たいこ

 魔王は、雷に打たれたように立ちすくんだあと、ぶるぶるワナワナとふるえはじめました。


「かっ、かわいい……。ワシは、かわいい……。かわいいはおう……」


 なんかブツブツ言ってます。


「そうにゃ……。ワシはやはり、ここでも、おうになるべき、うんめいだったのにゃあ……」


 ひとりでなっとくしています。


「王になるべきかはともかく、この世界でしばらく生活をされたいのなら、己の強みを生かすのがよいと思われます」


「にんげんどもを、ワシにひれふさせるにゃ!」


 グリム博士の忠告など、魔王の耳には入りません。


「わかりました。それで、ここで『かわいさ』を人々に広く知らしめて、さらにそれを金銭にかえるためには、具体的にどのような方法があるのでしょうか?」


 現実的な問いを投げるのは、カラスの役目です。

 魔王はもう自分が王になった気でいますが、そのための方法こそが問題なのでした。


 グリム博士は観察するようにカラスを見ました。


「ふたつ目の質問です。もし私が魔王に協力したなら、その見返りを要求したいのですが可能でしょうか?」


「ぬ」


 魔王が警戒しました。


 ……みかえり? 


 もしかして、ごちそうをわけろと、いうんじゃにゃいか……?

 

 ずうずうしいやつにゃ! と、怒りはじめた魔王を制するように、またカラスが質問します。


「見返りとは、どのような形で行えばよいのでしょうか? 私たちは金銭を持ち合わせておりません。グレネマイアー様にお願いすれば、また少しは用立てて頂けるかもしれませんが……。ただいくら陛下のためとはいえ、重ねてご迷惑をおかけするのも気がひけるため……」


 困ったように説明するカラスの言葉を聞いて、なぜか魔王が得意げに胸をはりました。


「かねのことにゃ? アデルがはらうにゃ。アデルは、ワシのいいなりなのにゃ」


 そう断言します。


「しかし陛下、グレネマイアー様のご厚意に甘えてばかりいては……」


「いいにゃ! かねをやるから、たいこにしてくれと、アデルがいったのにゃ。それで、ワシが、たいこにしてやるといったにゃ。だからアデルは、ワシのいいなりなのにゃ」


 えっへんという擬音が似合いそうな、自信満々な態度です。


「はあ……。たいこ?」


 聞きなれない言葉の響きに、カラスはきょとんとしました。


「たいこ」とはなんだろうか。

 いったい、なにをおっしゃっているのだろう? と言わんばかりのいぶかしげな表情で、魔王を見つめながら考えます。


 たいこ……?


 なんだろう、たいこ。


 たいこ……。


 太鼓、太古、鯛子……?


 大公……。


「大公ーーーー!!!???」


 それに思い当たったと同時にカラスは叫びました。


 たいこ――大公といえば、それぞれ魔界の広大な領地をおさめている、四大公のことにちがいありません。魔王につぐ地位にある、強大な大貴族たちです。


 そんな伝統と名誉ある地位に、勝手にアデルをつけるというのです。四大公が五大公になってしまいます。

 

 そんな重要なことを、おいしいものを食べるためのお金とひきかえに、決めてしまっていいのでしょうか。


 いつの間に、そんな密約を交わしていたのでしょう。 

 魔王が、そんな取り引きを思いついてもちかけるほど、賢いとは思えません。

 ふたりっきりのときにこっそり、アデルから持ちかけたにちがいありません。カラスがいると反対されると思って……。ずるい鳥です。


「なりません!」


 ふたたびカラスが叫びました。


「なぜにゃ!」


 もともと、釣りあがった目をさらに三角にして、魔王はぶんむくれました。


「グレネマイアー様を大公にだなんて! そんな大事なことを議会の承認もなく決めてしまえば、魔界が戦争になります! 大貴族の反発は必至です。謀反が起きますよ、謀反ですよ!」


「ワシにさからうにゃ!」


 いよいよ魔王はご立腹です。

 怒りの理由は、反対されたことのほかにも、もうひとつありました。


 カラスと博士が、たびたび自分だけ知らないむずかしげな言葉を使うものだから、おいてけぼりになったような気がしていたのです。

 おうはワシなのに!


「いいにゃ! まかいはワシのもんにゃ!」


「いいえ! 魔界は魔族の皆のものです!」


 魔王がカラスをにらみます。カラスもにらみ返します。

 カラスとて、ここはさすがに簡単に引くわけにはいきません。魔界の未来がかかっているのです。

 家族の暮らす魔界で、戦争などとんでもない。


「ふたりとも……。この部屋、壁うすいんで、あんまり大声出さないでください……。近隣から苦情が来ます」


 棒のように細い腕で頭をガシガシかきながら、グリム博士がぼやきました。


「申し訳ありませんでした。思慮が足らず……」


 頭を深々とさげながらカラスが謝罪しました。


「そうにゃ、そうにゃ」


 調子にのった魔王が、こぶしをふりあげながら、カラスを追撃しました。


 グリム博士の凍るような瞳が、ノリノリな幼女をとらえました。


「おまえもな」


「にゃっ!?」


 今度は、魔王が凍りつきました。

 こんなに冷たい瞳でにらまれたことがなかった魔王は、思わず震えてしまったそうです。

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