にんげんかいのおう
「にゃぜにゃ!? おうになるのはワシにゃ!」
思いもかけないアデルの言葉に、魔王はソファから立ち上がって叫びました。
『女王』
自分にもできない人間界の支配を、格下魔族のアデルがもうやってしまったのだろうかと、不安になりました。
「もちろん王はおひとりだけですわ、お強くて偉大な魔王様」
黒いソファに背をもたせたアデルは、余裕の表情です。
「魔王様は魔界で一番お強いですわ。ただねぇ、人間界で大切なのはどうも強さではありませんの。ここで長く暮らすうちに、あたくしはそのことに気づいたのです。なんせ賢いですからね」
己に酔いきった様子でゆっくりと語るアデルの前で、魔王はじれったさにじたばたしました。
「なんにゃ? いうにゃ!」
「美しさですわ」
?
うつく……しさ?
あまりに予想外の答えでした。
魔王は言葉を失ったまま、ポカンと口を「あ」の形に開けていました。
「人間というものは、強さより美しさのほうに価値を見いだすようですわね」
おかしな種族ですわね、とアデルは笑いました。
「姿の美しい者を見ると、よってたかってちやほやする習性があるのですわ。まるで王や女王のように扱うんですのよ」
「なんと……。にんげんとはおろかなものにゃ」
と、自分もわりとアホであることを知らない魔王はあきれました。
「あたくしは強くもありますけど、このとおり、ものすごく美しいものですからね。毎晩ただきれいに着飾って、お酒を飲んで、楽しくおしゃべりをして、さわいでいればいいのですわ。そうすると、人間たちが貢ぎ物を持ってきますのよ」
魔王の目がキラリと光りました。
みつぎものとにゃ……!?
「お金に宝石、高いお酒にブランド品、腕時計……車も何台かもらいましたわ。ふふっ、みんな、高価なものを捧げて、あたくしの機嫌をとろうとしますのよ」
「にゃんと!」
魔王は感銘を受けました。それは、魔界の王である自分にこそ、ふさわしい扱われ方だと思ったからです。
(こいつ、ただものじゃないにゃ。すごいやつだにゃ。わかるのにゃ。ワシのかんはするどいのにゃ)
いいえ、ちがいます。昨夜カラスが「すごい人です」と説明したのが、うっすらと記憶に残っていたからでしょう。
魔王はあわてて聞きました。
「ごちそうは? うまいものもあるにゃ? おさかなは? ぷりんは?」
「ふふ、もちろんですわあ。あたくしくらいになると、毎日毎日、それはたくさんの世界の美味を食べてきましたわ。食べすぎてもうあきあきですの」
「に゛ゃああああ!」
雷に打たれたかのように魔王は絶叫しました。想像して、よだれがだらだらたれます。
人間界の王になって、山づみにされたおいしいものを、食べまくる妄想がとまりません。
「ワシがなるにゃ! にんげんかいのおうはワシにゃ!」
よだれのたれたままの口で元気よく宣言する魔王を見て、アデルは手の甲を口元にあてました。
「ふふっ。ですが、魔王様のお姿は美しいとは言えませんわねえ。とってもおかわいらしいですけど」
「はうっ!? ぶっ、ぶれいにゃ!」
美しいといわれるのは満更でもないですが、魔王はかわいいといわれるのは大嫌いでした。
人間たちに取り囲まれて、かわいいかわいいとなでまわされた屈辱を思い出すのです。
「お怒りにならないでくださいまし。あたくし、ひどく正直なもので困りますわね。でも大丈夫。大人の美しい女性に変化しなおせば良いのです。そうしたらいいところに連れていってあげられますわあ」
「……いやにゃ。これがいいのにゃ」
幼女以外の姿には変化できないと、言いたくない魔王は、下を向いてぼそぼそと答えました。
「そのお姿では無理ですわねえ。お酒を飲む所ですから、ちいさい方は入れてもらえませんの」
「にゃっ! むー……」
困ったことになりました。
(ワシはうつくしくはないのにゃ? かわいいのにゃ?)
そんなのはダメなのです。美しくないとここでは王になれないのだから。
このままでは、人間たちがちやほやしてくれません。ごちそうももらえません。
(こまったにゃ。わからんにゃ……)
(……よし。カラスにかんがえさせるにゃ)
あきらめの悪い魔王は思いました。
パッと目の前が明るくなったようです。
なんだかんだでカラスの知性を頼りにしているのです。
(カラスはまだにゃ?)
と、同時に腹がたってきました。
魔王がカラスを必要としたときにはいつも、彼はすぐに駆けつけねばなりません。
それが魔王ルールなのです。
それからまもなく、玄関のドアが開く音がしました。
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