おでそん

 ふたりとも横文字に弱いため、意味が分からなくなっていますが、カラスが言いたいのは「オーディション」のことでした。


「不肖の妹は人間界で『もでる』とかいうばいとをしているそうで……。当座の生活費としていくばくかの金銭を渡してくれました。それと陛下のご名声を高めるために、その縁を頼ってみることを提案してきたのです」


 昨晩、トリュスはこう言っていました。


「気づいたんだけど、私たち高位魔族が人間に変化すると、彼らの目にはとても美しく映るみたいなの。サンプル数が少ないから確定じゃないけど、たぶん」


 それは意外な言葉でした。

 カラスにとっては、変化後の姿がちゃんと普通の人間に見えてさえいればよくて、美しいかどうかなんて気にしたことはありません。


 ですが、自分と魔王が道ゆく人から、なんだかやけに見られている気はしていました。

 隠していようと誇り高き魔族らしさが出てしまっているのかと、ヒヤヒヤしていたのですが……。


 そういえば、アデルも美しさを金銭にかえていると言っていました。


「事務所にはキッズタレント部門があるから、陛下にはそちらがいいと思うの。サイトアドレスと電話番号を渡しておくわ。いくらか有名になられて自己顕示欲をお満たしになったら、おとなしく魔界に帰ってくださるのじゃないかしら」


 妹は、兄とちがってお調子者のところがありますが、誰とでも仲良くなれる人なつこさと、高い適応力が取り柄でした。

 勝手を知らぬ異界で、魔王にふりまわされて、心が折れかけていたカラスです。この世界の常識に詳しい彼女の提案にのってみようと思いました。


 しかし、それには魔王の同意がいります。

 カラスさえ「おうでそん」の意味をまだよく理解できていないのです。それを魔王ごときの知能の持ち主に説明するのは、大変な仕事でした。


 話を聞いて、魔王は腕を組むと、うーんと唸り始めました。


「おでそん、おでそん……」


 なにかひっかかります。

 なんだろう、なにか、出てきそうな……。


「へ、陛下? いかがなさいましたか?」


 おかしなことを言ってしまったのかと、カラスがうろたえました。

 せっかく魔王のごきげんが、とびきりよかったのに。


「おでそん……おでそん……。

 ……

 ……おでん! おでんにゃ!」


 魔王は目をキラキラさせました。


「おでんいっぱいたべるにゃ! コンビニいくにゃ!」

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