ちにく

 驚くカラスを無視して、グリム博士は、カバンの中から様々なものを取り出しました。

 注射器に、メスに鉗子にピンセットにハサミ、ステンレスのトレイにシャーレ、ガーゼに綿棒に……。そして漂うアルコールのにおい。


「な、なぜそのようなことを!?」


「簡潔に言います。報酬として私に魔王の血肉をください。細胞をください。魔王の身体の不死性をずっと研究してみたかったのです」


 カラスはびっくり仰天しました。

 思わず睡眠中の子猫魔王を抱きかかえます。


「だめです! 残酷なことは、だめです!」


「なにも残酷なことはないです。すこしばかり血を抜いて、細胞を採取させてもらうだけでいいんです。痛みもそんなにないのですが、どうせ暴れるだろうから先に眠らせてもらいました」


「ほ、本当に……?」


 心配そうなカラスに向けてグリム博士は肯首します。そして残念そうにつぶやきました。


「……まあ、できれば臓器のいくつかも欲しかったのですが。まず肝臓、あと肺、できればもちろん心臓も……。不死だからまた生えてくるでしょうし」


「それはいけませんっ……! それはあまりに残酷です!」


「でしょうね。ですから血と細胞だけでいいです。悪用しないとお約束します。研究結果も、私の知的好奇心を満たすためにしか使いません」


 ぱさり、とちゃぶ台の上に契約書が置かれました。


「魔王の気がすむように、かわいさを世に知らしめるための方法を教えるだけでなく、当面の生活費も出します。大公さまの所に戻るわけにもいかないですよね?」


 博士は皮肉っぽく言いました。


「うう……」


 生活費と聞いて、カラスはなにも言えなくなりました。

 たしかに、アデルに大公の位を授けることに反対している以上、彼女のマンションの部屋に戻ることはできません。


「納得できましたらサインを」


 しかたなくカラスは、契約書にサインをしました。


「さあ、では……」


 契約がおわると、博士はキラキラした目で注射器を手にしました。

 寝ている魔王をひっくり返したりして、身体を調べます。


「体格からすると10mlくらいかな……。でも魔王だから思いきって400mlくらい採ってもいい気がするな」


「あの、慎重に……慎重にお願いします。痛いことや残酷なことはダメですよ」


 カラスが注射器から目を背けながら懇願しました。見たことがないこの器具は恐怖の対象でした。

 鋭い針がついているのが恐ろしくて、それを肌に刺すだなんて、とても残酷に思えて見ていられないのです。


「わかってます。そんなに怖いものじゃないですって。細胞だって頬の粘膜を軽くこするだけで採取できますから」


 変わった魔族ですねぇ……と、グリム博士がつぶやきました。


 陛下が危ない目にあわないように私が見守らねば……と思いながらも、カラスは顔を両手で覆って震えていることしかできなかったそうです。

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