ここどこ?
「ふあ~~~あ……」
やわらかな純白のシーツの上で、ちいさな子猫の魔王は目をさましました。
「はらへったにゃあ……」
あたりを見回すと、見なれない家具たちにかこまれた、せまい部屋の中のようでした。どうやら、大きなベッドの上にいるようです。
はて……ここはどこにゃ……?
と、昨夜のことを思い返してみました。
昨日の夜遅く、アデルの住む高級マンションに到着したとき、
「ほぉ、なかなかおおきなやしきだにゃ。わるくないにゃ」
高くそびえる建物を見あげながら、魔王は感嘆の声をもらしました。
その高層ビル全体が、アデルの屋敷だと思ったのです。
しかし、住み家はその中の一部屋だけなのだと告げられて、魔王はあきれたようにつぶやきました。
「まかいのにわとりごやよりちいさいにゃ」
文句をいいながらも、部屋に案内されると、とっととあがりこみました。
そして、当たり前の顔をして、寝室のダブルベッドをひとりで占領すると、すやすやと寝てしまったのでした。
そうにゃ、ここはアデルのいえにゃ。
「カラス! カラス! こいにゃ!」
朝食を持ってこさせようと、カラスを呼びつけました。
しかし、こたえるものはありません。
しばらく呼びつづけましたが、返答は聞こえてきません。
カラスはくびにゃ!
魔王は、ぷりぷり怒りながら、居間に出てきました。
「ああら、魔王様。おはようございます」
革のソファに、しどけなくもたれかかった妙齢の美女が、爪にヤスリをかけながら、あいさつをしました。
でかいインコの魔物のアデルでした。いつもはこのような人の姿で、人間界で暮らしているそうです。
黄金色の髪を背中にたらし、短いスカートからは、細く長い脚が、見せつけるようにそろえて伸ばされています。
「なぜこないのにゃ!」
幼女の姿に変化した魔王が怒鳴りました。たいそうご立腹のごようすです。
子猫の姿では、ドアもひとりでは開けられなかったのです。
アデルは爪を見つめたまま、にこやかに答えました。
「あらあ、だってあたくし『カラス』ではありませんもの」
「カラスはどこにゃ!」
「朝食を買いにいきましたわ。うちの冷蔵庫にはビールとチーズとアーモンドしか入っておりませんの」
それでは陛下が激怒なさると卿がおっしゃって……と、アデルは楽しげにくすくす笑いました。
「むー……」
魔王はだまってしまいました。
なんだか、調子がくるいます。
アデルにはカラスとちがって、魔王をおそれるようすはありません。人間界暮らしの長さからくる余裕でしょうか。
それに、なんせ、伝説の豪傑、狂乱のアデルミラですから。肝がすわっているのでしょう。
ちいさな魔王をとりかこむように、部屋には知らない物がいっぱいありました。
知らない黒い四角いの(テレビです)、知らない白い四角いの(空気清浄機兼加湿器)、知らない小さな四角いの(パソコン)と、テーブルの上でピカピカ光るもっと小さな四角いの(スマホ)
その他にも、えたいの知れないものたちが、たくさんあるのです。
鏡台には、奇妙な魔法薬の小瓶みたいなものが、ずらりと並んでいます(化粧用具ですが)
アホ……いえ、傲岸不遜な魔王といえど、人間界ではごじまんの魔力が通用しないことを、いいかげん理解せざるを得ませんでした。
魔王は……決して口にはしませんが、見知らぬ人間界の景色に、初めて心細さをおぼえました。
魔界なら、いかに強大なアデルであろうと、ひとひねりのはずですが、ここは人間界。ろくな魔法も使えません。
(あんなにつめをするどくして……おそろしいやつにゃ。たたかうきまんまんにゃ)
ネイルケアというものを知らない魔王は警戒しました。
「どうぞおすわりになってくださいな。ご自分のおうちだと思ってくださいまし」
「うむ……」
親しげにうながすアデルに、せいいっぱいの威厳をもって返事をすると、魔王はソファのひとつに、ぽすっとすわりました。
しずみこむのがちょっと楽しくて、ぽすぽす、ぽすぽす、くりかえしました。
「魔王様のお役にたてるのがうれしいんですの。あたくし、そんなにこの部屋使いませんから、ご自由にどうぞ。卿に合鍵を渡しましたわ」
「なんでアデルはやしきをもってるのにゃ? ワシもほしいにゃ」
かっぱらったのかにゃ? と魔王は思いました。
魔界のおきては、弱肉強食。ごく一部の上流階級にはそれなりのルールも存在しますが、基本は力こそすべて。
強い魔物が、弱い魔物からうばう光景など、日常茶飯事なのです。
アデルはカラスとちがって強そうだから、人間たちからぶんどったのだろうかと、魔王はわくわくしながら想像しました。
アデルは、紅い唇で、にっとほほえみました。
「あたくし、ここの女王みたいなものですの」
「にゃっ!?」
魔王は飛びあがりかけました。
女王……!?
王……!?
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