にせぷりん

「ただいま戻りました。遅くなりまして申……」


「おそいにゃあああっ!!」


 謝罪の言葉を述べながら廊下に足を踏み出したカラスに、魔王の飛びげりがさくれつしました。


「ぐっ……」


 しかし、この魔王の怒りによる暴挙はカラスの想像の範囲内だったようです。袋は背中に隠し、かろうじて空いているほうの手で腹部をブロックをして守りました。


「申し訳ありません、陛下。近くのコンビニではプリンが品切れだったものでして……」


 カラスの言い訳をさえぎると、魔王は大声で聞きました。


「ワシはうつくしいにゃ?」


「……は?」


 いきなりそんなことを言われても、カラスにはわけがわかりません。

 でも、順序立てて説明するなどという高度な知能を必要とすることは、魔王にはむずかしいのです。


 いらだった魔王は、足をどすどすふみ鳴らしました。


「ワシはうつくしいかときいてるにゃ!」


 まるで新手の口裂け女です。


 カラスは混乱しながらも、言葉をしぼりだしました。


「ええと……。その、美しさというものは主観に大きく左右されるものでして……。陛下のお姿は、あの、例えば、わたくしの主観と魔界での一般的な評価と人間界の一般的な評価とでは、また違ったものとなりましょうし、百人いたら百人がそれぞれ違う感じかたをするという結果になるであろうとの結論を出さざるを得ませんのでありまして……」


「はよいえにゃ! またけるにゃ!?」


「はい、あの、わたくしはどちらのお姿もたいそうお美しいと思いますが、一般的には美しいというより、おかわいらしいという評価になるのではないかと……。そのように恐察いたします」


 そしてカラスは、二度目のけりに備えました。


 しかし魔王は、はあっと肩を落としました。


「しってたにゃ……。こまったにゃ。おうになれんにゃ」


 カラスは困惑しました。

 魔王は「うまいものやまづみ……くいたいにゃ……」というようなことをつぶやいています。


 前々からおかしかったが、いよいよ壊れてしまったのだろうか?


 もしくは、もうひとりのばか――いや、風変わりなお方と、なにか変な話でもして影響されたとか……?


「とりあえず、食卓に向かいましょう。お腹が空かれているでしょう?」



 生活感のないセミタイプのカウンターキッチンには、大きな冷蔵庫がありました。

 カラスはそこに、お昼とおやつ用の食材をつめこむと、急いでテーブルにつく魔王の元に戻ります。


 ダイニングにはやけにスタイリッシュで高価そうな、薄手の黒いテーブルがあり、その上には、袋の口の開いた酒のつまみのほか、請求書などが乱雑に置かれています。


 店で熱々に温めてもらったチキンドリアは、ちょうど魔王の舌にあうように冷めていました。

 

「うまいにゃ。いいシェフがつくったのにゃ。ワシにはわかるにゃ」


 コンビニで買ってきたものを笑顔で食べる魔王を見て、カラスはホッとしました。


 つづいて、からあげ、鮭のおにぎり、メロンパン、いちごミルク、リンゴジュースを、ご機嫌で楽しみました。


「こちら、デザートのプリンでございます」


「にゅっ!?」


 皿に盛られたプリンを見て、魔王は衝撃を受けました。


 白い……!


 プリンが白い……!?


 たしかにプリンのような形をしていますが、でも、なぜ白いのでしょうか?

 あのかわいい黄色のぷるんぷるんこそが、プリンなのに……。


 甘くて香ばしくてほろ苦い、トロトロねばねばの黒いカラメルソースもかかっていません。


 魔王は、スプーンをにぎりしめたまま怒りました。


「うそにゃ! しろいにゃ! ぷりんじゃないにゃ!」


「陛下、これはミルクプリンというものなのです。これしかなかったものですから……。店員によると、これも劣らず美味なものらしいですよ」


「いやにゃ! カラスはやくたたずにゃ! ワシはくわんにゃ!」


 大好物のプリンがないショックで、魔王はわめき、怒りくるいました。


「これはにせものにゃ! にせぷりんにゃ!」


「にせ……。まず召し上がってみてはいかがでしょう? お気に召すかもしれませんよ」


「くわんにゃ!」


 もはや、意地でした。ミルクプリンがどうのではないのです。わがままがとおらないのが不満なのです。


 いまカラスの勧めに従って、「そうだね。そういうのもありだね」などと食べてしまったら負けなのです。


 皿ごとひっくり返しそうな勢いなので、カラスはあわてて取り上げました。


「わたくしの力不足によるこの失態、誠に申し訳ありませんでした。……責任を持ってこのミルクプリンめは、わたしがいただくことにいたします」


 カラスは賭けに出ました。腹をたてたときのあまのじゃくな魔王は、なんでも反対のことをしたがるはずと……。


 そうともしらず、魔王はさらに腹をたてると、皿をうばい返しました。


「よこすにゃ! にせぷりんなんてこうしてやるにゃ!」


 そうして、顔の前にかかげた皿をななめにすると、ちいさな口でかぶりつきました。


 むぐむぐ……。


 ごくり。


「うまいにゃあ!!」


 その瞳がぱっちりと見開かれ、輝きました。


 いざ、甘いミルクプリンの味が口いっぱいに広がると、しあわせにならずにいられませんでした。


「みるくのこくがあるにゃ。とろとろにゃ。あまいにゃ。うまいにゃ」


 そうして、スプーンを使うこともなく、皿に口をつけて、残りもがつがつと食べてしまいました。


 空いた皿をカラスにつきだしました。


「もういっこにゃ」


「……ありません」


「からすはあほにゃ。つかえんにゃ。あしたから、みるくぷりんも、かってくるのにゃ」


「……は」


 ミルクプリンを口にさえすればご機嫌になるはず……と予想はしていたものの、想像以上の変わり様でした。


 世の中に、こんな単純な生き物が存在するものだろうか……。


 計略がうまくいった喜びより、疲れが勝ってしまって、忍耐強いカラスも、さすがにしゃべる気力を失っていました。

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