Episode 54:ドリウスと研究資料

 ドリウスたちは道なりに進むしかなかった。後ろからは蜘蛛の大群が追いかけてくるからだ。ドリウスはふと足を止めて後ろを振り返る。少し離れたところでルフェルが男の子を引っ張りながら走ってきていた。その後ろからはやはり蜘蛛の大群がピョンピョン飛び跳ねながら追いかけてくる。


「くっそぅ!」


 ドリウスの前には大きな扉があった。鉄製の頑丈そうな扉が半開きになっていた。半開きと言っても人や化物が入れるような隙間はなく、こじ開ける必要があった。


 ドリウスは扉に手をかけて横に引く。力任せに扉を引く。扉はビクともしない。後ろから蜘蛛がどんどん迫ってくる。ルフェルと男の子もそろそろ追いつく。ドリウスは焦った。


「何故開かん、の、だっ!」


 扉を開く手に力を込める。ほんの少し動いた。だがこれでもまだ入ることはできない。再度力を込めて引く。ギギギと鈍い音がして扉が開いていく。やっと一人通れるくらいの幅になった。すると防犯装置が作動したのか、扉が独りでに閉まっていこうとする。


「お、おい、閉まるな閉まるな!」


 ドリウスは扉に向かって叫んだ。当然扉が言うことを聞くはずもなく徐々に閉まっていく。


「閉まるなって言ってるだろうに! オレ様の言うことを聞くのだ!!」


 傍から見れば扉に話しかけている変な化物である。だが、ドリウスはそれだけ必死だった。力いっぱい扉を引き、閉まらないように踏ん張る。


「くっそぉぉぉぉ、何故閉まっていくのだぁぁぁぁぁぁ!」


 ドリウスは耐えた。そこにルフェルと男の子が走ってきて扉の隙間を通り抜ける。ドリウスも身体をその隙間に入り込ませ手を離した。ガシャンと大きな音がして扉が閉まった。


「はぁ……。あ、危なかった……。二人とも無事か?」


「アンタ、真っ先に逃げ出しておいてよくそんな言葉が出たもんだねぇ」


 ドリウスはルフェルと男の子を心配して聞いたが、逆に怒られてしまった。ドリウスは言い返す言葉がなくあたりをキョロキョロと見渡してごまかした。


 中は真暗だったものの白く点滅する蛍光灯らしき光によって辛うじて視界を遮られることはなかった。タイルの床、所々シミの付いた鉄板の壁、吹き抜ける風。すべてが不気味だった。男の子は身体を震わせた。


 ルフェルも少し緊張した面持ちで辺りを警戒しながらそれでも男の子の手は離さないように暗闇の中を見渡していた。


「なんだいここは。不気味なところだね」


 ルフェルが愚痴を漏らした。ドリウスは頷くと奥の扉を開いた。タイルの床がずっと奥に続いている。床の上には何かの資料やらフラスコのようなものやビーカーのようなものなど、実験で使うような器具が割れて散乱していた。奥から冷たい風が流れてくる。


 ドリウスがランスを構えながら前進した。ルフェルと男の子もそれに続く。男の子はルフェルの腕をぎゅっと握っていた。流れてくる空気が段々と強くなっていく。また半開きになった木製の扉が見えてくる。


 ドリウスはその隙間から中の様子を伺った。広い空間だ。階段が中心に、扉が階段を挟むように二つあった。階段の上には絵が飾ってある。


 ドリウスは扉の隙間に手をかけて思い切り引いた。半開きのドアは先ほどよりも軽く比較的簡単に開くことができた。ドリウスが中に入る。辺りを見渡しても真暗で広い空間が広がっているだけだった。ルフェルと男の子もドリウスに続いて中に入る。


「どうするの?」


 男の子がドリウスに尋ねる。ドリウスは首を傾けながら考えていた。ルフェルがグルリと周りを見渡し、階段が螺旋状に壁に沿ってずっと上へ続いていることを指摘する。


 ドリウスは頷いて左の扉を指差して近づいた。ドアノブに手をかけゆっくりとその扉を開いていき、隙間から中の様子を伺う。突然その隙間を横切る影が見えたかと思うと真赤なギョロっとした目がこちらを見た。ドリウスと目が合う。


「うぉわっ!」


 ドリウスが扉から離れて構える。ドリウスの声が広い部屋に反響し、そして静寂。目の前の扉は開くわけでもなくドリウスが半開きにした状態を保っている。


 ルフェルがビビるドリウスを頼りなさそうに睨みつけて男の子を引き渡すと短剣を手に、扉のノブに反対側の手をかけた。一気に開け放つ。中はただの個室で先ほどの目はどこにもなかった。


「何もないじゃないか。吃驚させんじゃないよ」


「そんな……いや、確かに……何でだ?」


 ルフェルは呆れたように言う。ドリウスは弁解しようとしたが言葉が見つからず黙り込んでしまった。ルフェルが中に入る。電気は今までのように白ではなく代わりに赤いランプがついていた。薬品の酸っぱい独特な臭いもする。


 ルフェルはふと目の前にあった机の上にある資料の束に目を留めた。その資料をパラパラとめくった。あるページでルフェルの手が止まる。資料を手に部屋から出た。ドリウスが吃驚した様子でルフェルを見る。


「ここは研究所だったみたいだよ。研究資料がこんなにあった」


 ルフェルはペラペラと資料を振ってドリウスに差し出した。


「な、なんだこれは……。全然、解らないぞ!」


 ドリウスは頭を掻いてその資料に対して怒った。怒るところではない。怒る相手も違う。ルフェルがため息をつき、ドリウスから資料を取り上げるとあるページを開いて指差した。


「この機械。精神分離機だね。ここでも器が作られてたって事なんじゃないかい?」


 ドリウスは唾を飲み込んだ。そのまま尻餅をつくと頭を押さえて唸りだした。

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