Episode 52:順応

「ダメ。戦っちゃダメ!」


 男の子はドリウスに手を引かれながらも反対した。何としてでも戦闘を避けようとしていた。だが、そんな思いなどデドロに呑まれた騎士たちに届くはずもなく、彼らは剣を振り上げて攻撃を仕掛けてくる。ルフェルは短剣で、それを受け流す。


 騎士たちの後ろから弓兵が矢を速射した。それらはやや山なりにドリウスに向かって飛んできた。


「ドリウス、よけて!」


「ぐっ!」


 ドリウスは避けようとはしなかった。男の子を守るために自らが盾となり、男の子を覆っていた。男の子がその様子を見て焦りを見せる。


「ドリウス!」


「オレ様は大丈夫だ。こんな傷、すぐに治る」


 ドリウスが言った途端、その横をルフェルが勢いよく下がってきた。飛び退いてきたという方が妥当だろうか。男の子が視線を前へ移すと、騎士たちは剣を振り上げて襲い掛かってきていた。奥では弓兵が既にこちらへ鏃を向けて構えている。


「くっ、このまま防ぐ一方だと前へ進めないじゃないか。もう戦うしかないよ!」


 ルフェルは短剣を逆手持ちに構えなおし、突っ込んで行った。


「ルフェルおねえちゃん!」


 男の子は叫んだ。ルフェルに向けて矢が放たれる。ルフェルは短剣を振るい飛んでくる矢を斬り落としていった。だが、当然すべてを斬り落とすことはできず、肩や足に矢を受けてしまう。


「もうやめて……。戦うのを止めて! 戦っちゃダメーーーーーっ!」 


 男の子が叫んだ。その叫びは小さな風を巻き起こした。ドリウスのケープをはたはたとなびかせる。


 ドリウスは何事かと後ろを、騎士たちの方を向いた。風は周囲の空気を巻き込んで徐々に大きくなっていき、放たれた空気砲ように騎士たちに向かって真っすぐ飛んでいく。


 その風は徐々に加速していく。ルフェルはそれに当たらないよう飛び退くと、その横を通り過ぎ一番先頭の騎士にぶち当たった。


「うわぁぁぁぁあああああ!」


 ブウォッと強風が巻き起こり、先頭の騎士を後方へ吹き飛ばした。それと同時に強風は四方八方に吹き荒れた。飛び退いたルフェルは片手で顔を覆い地面に蹲り、ドリウスは男の子を抱え込みながら飛ばされないよう必死に踏ん張っていた。


 やがてその強風はピタリと止み、あたりは静まり返った。


「シャウト……」


 ルフェルが呟く。そして男の子の元へ駆け寄った。男の子はドリウスに抱え込まれた状態で共に地面に蹲っていた。ルフェルが肩に触れるとドリウスはビックリしてランスを構えた。


「な、なんだ。ルフェルか……。しかし今のは一体何なのだ?」


「一部の化物しか使うことができない力、シャウトだね。フリーランスでない限り、騎士なら誰もが知っていることさ。でも、実際に見るのはアタシも初めてだ」


 ルフェルは低い声で言った。ドリウスはルフェルの言っている意味が分からず質問した。


「一部の化物しか使えないのに、何故この子が使えるのだ?」


「アンタ、そろそろヤバいかもしれないね。シャウトが出たということはアンタの身体がこっちの世界に馴染みつつある証拠。早く人間界に戻らないとこのままこっちの世界にしかいられなくなる可能性がある」


 男の子は首を傾げる。


「お家に、帰れなくなるの?」


「可能性はあるね」


「何故だ。兄貴は向こうの世界へ行けたりしたぞ?」


 ドリウスの頭の上にはクエスチョンマークが10個ほど浮かんでいる。アストロは人間界へ行くことができた。それは他の化物も例外ではない。もちろん危険の方が遥かに大きいため好き好んで行こうとする化物はいないが。


「アンタは少し勉強した方がいいんじゃないか。人間は元々こっちの世界には順応できない。心に闇を抱えているから。この子も成長すれば、或いはもう既に闇を抱えているかもしれないね。どちらにしても、いずれ弊害が出てくる。それが逆転したとしたら?」


「……うむ?」


 ドリウスはやはり言っている意味が分からず首を傾げるだけだった。


「今度は向こうの世界に順応できなくなる可能性があるって話だよバカ!」


「な、ば、バカだと!?」


 ドリウスは説明されてもイマイチよく分かっていなかった。だがルフェルにバカと言われて腹が立ったのか両足を地面に打ち鳴らして地団太を踏んでいた。


「早く行くよ。アンタのシャウトでデドロが吹き飛んで伸びてる。行くなら今しかないね!」


 ルフェルに言われて男の子はテステ・ペルテの方を見た。騎士たちが倒れており、その先に弓兵、更にその先にはデドロが空中を漂いながら城の方へと飛んでいく。


「あ、待って!」


 男の子は城の方へと飛んでいくデドロを追い始める。だがそのスピードはわずかにデドロの方が勝っている。徐々にその差が開いていき、男の子がテステ・ペルテの町に入る頃にはもう城の坂の上を漂って行ってしまった。


「わっ!」


 男の子は躓いて前のめりに転んだ。ルフェルが慌てて男の子を起き上がらせる。男の子は目に涙をためているが泣くのを堪えていた。


「大丈夫かい。全くもうアンタはそそっかしすぎるよ。見てるこっちがヒヤヒヤする」


 そう言いながらルフェルは男の子を抱きかかえた。そして男の子が躓いたものを見て冷ややかな表情になる。そこには遊撃部隊の騎士の亡骸があった。男の子は騎士の脚に躓いたのだ。


「アタシは王とは違う。アンタらとは違うんだ……」


「うぅ……。ルフェル、おねぇちゃん?」


 男の子に呼ばれてルフェルはそちらに視線を戻した。胸の中で男の子が上目遣いで見ている。自然と笑みがこぼれる。それを見て安心したのか男の子は涙でまだ潤んだ目を閉じて微笑んだ。


「アンタって、本当に不思議な子だね。さ、行くよ」


 ルフェルは歩き始めた。その後ろからドリウスが息を切らせて走ってくる。


「はぁ……。お、オレ様を、置いていく気か! お、うぉぇ……。オレ様が、先頭を歩く。安心して、ついてくるの、だぁぁぁ……。はぁ、はぁ」


 息を切らせながらも妙に張り切ってルフェルの前を歩きだす。ルフェルは呆れたようにため息をつくとその後をついて行った。

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