とり?
若い女性は立ち止まると、黒くてまるい瞳で、魔王の顔をじーっと見ました。
肩を過ぎるほどのつややかな黒髪が見事で目を引く、美しい女性です。
彼女は、先へ行こうとする仲間たちに声をかけました。
「忘れ物したの思い出したー。ちょ行っててー」
まじかよー、あほやん。と、若者たちは笑いながら去っていきました。
人の気配がなくなると、黒髪の女性は、魔王に向き直りました。
「ね、ねね。あなた、魔族でしょ?」
うれしそうに顔を近づけてくる女性を見て、魔王は警戒しました。
「にゃ? にゃんだ、おまえ」
後ずさるようにして、ベンチに背中を張り付けながらも、負けじとにらみつけます。
「隠さなくてもいいわ。わたしも魔族なの。その目を見ればわかるわ。体内を巡る魔力の炎が、ちろちろ燃えているんだもの!」
「にゃんと!」
まさか、この人間も実は魔族だったなんて!
この世界には、人間にまぎれて暮らす変わり者の魔族たちが、まれにいるとは聞いていましたが……。
女性は、親し気な態度で話しかけてきます。
「わたしは、古代大がらす族のトリュス・ギースベルトと言うの。あなたは?」
ぎーす……べ? 魔王はきょとんとして、目をしばたたきました。
どこかできいたような、きかないような……。
若い女性は背をかがめると、魔王の顔に自分の顔をくっつけるようにして、興味津々な表情で見つめています。
「よく見ると、ずいぶん大きな魔力の炎ね。幼く見えるけど、すごい魔力だわ。並大抵の種族じゃなさそうね……。もしかしてわたし、失礼なことしちゃってる? 高位の魔族でいま人間界に来ているはずの方って、どなたがいたかしら……」
トリュスは小鳥のように小首をかしげています。
魔王もつられて、同じ方向に小首をかしげます。
「……伯爵家のお孫さんが遊びにいらしたと聞いたけど、もう魔界へお帰りになられたものね……。公爵家のひ孫の双子さん……はちがうか。じゃあ、あとは」
ぶつぶつとつぶやいています。独り言が好きなのでしょうか。よく喋る魔族です。
その瞳が、はっと驚きに見開かれました。
「……魔王陛下……?」
おお、これは……。
にゃんか、いいぞ……!?
女性の驚きの表情を見て、素敵な予感に魔王は胸を躍らせました。
この魔族からは、いい反応がもらえる気がする……!
「そうにゃ。ワシはまおうにゃ」
大きな声で、自信満々にそう言い放ちました。
目の前の女性は、口をあんぐり開けました。
やがて……。
「くるぁあ」
その口からカラスのような鳴き声がもれ出た直後、ぽんっと人間の姿は消え、そこには一羽の鳥がいました。黒い翼が土ぼこりにまみれるのも構わずに、地にひれ伏しています。
「も、申し訳ございません。わたくしったら、なんてなれなれしい……! こほん。……とこしなえなる冥闇の主たる魔王陛下にご挨拶申しあげます。ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます」
じーん
魔王は感動しました。100点満点です。文句のない臣下としての振る舞いです。
魔界では、魔王とは、このように畏怖をもって扱われるべき存在でした。
それが、最近は、どういうことでしょう?
カラスにしろ、アデルにしろ、グリムにしろ、どうも魔王を畏れ敬う姿勢に欠けているのです。
カラスは魔王を公園に放置して「ばいと」とやらに行ってしまうし、アデルは何を考えているのかわからずいつも不気味に笑っていましたし。グリムにおいては「うるさい、出ていけ」と怒ってほうきで魔王を玄関からはたき出しさえしたのです。
けしからんことです。
魔王は、鷹揚に片手をあげました。
「うむ。おもてをあげるのにゃあ」
誰だかよくわかりませんが、この魔族のことが気に入りました。
同じカラスでも、魔王を放り出してどこかに行ってしまった、あのあほのカラスとは大違いで……。
あ
魔王は思い出しました。おなかがすいてたまらなかったことを。
今朝は、非道なカラスによって、おにぎり一個しか食べさせてもらえなくて、飢えてしまいそうだったことを。
魔王はベンチから飛び降りると、切羽詰まった声で、トリュスとかいうこの烏魔族に訴えました。
「とりとやら。ワシにごちそうをくわせるのにゃ。たおれそうなのにゃ! はんばぐか、ぱんけきがいいにゃ!!」
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