第2話 二人の手は恋人繋ぎ中

 門扉もんぴをくぐって外に出ると、待ち構えていたトヨサト先輩にいきなり腕を掴まれた。ぐいっと引き寄せられ、心臓が跳ねる。「えっ!?」と思ったときには、彼は私の手を覆う厚手のセーターの袖をせっせと折り始めていた。


「な、なにすんですか!」

「袖が邪魔で手が繋げないだろう」


 その言葉と同時にピリッと刺激が走り、私たちの手は繋がれていた。

「お前の服サイズでかすぎ、っていうか全体的に雰囲気妖しいぞ。前髪が長いうえにメガネだし、帽子までそんなに深くかぶってたら、顔もロクに見えやしないじゃないか」


 いきなりブツクサ言われた。しかも、雰囲気妖しいとか、ふつう女子に言う?

 そんな風に見られてることは承知のうえなんだけど、こうもはっきりと告げられると結構ショックだ。


「自己防衛なんです! 前髪とかはバケモノと目が合わないための工夫だし、大きな服は手眼者しゅがんしゃを守るためです!」

 ムッとしながら、繋いだ手を解こうとしたけどできなかった。指と指ががっちり組み合わさっている。 


 こ、これは……恋人繋ぎってやつじゃないか。絶対に私を逃がさないつもりだ。


「手眼者を守る? でかすぎる服が?」

 不思議そうに瞬きをするトヨサト先輩。やっぱり言わなきゃわからないか。

「ほんとはずっと手袋していたいんですけど、無理ですよね? だから長い袖で自分の手を隠しているんです」

 もちろん不可能な場面はあるし、暑いときには挫折もする。

「手眼者と手を繋ぎたくないってことなのか?」

「そうです。袖ごしだったら相手が手眼者でもなにも起こりませんから。自覚のない手眼者とうっかり手を繋いじゃうと、まあ色々と……ね。あるんです」


 『手眼者です』って顔に書いてあるわけじゃない。外見だけではわからない。手を繋いでみて初めて気がつく。

 そんな仕組みだもの、手眼者に出会う確率は極めて低い。それでもなお、私はこれまで何人かの手眼者と出会ってきた。


 幼い頃は、相手が手眼者かどうかなんて、まったく気にしていなかった。

 誰かと手を繋いでビリッと刺激を感じると、手眼者かな? と思いはする。けれど調度そのとき、その場所にバケモノがいなければ、それはただの静電気と同じこと。

 もしも運悪くバケモノがいたって、御札がきれいなら焦る必要はない。危害を受ける可能性は低いし、手を離してちょっとたてば、バケモノは見えなくなるのだから。首を捻り、目をこすっているにお終いだ。

 彼らには何の影響もおよぼさなかった、と思っている。


 とこるが、小学校時代に苦い思い出を作ってから、私は極力、誰かと手を繋ぐのを避けるようになった。フォークダンスのまっ最中、手を繋いだ男子に、オモラシをされてしまったのだ。


 あの日、学校の花子さんはトイレを抜け出し、フォークダンスの輪の真ん中でくるくる回っていた。花子さんの御札はきれいで、邪気は感じられなかった。単純にみんなと踊りたかったのだろう。

 そんな状態のなか、ある男の子と手を繋いだとたんビリッと刺激が走り、私はちょっと困った。

 ――花子さんがいるからまずいな。でも手を離したら、先生に怒られるかな。

 そう思いながらも繋いだ手を解こうとした。しかし隣の彼は、驚愕きょうがくした顔で固く私の手を握って離さない。すでに花子さんを見つけていたのだ。

 花子さんのほうも、すぐさま自分と目の合う男の子を発見した。そして瞬時に近寄り、微笑みながら彼に手を差し出した。

 よりによって、あの花子さんはとんでもなく足が速かった。瞬間移動状態で目の前に迫り、ドアップで大口を開けたバケモノに彼はびびった。

 そしてジュワワ~……。

 あの子が手眼者だったのは間違いない。


 言うまでもなく、その後の彼は悲惨なあだ名をつけられ、クラス内での立場は底辺に落ち、やがて不登校となり、転校してしまった。

 かわいそうなことをした。今でも胸が痛む。

 あの子は間が悪すぎた。彼とトヨサト先輩は特例だ。

 このとしになると、人と手を繋ぐ機会なんてめったにないけど、無駄なトラブルは避けたいから、私は可能な限り長い袖で手を覆っている。


 トヨサト先輩は「ふぅん」と言ったきり、私の手をきつく握ったまま歩き始めた。

 彼に引きずられるようにして家の前の道路を渡ると、昨日の公園のフェンスがある。そこで立ち止まった先輩は、おでこに手を当てて前方をうかがった。


「おお、いるいる。おとなしく座ってるぞ」

 満足げにそう言って、ものすごく嬉しそうな顔を私に向けてくる。

 なんて爽やかに笑うんだろう……

 図らずも見とれてしまった。まずいことに、勝手に頬が火照ほてってしまう。


 無理もないよね。これは大多数の人間のメスに起こる自然現象だ!

 特に私はイケメンに対する免疫めんえきがない。それなのに今、我が校きってのイケメンと寄り添っているんだもの。しかも二人の手は恋人繋ぎ中。心臓の鼓動がうるさいけど、絶対に勘違いなんかしていない。


「川男のことが気になってしかたなかったんだ」

 木々の向こうを見やりながら、明るい声をだす先輩の目は光り輝いている。私が隣で頬を染めていることなんか、これっぽっちも気付いていない。


 それでいい。

 こんな私が、見とれて赤い顔をしている、なんて知られるのは恥ずかしいもの。

 恋愛対象として相手にされる可能性はゼロ。ダサいのは自覚しているし、そのうえ妖しいなんて言われてしまう自分じゃ仕方がない。


 気を取りなおし、私もつま先立ちになって公園を眺めてみた。真っ赤な土管の上に座る川男の後ろ姿が見える。

 相変わらずの一人ぼっち。だけど、午後の明るい日差しを受ける背中は穏やかで、邪気なんて微塵みじんも感じさせない。貼りたての御札おふだは遠目にも輝いて見える。

「のんびり日向ぼっこですね」

 大きくうなずいた先輩は、まぶしげに公園を見渡すと、熱い口調で語った。


「よかったな、千月。俺たち、公園の平和を守ったんだ」


 おおげさだなぁ。ヒーロー気分にひたっちゃってるよ。ちょっと可愛いかも。

 妖怪退治ではなく、川男の様子を見るために外に出たのだとわかって、肩の力が抜けた。私も周囲に視線を巡らせると、自然と笑みが浮かんでくる。


 悪天候だった昨日とは違って、今日はちらほらと人影が見える。

 木々がおこす小さなざわめきの中に、子どもの歓声、犬の吠える声、ブランコが立てるキーキーという音が混じっている。平和そのものの風景を前に、ヒーローも悪くない、なーんて思っちゃたりして。

 御札のはがれた川男、という気がかりがなくなって、気づけば気分はすっきりしている。

 ああ、空がきれい!


 すっかりいい気分でいたところ、先輩がくるりとこちらを向いて言った。

「他の妖怪が見たい」

「うえぇ……」


 甘かった……。

 思いっきり顔をしかめる。

 昨日はうまくいった浄化だけど、次もそうだとは限らない。むしろうまくいかない可能性のほうが高い。

「見るだけ」ってトヨサト先輩は言うけど、信じられない。

 あれこれ言い訳し、必死で抵抗してみた。でも……

 五月さんの言う通り、やっぱり彼はだった。

 最終的に、私は大きなため息をついてうなずき、彼の要求をのんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る