ひぼう……にゅう?ちゅう?……しょう


「大公の件はあとで勝手に処理してください。それより、私への報酬の話が先です」


 そう冷静な口調で言いきると、グリム博士はカラスを見すえました。


「博士のご希望の報酬とは……?」


 カラスがおそるおそる聞きました。

 グリム博士は、ちらりと魔王に目をやりました。


「な、なんにゃ!」


 魔王も、負けじとにらみ返します。ふるえながらも。

 なんとなく、この博士というやつには、底知れぬ恐ろしさを感じるのです。


「……健康そうですね。元気だけはありあまっているようです」


「にゃっ!?」


 魔王は悩みました。ほめられたのだろうか、それとも、ばかにされたのだろうか……??


 博士の目が魔王をじっくりと観察します。


「ちょっと元の姿に戻ってくださいませんか?」


「いっ、いやにゃあ! おまえのいうことにゃんか、きけんにゃ!」


 いやな予感がして、魔王はさけびました。

 すると、どうでしょう。


 ぽんっ


 と、ちゃぶ台の上に降り立ったものがあります。

 博士が本来のジャッカロープの姿になったのです。


 薄茶色をしたきわめて愛らしいちいさなうさぎです。その頭にりっぱな鹿の角さえ生えていなければ、まるでピーターラビットそのものと言っても過言ではないかわいさです。


「ほら、そんなに警戒しないでください。私も本来はこんなふぁんしーな姿なのです。頭脳を生かした職に就くためには、手先の器用な人の姿が必要なので、しかたなく化けています。魔王がどんなに弱そうな姿でも笑ったりしませんから」


「よ、よわそうにゃと!?」


 それは、魔界では最もひどい誹謗中傷に当たる言葉でした。

 魔王は激怒しました。しゃーっという怒りの声さえもれました。


 くるっとちいさな黒猫の姿になると、ちゃぶ台の上でうさぎと対峙します。


「よーくみるにゃ! ワシはつよいのにゃ!」


「ほう……」


 うさぎ博士は目を細めて、子猫魔王を観察しています。


 ややあって、元のやせた人間の女性の姿に戻りました。


「たしかに。生命力に満ちあふれていますね。特段、病気も持ってなさそうだし、これはいい検体が採取できそうです」


 眼鏡をくいとあげながら、魔王の頭のてっぺんから足先まで、ジロジロ見つめてきます。


「にゅ……? きもちのわるいやつにゃあ……」


 わけのわからないことを言う博士を目の前にして、魔王は逃げ出したいような気持になりました。

 やっぱり、この博士は、なにか、怖いのです。


 そのときです。グリム博士はいきなり、抑揚のない声でこんなことを言いました。


「あ、カバンの中にクッキーが入っているのを思い出しました。食べますか?」


 棒読みです。


「グリムはいいやつにゃ。ワシにはわかるにゃ」


 魔王は、にっこにこ。


 突如登場したクッキーに、不信感を抱くこともなく満面の笑みを見せて大喜びです。いともたやすく懐柔されてしまいました。


 あまりにちょろいです。飢えた野良犬でも、もう少しくらいは警戒すると思われます。


 ガツガツもりもりとクッキーを食べ散らかす魔王を尻目に、博士はカラスに語りかけました。


「いいです。協力しましょう」


「あ、ありがとうございます。しかして、報酬の内容は……」


 とすん


 なにかが畳の上に落ちる音がしました。


 魔王です。


「すぴー、うにゃむにゃ……。もっと……くう……にゃ……」


 魔王が倒れて寝ています。よだれをたらしながら、ときどき口を動かして、にやっと笑っています。夢の中でも、おいしいものを食べているのでしょうか。

 

 カラスは首をかしげました。

 

 たしかに魔王は腹が満ちるとよく眠くなるのですが、それにしても、食べた直後に寝てしまうなんて……。

 お疲れがたまっていたのだろうか?


「陛下……起きてください」


 子猫をゆすって起こそうとするカラスに、グリム博士は首を横にふって見せました。


「そのままで。睡眠薬が効いているだけですから」


「睡眠……薬!?」


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