第3話 大丈夫。可愛いよ
「
いきなり飛び出した先輩の大声は、もちろん二人にも聞こえたようだ。
「トヨサト君……」
ロングの唇が小さく動いた。
「体育館裏です」と私が答えると、「よし! いいぞ」とうれしそうな返事が。
何がいいのだろう?
クエスチョンマークを浮かべた私を置き去りに、そこで勝手に通話が途絶えた。
「え? もしかして、ここにトヨサト君くるの?」
ロングの問いかけに、私が首を捻りながら「たぶん?」と答えると、彼女は見るからにソワソワし始めた。
おろおろとスカートを直し、髪をなでつけながら、ショートに「どうしよう」と訴える。
「大丈夫。可愛いよ」
そう返したショートも、首のリボンや髪に手をやって、落ち着かない様子を見せている。やがて二人そろってスマホを取り出すと、おのおの自分の顔をカメラモードで映し出し、チェックし始めたではないか。
ショートよ、お前もか……。
私は、二人の相手をするのが、すっかりイヤになっていた。身づくろいに余念のないロングを眺めながら思う。
毎朝かなりの時間をかけて自分を飾り立ててから登校するのだろう。私なんかメガネをかけたらお終いなのに。
頭が冷えてきたせいか、鈍い私でもロングの気持ちがわかる気がする。
トヨサト先輩と本田さんの破局を知って、チャンスだと思っていたら、私みたいなサエないのが現れ、さぞや悔しかったことだろう。
だからってあの暴言はひどすぎるけど。
逃げよう。
どうしたって、トヨサト先輩と手を繋ぐ本当の理由なんか言えない。もしも本当の理由を言ったなら、『ヤバい』とか『イタい』なんて
体育館の壁に沿って忍び歩きを始めたとき、こちらに走り寄る足音が聞こえてきた。顔を向けると思った通り、トヨサト先輩だった。
うしろの二人は、「ウソ!」、「ヤダ」、「もう?」と、てんやわんやしている。
私の目の前に来た先輩は、「よう」と言うなり
「さっしがいいな、千月。昨日、俺が言った場所はまさしくここ、体育館だ」
「は?」
と言ったあと思い出した。昨日、
「俺は体育館の中が妖しいと思ってたんだけど、もしかして――」
先輩はそこでキッと目を吊り上げると、私の腕をつかんだ。
「ここになにかいるのか!?」
いますとも。あなたに
私は首を左右に振りながら彼の手を振りほどいて言った。
「そこにいる先輩が、トヨサト先輩に話があるみたいですよ」
私をあそこまで
やけっぱちだったが、少しは応援する気持ちだってあったのに……。
私に指差されたロングは、「ええ?」とうろたえ、ショートの陰に隠れてしまうではないか。彼女はそこで身をくねらせながら、ショートの肩の辺りをつついて、消え入りそうな声を出した。
「お願い」
それを受けて、こちらに踏み出したショートが、先輩を見上げて口を開いた。
「どうしてその子と手を繋ぐの?」
おーいショート、その口調はなんだ? しかもワンオクターブ声が高いぞぉ。
心の中で突っ込みを入れる。
「それは……俺に課せられた大切な使命のため」
「大切な使命?」
「そうだ。それをこの千月と一緒に果たすために手を繋ぐ。これ以上は言えない。だから聞かないでくれ」
胸を張った先輩が、
「さ、行くぞ」
トヨサト先輩が私に向かって手を差し出す。
「はい!」
私は自らカーディガンの袖を引っ張り上げ、彼の手を握った。そうして連れ立って歩き始めたものの、ほんの数歩進んだだけで先輩は立ち止まってしまう。
目の前には体育館の壁。その下側には
「体育館になにかいるよな?」
頭上から降ってきた低い声に、私は素直にうなずいた。
私はもう、妖怪退治、すなわち
「
「蟹?
「はい。ちらっと見ただけですけど、でっかい蟹でした」
トヨサト先輩は、「なるほどなぁ」と言ってしゃがみ込み、私もそれにならった。
片手で格子につかまって、中の様子をうかがうと、目の前では男子バレー部員がサーブ練習を繰り広げている。
バン! バコン! ナイッサー!
にぎやかな音の合間に、後ろにいるロングとショートのヒソヒソ声が聞こえてくる。知らん顔を決め込んでいると、しばらくののち、ようやく二人はいなくなってくれた。
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