Episode 48:最悪な状況

 急に黒い塊が茂みの方を向き低く唸る。赤いケープを風にたなびかせてランスを片手に歩いてくる者がいた。ドリウスだった。フォラスとレフォルが近づこうとする。


「近づくんじゃねぇ!!」


 咄嗟にイポが声をあげて構えた。ベリスも戦闘態勢になりブルエも巨大槍を構えた。

 その行動に首をかしげるフォラス。ドリウスが無言で一歩ずつ近づいてくる。不穏な空気を感じたフォラスは双剣を構えた。それと同時に振るわれるランス。


 フォラスは間一髪ドリウスのランスを飛び退きかわした。黒い塊がガチンと歯を鳴らして飛びかかる。だが、ドリウスはランスで黒い塊をなぎ払った。


 黒い塊は負けじとランスに食らい付く。その強固な歯でランスを噛み砕こうとしたその瞬間、かじったところから黒い煙が噴出し黒い塊を吹き飛ばした。地面に叩きつけられると後ずさりした。近づくことを嫌がっているように身体を震わせながら後ずさりした。


 ブルエが巨大槍を突き出す。それはランスによって弾かれたが、すかさずフォラスが切り込みを入れる。


「くっ、ダメか!」


 何回かはドリウスに入ったがどれも浅い。その後ろからレフォル大剣を持ち、大きく跳躍して振りかぶりドリウスの真上からそれを振り下ろす。咄嗟にドリウスがランスを横に持ち大剣を受け流した。


 レフォルに気を取られている隙にイポが自慢の超速度で近づき背後を取った。ドリウスに襲い掛かる。だがドリウスの反射速度は以前交戦した時よりもはるかに上昇していた。速さが自慢のイポの攻撃を全て防いで見せたのだ。


「ンだぁこいつヴッ!?」


 イポは狼狽した。それだけではない。イポはいつの間にか後ろへ吹っ飛んでいた。ドリウスの突き出したランスがイポに命中したのだ。イポはこの現状を信じることができなかった。ドリウスに恐怖を覚える。ランスを天地に構えフォラスの方を向いた。まるで次はお前だと言っているようだった。


「うわぁああぁあぁあぁああぁあ」


 ふいにベッドから叫び声が聞こえた。女性の声だ。その声を聞いたドリウスはピタリと動きを止め頭を抱えて唸りだした。ドリウスの胸から黒いグニグニとしたものが這い出てくる。ブルエは片手でそれを掴むと一気に引き出した。


 デドロだった。歯は生えておらず見た目も話どおりのデドロだった。それは地面をオロオロと逃げようとする。逃げようとしたそれに黒い塊が噛み付き、バリバリと噛み砕いた。デドロは黒い塊に食された。黒い塊は満腹そうに歯をカチンと鳴らした。


 ドリウスが走り出す。その先にはベッドがあった。ベッドの上で頭を掻き毟りながら叫ぶ者がいる。フォラスはドリウスを追う。その後ろをブルエが追いレフォルはその後を追った。


 ドリウスが一足先に駆けつけ頭を掻き毟りながら叫ぶ化物を押さえ込もうとしていた。レイラだった。レイラは泣き叫んでいた。懺悔の言葉と共に暴れていた。フォラスがドリウスを引き離そうとする。ドリウスはフォラスを押しのけてレイラに抱きつく。抱きつきながら自分の頭を押さえて唸っていた。


「ドリウスさんのデドロはまだ中にいるようです。ブルエくん手伝って下さい」


 フォラスがドリウスをレイラから離そうとする。ブルエも同じくドリウスを引き離そうとしていた。ドリウスはギュッとレイラを抱きしめていた。


 ブルエが自慢の筋肉を使い、力づくでドリウスを引っ張った。徐々にレイラから離れていくドリウスの身体、腕、そして手。完全に引き離されたドリウスはトンと押されて地面に尻餅をつく。


「ドリウス殿。御免」


 ブルエは自身の拳をドリウスの腹にぶち当てた。ドリウスはその衝撃で嘔吐し気を失った。


「わしは、わしは。うわああああぁ!」


 レイラは泣き叫んでいた。レフォルがレイラの手を握る。


「……大丈夫、生きてる。問題ないよ」


「わしは、わしはぁ。すまぬ。わ、わしは、ちがう、ちがうのじゃああぁ!」


 レイラは精神的に壊れていた。レフォルの声など届いていなかった。レフォルの手を振りほどき暴れた。フォラスは注射針を取り出してレイラの腕に打ち込む。


「いやぁぁぁあああぁあ!」


 レイラは声をあげるとそのまま眠りに落ちた。

 状況は最悪だった。男の子は倒れ、レイラは精神的に壊れ、ドリウスはデドロに侵されルタナスとルフェルはボロボロだ。


 フォラスは交代で警戒しつつ身体を休めることを提案した。勿論、患者がいつどうなるかわからない状況なため十分に休むことはできないだろうと添えて。それでも少しでも身体を休めることが大事であると判断した。異論はない。皆が承諾し順番に眠りに付いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 フォラスはベッドの前に腰を下ろしてうつらうつらとしていた。目の前ではブルエが巨大槍を持って左右に行ったり来たりしている。


 フォラスは大きな欠伸を一つするとベッドの上に寝ているレイラを見た。涙の痕が目じりから後頭部に向かって太い直線を描いていた。相当涙したのだろう。今は鎮静剤によってだいぶ落ち着いて眠っているが、また起きた時にどうなるかは判らない。


 ベッドを挟んで反対側に立つ者がいた。フォラスは咄嗟に身構える。それはジッとレイラの顔を見ていた。フォラスが口を開く。


「あなたは、私の知っているあなたですか?」


 レイラから視線を外しフォラスの方を見たそれは赤いケープで口元を隠していた。


「ん、何を言っているのだ? オレ様はオレ様だ。物凄く気分は悪いけどな……」


 それを聞いてホッとするフォラス。ドリウスが続ける。


「それよりレイラは大丈夫なのか? あの人間の子も」


「ええ、とりあえずは平気です。人間の子は疲れが溜まっていたようで眠っていますが」


 ドリウスは男の子が寝ているベッドを見る。すやすやと寝ている男の子。安定しているようだ。ドリウスは再びレイラの顔を見ると傍らに腰をかけレイラの手を握った。


 レイラの手は冷たかった。ドリウスはその手を両手で優しく包み込む。フォラスが口を開いた。


「暫くお嬢の手を握ってあげていてください。その方がお嬢も安心すると思うので」


 ドリウスは『解った』と首を縦に振るとベッドの上へ自分の手を添え置いた。レイラの手がギュッと握り返してきた。


 フォラスは安心したようにホッと息をつくとベッドにもたれかかり瞼を閉じ暫しの眠りに入った。

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