あでなんとか

 甲高い声が響いたかと思うと、オレンジ色の派手な鳥が、夜空からスサー……と舞い降りました。


「魔王様。お久しぶりでございますわあ」


 子猫の前にちょこんとかしこまるのは、そこそこ大きめなインコでした。


 魔王は、ふしぎそうに首をかしげました。


「だれにゃ?」


 カラスが、こそこそと耳打ちをしました。


「この方はアデルミラ・グレネマイアー様ですよ、陛下。先の大戦で活躍された御方です」


 アデルミラ・グレネマイアー。

 前の魔界大戦では、単独で敵の精鋭部隊を壊滅させたというつわものです。


 血の海のただ中に屍の山を築き、その上で高笑いをしていたという伝説から、狂乱のアデルミラという二つ名で呼ばれ、魔族たちの畏怖を集めているとかなんとか……。


 しかし、そんな歴史に残る有名人の名前も、魔王は知りません。


 彼の頭には、基本、食べ物のことしかつまっていないのです。


 でかいインコが口を開きました。


「お久しゅう。偉大なる魔王様。それから、フォルクハルト・ギースベルト卿」


「ふぉる……? だれにゃ?」


 また魔王が首をかしげました。


「私です」


 カラスが答えました。


 魔王は驚きました。


「にゃんと。カラスになまえがあるのにゃ?」


「それは、ありますが……」


 名前は、あります。だいたい、誰にでも。


 とうの昔にカラスは名乗ってはいたのですが、魔王は興味がなさすぎて、その出来事自体も覚えていませんでした。


 インコは、翼を見せびらかすように、ふぁさあっと広げました。


「魔王様があたくしのことをおぼえてらっしゃらないのも無理ないですわあ。なにせ百年ぶりですものね。二百年ぶりだったかしら?」


「陛下は御年十六歳でいらっしゃいますが」


 カラスがツッコミを入れました。


「ああらそう。どちらにせよたいした違いではありませんわね。知恵のある者をお召しと聞いて嬉しかったですわ。あたくし、強くて美しいとばかり思われがちですが、実はそれはそれは賢いんですの」


 鳥は、濃い緑色の風切り羽を持つオレンジの翼を見せつけながら、自信たっぷりに言いました。


 魔王は、金の瞳をパチパチしました。


 おめし? なんのことだにゃ? めしてないにゃ。

 もしかして、おしめかにゃ?


 一方、カラスは目の前が暗くなりました。


 頭の回る者に、魔王のお守りを押し付けて逃げてしまおうと考えていたのに、まさか自信満々の馬鹿がやって来るとは……。


 アデルミラは、カラスより高位の魔族。逆らえません。

 性格は気まぐれでわがままで残忍。


 しかも、知能は魔王とどっこい。


 これは面倒なことになりました。


 魔王が言いました。


「よくわからんにゃ。ワシはやどがいるのにゃ。はやくベッドでねたいのにゃ」


「それでしたらあたくしの住まいにご案内しますわ」


「うむ。あでなんとか。あんないするにゃ」


 魔王はえらそうにうなずきました。


「アデルミラですわ。アデルとお呼びくださいまし」


 そして、アデルが空を舞い案内役をつとめました。


 魔王とカラスは、まばらな街灯が心もとなげに照らす日付変更まぎわの夜道を、とことこと歩き始めました。

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