第2話 体育館裏
「お~い!」
振り向くと、男子生徒が大きく手を振っている。それは
「ト、トヨアツ、くん……?」
ロングが動揺したようにもらす。
トヨアツ君は、転がるようにこちらに走って来ると、ニコニコと私に笑いかけた。
「
とろけるような甘い笑顔。
彼は、
昨日の放課後、豊田家には五月さんとトヨサト先輩だけでなく、トヨアツ君もいたのだ。もともと
ここで豊田家の人々についてちょっと説明しよう。
豊田家の三兄弟の通称は、長男の
トヨアツ君が、三年女子の二人組を見ながら小首を傾げた。
「お友だち?」
「違う違う、この二人はね――」
「うおっほん!」
ショートがでっかい
これ以上、恨まれちゃかなわないので、無難な返事を心がける。
「三年生の先輩。トヨサト先輩の知り合いだよ」
「へえ、そっか。サト
くったくなく微笑むトヨアツ君に、動揺を隠しきれない二人は視線をさまよわせながら、「いや」とか「そんな」なんて言葉を濁している。
「見夜ちゃん、今度はいつうちに来るの?」
「う~ん、五月さんに予定を聞いてみないと」
「僕からもお母さんに聞いてみるね。見夜ちゃん、なるべく早く来て」
そうねだったあと、トヨアツ君はもじもじしながら言う。
「えっと、それでね、今度はフィナンシェがいいな。僕、大好きなんだ」
可愛すぎるぞ!
私は頬をだらしなくゆるませながら、こっくりとうなずいた。それからトヨアツ君は、昨日焼いたシフォンケーキがいかにおいしかったかをショートとロングに話して聞かせ、
「おじゃましてゴメンなさい。じゃ、またね!」
と、胸のところで、フルフルと手を振った。
トヨアツ君が去るのを、三人そろって見送った。
「んんっ……」
再びショートが咳払いをし、現実に引き戻される。
「母親と友人、というのは本当なんだな」
私は大きくうなずいてみせた。これでやっと開放される、と思ったが甘かった。
「母親の友だちと手を繋ぐ理由ってなによ?」
険しい表情のロングが、唇をわなわなと震わせて言った。
「お
違う。お姫さまじゃない。お
ぶんぶんと首を左右に振ると、
「この、ウソつきブス! ちゃんと目撃者に確認したのよ!」
憎しみのこもった目が怖すぎて後ずさると、ロングが詰め寄ってくる。
しまった……、立ち位置をまちがえた。
背後は体育館の壁、前には二人が立ちふさがっている。特に、ガタイのいいショートの圧迫感が半端ない。日焼けした肌と広い肩幅。絶対ソフトボール部だったに違いない。
そのショートが、周囲をチラと確認してから、低い声で脅してきた。
「黙ってないでちゃんと説明してみな。どんな手を使ったのか」
「どんな手って……」
「汚い手、使ったんでしょ! 弱み握って、脅して、手を繋いだり抱っこしてもらったりしたんじゃないの!?」
「まさか!」
「じゃあ、私たちが納得できる理由を言ってみなよ」
日に焼けた黒い顔と、厚化粧の白い顔に迫られ、なにか言おうと取りあえず唇を動かす。
「え~っとぉ、私とぉ、手を繋いだらぁ……」
「手を繋いだら?」
二人ににらまれ、首を縮めた私の口から滑り出したのは、真実の前半部分だった。
「ビリッとするから、かな?」
そしてバケモノが見える――という後半部分は口にできない。
「ビリッて……あれか?」
眉をひそめたショートが低い声を出す。彼女は、そこで一呼吸置いてから続けた。
「恋に落ちた瞬間に電気が走った、みたいな?」
「そんな……!」
ロングが絶望的な顔をする。
「いやいやいや、違いますって! 静電気みたいなものです」
「トヨサト君は静電気の刺激が好きなのか?」
ショートがあっけにとられた顔で言うと、ロングが暗い声でそれを受けた。
「私、静電気体質じゃない……」
そうつぶやくなり、いきなり私の腕を取ってカーディガンを引っ張り上げ、彼女は手を握ってきた。
ビリビリしない。
よかった。
「どれ、貸してみな」
今度はショートが私の手を取った。やっぱりピリともこない。
そう簡単に
ロングが目を吊り上げ、ヒステリックに叫ぶ。
「私、いつだってハンドクリームでお手入れしてるのよ! この子の手、めっちゃガサガサ! こんなの真似できない!」
失礼な。手荒れは主婦の
そのときポケットの中でスマートフォンが鳴り出した。液晶に『トヨサト先輩』と浮かんでいる。
ここから抜け出せるかも!
根拠はなかったけど、この状況にうんざりしていた私は、瞬時に通話ボタンに触れたのだった。
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