そせじ

 はなせころせと叫びまくり、あばれて、手足をバタバタさせる魔王を、カラスはどうにかなだめ抱えて歩きつづけました。


 すっかりおかんむりの魔王でしたが、


「あっ、ぶんぶんいれぶんにゃあ」


 またしてもコンビニを見つけると、ころりときげんをなおして、顔をかがやかせました。


 子猫の姿に戻り、するりとカラスの腕から転がり落ちると、たたっとかけ出します。


 その瞳には、コンビニしか映っていません。車のことなど、もう忘れています。


「あっ!? 陛下!? お待ちを……」


 呼び止めるカラスに目もくれず、店までかけると、女の子の姿に戻ってガラスの扉を押し開けました。

 

 しかたなく、カラスもその後を追います。


 午前の日光と照明とで明るい店内はガランとしていて、他に客はいないようでした。


 魔王は口をだらしなく開けてレジ前に立ち、ガラスの中のフライヤー商品を見あげていました。


「陛下。とつぜん走りだされては危のうございます。先ほども申し上げましたとおり……」


「そせじかうにゃ」


 ちいさな指がさしたのは、ジャンボあらびきソーセージ。魔王の大好物の一つです。

 

 眉をひそめながらカラスはポケットの中の小銭を数えました。


「もちろんご命令には従いたいのでございますが、残金がもう四百六十円しかありません。先ほどのアクシデントにて思わぬ出費がございましたもので……。これでソーセージを購入したとして、余った金で博士に失礼のないお土産を買うことはできるでしょうか……?」


 できるはずがありません。

 カラスは真面目ですし、ばかでもないのですが、人間界の常識にはいまだにうといのです。


「お土産もここで購入できるとよいのですが。グリム博士はジャッカロープだとうかがっております。そうなるとやはりうさぎと同じようなものを好まれるのでしょうか? いや、意外と肉食の種族である可能性もございますね……。いかがいたしましょう陛下……。……陛下?」


 青年が手のひらの小銭を見つめて悩んでいるうちに、魔王はいなくなっていました。


「おれんじじゅーすと、こーらと、ぷりんと、みるくぷりんかうにゃ」


 棚の角からよちよちと本物のばかが姿を見せました。腕の中にたくさんの好物を抱えています。


 それをカラスに預けて、まだ店内を物色しようとしている様子です。


 カラスはあわてて言いました。


「残念ながらそんなには買えないのです。お金が足りませんもので……」


 従者の返答に、魔王はむーっと怒りました。


「かえにゃ! じゃにゃきゃ、うばえにゃ!」


「お、落ち着いて、落ち着いてください。そ、そうそう……」 


 あわてた様子でカラスは、レジ横にある小さな四角いチョコ菓子を手に取りました。

 ひとつ二十円と書いてあります。


 魔王の側にひざまずくと、チョコを見せながら語りかけます。


「ソーセージと飲み物ひとつと、これをたくさん買いましょう。たくさん……そう、五個ほども。そのほうがお菓子をいっぱい買えますよ」


 おかしいっぱい……。


 その言葉に、魔王はしまりのない笑みを浮かべました。


「よいにゃ! それをかえにゃ!」


 こうして、ジャンボあらびきソーセージとオレンジジュースとチョコ菓子五個を購入してしあわせな魔王は、うきうきでカラスに手を引かれながら店を後にしました。



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