれに。足もとには泥まじりの水が押しよせてきます。
「カラス! なんとかするにゃ!」
もはや魔王は二本足で立ち、前足でベンチの脚にすがりつきながら、にゃあにゃあ悲鳴をあげています。
「は、はい……。ご安心ください。実はこういう時のために、無料で雨宿りできる場所を見つけておきました。少々、距離はございますが。わたくしのあとについていらしてください」
そう言うと、カラスはベンチの上に飛びのりました。
この大雨の中、身ひとつで移動をすると聞いて、魔王は激怒しました。
「なんでにゃ! いやにゃ!」
叩きつけるような雨音にまぎれて、「しか……こにいても」「おい……ぎを」と言う従者の声が、とぎれとぎれに聞こえてきます。
「むりにゃああ!」
わめきたてる魔王を見かねて、カラスが戻ってきました。そして、やさしい声で言葉をかけて説得しました。
「怖れるほどのことではございませんよ。大きい音がしていても雨など怖くないものです。さいわい、鳥の羽は水をはじくようにできておりますので、多少ぬれたくらいでは風邪などひきません。さあ、早く……」
再度、カラスの声が遠くなっていきます。彼は雨にけぶる空に飛びあがり、公園の入り口の木のところまで飛んで行ってしまいました。
「ワシは!?」
取り残された魔王は、絶望的な声で叫びました。
ちいさなベンチの板の天井は、豪雨に対してはあまりに無力でした。もう隠れているのが意味がないほどずぶぬれです。
しかたなく、魔王は泣きながらその場を飛び出して、カラスの姿を追って走り出しました。
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